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第116話 元気のない音羽(その4)

「あっ、そうだった。夕食の支度をしておかなきゃ」


 仁と音羽はしばらくの間ちゃぶ台を挟んで座っていたが、何を話して良いか間が持たず、耐えきれなくなった音羽は夕食の支度を始めた。


(こうしてみていると親子だなぁ)


 仁はキッチンに立っている音羽の姿を見て、昨日、キッチンに立っていた頼子の姿と重ねていた。背格好などは親子でほぼ変わらず、学校の制服を着ていることで頼子ではなく音羽だと認識できた。


「ずっと私のことを見ているけど、どうかした?」

「いや、べっ、別に何でもないよ」

「そう?」


 仁は音羽のことをじっと見ていたため、音羽もその視線に気が付いてしまった。特に危険を感じたという訳ではなく、キッチンに立っている姿が珍しいのかなというくらいの認識であった為、仁が何でもないと伝えると、特に疑う様子もなく作業に戻った。


「月見里さんは、いつも夕食の支度をしているの?」

「私が食事の支度をするのは学校のある日だけ。休日はバイトに行ってるから、そのときはお母さんの方が担当しているよ」

「そうなんだ。月見里さんってバイトしていたんだね」

「少しでも生活の助けになるようにと思ってね。本当は家のことを思えば平日も働きに行きたいけど、学業を疎かにすることもできないからね」


 音羽は休日、バイトをして生活の足しにしていることを仁に話した。


「そうだ。あまり良い物は用意できないけど、兼田君も夕食を一緒に食べる?」

「うーん、ちょっと待って」


 音羽は準備するとなれば2人分も3人分もあまり大差が無いため、仁に対して夕食を一緒に食べていかないかと提案してきた。


「返信早っ! えっと、大丈夫みたいだよ。それじゃご馳走になろうかな」


 仁はスマホを取り出し、家にいるはずの母親に夕食を食べて帰って良いかメッセージを送った。すると、送信してからすぐに返事が戻り、仁は少し驚いてしまった。


「わかったわ。それじゃ兼田君のも用意をするね」


 音羽は1人分追加になったことで材料の配分を変え、再び夕食の準備に取りかかった。



「よし、準備完了。いつもなら、そろそろお母さんが帰ってくるはずだけど」

「そうなんだ」


 それから音羽が夕食の準備を済ませた。いつもであれば、このタイミングくらいで頼子が帰宅するらしい。


「あっ、白湯がなくなっているね。今入れるから少し待って、きゃっ!」


 仁に出していた白湯の入っていた湯飲みが、空になっていたことに気が付いたことに気が付いた音羽は、湯飲みを回収しようと和室の方に入ろうとした。このアパートは構造上キッチンと和室の間には僅かな段差があり、油断していた音羽はそこで躓いてしまった。


「あっ、危ないっ」


 バランスを崩した音羽に気が付いた仁は、慌てて音羽を支えようとした。だが、お互いバランスを崩して倒れてしまった。


「いつもなら気をつけているんだけど、久しぶりに躓いちゃった。あっ」

「月見里さん、大丈夫? どこか打ったりとかしなかった? あっ」


 音羽は仁の上に倒れ込むような形になり、仁の目の前には音羽の顔があった。


(あー、よく見ると、違うんだな)


 仁は目の前にある音羽の顔をじっくりと見てしまった。とても似ている音羽と頼子であったが、こうして近くから見ると、親子でも別人なのだと気付かされた。


(兼田君ったら、私の顔をじっと見て。あっ、近い、近いよ)


 仁と音羽は、それぞれ別のことを考えながらお互いの顔を凝視していた。

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