第57話 ポケットの中の物(その1)
(はぁ、兼田君を傷つけちゃったかな)
仁と別れた音羽は、階段を駆け下りながら後悔していた。
(兼田君は私のためにカツ丼を用意してくれていたわ。それに飲み物やデザートまで。私が彼にしたことは何? もともとは私が我慢できなくなっておならをしただけなのに、あんな酷いことを言った上に、凄く高そうなぬいぐるみまで買わせてしまって。それなのに、嫌がらせをしてもまるで気にしていないような接し方をしてくるし、このまま優しくされてしまうと突っぱねられなくなるよ)
音羽は、仁と接点を持った切っ掛けになるできごとを思い返しながら、後悔する気持ちが高くなっていた。
(はぁ、後の席に兼田君がいると思うとやりにくいなぁ)
音羽は教室に戻り、自分の席に座った。後席の仁は屋上に向かう階段に置いてきたため、当然のことながら空席になっていた。これからも彼の視線を気にしながら授業を受けなければならず、それを考えると少々気が重くなっていた。
「兼田クンはどこに行っているのかな?」
「前に、一緒に食事したんでしょ? 学食では会わなかったの?」
「昨日、一昨日と学食に張り込んでいたけど、彼は来なかったわ」
「お疲れー。早く捕まえないと他の子が取っちゃうわよ。それでなくても最近格好が良くなったって彼を狙っている子、いっぱいいるんだからね」
音羽の耳に他の女子の会話が聞こえてきた。それは、頭の中で考えていた人物の名前が出てきたためであり、内容が気になり聞き耳を立ててしまっていた。
「はい、はい、彼氏持ちは静観できるから良いわね」
「別にそういうつもりで言ったわけじゃないわよっ、あっ、彼が戻ってきたよ」
「うーっ、話しかけたかったけど、もう時間切れみたい」
女子の会話が途切れると同時に仁が教室に戻ってきた。
ドキドキ
(話しかけられたら、どう答えよう)
音羽は、仁が席に座る音を聞きながら緊張していた。だが、その心配も杞憂に終わった。仁が音羽に話しかけることもなく、そのまま授業が始まってしまった。
「はぁ、私から言っておいて、挨拶もなく帰られてしまうと凹んでしまいそう」
結局、この日、音羽は仁に話しかけられることもなく放課後を迎えてしまった。ここ数日は、帰り際に挨拶を交わしていたことが多かったため、そのまま仁が帰ってしまったことに対し、音羽は少なからず寂しさを感じていた。
「やっぱり、来週謝ろうかな」
音羽は下校途中、自分から言い出したことであったが、既に心が折れかかり仁に謝ろうかと考えていた。
「ただいま」
音羽は学校を出てそのまま家に帰ったが、母親の頼子は仕事中のため、返事はなく部屋には誰もいなかった。挨拶をしても誰もいないのはわかっていたが、習慣づいているため無意識のうちに声に出てしまっていた。
「夕食の支度をする前に、制服を洗う準備をしなくちゃね。えっと、ポケットの中には何も入って……あれ? 何か紙みたいなものが入っている」
音羽は金曜日の学校が終わったため、次の月曜日までに制服を洗濯しようと思っていた。その下準備のためポケットの中に何か残っていないか確かめ始めた。すると上着のポケットに、小さく折りたたまれた紙のようなものの感触が指先に伝わってきた。




