第9話『評議の火、民の声』
灰牙の谷は、静かな熱気に包まれていた。
畑には穀物が揺れ、工房では鍛冶の火と風送機の羽が回っている。狩りと耕作、創作のすべてが、この谷を一つの“集落”から“村”へと進化させていた。
そんななか、ルナは村の中心に集う村民に向けて、平らに削られた大岩の前に立っていた。
「今日は、村の未来を──皆で決める日です」
ルナは深呼吸し、続けた。
「ルナひとりで決めるのではなく、誰もが意見を言える。互いに話し、それを尊重して決めていきましょう」
村長グラン、古老ヤファ、鍛冶職人のナガ、物づくり職人コル、そして伝統工芸品職人の代表ヒメ──そう、**灰牙の五火**が集まる初めての“評議会”だった。
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1. 制度導入への序章
村民の間には緊張が広がっていた。今までの決定は村長単独、あるいは古老会で行われてきた。しかし、人口の増加と集落の拡大は、“多数の声”を求める段階へと変化していた。
ルナは説明する。
「みんなが暮らす村のことは、みんなで決めましょう。ルールや分担など、意見を集めて調整する場が必要です」
村長グランが承諾し、大岩の脇に自然石の机と手作りの座席が用意された。ヤファが集会の主旨を墨を使って象形文字で記し、それが“評議会の掲示板”となった。
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2. 初の議題:「狩猟と農耕の比重」
最初の議題は村の食料確保についてだった。穀物や野菜が増えた一方で、狩猟から得られる肉の比重は減っている。どちらを優先するべきか──という意見が村に分かれていたのだ。
ナガは鍛冶職人代表として意見を述べる。
「道具も強くなった。農耕で得られる食料は安定し、余力がある分だけ狩りもできると思います」
コルが続ける。
「風送機で畑は広く耕せる。でも、森の恵みや狩猟の文化も大事。ならバランスが必要でしょう」
ヒメは子どものために視点を移し、
「子どもたちにも、農業と狩りを両方教えたいです。知識と技術、両方を継承してほしいんです」
古老ヤファが静かに語る。
「……昔の獣人は、太古から森と共存して生きてきた。畑も、山も、川も──全部が灰牙の家屋じゃ」
村長グランが大岩に石を打ち付け、議論を締めくくる。
「議論は白熱したが……要は、みんなで調和するってことだな」
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3. 民意の力、本格始動
評議会は翌朝も開かれ、小さな改善案が次々と出された。
•「農耕班と狩猟班の交代制を作る」
•「子どもには両方の体験をさせる教育時間を」
•「収穫期には祭りを開いて感謝を表す」
人々が言葉を交わし、記号や文字で残す。その様子は以前の“ルナと村人”という構図と違い、多数の意見が混ざり合う生活そのものになっていた。
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4. 評議から信頼へ――村に根づく自治文化
評議会を終えたルナとヤファ、そして村長グランは焚き火のそばで語り合った。
ヤファは言う。
「評議……これは、今の村に一番必要だった習いじゃ。話し合えば、争いも減るじゃろう」
ルナは微笑みながら答える。
「民主的意思決定は、誰も取り残されない文化を生みます。村が一つの“心”になるのです」
グランは満足げに頷いた。
「……村長としては、最初は不安だった。でも、これなら村の方向をみんなで見られる。信頼が生まれたぞ」
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5. 火は灯りを分かち、話し声を育む
その夜、評議会の跡地には、小さな火が灯った。そこでは子どもたちが文字を復習し、若者たちが農作論を語り、「評議は面白かった」と笑い合っていた。
村はもう「ルナの村」ではない。
村人一人ひとりが、明日に向かう灯を担っているのだった。