第62話 3回目のデート(その3)
「月見里さん、大丈夫?」
「ええ、何とか。満員電車なんて最後に乗ったのはいつだったかな。むぎゅぅ」
仁と頼子が乗り込んだ電車はとても混雑していた。仁は頼子が窮屈な思いをしないように配慮して、頼子をドア側に寄せ、それを被って守るように陣取った。仁は他の乗客に押しつぶされないように気をつけていたが、電車の揺れには抗えず、他の乗客から背中を押されてしまい、そのたびに頼子に密着するような恰好になっていた。
(月見里さんに触れる度に、いろいろなところの柔らかい感触がっ。耐えなきゃ、耐えなきゃ)
仁は平静を装っていたが、頼子と体が触れる度に伝わってくる柔らかい感触に耐えるのに必死であった。
「この先、大きく揺れます。ご注意ください」
ぎ、ぎぎぎぎ。
車掌のアナウンスがあったあと、床下から金属同士が擦れ合うような音が聞こえ、大きく電車が揺れた。
「うわわ」
(だめだ、支えきれない)
他の乗客達が揺れに合わせて大きく動き、仁はその動きに抗えず背中を強く押されてしまった。当然のことながら、その先にいた頼子と強い力で密着してしまった。
「きゃっ」
「ごっ、ごめん」
まわりの乗客に押され、仁と頼子は抱きつくような体勢になっていた。
(はぁ、はぁ、若い男の子の匂いだわ。いけない気持ちになってしまいそう)
頼子の鼻が仁の体に密着すると、体の匂いが直接鼻の中に入り、頼子はいけない気持ちになりかけていた。
「兼田くーん」
「だっ、大丈夫? 月見里さん?」
トロンとした目をしていた頼子は、無意識のうちに仁の名前を呼んでいた。それを見た仁は、体調が悪くなったものだと思い、心配するように彼女の名前を呼んだ。
「だっ、大丈夫。もう少しこのままでいいかな?」
「後ろから押されているし、僕には選択権がないみたい。うぎゅぅ」
「うみゃぁ」
頼子はもう少しこのままでいたいと仁に伝えたが、抗えない力が仁の背中にかかり、どうすることもできなくなったため、頼子を更にドアへ押し付けてしまった。
「はぁ、はぁ、やっと到着したね」
「私が電車が良いって言ったばかりにゴメンなさい」
何だかんだで仁と頼子は密着した状態のまま、目的の駅に到着した。電車で移動しただけであったが、電車を降りた2人はとても疲れ切った表情をしていた。
「お父さん、お母さん、早く早く」
「はい、はい、遊園地は逃げたりしませんよ」
仁と頼子が呼吸を整えていると、その目の前を小さな男の子を連れた親子連れが通って行った。
「あの電車に乗っていて平気な顔をしているわね」
「そっ、そうだね」
その親子連れは同じ電車に乗っていたと思われた。行き先は同じようで頼子と仁は、平気な顔をして歩いているのを見て、苦笑いをしてしまった。
「さて、僕たちも気を取り直して行こうか」
「そうね。混雑しているからはぐれないように注意しないとね」
仁と頼子は手を繋ぎ、駅から出て遊園地へ向かった。




