プロローグ「私のプライド」
ベッドの中、玲奈は考える。
千尋の優しさと、明日香の想いを。
(千尋にお粥を食べさせてもらって、純粋に嬉しかった……)
あの笑顔と優しい手つき。
熱いお粥をフーフーして冷ましてくれる千尋の姿は、女神や天使のように綺麗だった。
その手で優しく口に運んでもらうお粥。
間違いなく、人生で一番美味しいお粥だった。
そして、間違いなく人生の思い出に残るような体験だった。
きっと、生涯忘れない。
あの笑顔を思い出すだけで胸が締め付けられる。
あの味を思い出すだけで幸せになれる。
不思議。
こんな気持ちになることなんて、今まで一度もなかった。
……私は、どうしてしまったの?
千尋は水泳部キャプテンで、私はチーフマネージャー。
部を導く者と、部を支える者。それだけの関係のはず。
確かに一目惚れはした。
高身長、端整な顔立ち、一般人ではありえない不思議なオーラ。
入学式で一目惚れ。惹かれない方が無理。
明日香と私は初等部から白波にいる生粋の白波女子。
成績もよくてそれなりに目立っていたので、多少強引でも千尋と同室になれた。
寮生活一日目は、欲情を抑えるのが大変だったのをよく憶えてる。
明日香も一緒。
二日目の朝には二人で笑い合った。
でも、三日目、四日目、一月、半年と過ごすうちに、そんな感情はなくなった。
千尋はすごすぎた。
千尋が普通だったのは一年生の初めの頃だけ。
すぐに先輩のタイムに並び、エースに並び、高校トップになり、日本新を叩きだした。
千尋は英雄。
そんな人に欲情するなんて失礼すぎる。
すぐに恋心はなくなり、千尋のタイムを伸ばすためだけの役割に徹した。
嬉しかった。
私のデータで千尋のタイムがコンマ1秒でも縮まることが。
そう。私のデータで千尋を笑顔にすることこそ、私の存在意義。
だけど——明日香は裏切った。
……裏切った?
なんで裏切りだと思うの?
明日香は一途に千尋を想っていた。
恋愛相談にだって数え切れないぐらい乗った。
そして、告白して、結ばれて、一つになった。
いいじゃない、それで。
裏切ってない。
明日香は明日香はのまま、なにも変わってない。
ずっとまっすぐに千尋を追いかけて、追いついて、隣に並んで、結ばれた。
でも——千尋の隣りいるのは、どうして私じゃないの?
ずっと千尋の後ろにいたのは私。
ずっと千尋を支え続けてきたのも私。
明日香はすごい。それは認める。
初等部の頃から天才スイマーと呼ばれ、ずっと期待に応えてきた。
私のデータを超えて、自己新を出したのも称賛する。
ありえない結果を出し続けたきたのが、朝倉明日香という超人。
そして、今は千尋という英雄の隣りに、我が物顔で立っている。
——許せない。
英湯の隣に立っていいのは、英雄を支える者。
そして、ずっと支えてきたのは、私。
……ああ。また、ドロドロした感情が溢れてくる。
私は千尋に、職務以上の『なにか』を持ってるの?
尊敬?
畏敬?
畏怖?
恋慕?
愛情?
ない。
ないったらない。
そんなものは不要。
キャプテンとチーフマネージャー。それだけでいい。
もっと機械的に、事務的に、冷静に、冷徹に——。
明日香が挑んでくるなら、私は私のプライドで迎え撃つ。
支える者——チーフマネージャーとして、全力で。
絶対に……負けない。
この後21:00にも追加で投稿します。




