表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
知の狼は火を運ぶ  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/31

第25話『種を分かち、畑を繋げ』

乾いた風が北から吹きつけ、村の畑の葉先を揺らしていた。

ある朝、使いの者がやってきた。


「北の小集落、ヌナの里からです。旱魃で作物が実らず、餓えが始まっていると……」


使者の顔は痩せこけ、衣の裾も土埃にまみれていた。

その目だけが、わずかな希望を求めて光っていた。


集会所に集まった灰牙の者たちは、重い空気をまとっていた。

灰牙の村も、決して余裕があるわけではない。収穫の時期はまだ遠く、備蓄も限られている。


「火を貸すことはできるか?」

そう問うグランの言葉に、村人の視線がルナに集まる。


ルナは静かに立ち、やがて口を開いた。


「……命をつなぐ火は、囲んでこそ意味がある。食べ物をただ分けるのではなく、“育てる術”を共にすれば、火は絶えない」


その言葉に、コルが大きく頷いた。


「だったら、あれを使おう。干し肉技術と保存壺だ。ナガの土窯で作ったやつが、まだ数個ある」


ナガも腕を組んで応じる。


「火を通した保存食なら、すぐに傷まん。肉も、豆も、少しずつなら出せる」


そして、ルナが提案したのは、「知識の交換」だった。


「種芋を少しと、それをどう育てるかの“手順”を渡そう。ヌナの里に畑を――“共の畑”を作るんだ」


こうして、灰牙から“知と種”を載せた一行が、北の地へと向かった。


ヒメは織布を背負い、ウルは風の読みで進路を助けた。

黒羽族の若者たちも、「種を運ぶ風の役」として自然と加わっていた。


ヌナの里は、風の通り道の端にある小さな集落だった。

かつては水の流れも豊かだったが、今は地面がひび割れ、畑の苗はしおれていた。


だが、その土地の者たちは、ルナたちの姿に驚きと戸惑いを交えながらも、頭を下げて出迎えた。


ルナはまず、集落の長と顔を合わせた。


「恵みを乞いに来たのではない。育て方を共に学び、食を繋ぐ“畑の火”を分けに来た」


そう言って、種芋と栽培法を記した簡易な木板を差し出した。


「これは“火の板”です」ヒメが誇らしげに説明する。

「水の引き方、土の混ぜ方、火で焼いた灰の使い方まで書いてあります」


ヌナの人々は、それを囲むようにして見入った。


コルが先頭に立ち、簡易な畝を作る手順を実演した。

ナガは保存壺の扱い方を伝え、干し肉の加工も手伝った。


そして、荒れ地の一角に、黒羽の若者が風の向きを読んで風除けの垣を立て、ヒメが部族模様の布を結びつけた。


こうして始まったのは、小さな「外の農園」。


それは、灰牙の畑でも、ヌナの畑でもなく、二つの村が“共に耕す場所”だった。


種を分けるという行為は、いつのまにか心を繋ぎ、境界を超えていた。



灰牙へ戻った夜、グランは静かに火を見つめて言った。


「火は奪えば争いを生む。だが、貸せば命をつなぐ。……火を貸すことは、奪われることではないのだな」


ルナは頷きながら、灰にくべた炭を整えた。


「知も、食も、火も。……囲めば、増えるんです」


遠くヌナの空にも、夜の火が揺れているだろう。


灰牙の村では、その日から“畑の火”と呼ばれる風習が始まった。


それは、遠くの地にも火を分け、再び戻ってくる、そんな火の巡りの物語だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