case 1
case 1
横田 動希
能力 ??????
「さようなら」
誰も返さない挨拶を小声でして教室を出る。何かあるわけでもないが、小走りで駅へ走る。フードを深く被って電車に乗り、Twitterを開く。フォロワーは114人。その半分が出会い目的か詐欺。誰も見ていないTwitterに今日も愚痴を吐き捨てる。
家に着いたからと言って、俺を迎える誰かがいるわけではない。母さんはいない。昔はいたらしいけど、俺は覚えてない。父さんは毎日当たり前のように会社で徹夜している。いわゆるブラック企業だ。今日も誰もいない家に帰って、俺しか食わない卵焼きを焼いて、食う。そしてパソコンを開いてつまらないゲームをする。それに飽きたら、適当に小説を漁る。
巷じゃ異世界転生ものが流行っている。ただ、俺はそういったものは好きじゃない。それには訳があって、第一に叶いやしない理想を見せつけられても、辛くなるだけだからだ。俺の捻くれた性格では、この手のものは楽しめない。そしてもう一つ訳があって、それが昔父さんの言ってた言葉だ。
「お前の母ちゃんどれだよ?」
「あの、黒いカバン持ってる人!」
「え?あの人?お前の母ちゃん派手すぎだろw」
「そういえばお前の母ちゃん知らねえわ、どの人?」
「今日は来てないみたい。」
「はぁー?またお前母ちゃん来てねぇの?ずるいって〜!」
今日は参観日。みんないつも授業中ぎゃあぎゃあ言ってるくせに、今日だけなんだかかしこまっているみたい。僕には、お母さんに自分がふざけてるのを見られたくないという気持ちがわからない。お母さんがいないからだ。
お母さんがいないと困る時といえば、修学旅行の時。みんな駅にお母さんがお迎えに来てる中、僕だけ誰もお迎えに来なくって、すっかり夕方になってから先生と一緒に家に帰った。
その日の4時くらい。まだお迎えが来ていない5人ぐらいが駅にいた時、友だちの勇気が僕に、
「お前のママはいつ迎えにくんの?」
僕にお母さんはいなかったから、普通お母さんがお迎えに来るということを知らなかった。だから、
「僕にはお母さんはいないよ」
って言った。そしたら勇気が
「え?ママがいないってどういうことだよ?」
って言ってきた。僕はその時初めてお母さんがいないということが普通じゃないことを知った。
半泣きで先生に連れられて家に帰って、3時間くらい経った時、お父さんが帰ってきた。
「お父さん!なんで僕にお母さんはいないの?」
「勇気にお母さんいないって言ったら、びっくりされたよ?」
「なんで?なんで僕にお母さんはいないの?」
帰ってきてすぐに質問攻めにしちゃったから、お父さんはしばらく黙っていた。しばらくしてお父さんがおもむろに話し始めた。
「お母さんはね、知らない世界に行っちゃったんだよ。動希の知らない世界。」
「それってどこなの?僕そこに行きたい!」
「ごめんね、その場所はお父さんも知らないんだ。動希に見せるかずっと迷っていたんだけど、やっぱり見せることにするよ。お母さんがいなくなった時にあった置き手紙さ。」
『私は天国とは別の知らない世界へ行きました
探しても見つけられません 今までありがとう
どうか動希をよろしくね』
僕はその時今まで泣いた分を足しても足らないほどに泣いた。
また思い出してしまった。思い出すだけ辛くなるから、思い出したくないのに。異世界転生ものを読むとこれが思い出されて、読むと辛くなる。
天国とは別の知らない世界。俺の母さんは自分を地獄行きだとでも思っていたのだろうか。普段は気持ちを紛らわすためにもう一度パソコンを開くところを、今日は母さんの情報を探してみようと思った。大した理由があるわけではないが、またあのつまらないゲームをしなければと思うと、気が引けた。自分の部屋じゃ何もなくて、父さんの部屋に行った。久しぶりに見た父さんの部屋。仕事用のデスクトップと、それに似合わない桐ダンスが目を引く。何かあるかと思って、タンスの引き出しを開けてみた。そこには俺が顔もまともに覚えていない母さんの写真が入っていた。ちょっとしてから、開けるべきと思った時に開けろと父さんに言われていた引き出しだと言うことを思い出し焦る。だが俺はワクワクしてしまった。彼が俺に何を隠そうとしてそんなことを言ったのか。大したものではないかもしれないが、引き出しの隅から隅までくまなく見る。何もないかと意気消沈しようとしたところで、奥に紙が挟まっていることに気づいた。
