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ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
2章:静寂と揺らぎ

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19/62

第15話「記録会への招集」

 マネージャーとしての決意を新たにした玲奈の日常は、より緻密さを増していた。

 日々の動きがキビキビし、データの精度が上がっていく。

 一方、広報部のインタビューを経て「公式恋人」としての自覚(と人気)を再確認した明日香は、かつてないほど上機嫌だった。

 寮ではスキップし、プールで笑顔が絶えず、タイムも伸びていた。

 そんな対照的な二人の空気が交わる、放課後の部室。

 美紗顧問が、ミーティング用のホワイトボードに一枚のポスターを貼り出した。


【関東高等学校 選抜記録会 開催要項】


「――というわけで、来週末、S、Aチームにはこれに出てもらう。インターハイの前哨戦だ。各種目、各校のエースが集まるハイレベルな記録会になる」


 美紗顧問の言葉に、部室内の空気がピリッと引き締まる。

 夏の全国へと続く、本格的なシーズンの到来を誰もが肌で感じていた。

 例年通りの大会要項や注意事項が美沙顧問から告げられ、1年生は身を引き締め、2・3年生は気持ちを切り替えていた。

 そしてミーティングが終わると同時に、開口一番、ムードメーカーの副キャプテンが声を上げる。


「やっと! 頑張ろうね、千尋ー!」


 千尋の肩を組み、満面の笑みを浮かべる。


「もちろん頑張るよ。みんなと一緒に、お互いに頑張ろう」

「もち! 恋人一人に活躍はさせないぞ!」

「うん、期待してる」


 二人は別世界にいるようだった。心を許した恋人にしか出せない空気が二人を包む。

 玲奈は少し離れた場所から、記録用ノート片手に、その空間を見つめている。

 その眼はいつもの『チーフマネージャー』だった。

 怒りも嫉妬もない、純粋な『支える者』としての眼。それが二人に——その内の一人に向けられていた。


(インターハイの前哨戦……。千尋のデータをさらに集める絶好の機会。ライバル校の戦力分析も必要になるわね……)


 頭の中では、すでに何十ものタスクがリストアップされ、最適なスケジュールが組み立てられていく。

 千尋を勝たせるための完璧なサポートプラン。

 千尋の勝利を絶対的なものから圧倒的なものにするためのプラン。

 しかし、その思考の片隅では、あの昼休みの光景がフラッシュバックしていた。

 楽しそうに千尋を語る明日香と、それを遠くから見つめることしか出来なかった自分。


「……玲奈?」


 千尋の声にハッと我に返る。

 いつの間にか、千尋がすぐ隣に立っていた。

 玲奈の肩に手を置き、心配そうに玲奈の顔を覗き込んでいた。


「どうしたの? ぼーっとして。疲れてる?」

「い、いえ。次の大会のことで、少し考え事をしていただけよ」

「本当に?」

「ええ。千尋こそ、連戦になるけどコンディションは問題ない? 少しでも不安があるようなら——」

「大丈夫。玲奈が作ってくれた調整メニューがあるから完璧」

「そ、そう……」

「うん。いつもありがとう」


 千尋はそう言って、屈託なく笑った。

 その笑顔が、玲奈の胸を強く打つ。


(そう。この笑顔を守るためなら、私はなんだってできるし、もっと頑張れる……)


