第113話 元気のない音羽(その1)
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
仁は学校へ行く支度を調えて恵子に見送られながら家を出た。1人暮らしをするようになり、こうして家族に見送られて家を出るのは久しぶりで、少し新鮮か感じがした。
「ねぇねぇ音羽。何だか元気がないわよ。何か悩みごと?」
仁が学校に着き、教室に入ると、机の上にひれ伏している音羽に対し、心配そうに声をかけている日花里の姿があった。
「おはよう。月見里さん、小山内さん」
「あっ、仁クンおはよ」
「ん、おはよう」
仁はとりあえず、どういう状況なのか探るために音羽と日花里に挨拶をしてみた。
「月見里さん、もしかしてお母さんと何かあった?」
「ど、ど、どうして、アンタが私の悩んでいることをピンポイントで言ってくるのよっ」
朝、慌てて帰った頼子と何かあったのではと思った仁は、思わず音羽に尋ねてしまった。
「兼田クン、音羽の悩みを言い当てるなんて凄いわね」
「そっ、そうかな」
日花里も仁が音羽の悩みごとを言い当てたことに驚いている様子であった。本当は一緒に居たために知っていただけであったが、この場で言うわけにもいかず、仁はその場を誤魔化して乗り切るしかなかった。
「実は、お母さんが昨日、出かけたまま帰ってこなかった」
「おっ、音羽。それってお母さんが家出したって言うこと?」
「そうではないと思う。出かける前は妙に気合いを入れて身だしなみを整えていたし」
音羽は、仁と日花里に母親が昨日より帰っていないことを伝えた。
「身だしなみを整えていたって、それって、もしかして男の人に会っていたとか?」
「そうかも」
「それって不倫じゃないの? お父さんは何って言っているの?」
「ウチ、お父さんいないから」
「あっ、ごめん」
日花里はごく普通の家庭環境で育っているため、どこの家にも両親がいるものだと思って話してしまったが、違う環境の家もあることを知り、慌てて謝罪した。
「たぶん、男と一緒だったかもしれない。最近、いろいろ高そうな物を買ってくれる彼氏を見つけたみたいだし、別に付き合うこと自体は何も言うつもりはないの。でも私が心配するから帰られないのなら連絡して欲しかった」
音羽は本当に心配している様子で答えた。
「そうだよね。電話の1本でもしておくべきよね」
「……ウチ、電話無い」
「えーっ!」
日花里が帰られないのであれば電話の1本でもするべきだと言ったが、月見里家には固定電話どころか携帯電話すらない状態であった。これでは急な予定変更があったときに連絡のしようがなかった。
「電話かぁ」
仁も頼子と気軽に連絡が取れないのはとても不便であった。頼子には携帯電話をプレゼントするとして、音羽ももっていた方が良いのではと思った。
「それで、音羽って連絡先交換してくれなかったんだね」
「ごめん。そういう事情なんだ」
日花里は何度か音羽に連絡先交換を申し出たが断られていた。連絡先になる携帯電話を所持していないことをこの場で知ることになった。




