第115話 元気のない音羽(その3)
「あれぇ? 音羽の姿が見えないわね」
放課後になり、仁が帰り支度を整えていると、日花里が音羽のことを探しているようであった。彼女の姿はすでに前の席にはなく、鞄などもなくなっていた。
「ねぇ、兼田クン、音羽を見なかった?」
「見てないけど」
「そっか。今日もみんなで遊びに行こうと思っていたんだけどなぁ。いないのなら仕方ないか。それじゃ、みんな、行こうか」
特に約束をしているという感じではなかったが、日花里は残念そうな顔をして複数のクラスメイト達と一緒に教室を出て行った。
「確か、昼休みに家にお邪魔する約束をしていたけど、先に帰ったみたいだな」
仁は昼休みに、音羽の家に行く約束をしていたが、本人の姿が見えなければどうすることもできなかった。
「仕方ない、帰るか」
音羽が教室に戻ってこないか、仁は少し待ってみたが、彼女が現れることはなく、仕方なく仁は家に帰ることにした。
「兼田君、おそーい」
「えっ?」
仁が上履きから下履きに靴を履き替えて、校舎から出ると突然女性の声で呼び止められてしまった。
「あ、ここにいたんだ。教室にいなかったから先に帰ったかと思ったよ」
「だってぇ、教室から一緒に帰って噂とかされたら恥ずかしいし」
仁は音羽が先に帰ったものだと思っていたが、音羽は他の人に一緒に帰っているところを見られたくなかっただけのようであった。そのため仁が校舎から出てくるのをずっと待っていたようであった。
「でも、約束を覚えてくれてありがとう」
「ま、まあね」
音羽は、仁が約束を覚えていたことを嬉しく思ったが、仁にとっては交際相手の娘が困っているのを見捨てられる訳がなく、少なからず自分の存在も原因の一部であるため放置するという選択肢はなかった。
「知っていると思うけど、ここが私の家だよ。ボロ屋だけど入って」
「お邪魔します」
学校を出てから仁と音羽は徒歩で月見里家へ向かい、ボロアパートの2階にある部屋の前に到着した。
「何もない家だけど、空いているところに座っててね」
「わかったよ」
玄関のドアを開けると、手前にキッチンがあり、その奥に6畳の和室があった。その部屋には丸いちゃぶ台が置かれていて、壁の隅にには仁が頼子にプレゼントしたぬいぐるみが鎮座していた。
「本当はお茶の1杯も出したいところなんだけど、今はこれしか用意できなくてゴメンね」
音羽は温かいお湯の入った湯飲みをちゃぶ台の上に2つ並べた。月見里家ではお茶を用意できるほどの余裕もなく、出された飲み物は白湯であった。
「ありがとう。いただきます(ただのお湯だ)」
仁は白湯をひと口飲んでみたが、水道水を沸かしただけのものであるため味などほとんど感じられなかった。
「今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとう。こうして兼田君がいてくれて心強く思えるよ」
ひと息ついたところで、音羽は仁に対して改めて付き合ってくれたお礼を伝えた。




