第24.5話「見守る者」
夜のプールに手を繋いだ二人が現れる。
『なんかドキドキするね、明日香』
『悪いことしてるみたいだもんねー』
『確かに』
『こんな夜に出歩くなんてとんだ不良少女だよ、千尋君』
『君も同罪だよ、明日香君』
その様子を、監視室のガラス越し見守る二つ影があった。
「最近のギスギスが嘘のようだな」
「そうね。日中の空気が嘘のよう」
白波美沙顧問と、高城麗子副顧問。
美沙顧問は練習後、千尋からプールの時間外申請と、外出申請の相談を受けていた。
普段であれば、こんな私的すぎる理由での使用は却下している。
しかし、今回の件に関しては『ノー』とは言えなかった。
「白波の瀬戸際……堂島も、それを感じているんだろうな」
「でしょうね。白波のキャプテンはタイムだけでは務まらない」
「ああ。まあ、こんな状況を引き起こしてる時点でマイナスだが」
美沙が向かいに座る麗子に苦笑いを浮かべる。
麗子は湯気の上るコーヒーカップに口をつけ、一息つく。
「青春してて楽しそうじゃない。私は羨ましい」
「三人の衝突で済んでれば可愛気もあったんだがな……」
「記録会で持ち直したように思えたのに、恋心というのは複雑ね」
「堂島のがあんな風に積極的ならすぐ解決するぞ。全く複雑ではないな」
プールでは千尋と明日香が抱き合い、唇を重ねていた。
「堂島の優柔不断、朝倉の独占欲、篠原のプライド……頭が痛い」
「玲奈ももう少し素直になればいいのに、とは思うわね」
「無理だな。学生の頃の麗子だぞ、あれは」
「あら、それは頑固者ってこと?」
「ああ。仕事が出来すぎるところまでそっくりだ」
「じゃあ無理ね。学生の頃の私に、大切な人のタイムより感情を優先しろって言っても、絶対に無視する」
「そこに朝倉という存在がいるんだ、余計に素直になれないだろ」
「そうね。もしも美沙の隣りに恋人がいたら——」
麗子の目が明日香を捉え、ギラッと光る。
「——きっと、恐ろしいことになってるわ」
「止めてくれ、容易に想像が付く」
「そう思うと、私は恵まれていて、玲奈はちょっと可愛そうね」
「……これは、雨降って地固まるのを待つしかないか……」
「でしょうね。下手に恋愛アドバイスとかすると余計にこじれそう」
麗子はプールサイドで抱き合う二人を見ながら、玲奈の境遇に同情する。
「プライドとプライドのぶつかり合いは大きな痛みが伴うのよ」
「ん? 経験談か?」
「ええ。プライドとプライドがぶつかって、崩れて、一つになった。それが今の私」
「そうか、己のプライドとプライド、か」
「美沙は大きなプライドがドンとあるタイプね。堂島さんも」
「……」
「そして——」
麗子の目が惚けている明日香の目を見る。
「朝倉さんと玲奈は、沢山の小さなプライドで出来ている」
「はあ……」
「レジェンドがため息つかない」
「だってな……」
「美沙や堂島さんが異常なだけで、普通の人はみんなそうなのよ」
「そう、なのか?」
「そう。だから惹かれるの。その大きすぎるプライドが眩しいから」
麗子は先ほど届いたメッセージを開き、可愛そうな後輩の顔を思い浮かべる。
「——報われると良いわね」
「ん?」
「なんでもない。それより——」
「二人とも、ある程度の気持ちの整理は出来たみたいだな」
千尋と明日香はシャワー室に一緒に入り、笑いながら身体を流していた。
「きっと、まだまだ荒れるわよ」
「とりあえず、結果を出してくれれば良いさ」
「冷たいのね」
「私はあいつらの保護者じゃないからな。水泳部の顧問で学園長。生徒全員の幸せを守る責任がある」
「そうね」
「あいつらも他の部員も、同様に扱わなければならない。それが顧問としての責任だ」
「ええ」
「もしも、次の都予選でぶざまをさらし、他の部員を不幸にするようなら——」
「どうするの?」
「……『喝!』を、入れてやる」
「優しい」
「ほら、堂島たちも帰ったし、私たちも帰るぞ」
「ええ。預けてきた結衣が心配だから、急ぎましょう」
美沙と麗子は甘い香りが漂うプールを点検し、三人の幸せを願いつつ、一緒に扉を閉めるのだった。