父さんが俺に隠していた紙。一体何を隠そうとしていたのだろうか。恐る恐る紙を開いた。ふっと冷たい風が吹き抜けたような気がした。
「信じてもらえないと思うけど、すぐに信じてもらえると思います 最後まで読んでください」
この字体。"ま"の1画目と2画目が繋がっているあたり、あの置き手紙と同じ、母さんが書いた手紙だ。
『動希には一度だけ異世界に転移する力が備わっています』
...は?父さんが俺に見せないようにしていた手紙と言うのだから相当なのを覚悟していたが、余裕でそれを超すぶっ飛び度だ。意味がわからない。ただ、俺は母さんのすぐに信じてもらえると思うという言葉を信じ、最後まで読むことにした。冷たい風が吹いていたのが一層強まり、体温がぐっと下がったような気がした。
『そして、この力を動希が知った瞬間、それは発動する』
突如視界が乱れる。目に入ってくる光が全て捻じ曲がる。体温を下げた冷風が、とてつもない突風となって俺を襲った。悪夢でも見ないほど俺は吹き飛ばされて、空でも飛んでいるような心地になった。気持ち良かったのも束の間、過去の記憶と知らない誰かの記憶のようなものが混ざって、頭にずきりとした痛みが突き刺さる。すると唐突に強力な眠気が俺を襲い、何も分からないまま眠りに着いた。
朝のアラームで目が覚める。すごくリアルな悪夢を見ていたようだ。日付を見ればあの悪夢で見た日付と同じ。本当にただの夢だったようで安心した。
ただ、それと同時に喪失感が俺を襲った。俺は正直期待してしまっていた。本当にどこかの世界へ行けると、ちょっとだけ希望を持ってしまった。辛くないふりをして、今までずっと溜め込んでいた孤独感が、変な悪夢によってぐっと引き出されてしまった。今まで脳死で支度していた学校への準備が、いつもの何十倍に憂鬱だ。
誰も話しかけてこない通学路を行く。後ろから楽しそうな会話が聞こえてくる。
「あたし3つも推しのグッズ当たっちゃった!」
「アンタ能力豪運だもんねーアタシの分まで応募してほしいわ」
能力?豪運?そんなわけないと思いながら話を聞く。俺は少し遠くにいた唯一の友人を見つけ声を掛けようとした。すると彼が俺のところに来て言い放った。
「おはよ、お前はほんとに異世界転移したよ」
「...は?そんなわけあるかよ、ってか何でそのこと知ってんだよ!?」
「能力が心を読むことだから。って言っても今のお前には理解できないよな」
放課後の図書室の端っこでヒソヒソと、彼と話す。「お前がいた世界は、みんな能力がないんだってね」
「逆になんでここの世界のやつはみんな能力があるんだ!?」
「この世界じゃこれがスタンダードなんだ、お前がいた世界ではそうじゃなかったみたいだけど」
「どういうことだよ、ちゃんと説明してくれって!」
「お前が悪夢だと思っているものは全て現実だ。お前は本当に元の世界から異世界転移してきて、ここの世界に来た」
どうやら大変なことになってしまったようだ... なんてよく聞いたセリフを、まさか本当に口にするとは思わなかった。あいつがいなければ俺は世界の仕組みがわからずに絶望していただろう。彼には感謝しかない。まだ分からないことしかないが、彼がいる限り、なんとかやって行けそうである。そういえば、この世界ではみんな各自で能力証があるらしい。家に帰って父さんのタンスを開けると、あの手紙が入っていたところと同じ場所に、保健症ほどのサイズのカードが入っていた。
『横田 動希
能力 異世界転移(自動一回、転移先指定不可)』
ここまで読んでいただきありがとうございました。