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第32話 2回目のデート(その8)

「らっしゃい! 今は空いているから、好きな席に掛けておくれ」


 仁と頼子が店に入ると、威勢の良い大将が2人に声をかけた。


「月見里さん、ここで良いかな?」

「ひゃ、ひゃいっ」


 頼子は仁の後を緊張した状態で付いて行った。そして仁が決めた席に座ると、頼子は大人しく隣の席に座った。この店はテーブル席がなく、カウンター席のみになっていて、必然的に頼子は仁の隣に身を寄せるような形になっていた。


「いらっしゃいませ。横から失礼します。お茶とおしぼりでございます」

「あっ、どうも」

「ありがとうございます」


 仁と頼子が着席したのを確認すると、女性給仕がお茶とおしぼりを持ってきた。


(ここって回らないお寿司屋さんよね? こういうところは初めて入るわ)


 仁と頼子が入店したのは、純和風の店構えをした寿司屋であった。店内には他の客の姿もなく静かであり、それが余計に頼子にとって高級なお店として伝わり、日頃から倹約生活をしている彼女にとって居心地の悪さを感じていた。


「月見里さんは、何か苦手なものはある?」

「えっと、特にないわ。兼田君はこういうお店に良く来るの?」

「うーん、普段はスーパーの惣菜やコンビニ弁当かな。外食はあまりしない方だからね。あまり来ないと思うよ」

「そっ、そう(それを聞いて少し安心したわ)」


 頼子は仁が頻繁にこのような店に通っている生活をしているか尋ねた。仁から外食をあまりしないことと、普段の食事情を聞き、少し安心した気持ちになった。


「お客さん、何をにぎりましょう?」

「えっ? あっ」


(めっ、メニュー表。なっ、ない! 壁にも何も書かれていないし、どのように注文すれば良いの?)


 大将が注文を尋ねてきたので、頼子は注文する物を決めるためメニュー表を探したが、どこにも見当たらなかった。


「月見里さん、特上にぎりで良いかな?」

「ひゃ、ひゃい。って、と、特上?」

「もしかして、他のが良かった?」

「……それで良いです」


 困っている頼子に対して、仁が助け船を出した。頼子はメニューがないため注文できず、仁の提案した物にしがみつくように同意してしまったが、少し冷静になったところで、特上というワードが頭の中をよぎり、かなりお高いのでは? と想像してしまった。


「大将、特上2人前お願いします」

「あいよっ」


 仁が大将に注文をすると、大将は真剣な表情で寿司をにぎり始めた。



「ほい、特上2人前」


 仁と頼子が手際良く寿司を握っている大将の動きを見ていると、あっという間にゲタと呼ばれる寿司を乗せる木の板に盛られた寿司が完成した。


「月見里さん、醤油をどうぞ」

「ありがとう、兼田君」


 2人の前にはトロを始め、高そうなネタが8貫載せられたゲタがそれぞれ置かれていた。それに合わせるように、仁は醤油の入った皿を用意して頼子の前に置いた。


「それじゃ、食べようか」

「ええ」


(あれ? 食べるのは良いけど、箸がないわね。この場合、不備があることを言うべきよね)


 頼子は仁に言われて食べようとしたが、箸がないことに気が付き女性給仕にそのことを伝えようとした。


「それじゃ、いただきます」


(えっ、えーっ、手づかみで食べるの? そう言えば昔、テレビでそういうシーンを見た記憶があるわ)


 その横で仁が寿司を手で掴んで食べているのを見て、頼子は驚いてしまった。何とか声を上げずに済んだが、テレビで見ただけの食べ方をしなければならないことに、作法の違いを思い知ることになった。

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