第4話『道具が変える暮らし』
朝の陽光が山肌を照らすころ、ルナは谷の奥に広がる石の河原を歩いていた。手に持ったのは、鋭く尖った黒い石。
「この石で、この石を削る。つまり、道具で道具を作るってことよ」
彼女の足元には、すでに“刃”として使えるほどの薄く削られた石片が数枚転がっていた。硬い石で柔らかい石を打つ。それだけで、刃物も、すくい道具も、生まれはじめていた。
それを見つめていたのは、村の若者たち――ナガ、コル、ヒメたち。狩りや焚き火の手伝いしか知らなかった彼らの目が、なにか新しいものに向けられている。
ルナは彼らに言った。
「今までの道具は“自然のもの”だった。でも、これからは“作るもの”になるの」
その言葉の意味は、すぐに形になる。
まず、石を加工するための「石床」を作った。大きな平らな岩の上で、硬質な石を何度も叩き、一定の形に整える。作業が進むと、石器の形に個性が出てきた。
そしてルナは、次なる段階へ進むために“火”を扱う技術に着手する。
「これから必要になるのは、もっと熱い火。そのために“風”が要るわ」
ルナは川辺の風を利用して、簡素な“風送機”――手で動かす羽根つきの鼓風機を作った。土と枯れ枝を混ぜて土炉を築き、風を送り込み、火力を安定させる仕組みが完成する。
村の若者たちは、炎が唸る音を聞いて目を見張った。
「火が、怒ってる……」
「いや、働いてるのさ」
ルナはそう言って、村の古老が持ってきた“青黒い石”を炉に入れる。それは、谷の上流で拾われた不思議な石――銅鉱石だった。
炎が巻き、石が赤く光る。そして、ほんのわずかにだが、滴るように流れ出したものがあった。
「……溶けた。これが、“金属”」
驚きとともに、技術への興味が爆発する。
ナガたちはルナに倣い、炉の増設や風送機の改良を始めた。手伝いに来た女たちは、道具の持ち手部分を「握りやすいように」と布を巻いた。
数日後、村の空き地に“屋根付きの作業場”が立った。枝と葉を組んだだけの粗末な小屋だったが、そこに集まった若者たちの目は、輝いていた。
「ここは、火を扱う家。“工房”と名づけよう」
その提案に、誰も異を唱えなかった。
狩る者、耕す者、そして今――“作る者”が生まれた。
その夜、ルナは空を見上げながら静かに記した。
獣は牙で生き、
人は道具で歩む。
火が“獲物を焼くだけのもの”から、“世界を変える手段”へと変わる。
それを目の当たりにした村人たちは、気づきはじめていた。
この村はもう、ただの谷ではない。
モノを作る村としての新たな歴史が、ここに刻まれたのだった。