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第89話 カラオケ交流会(その4)

「「ららら♪」」


 仁と音羽はマイクを握り歌い始めた。初めは冷ややかな視線を向けていたクラスメイト達であったが、音羽の歌を聴くと明らかに今までと異なった視線が向けられていた。


(月見里さんって凄く歌がうまかったんだ)


 一緒に歌っていた仁は、隣から奏でられる美声に驚いていた。それは仁だけではなく、他のクラスメイト達も同じであった。


「ららら♪」


 仁は場の空気を読み、徐々に声を小さくし、1番が終わることには完全に口を閉じ、音羽のアシストを終えた。そのあと彼女は1人で歌うようになっていた。


 パチパチパチパチ


 音羽が歌い終えるとクラスメイト達から盛大な拍手が起こった。


「知らない曲だったけど、月見里さんって歌が凄く上手いんだね。さすが名前に音が入っているだけあるよ」

「ありがとう。でも名前はたまたま入っていただけで関係ないと思う」


 真っ先に日花里が音羽に話しかけた。誰も褒められて嫌な気はしないため、音羽はそれを好意的に受け取っていた。


「隣で聴いていて、凄く心地良かったよ。僕が小さい頃、うちの母さんもあの曲が好きでよく歌っていたけど、それとは比較にならないくらい上手かったよ」

「兼田君、そういうことを言うとお母さんに失礼だと思うよ」

「そっ、そうかな」


 日花里の次は仁が音羽に話しかけた。仁も母親からよく聞かされていた曲であった為、馴染みのあるものであったが、歌の上手さはレベル違いであった。仁が話しかけた後、次の曲が流れ始めた。他の者が歌っている間、音羽に話しかけてくるクラスメイトたちがポツポツ現れ始め、歌を切っ掛けに音羽のクラスでの立ち位置が若干変わったように感じられた。



「ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」

「はーい、兼田クンが通るから少し空けてあげて」


 カラオケ交流会が良い感じで進んでいると、仁はトイレに行きたくなってしまった。出口に向かうには日花里や他の女子達の前を通らなければならないため、仁は日花里にそのことを告げた。すると彼女は他の女子達にも声をかけて、仁が部屋から出られるように手配した。


「ありがとう小山内さん」


 仁は日花里に礼を言ってから、女子達の前を通って部屋から出た。


「えーっと、トイレは……」


 仁は天井に掲げられている案内表示を見ながらトイレを目指して移動を開始した。



「ふぅ、難は脱したぞ」


 ハンカチで手を拭きながらトイレから出てきた仁は、部屋に戻ろうとしていた。


「ん?」


 仁は目の前でオロオロと歩いている老婆の姿を見つけた。


「どうかされました?」

「老人会の集まりでここに来ているんじゃが、戻る部屋がわからなくなってしまってのう」

「なるほど。みんな同じように見えるから、部屋番号を覚えていなかったそうなりますよね」


 その老婆は、所用で1度部屋を出たのは良いが、戻る部屋がわからなくなっている様子であった。


「僕も部屋を探すのを手伝いますよ」

「すまないねぇ」


 こうして仁は部屋探しを手伝ったため、戻るのに少し時間を要す結果になってしまった。

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