プロローグ「その波の先へ」
女子競泳。
インターハイ決勝・個人・女子200m自由形。
県立アクアセンターは5000人の満員御礼。
歓声と情熱が渦を巻き、プールを包み込む。
熱気と光の渦。
息が焼けるほどの空気の中、彼女はゴールタッチし、ゆっくりと顔を上げた。
電光掲示板には眩しい記録が並んでいる。
〈 1 堂島千尋 1:54:35 GR NR HSR 〉
大会記録更新、高校記録更新、そして――日本新記録。
この日、日本女子200m自由形の歴史は塗り替えられた。
そして同時に、彼女の白波女子学園は総合優勝をはたし、8連覇を成しとげる。
プールサイドが割れるように沸く。
拍手、歓声、そして無数のカメラのフラッシュ。
堂島千尋は息を整えながら、仲間のいる観客席を探す。
視線の先に見つけたのは、笑顔で手を振る大親友の明日香と玲奈。
彼女たちは、お互いの気持ちを確かめるように笑い合うのだった。
***
表彰台の上、金色のメダルが首にかけられる。
顧問の白波美沙が静かに頷く。
後方では、部員たちが涙をこらえて立っていた。
『堂島千尋選手! ついにレジェンド・白波美沙さんを超えて日本新記録の達成しましたね! おめでとうございます!』
千尋の前に立つアナウンサーの声が響き、マイクが向けられた。
だが――そのアナウンサーの声が消える前に、親友の明日香が表彰台に乱入してくる。
明日香は千尋を横からガッチリ抱きしめ、ぐっと顔を近づける。
アナウンサーもカメラマンも観客も、突然の出来事に静まりかえり、一瞬の静寂が訪れる。そして――。
「千尋っ!!!」
千尋が目を見開く。
今にも唇が触れそうな距離で明日香が息を吸い、口を開く。
「あたし、千尋のことがだいっ好き! 付き合ってください!!」
静寂。
ほんの数秒の永遠。
全ての視線が二人に集中する。
水泳部顧問の美沙は「あいつは……」と額に手を当て、引きつった笑みを浮かべる。
千尋は一瞬だけ迷い、そして笑った。
「うん、ありがとう。私も――大好きだよ」
歓声が爆発した。
拍手、悲鳴、笑い、フラッシュ。
それは記録の歓声ではなく、祝福の渦。
この瞬間、白波女子学園水泳部は『愛と栄光の象徴』となった。
***
後日。
報道は全国を駆け抜けた。
『最強高校生スイマー堂島千尋! 2年生で日本新!!――そして恋の告白!?』
『白波女子水泳部、次世代へ!!』
テレビ、SNS、雑誌――今や水泳は国民的人気スポーツ。世間の注目度は驚くほど高く、日本中が水泳界に注目していた。
そして明日香は親友から「堂島の恋人」として時の人になっていく。
だが、もう一人の親友玲奈は、報道を遮断するようにタブレット画面を閉じる。
「あのバカ明日香、なんてことを――」
けれど、玲奈は笑っていた。
そう。
あの日の彼女たちは、確かに日本の中心に立っていた。
***
その冬。
千尋はJOCジュニアオリンピックでも圧勝し、日本選手権の参加標準記録を突破した。
だが——アジア選抜強化チームの海外遠征から帰国時、予想外の事態が起きる。
検疫検査が一時的に強化され、指定宿泊施設での3日間の強制待機を命じられたのだ。
結局、日本選手権の最終出場登録には間に合わず、夢は失意の中に沈む。
白波女子学園水泳部顧問の白波美沙は会見で冷静に語る。
『彼女は今泳ぐことより『育つこと』を選んだだけです。彼女の白波魂は、どこにいても揺るぎません。いつか必ず、世界を獲ります』
その言葉を、千尋はホテルのテレビで聞いていた。
恋人の明日香からメッセージが届く。
『帰ってきたら色々と全力で相手してあげるから今はゆっくり休んで! あなたの最愛のパートナーより♡』
親友の玲奈からも短いメッセージ。
『合宿のお疲れ様会を企画してる。みんなで待ってるから』
千尋はスマホを胸に抱き、静かに目を閉じ、天を仰ぐ。
夜明け前。
遠征帰りの身体には時差が残っていたのか、非常に目が冴えていた。
「……泳げない時間も私の一部、か……」
千尋は想いの込められたスマホを握り、大きく息を吐き、決意する。
「次はもう一度、あの波を掴む――」
高層ホテルの窓からは夜明け前の空がよく見える。
その暗く沈む空に、光が波のように広がっていく。
千尋は光に照らされる夜空を見つめながら、その先に想いを馳せるのだった。
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