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ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
1章:新生・白波女子学園水泳部!

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12/62

第10話(上)「白波、翔ける水面 ― 200メートル自由形、開戦 ―」

 午前9時――。

 街頭に並ぶテレビの音が辺りに響く。

 商店街の軒先、学園寮の談話室、駅前の大型モニター。

 どこを見ても、映っているのは同じ映像――県立アクアセンターの中継だった。


『――さて、ここからは競泳、春季大会の様子を生中継でお届けします。昨日行われた試合では、白波が全種目で上位入賞するなど、圧倒的な強さを見せてくれました。スポーツ解説員の今村さん、どう思われますか?』

『今年も白波は盤石ですね。とても選手層が厚く、まさに無敵艦隊です』

『やはりそうですか。今村さんとしては、今大会、どの辺りに注目してますか?』

『白波の選手は全員注目株ですが、やはり、堂島選手でしょうか』

『堂島千尋選手。今季から白波のキャプテンを務めていますが、やはり、一番の注目は彼女なのでしょうか?』

『そうですね。去年のインターハイでは日本新を更新してますし、なんといっても朝倉選手に続く5冠ですからね。将来の金メダル候補、今一番の注目株でしょう』

『練習では自己新――日本記録を上回ったらしいですが』

『彼女の成長スピードには驚かされますね。あの高身長から繰り出される大きなストローク、あれは世界トップレベルです。自由形で彼女に勝てる日本女子はいませんよ。いやー、日本選手権であの泳ぎを見られなかったのは非常に残念でした。今日は進化した彼女に注目したいですね』

『なるほど』

『どんな大記録を打ち立ててくれるのか、今からワクワクしてますよ』

『私もそこに注目してみたいと思います。さあ、大会2日目、始まりです!』


 その声に、街頭の人々が立ち止まって画面に視線を向ける。


『――堂島選手は第4コース。ライバル校である聖明女学院のキャプテン、九条静香選手との直接対決にも注目です。さあ、白波エースの連覇なるか! 選手入場です!』


 会場には3000人の観客が詰めかけており満員御礼。

 その歓声と熱気は、プロ野球と同様の熱を帯びていた。


『自由形、女子200メートル、選手入場――』


 アナウンスが会場に響くと大きな拍手が巻き起こり、静かな足音と共に選手たちが整然と歩み出てくる。

 千尋は中央、第四コースに立つ。

 淡い蒼のキャップに「SHIRANAMI」の文字。

 水着にはブランド名『MIZUHO』の文字もある。

 千尋は軽く屈伸し、スタート台に立つ。

 ゴーグルをクッと押さえ込んで固定すると、前方で静かに待ち受ける水面に視線を落とす。

 心臓の鼓動が、足裏から伝わってくるようだった。

 観客の拍手が、遠くのさざ波のように聞こえてくる。


(……また、ここに帰ってこられた)


 スウッと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 水面に映る自分の姿を見つめながら、千尋は小さく微笑む。


(さあ、行こうか。私の泳ぎを、ここに刻むために――)


 スタート台に足をそろえ、両手をスッと落とす。

 そして一呼吸、二呼吸――場内に号令が響く。

 笛の音と同時に、七つの水柱がほぼ同時に跳ねた。

 一瞬遅れて、波が寄せて返すようにプールが揺れる。


 ***


 観客の声はほとんど聞こえない。

 あるのはスタート音の余韻と、水を切る音だけ。

 千尋の身体は、静かに、しかし鋭く前へ進む。

 最初の25メートルで肩の力を抜き、ストロークを深く入れる。

 呼吸は左。目線の端に隣のレーンが映る。


(九条さん、ペースが速い――)


 だが焦らない。ここはまだ“前菜”だと意識する。


(前菜は明日香――)


 一瞬、そんな冗談が脳裏をかすめた。口の端がわずかに緩む。

 次の瞬間、彼女の動きが変わる。

 100メートルの折り返し手前で、勢いのある加速に入る。

 手のひらで水をつかむ感覚が、指先まで研ぎ澄まされていく。


(呼吸も、リズムも、全部いい――いける――!)


 スタンドで玲奈が記録ノートを構える。

 ラップ計を見た美沙顧問が、思わず息を呑む。


「速いな……」

「入水角度、浮上のタイミングが非常によかったです。練習の自己新の時より体力が残ってるように思います」


 玲奈の分析に美沙顧問の表情が笑みへと変わる。


「これは54秒……切るか?」


 残り50メートル。

 会場の空気が変わる。

 熱狂が静けさに変わり、小さな拍手に変わり始めた。


「白波――!!」

「堂島――!!」


 どこかで聞こえる。


(あと50――!)


 水を蹴り、手を伸ばし、呼吸を整える。

 ラストターンで一気に浮上。

 誰もいない水面。

 視界の端には誰も映らない。

 最後にスッと腕を伸ばし、指先がタッチ板を叩いた瞬間、電子音が鳴り響く。

 水面から顔を上げた千尋の視界に、天井の照明が滲む。

 鼓動と歓声が混ざる。

 電光掲示板には――


〈 1 白波女子学園 堂島千尋 〉

〈 1:53:98 〉

〈 GR(大会新記録) 〉

〈 NR(日本新記録) 〉

〈 HSR(高校新記録) 〉


 ――の文字が並ぶ。


「はぁ、はぁ、はぁ――しっ!」


 千尋は小さく拳を握り、水中でガッツポーズをする。

 自己ベスト更新。そして更新ラッシュ。

 それは、圧倒的な差をつけての優勝だった。

 応援席を見ると、明日香が立ち上がり、千尋の顔写真入りうちわを大きく振っていた。


「ちっひろーーー! 54切りやったねーーー!!」

「うるさい」

「いいじゃん! 推しの活躍だよ!」

「推しじゃなくて恋人でしょうが。って、そうじゃくて――」


 玲奈の的確なツッコミに、応援席が笑いに包まれる。

 千尋はプールの縁に手をつき、軽く息を吐いた。


(……水の中って、やっぱり私の居場所なんだな……)


