「空中庭園と命の流星」
虚無のアトリエに戻ると、目の前にまた新たな扉が現れていた。今回は、高くそびえる青銅色の門で、精緻な花の模様が彫り込まれている。青銅の扉からは、冷たい風が微かに吹き出し、花や草木の香りが漂ってきた。
「次に訪れるのは、空に浮かぶ“庭園の世界”です」
少女が、静かに説明を始める。彼女の銀髪が、どこか冷たい風を感じさせるように揺れている。
「この庭園は空に浮かび、地上から切り離されているのですが、そこには“命”がありません。草木だけが存在し、動くものは風に揺れる葉や花びらだけなのです」
「つまり、庭園そのものはあるが、そこには生き物がいない……」
「ええ。庭園には、鳥も虫も、もちろん人も訪れません。この庭園に生命の輝きが灯ることを、人々が望んでいるのです」
俺は一瞬考えた。空に浮かぶ庭園に命を吹き込むには、何か特別な“光”が必要ではないだろうか。命が美しく輝き、庭園を満たすことで、草木がより生き生きと輝き始めるはずだ。そう考え、俺はそっと扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。
足を踏み入れた瞬間、ふわりと身体が軽くなり、どこまでも広がる空の中に立っていることに気づいた。見渡す限りの空に浮かぶ美しい庭園が広がっている。庭園は宙に漂う小さな島のようなものに分かれており、それぞれの島には様々な花や植物が咲き乱れていた。だが、その美しさとは裏腹に、庭園全体に寂しさが漂っている。確かにここには命の気配がなく、どこか静謐な世界に閉ざされているようだった。
俺はそっと庭園の中央に進み、膝をついて地面に触れた。土は冷たく、草や花は瑞々しいが、まるで誰の手も触れていないかのように静まり返っている。生き物の動きがないために、庭園は死んだように感じられる。
「どうすれば、ここに命をもたらせるだろうか……」
俺は考えを巡らせる。生き物をただ放つだけでは、この浮遊する庭園の性質に合わない気がした。この場所には、もっと特別な命の光が必要だろう。何かが“舞い降りる”ように、庭園に優しく輝きをもたらすものが──
「そうだ、“命の流星”だ」
俺は庭園の上空に手をかざし、夜空に輝くような小さな星々を思い浮かべた。それはまるで流星のように空を舞い、庭園全体を静かに照らす光。星が命を宿し、地に降り注ぐことで庭園に新たな輝きをもたらす……そんな幻想的なイメージを頭に描いた。
そして、手を空に掲げ、命の流星を放つイメージを強く抱き続けた。すると、庭園の上空に数えきれないほどの小さな光が浮かび上がり、星々が空にきらめくようにして一つ、また一つと降り注ぎ始めた。光のひとつひとつが命の輝きを宿し、庭園の花々や草木にそっと触れると、庭園全体が明るく輝き始めた。
しかし、その時だった。
ふと気づくと、降り注いだ命の流星たちがただの光で終わらず、次々と小さな意識を持ち始めているのが感じられた。庭園のあちこちで、流星から生まれた小さな命たちが草むらや花の中を動き出している。姿形は様々で、小さな光の精霊のようなものもいれば、蝶のように羽ばたくものもいる。
「これで、庭園に命が宿った……」
俺はそう安堵していたのだが、やがて小さな命たちが次第に庭園を超えて空間を漂い始め、予想外の出来事が起こり始めた。光の精霊たちは次々に庭園を飛び回り、やがて周りの草木を巻き込みながら、不規則に集まったり散らばったりしている。しかも、中には草木や花を無差別に引き抜き、空へと運んでいく流星も現れ始めた。
「おい……このままじゃ庭園がめちゃくちゃになるぞ!」
俺は慌てて動き回る光の命たちに制御を試みたが、彼らはまるで自らの意志を持っているかのように動き回り、庭園に収まる気配はない。彼らは自由でいたがっており、自然に束縛されることを嫌っているようだった。
少女が冷静に言葉を投げかけた。「あなたの創造がもたらしたのは、確かに命の輝きです。しかし、命とはときに制御の効かない力です。この庭園に永遠の美をもたらすためには、命をただ放つだけでなく、彼らが調和の中で共に生きられる“場”を用意する必要があります」
「調和……」
俺は彼女の言葉にハッとして、再び庭園全体に意識を向けた。命の流星たちに意志がある以上、彼らが自由でいられると同時に、庭園と調和する仕組みが必要だろう。彼らが好きに舞いながらも、庭園を破壊せずに共に存在できる場――
「“星の巣”だ」
俺は庭園の中心に一つの“巣”を作り出すことを思いついた。その巣は、小さな流星たちが集まり、休む場所となるだろう。彼らが庭園を舞いながらも、巣に戻り、庭園と共に輝き続けられる“拠り所”だ。
両手を掲げ、静かに巣をイメージすると、庭園の中央に星のように光り輝く巣が現れた。巣は花びらのような形をしており、まるで星空の一部が地上に降りたような美しさをたたえている。
流星たちはその輝きに引き寄せられ、次第に巣に集まり始めた。巣に吸い寄せられた流星たちは静かに舞い、そこで一つの群れとして存在するようになった。庭園は次第に落ち着きを取り戻し、流星たちは庭園と共に生きる存在として輝き始めた。
「これで……庭園に命が宿った」
庭園は、新たな生命で満たされ、美しい光が絶え間なく降り注ぐ空中の楽園となった。風に乗って揺れる草木と、星の巣で輝く流星たちが共存し、庭園に静かな調和が生まれた。
少女が静かに微笑んだ。「素晴らしい創造でした、マスター。この庭園は、永遠に輝き続けるでしょう」
俺は満足げに頷き、庭園を見渡した。そこには、星の巣を中心に、自由に舞い、光を放つ流星たちの命がきらめいている。この世界には、確かに俺が作り出した“命の輝き”が宿っていた。
「さあ、次の扉へ向かいましょう。あなたの創造の旅はまだ始まったばかりです」
少女の言葉に、俺はもう一度この美しい庭園を見つめ、ゆっくりと背を向けた。再び虚無のアトリエへと戻るための扉に歩み寄り、次の世界へ向かう覚悟を新たにした。
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