第7話『工房に灯る炎』
谷に木槌の音が響き渡った。
まだ朝靄の残る空気のなか、村の若者・ナガは額の汗をぬぐいながら、赤く熱せられた金属片を石の上に叩きつけた。火の粉が散る。炉にくべられた木炭は赤々と燃え、ふいごから吹き込まれる風で勢いを増していた。
「いいよ、その調子。焼きすぎないで、鉄じゃなくて銅なんだから!」
ルナの声が飛ぶ。彼女の背後では、コルが改良した風送機――大きな羽根車のような仕組み――を回しながら叫んだ。
「風の勢い、安定してきたよ!」
ルナが初めて土を掘って炉を築いてから、幾日が過ぎた。村の隅に建てられた簡素な小屋は、今では“灰牙の工房”と呼ばれている。
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最初は“石を打って形を変える”だけの道だった。
だがルナが語る「熱と風と鉱石の関係」に、若者たちは目を輝かせた。ナガもその一人だった。
「ルナ、火の中に“金属”がいるって……ほんとに?」
「うん、たとえばこの“青緑の石”――これは銅の鉱石よ。溶かせば刃物や針にもなる」
最初に作られたのは、小さな斧だった。石器に比べて倍以上の切れ味と耐久性を持ち、木を切る手間が格段に減った。
ナガは村で最初に銅斧を振るった少年となり、やがて“鍛える者”として認められていく。
「おれ……道具を作るの、好きだ」
ぽつりと漏らしたその言葉に、ルナはうなずいた。
「それが“職人”というものよ。手で村の未来を作る人」
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一方、手先の器用な少女ヒメは、銅針と獣の皮を縫い合わせる技術を試していた。
「針の先が太いと、皮が破れる。もっと細く、でも強く……」
繊細な作業に熱中する姿を見て、コルが茶化す。
「ヒメ、また“刃の柄に布を巻く”のか?」
「いいじゃない、使う人の手が痛くない方がいいでしょう?」
ヒメは刃物の柄に織物を巻き、すべり止めと飾りの機能を両立させた。これが評判を呼び、村では“工芸品”としての刃物も生まれはじめる。
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鍛冶、風送機、布巻き柄。すべての技術が噛み合ったとき、村の中にひとつの“区画”ができた。
それは物を作るための場所――**職人街**の始まりだった。
土の壁に支えられた小さな工房と、道具を磨くための水場。その周囲には見習いの子どもたちが集まり、火と音が絶えず灯る。
ルナは夜、工房の灯を見つめてつぶやいた。
「道具は力。火と同じ――使い方次第で命をも奪う。でも、命を守るためにこそ使ってほしい」
彼女の背に、いつの間にかナガが立っていた。
「ルナ。……おれは、刃を作る。でもそれで、誰も泣かせたくない」
その言葉に、ルナは小さく笑った。
「その心があれば、きっと大丈夫。火は人の心に宿るもの。なら、あたたかく灯すことだってできるわ」
その夜、工房の火は風に揺れながら、谷をほのかに照らし続けていた。