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ドンと恋!〜 私たちのStarting Block 〜インターハイで日本新記録を出したら表彰台で公開告白されました。  作者: 空知美英
1章:新生・白波女子学園水泳部!

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第9話「前夜の心拍 ― 揺れる恋と、白波の誓い ―」

 大会前日の夜――。

 外はもう暗く、月明かりだけがうっすらと会場を照らしていた。

 宿舎の廊下に静かな足音が響き、勢いよくドアが開けられる。


「やっと終わったぁぁぁ——!!」


 明日香が部屋に飛び込んでベッドにダイブ。

 ジャージ姿のまま枕に顔をうずめ、こもった 声を上げる。


「公式練習ってさー、なんか本番より緊張するよねぇー」

「そうね。まあ、あなたがふざけなかっただけ、去年よりはよかったわ」


 玲奈は記録ノートにペンを走らせ、タブレットに情報を打ち込んでいく。


「明日が本番かー。もう心臓バクバクで寝れなさそう」

「ガラにもないことを」

「玲奈と違って、こちとらリス並みに小心者なんよ」

「ふっ」

「鼻で笑われた。ムカつくんですが」

「ゴリラ並の心臓を持つくせにリスとか言うからよ」

「鉄の心を持つ人間にゴリラとか言われたくないんですがー」


 記録の手を止め、明日香をにらむ。


「鉄の心って、まるで殺人マシーンみたいじゃない。せめて鉄の心臓とか言いなさいよ」

「玲奈はどっちも鉄なんだから問題なし」

「大ありよ」

「訂正してほしかったらゴリラ発言を撤回すること−」

「無理ね、どう考えてもゴリラだから。いいわよもう、鉄の心と鉄の心臓で」


 玲奈は視線を机に戻し、作業を続けようとする。

 コンコン——。

 ペンを走らせる前にドアがノックされる。


「だれかしら?」

「あ、水瀬です。今いいですか、篠原先輩?」

「どうぞ」

「あ、し、失礼します!」


 遠慮がちに入ってきたのは、水泳部マネージャーの1年生。玲奈が今回の遠征に選抜したマネージャーの一人だった。


「あ、こ、こんばんは! 堂島先輩、篠原先輩、朝倉先輩!」

「こんばんは」

「うん、ばんわー」


 千尋と明日香は軽く手を上げて答える。

 玲奈は1年生が手にもつ資料を見てすぐに察し、本題に入る。


「コンディションについてかしら?」

「あ、はい! 私が担当している方たちついてなんですが——」


 1年生はそそくさと玲奈に近寄り、資料を広げる。

 そしてマーカーが引かれた箇所を確認し、玲奈が説明を始めた。


「ああ、それなら——」

「あ、はい。それでですね——」


 玲奈とその一年生は、机に広げた資料について話し始める。


「頑張り屋さんだねー、あの子はー」

「玲奈が選んだ子だからね。1年生でも仕事が出来る子なんだよ、きっと」

「水瀬ちゃんだっけ。なんか小動物みたい」

「うん、可愛いね。自分にできることを必死やろうとしてる顔とか、ちょっと玲奈に似てるかも」

「似てないって。玲奈はエンマ様みたいな顔して仕事してんじゃん」

「あはは、今の玲奈とは似てないけど、1年生の頃の玲奈と似てるんだよ」

「うーん? そう?」

「そう。なんか、懐かしい」

「ふーん……」


 明日香はキリッとした玲奈と、涙ぐみそうな1年生を見くらべて首をかしげる。


「水瀬ちゃんのほうが絶対にかわいいと思う」

「私もそう思うけど、でも——」


 千尋は1年生の必死な顔を見てりと胸になにかを感じ、ぐっと押さえる。


「——そっか、あの子は今戦ってるんだ」

「ん?」

「明日、頑張らないとね。水泳は楽しいものだって伝えたい」

「千尋なら問題なしだって」

「そうかな?」

「白波のエースが圧勝する。それだけでみんな笑顔になるって」

「そう、だといいけど。私はさ、勝ち負け以外にも水泳の楽しさを知ってほしいんだよね」

「勝てば楽しいし、負ければ悔しい。それでいいじゃん」

「明日香はそれでいいよ。泳ぐ理由や試合に出る理由は人それぞれだし」

「あ、でもでも、私としては別の楽しみもあるよ」

「なに?」

「千尋の水着が間近で見られること」


 ポカーンと口が開かれる。


「スラッとした手足、引き締まった腹筋、控えめだけどしっかり主張する胸——」

「えっと……」

「スベスベの肌、体格に似合わない小さな顔——」

「……」

「普段の水着と競技用水着のギャップ——もう全部最高!」

