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広い街道を驚きと興奮で眺められていたのはさっきまでのこと。町はいつの間にか木々に遮られ見えなくなり、馬車が立てる車輪の音が心細さを感じさせた。
遠くに映るヒメマルカツオブシムシの群れがこちらに気付き、威嚇しようと取り出したクラリネットの吹き方が分からず大人しく紅葉狩りに戻る姿に笑みがこぼれた。夏はまだ始まったばかりである。
「どうやら『ド』の音が出なかったようである――っと」
「すまない、私が状況説明不足なんて言ったせいか?」
「そうだ謝れ。続き書けコノヤロー」
「……ヒメマルカツオブシムシって何だ?」
「害虫だ。家庭科の時間に習わなかったか?」
「知らん」
「ここで乗り物酔いについて語ろうかとも思ったが、筆が進まなかったから話題を切り替えるぞ」
「とんでもない方向に舵を切ろうとしたな」
「旅行の日程は一泊二日だ。今日の夕方には次の町に到着宿泊。んで、明日の朝に馬車を乗り換えて出発して、夕方ごろには魔王城到着予定だな」
「日和ったか?」
「ああ、一か月くらいの過酷な旅にするかとも思ったが、裏では休みなく走らされることになる馬が不憫でならん。休憩も随一入れるぞ。馬車馬の労働環境酷すぎだろう」
「そんなわけないだろうと思ったが、調べてみたらその通りだったな。せっかくジョセフィーヌという名前もつけたのだし、気に掛ける気持ちも分かるぞ」
「……馬の名前を呼ぶのは控えてくれないか?」
「なんだ、まさか名前があることへの僻みか?」
「いや、ローマ字入力だと『ぬ』ってすごく打ち間違いやすいんだ」




