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ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
2章:静寂と揺らぎ

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第13話「校内でのさざ波」

 翌日の昼休み。

 白波女子学園の廊下は、春の陽光と生徒たちの賑やかな声で溢れている。

 千尋、明日香、玲奈の三人が一緒に歩いていると、すれ違う女子たちの視線がいつもとは少し違うことに千尋は気付く。


(なんだろう、視線が……)


 視線が集中するのは自分だけではない。

 隣を歩く明日香にも、同じくらいの熱量が注がれている。


「明日香先輩! 昨日の記事、見ました! 最高でした!」

「キャプテンと末永くお幸せに!」


 後輩たちが頬を赤らめながら次々と声をかけてくる。

 明日香は上機嫌に手を振り、それらに応えていく。


「ありがとうねー!」

「……すっかり有名人ね、あんたは」


 玲奈が呆れたように呟く。


「まあねー。 千尋の公式恋人なんだからこれくらいは当然っしょ!」

「……そのせいで『ちひれな』同人誌の売れ行きが鈍ったらどうしてくれるのよ……」

「ん、なんか言った?」

「……別に。次の練習メニューの心配をしてただけ」


 玲奈がそっぽを向いた、その時だった。

 広報部の腕章をつけた下級生が二人、三人の道を塞ぐ。


「広報部の宮沢と言います! 少しいいですか?」


 玲奈が一歩前に出て、マネージャーの顔で応じる。


「要件は? 午後の練習に支障が出るようならお断りします」

「あ、それほどお時間は取らせません!  実は……学内報の次号で、水泳部の特集を組ませていただきたく!」


 宮沢と名乗った生徒は、熱っぽく企画を語り始めた。

 春季大会での快挙、夏のインターハイへの展望。そして、最後に本題を切り出した。


「つきましては、ぜひとも、朝倉副キャプテンに単独インタビューをさせていただけないかと!」

「「 え? 」」


 意外な申し出に、声を上げたのは千尋と玲奈だった。

 明日香だけが「私?」とキョトンとしている。

 宮沢は興奮気味に続けた。


「はい! もちろん水泳部の強さの秘訣とかも伺いたいのですが、今回は特に、その、日本中に衝撃を与えた『あの告白』とお二人の関係について、ご本人であり公式恋人でもある朝倉副キャプテンの口から、あらためて語っていただきたいのです!」

「あー、うんうん、なるほどねー」


 明日香はキョトン顔からみるみる上機嫌になっていく。


「そっかー、私と千尋の愛の軌跡を全校生徒に刻み込むわけだ! もちOK!」


 明日香が快諾すると、宮沢たちは「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。


「ではでは、今から良いですか?」


 隣の空き教室のドアをガラッと開けると、そこには簡易スタジオが設置されていた。


「全然オッケー。千尋ー、ちょっと行ってくるね!」

「う、うん。頑張って?」


 千尋に見送られ、明日香は意気揚々と教室へ吸い込まれていく。

 残されたのは、千尋と、そして黙り込んだままの玲奈。


「玲奈」

「……何?」

「一緒に行かなくてよかったの? 水泳部のことなら玲奈が一番詳しいし、大会のことや練習記録とか、取材で必要になるかもよ」

「……必要ないわ」


 玲奈はポケットからスマホを取り出し、指を滑らせる。

 開いたのは簡易記録表。

 練習メニューや各種スコア、部員の特徴などが保存されている。


「彼らが聞きたいのはこういったデータじゃなくて『物語』よ。どうやって明日香が千尋を射止めたのか、これまでどういったやり取りをしたのか。そこに、マネージャーである『私』の出る幕はない」


 その声は、いつものように冷静で仕事モード。

 しかし、その視線はスマホの数字をただ流しているだけだった。


(そう、私の仕事はこれ。タイムを管理し、スケジュールを組み、体調をチェックする。顧問の指示を選手が最高の形で実行できるように整える。そこに物語は——必要ない)


 ふと、インタビューが行われている教室の方へ目を向ける。

 ガラス越しに、身振り手振りを交えて楽しそうに話す明日香の姿が見える。

 玲奈は、その様子だけで内容がわかるような気がした。

 きっと千尋との出会いや、告白の瞬間のことを嬉々として語っているのだろう、と。


(私の知らない千尋を明日香が語ってる。私が支えている千尋の強さを、さも自分のおかげだとばかりに……)


 胸の奥がチリッと焦げ付くような、小さな痛みを覚える。

 それは、これまで感じたことのない、理由が掴めない感情だった。


「玲奈、本当に行かなくていいの?」


 心配そうに覗き込んでくる千尋の顔。


「……いいのよ。私は私の仕事をするだけ。千尋が——部のみんなが最高の泳ぎを出来るようにするだけ。それが、私の全てだから」


 玲奈はそう言って、千尋から視線を逸らす。

 “親友”として、“チーフマネージャー”として、完璧なはずのその答えは、発した玲奈自身にも、ひどく空虚に感じられた。


 お昼休みの校舎は、生徒たちの笑顔と声が溢れ、澄みきった時間が流れている。

 しかし玲奈の心には、音にもならない静かなさざ波が、それを否定するように広がっていた。

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