第40話 頼子の失敗
頼子が住むアパートは建物が古く壁が薄い。そのおかげで家賃は格安なのだが、大きな音を立ててしまうと隣の部屋に聞こえる欠点があった。ふだんは隣人に迷惑を掛けないように気をつけているのだが、運悪く大きな声を上げたときに隣の部屋の住人が在宅であったため、お叱りを受けてしまった。
「うっ、怒られてしまった。隣だって夜、ギシアンが五月蠅いのをいつも我慢しているんだからねっ。一声上げただけで怒鳴るなんて少し理不尽だわ」
頼子は少々納得がいかない気分になっていた。
「それは置いておいて、兼田君と次に会う約束するのを忘れてた。どうしよう、どうしよう」
頼子はイルカのぬいぐるみを見て、仁と次回の会う約束をするのを忘れていたことに気付いた。
「兼田君と直接連絡を取る手段もないし……。はぁ、とりあえず夕食の支度をしてから考えよう……」
頼子は着ていた服を大切にハンガーに掛け、鞄や帽子などを棚に置き、室内着に着替えてから夕食の支度をはじめた。
「だだいま」
「おかえりなさい」
頼子が夕食の支度を終えた頃、ちょうど音羽がバイトを終えて帰宅した。
「お母さん、どうしたの? 顔色が悪いよ」
「えっ? ああ、ちょっと悩みごとがあってね。夕食の用意ができているから着替えが終わったら食べましょう」
音羽は頼子の娘として長年一緒に暮らしているため、頼子の様子が少し変だとすぐに気が付いた。頼子は心配させないように冷静を装いながら、音羽に着替えるように言った。
「すぐに着替えるから待っててね。ん? お母さん、この服どうしたの?」
「え? あっ」
頼子はデートから帰宅したときに、次の約束をするのを忘れていたことを思い出し、そちらの方を考えていたため、仁に買ってもらった服などを何も考えず見える状態で保管していた。音羽が見慣れない服が壁に掛けられているのを見つけて頼子に尋ねた。
(どっ、どうしよう。兼田君に買ってもらったなんて言ったら、会っていたのがバレるし、何か良い答え方がないかしら)
頼子は音羽にどのように説明して良いか考えていた。
「そう言えば靴も違うのが置いてあったね。よく見たら帽子やショルダーバッグまであるわ」
「そっ、そ、それはね」
「ははーん、もしかしてお母さん、彼氏でも見つけたのかな? いろいろ買ってくれるなんて凄いじゃない」
音羽は月見里家にこのようなものを買う余裕がないことは知っているため、誰かにプレゼントして貰ったものだと悟った。
「そっ、そう、そうなのよ。私のためにってプレゼントしてくれたの」
「へぇ。気前が良い彼氏なんだね。私はお母さんが新しい人を探すのを反対しないよ」
「あっ、ありがとう」
(音羽ごめんなさい。本当のことを言えない状況になってきたわ)
頼子は音羽が純粋な気持ちで応援したため、本当のことを言い出せなくなってしまった。
「ねぇ、ねぇ、このショルダーバッグって最近人気の物じゃない? 少し見て良いかな?」
「ええ、構わないわよ」
「わーい。へぇ、へぇ、かわいいっ。落ちてた雑誌で見たけど、たしか20万円くらいするんだよね」
「えっ? えーっ!」
音羽から仁に買ってもらったバッグの価格を聞かされ、頼子は腰を抜かして驚いてしまった。




