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第80話 頼子の悩み(その2)

「いやだぁ、この野菜サラダも噛むとシャキシャキ音がするぅ。こんなに美味しい夕食は久しぶりかも。お母さんの彼氏さんには感謝だね」

「そ、そうね」


 音羽は、仁がお金を出した食材で作られた夕食を美味しそうに食べていた。


「それでね、音羽。実は……」

「ねえ、お母さん」


 頼子は美味しそうな顔をして野菜サラダを食べている音羽の顔を見て、事情を話しておいた方が良いと考えた。そして、言いにくそうに切り出そうとした。すると音羽は頼子の前に手のひらを出して会話を遮った。


「彼氏のことだよね? 少し前くらい前から様子が変だったから、知り合ったのはその頃からだよね?」

「え、ええ」

「と言うことは付き合い始めたばかりということだよね。お母さんには自由な恋愛をして欲しいから、私のことは気にしないで好きに付き合って良いと思うよ。ここで私に話してしまうと、きっとお母さんは私を優先してしまうような気がする。だから、再婚とか同棲みたいな生活環境が大きく変わるまでは、詳しい話は聞かないことにするわ」


 音羽は頼子が言いにくそうにしていることを察して、今は話を聞かないと宣言した。


「せっかく彼氏さんが買ってくれた食材なんだから、お母さんも暗い顔をしないで一緒に食べようよ」

「そうね。ありがとう音羽」


 頼子は気遣いをした音羽に感謝し、箸を持ち直してから再び食べ始めた。


「本当に美味しいわね」


 頼子は仁がお金を出してくれた食材に感謝しながら、親子で美味しい夕食の時間を過ごした。




「お母さんは先に寝ていて良いよ。私はもう少し頑張ってから寝ることにするよ」

「あまり無理はしないようにね。それじゃ先に休ませてもらうわね」


 夕食を終え、交代で入浴を済ませた後、音羽はちゃぶ台を部屋の壁際に寄せ、電気スタンドを置いてから、勉強道具を広げ予習、復習をはじめた。彼女は条件の良い奨学金をもらっているため、これを維持するためには一定の成績をおさめなければならない。このような事情で毎晩遅くまで勉強をするのは日課であった。奨学金がらみで勉強をするようになった初めの頃は頼子も一緒に起きていたが、睡眠時間を削って付き合ったことにより、睡眠不足になり仕事に影響が出るのを嫌がった音羽が、気にせず先に寝るように言い、頼子もそれに従った。このような事情で、遅くまで勉強をしている音羽に申し訳ないと思いながら、頼子は先に寝るようになっていた。


(おやすみ。音羽)


 頼子はデートの疲れもあり、布団の中に入るとすぐに眠りの世界に落ちていった。



「おい、金だ。金を出せ」

「あなたっ、もう家にはお金がないわ」

「うるさい。競馬で負けて金がなくなったんだよ。ほら、ここにあるのはわかってるんだ」

「やめて、アナタっ、それは音羽の教育資金なの」

「どけっ」

「きゃ、お願いだからそれだけは持っていかないで」


 頼子はその夜、夢を見た。それは前夫とのやり取りであった。背景は以前住んでいたボロアパートで、気持ちよさそうに寝ている幼い音羽を見ていたところ、突然部屋のドアが開けられ、ギャンブルで所持金がなくなった前夫が乱入し、タンスの中を漁り、音羽の教育資金としてコツコツ貯めていたお金を根刮ぎ持って行ったときのものであった。

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