表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
3章:崩壊へのプレリュード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/62

第21話「レジェンド顧問の檄」

記録会での激闘と、その裏で起きた小さな嵐から数日。

白波女子学園水泳部は、束の間の日常を取り戻していた。

プールサイドに差し込む午後の光が、水面をきらきらと照らしている。

部員たちの掛け声と水しぶきの音が、いつも通りの活気を生み出していた。

その輪の中心には、数日ぶりに復帰した玲奈の姿があった。


「——よし、Bチーム、今のメインセットのラップタイム。各自確認して。リカバリーが甘い人が散見されるわよ。後半に響くから意識して」


タブレット片手に指示を出すその姿は以前と何ら変わりない。

的確で、無駄がなく、どこまでも冷静なチーフマネージャーそのものだった。

しかし、千尋には分かった。

声の張りはいつも通りでも、その横顔には薄い膜が一枚挟まっている。


「玲奈、無理してない?」


セット間の休憩でドリンクを渡しながら、千尋はそっと声をかけた。


「問題ないわ。ドクターの許可も出てるし。それより、千尋は自分のコンディションに集中して」

「うん、でも……」

「でも、じゃない」


玲奈は静かに首を振り、千尋の目を真っ直ぐに見つめた。


「私の仕事はあなたたちを最高の状態でスタート台に送ること。それだけよ」

「……」


その瞳は親友ではなく、完全に「スタッフ」としての色をしていた。

その様子を、少し離れたレーンでビート板を蹴っていた明日香が見ていた。

何も言わず、ただ、力強いキックで水しぶきを上げる。

その水しぶきは、まるで何かを振り払うかのように激しかった。

客席のファンクラブたちはなんともいえない雰囲気に包まれていた。

いつもであれば黄色い声援が飛び、千尋の一挙手一投足に悲鳴が上がり、明日香とのじゃれあいではピンクの歓声も聞こえる。

しかし、今はざわめきだけ。

歓声のざわめきではなく、隣の女子と話している声だけが広がっていた。


「堂島先輩、なんて悲しそうな顔を——」

「朝倉先輩もなんか暗いし——」

「ど、どうしたのかな?」

「喧嘩が続いてる?」

「でもでも、記録会で仲直りしたって情報も——」

「だよね。カレントもサンスプも盛り上がってたし——」

「ブルスクでは変な写真が上がってたらしいよ——」

「ちひれな信者がなんか変な噂を流してるとか?」

「あり得そう。それで怒ってるんだよ、きっと」

「堂島先輩も朝倉先輩ももっと明るくしてた方がカッコイイのに——」


ピィーーーーー!!

笛が大きくリ響き、練習が締めくくられる。

顧問である白波美沙が、プールサイドに全部員を招集した。

その手にはホイッスルがきつく握られ、普段の親しみやすい表情は消えている。

レジェンドスイマーだけが放つ鋭いオーラが、場を引き締めていた。


「まずは記録会、お疲れ様。結果は言うまでもない」


全員を見渡し、満足げに頷く。


「堂島の日本新、朝倉の高校新をはじめ、ほとんどが自己ベストを更新した。素晴らしい結果だった」


美沙の言葉に、部員たちの顔が誇らしげにほころぶ。


「だが——」


顧問の声が、一段低くなる。


「浮かれるのは昨日まで。いいか?」


その声に部員たちはゴクリと息をのみ、姿勢を正す。


「夏のインターハイはこんなものじゃない。記録会はただの通過点。本番で勝てなければ、春の記録なんて誰の記憶にも残らない。次のシーズンには自分の思い出だけになる」


シン——とプールサイドが静まり返る。


「今年も白波は最強だと言われている。マスコミもファンも、当然のように総合優勝9連覇を期待している。しかし、期待は力にもなるけど、最大の敵にもなる」


美沙顧問は誰もいない報道席を見つめ、息を吐く。


「プレッシャーに潰されたチームを、私はこれまで何度も見てきた」


美沙顧問の視線が、部員一人ひとりの顔を射抜くように巡る。

そして、千尋、明日香、玲奈の上で、それぞれ一瞬だけ止まった。


「勝つために必要なのは個人の記録じゃない。チームとしての『総合力』よ。隣で泳いでいる仲間を、プールサイドで支えてくれている仲間を、どれだけ信じられるか」


美沙顧問は千尋の目を見据え、ぐっと言葉を続ける。


「いいか。最後の追い込みはその差で決まる。白波の強さの根源はそこにあることを忘れるな!」

「「「 はい! 」」」


地鳴りのような返事が、プールに響き渡った。


「次の都予選まであと3週間。ここからもう一段、ギアを上げていく。今日の練習メニュー、チーフマネージャーから通達!」

「はい!」


玲奈が前に出て、強化メニューを発表する。

その声を聞きながら、千尋は明日香と玲奈の顔をそっと盗み見た。

明日香は唇を固く結び、前だけを見据えている。

玲奈は完璧なマネージャーの顔で、淀みなく説明を続けている。

端から見たら気を引き締めてる表情に見えるかもしれない。

しかし、千尋には二人がなにか違うことを考えているように感じられた。

チーム全体の士気は美沙顧問の『檄』によって間違いなく上がった——そのはずだった。


「よし、今日は解散! 各自クールダウンのケアを忘れるな! 少しでも不安があれば、マネージャーや私たちに相談するように!」

「「「 はい! 」」」


練習後、寮へと続く帰り道。

夕日が三人の影を長く伸ばす。

いつもなら千尋を中心に、明日香が腕を組んできて、玲奈が怒っているはずの道。

しかし今は、三人分の足音だけが、気まずい沈黙の合間を埋めていた。


「ねえ、明日香。今日のバタフライ、キレてたね」


耐えきれず、千尋が口火を切った。


「ん、まあねー。千尋こそ、また記録を縮めんじゃない?」

「玲奈のメニューのおかげだよ」


千尋が玲奈に笑顔を向ける。


「……当然のことをしたまでよ」


だが、会話が続かない。言葉が弾まない——。

お互がお互いを気遣い、当たり障りのない言葉を選んでいるのが痛いほどわかる。

それはまるで、嵐が過ぎ去った後の、ぎこちない平穏のようだった。

千尋は視線を前の地面に落とし、オレンジに染まる空を見上げる。


(私たち、本当に大丈夫なのかな……)


千尋は隣を歩く恋人と親友の横顔を、夕日の中で見つめることしかできなかった。

夏の決戦を前に、凪のように思えた三人の心の歯車は、静かに、だが確実に狂い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