 千尋の心の中で、小さな波が静かに広がった。


 ***


 大会最終日、最終種目である『女子4×100mフリーリレー』。

 大歓声が水面に伝わり、波打つ水面にわずかな波紋を生み出す。

 最終泳者・千尋がタッチ板に手を当てた瞬間、電光掲示板にタイムと順位が表示される。


〈 1 白波女子学園 3:34:77 GR HSR 〉


 会場に怒声のような大歓声と拍手が巻き起こる。


「よっしゃああああ!!! 高校新!!!」

「35、切りましたね」

「高校新……夢みたい……」


 スタート台横に控える白波チームはガッツポーズをし、ハイタッチする。

 明日香たちチームメンバーが喜びを爆発させる中、千尋は水面から顔を上げて、荒く息をする。


「はぁ、はぁ、はぁ……やった、の?」

「モチのロン! 圧勝ってやつ! ほら、見てみ!」


 千尋が振り向くと、10メートル以上先からこちらに向かってくる他校の選手が見えた。

 電光掲示板に映るタイムは2着と約8秒差。圧勝だった。

 息を整えて自分を落ちつかせていると、アンカーの全員がゴールし、レースは終了する。


「おつかれ、千尋。ほら、手」

「ん、ありがと」


 明日香は千尋の手を取って引き上げ、濡れたままの千尋に抱きつき、喜びを爆発させる。


「さっすが、白波のメインディッシュ! 最高の料理だったよ!」

「明日香もすごかった。さすが、白波の副キャプテン」


 二人は喜びのまま抱き合い続け、他のチームメンバーもその輪に加わる。

 しかし、応援席で記録ノートをつけている人物の目は鋭かった。

 まるで獣を射殺すような目で明日香をにらむ。


「あの馬鹿、もう5秒以上抱き合ってるじゃない……今すぐ引き剥がして――」


 席を立とうとする玲奈の手を美沙顧問が握り、座るように促す。


「いいじゃないか。全力を出して勝利した。高校新も出した。なら、ああなっても仕方ない。他のチームだって感情を爆発させてるじゃないか。ああやって、みんな強くなっていくんだ」

「でも――」

「昔はな、あんな風にプールサイドで感情を出すことは出来なかったんだぞ」

「え?」

「私が高校生の頃はな――」


 美沙顧問がどこか遠い目をし、千尋に過去の自分を重ねる。


『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……順位は……1着……よかった、勝てたぁ――』


 アンカーでゴールした白波美沙は、電光掲示板の順位を見て、深く深く、安堵の息を吐く。

 常盤学園(現・白波女子学園)は水泳の常勝校。

 前のリレーで負けているので、このメドレーリレーは絶対に負けられなかった。

 周囲の期待とキャプテンとしての責任が、当時3年生だった美沙に重くのしかかっていた。

 その中で掴んだ紙一重の勝利。

 美沙は重責から解放されたこと、チームが一体となった勝利が嬉しくなり、そのままプールの中でガッツポーズをして喜びを爆発させた。


『やったね、みんな! え――?』

『『 …… 』』


 スタート台に集まるチームメンバーは軽く笑顔を見せているが、どう見ても『喜んでいる』顔ではなかった。

 ただ無言で、感情を押さえ込んだような不自然な笑顔。その不気味な目が、プールの中にいる美沙に向けられていた。

 そしてその視線は、チームメンバーだけではなかった。

 他校のメンバー、スタッフまでも、不可解な目で美沙を見ていた。

 そして気付く。

 自分の行動が『学生水泳のスポーツマンシップ』に反していると。


『あ……ごめんなさい……』


 美沙は謝罪を口にする。

【勝っても驕らず、負けても潔く】

 それが学生スポーツの美学であり、教育方針。

 そう。美沙のガッツポーズは相手を見下し、勝者のおごりとして見られていたのだ。


『美沙、手を』

『麗子……』

『一緒に怒られてあげるから気にしない』

『ごめん』

『変だよね。こんなに嬉しいのに、それを出せないなんて』

『うん。でも、それがマナーだから……』

『こんなマナーなんて無くなればいいのに』

『麗子……』

『もしも美沙が水泳界の頂点に立ったらさ、こんなふざけた風習を変えてよ』

『頂点……』

『勝ったら喜んでさ、負けたら泣いたらいいんだよ。1秒だって我慢したくない。オリンピックを見習いなさいっての』

『……うん、だね』

『美沙なら改革出来るよ。まあとりあえず、今回は怒られようか』

『ごめん』

『だからいいって。私たちは政府公認の恋人なんだから、この程度気にしない』

『政府公認って……。ただ法改正で同性婚が出来るようになっただけ。周囲の目はまだ冷たいよ』

『いいの。法的に認められてることが大事なんだから。はい、タオル』

『ありがとう、麗子』


 美沙顧問は笑顔で昔語りをするが、玲奈は複雑な気持ちでペンを握っていた。


「私がリレーで金メダルを獲ったときと同じ光景が広がっている。そう考えると、あそこに広がる光景は実にキラキラしてるだろ。私もあの輪に加わりたいぐらいだ」

「……ですね」


 玲奈は自分たちがいかに恵まれているかを考え、千尋たちを見守ることにした。

 この後は表彰式と打ち上げという名の祝勝会。マネージャー組はそれらの手配を万全にしなければならない。

 玲奈たちのチームレースは、これからだ。


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