 その時、明日香が二人の間に割って入る。


「なになに、二人でコソコソと作戦会議? 私にも聞かせてよー」

「作戦会議じゃなくてただのコンディションチェック。チーフマネージャーとして当然の確認をしていただけ。明日香は大丈夫なの」

「だいじょぶに決まってんじゃん」

「でしょうね。聞いてみただけ」

「冷たくない? 千尋との温度差が酷いと思うなー」

「それだけ信頼してるってことよ。感謝しなさい」

「へーい、感謝しまーす」

「よろしい」

「副キャプテンに向ける言葉じゃないと思うけど」

「うっさい」

「はいはい、二人ともそこまで。みんな見てるから」


 玲奈の口調が荒くなってきたタイミングで千尋が間に入る。

 明日香は「やれやれ」と肩をすくめ、玲奈は「ふん」と言いながら資料整理を始める。


「ところでさ、千尋」

「ん、なに?」

「さっき、すっごい優しい顔で玲奈のこと見てたよねー?」

「そうかな?」

「だよー。私にしか見せない顔は他人に見せたらダメじゃん!」

「明日香にしか見せない顔って……」

「大好きって感情が漏れてるんよ」

「んー……?」


 玲奈は自分の手からスルッと資料が落ちるのを感じ、ささっとそれを拾い上げる。


「千尋って積極的なのか奥手なのかわかんないよねー」

「明日香に比べたら奥手だと思うよ」

「そういうところがわかんないっての。その発言がむず痒いんですけどー」

「……まあ、私は私、かな」

「だね。まあ……そういうところも大好き! 愛してる、千尋!」


 明日香は勢いのままに千尋の腕に絡みつき、玲奈に余裕の笑みを浮かべる。


「……バカップル禁止令、忘れたの?」

「これは腕組み、セーフでーす。だよね、千尋」

「うん……ギリギリ、かな……」


 千尋は玲奈の顔色を窺いながら、慎重に言葉を選ぶ。


「そうね、ギリギリ。それ以上くっついたら引っ叩く。明日香を」

「私だけ? 差別反対なんですけど」

「迫ってるのは明日香でしょ。千尋は受け入れているだけ」

「受け入れてる時点で同罪じゃん。ズルくない?」

「ズルくない。あんたは日頃の行いが悪すぎるから不利になってるだけ」


 玲奈は鼻で笑い、明日香を見下す。


「平等に見てほしいなら素行を改めなさい。イエロー多すぎなのよ」

「副キャプテンとして模範を示してるだけだしー」

「ふっ、模範?」


 玲奈はさらに明日香を見下し、馬鹿にするような笑顔を浮かべる。


「ムカつく。規則に縛れず自由に生きようって模範だよ。玲奈みたいになるなってね」

「あっそ。なら私は明日香みたいになるなって指導する。ありがとう、反面教師の副キャプテン様」

「どういたしまして、堅物チーフマネージャー様」


 千尋は、止めても止まらない二人のやり取り思わず笑みがこれる。

 いつもの光景、いつものやり取り。

 玲奈は資料整理を再開し、明日香は椅子を千尋に寄せ、さらに近づく。


「ねえねえ、千尋」

「今度はなに?」


 千尋はこりずに迫ってくる明日香を苦笑いで応対する。


「あ、今度は真面目な話しだって。フリーについて」

「フリー?」

「私もリレーやコメでフリーを泳ぐわけだけどさ、なーんか、ズレてるんだよね」

「ズレ?」

「そうそう。こう——」


 千尋と明日香は選手にしかわからない『水の感触』の話題を始めた。

 二人の空気は、選手としての緊張感と、恋人としての距離感が合わさった独特なものへと変化していく。

 そこには、選手でもなく恋人でもない玲奈が入る余地はなかった。


(明日香はああやって隣に立つことができる。選手として、恋人として、誰にも遠慮することなく、ああやって千尋の『一番』」を独占している……)


 玲奈の心に、言いようのない陰が差す。


(明日香はズルい。私だって千尋の……って、違う。私はマネージャー。千尋の隣に立つことはできても、それはあくまで『サポート役』としての距離。あんな距離はマネージャーには必要ない。必要ないのよ——)


 玲奈は二人の距離と自分の距離、そしてそれぞれの役割で区切りをつけていく。


「玲奈、顔色悪いよ。大丈夫?」


 その声にハッと我に返る。

 いつの間にか作業の手が止まり、千尋のことを見ていた自分を叱責する。

 ふっと息を吐いて気持ちを整えると、心配そうに見てくる千尋に笑顔を返す。


「大丈夫よ。それより、記録会のエントリー、種目はどうする?」

「いつも通り、顧問や玲奈の意見を尊重する」

「そう。なら、任せて。千尋がベストコンディションで最高の泳ぎが出来るように調整する」

「うん、任せた」

「ええ」


 玲奈はモヤモヤを押し殺すように、マネージャーの仮面を被り直した。

 自分の役割を、完璧にこなすために。

 その横顔を、千尋は何か言いたげに見つめ、明日香は少しだけ不機嫌そうに見つめていた。

 三人の関係を支えていたはずの『役割』という名の楔。

 ずっと動くことのなかった『それ』は、玲奈の心の中で少しずつ傾き始めていた。

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