「……ありがと」

「きっと千尋の水着姿を見るためだけに来てる人も結構いると思うよ」

「どうだろうね……」


 千尋もそこまで鈍感ではない。年相応に恥じらいを感じる普通の女子である。

 試合のたびにそういった視線は少なからず感じていた。

 その筆頭が恋人なのだから、千尋のアンテナはそれなりに鍛えられている。


「ねえねえ、今度さ、水着でもやってみない?」

「ん? なにを?」

「もちろん、セッ——!?」


 言い切ろうとしたタイミングで、千尋の後ろからテニスボールのようなものが飛んでくる。明日香はベッドでローリングしてそれを回避。ボールは枕にボフッと埋まる。


「あっぶな!」

「どっちが危ないのよ、この淫獣」

「マッサージボールは投げんな! これはコリをほぐすもんでしょ!」

「淫獣撃退にも使えるのよ」

「取説読め、欠陥マネージャー」

「明日は試合なの、こんなときにアホなこと言わない。あんたも選手なら線引きしなさい、線引きを」

「はぁーあ、固すぎだって。私だったらスッキリやってスッキリ試合したいね」

「千尋はあんたとは違うの。そっちの世界に巻き込むな」

「千尋だって——」

「千尋は——」


 明日香と玲奈はベッドで団子になり、いちゃつきに見える取っ組み合いを始める。

 そして、残されたのは千尋と1年生だけだった。


「ごめんね、水瀬さん」

「あ、いえ……」

「玲奈に質問があったみたいだけどちゃんと聞けた? まだなら二人を止めるけど」

「あ、全部聞けました! 帰ろうとしたタイミングでした!」

「本当にごめんね。最近あの二人、ちょっとああなりやすいんだ」

「あ、あの、堂島先輩!」

「なに?」

「えっと、えっと、朝倉先輩とは恋人同士なんですよね!?」

「う、うん、そうだよ。付き合い始めたのは去年のインハイからだけど」

「じゃ、じゃあ! 篠原先輩とはどうなんですか!?」

「どうとは?」

「篠原先輩とも、こ、恋人、だったり——」

「あー、そういうこと」

「(ドキドキ)」

「玲奈は親友だけど恋人じゃないよ。これでいい?」

「え、こ、恋人じゃないんですか?」

「うん」

「あんなに仕事が出来て、カッコ良くて、優しくて、美人なのに——」


 この1年生が玲奈をすごく慕っていることが伝わってきて、千尋は笑顔を浮かべる。


「確かにそうだけど、告白されたわけじゃないし、恋人じゃないよ。断言する」

「……朝倉先輩の方がいいんですか?」

「え?」

「堂島先輩は、朝倉先輩のような活発な人が好きなんですか? 選手じゃないとダメだとか?」

「そんなことはないよ。明日香のこと、活発だからとか、選手だからとか、そういった目では見てないよ」

「なら、なんで——」

「一生懸命だから、かな」

「……」

「水泳も、授業も、恋愛も、全部一生懸命。そんなところが好きかな」

「……だったら、篠原先輩だって……」

「いいよ、遠慮なく言ってみて、怒らないから」

「……いえ、いいです。すいません、失礼します」


 1年生は顔を伏せたまま部屋を出て行く。

 千尋はモヤモヤしたものを感じたが、ベッドでもみ合う二人をどうにかするのが先だと思い、気持ちを切り替える。


「はいはい! 明日香も玲奈もストップ!」


 千尋はベッドに上がり、物理的に二人を引き離す。


「明日香も玲奈も落ち着いて」

「アホ玲奈には一度ガツンとやったほうがいいんだよ」

「バカ明日香には一度ガツンとやったほうがいいと思うわ」

「うん、とりあえず二人とも落ち着こうか」

「「 …… 」」

「明日は試合、それはわかってるよね?」

「「 もちろん 」」


 二人の声が重なる。

 4本の手が伸びるが、千尋がバッと手を広げて制止。


「明日香は選手、玲奈はチーフマネージャー。わかってる?」

「「 …… 」」

「二人なら、これ以上言わなくてもわかるよね」

「……軽く汗を流してくる。明日に響くから」

「……身体のチェックをしてあげるわ。さっき関節決めちゃったし」

「よろしく、チーフマネージャー」

「ええ、副キャプテン」

「わかってくれて嬉しいよ。じゃあ、私も一緒に汗を流そうかな。なんか疲れたし」

「「 !? 」」


 千尋の発言で二人の表情はエンマ大王から菩薩になる。

 三人は揃ってシャワーで汗を流し、明日に向けてコンディションを万全に整えるのだった。

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