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「鏡の森と記憶のさざ波」

再び「虚無のアトリエ」に戻ってきた俺は、無数の扉が並ぶ空間の真ん中に立っていた。扉の前に立つと、次に向かうべき道がどれなのか、自然と直感でわかるようになっている。そして今回、俺が向かうべき扉は、淡い青い光を放つ、どこか冷たく澄んだ空気をまとった扉だった。


「準備はいいですか?」


少女が、無表情ながらもほんの少しだけ心配そうな目で俺を見上げている。銀色の髪が静かに揺れ、瞳にはあの星空のような光がまたたいている。


「ああ。前回の砂漠の“命の種”もちゃんと育ってるんだろうな?」


「はい。砂のゴーレムが今も砂漠で動き始め、少しずつこの“砂の原野”に生命の芽が根付いています。けれど、次の世界はまた違った“欠けたもの”を必要としています」


少女がそう言うと、俺の前に青い光の扉がすっと開いた。中に広がる空間からは、かすかに冷たい霧が流れ出し、独特の静けさが漂っている。


「では、行ってきます」


俺は青い扉の向こうに足を踏み入れ、ゆっくりと霧の中に包まれていった。


目を開けると、俺は深い森の中に立っていた。


森はひんやりとした空気に包まれ、あたり一面が薄い霧に覆われている。地面には、苔が広がり、まるで何百年も誰も足を踏み入れなかったかのような静寂が支配していた。木々はどれも古く、枝が絡み合っていて、まるで森全体が一つの生き物のように見える。だが、どこかおかしい。よく見ると、木の幹や枝のあちこちに、鏡のような光沢のある部分が散らばっている。


「……鏡?」


俺は近くの木に手を伸ばし、鏡のように光る部分に触れてみた。すると、そこに映ったのは見覚えのない景色だった。小さな家が立つ農村のような風景、暖かい夕焼け、そしてどこか懐かしさを感じさせるような、家族の笑顔。まるで、誰かの“記憶”が映し出されているかのようだった。


「ここは“鏡の森”と呼ばれる場所です」


再び彼女の声が背後から聞こえた。振り返ると、彼女が少し離れたところで俺を見つめている。


「この森には、過去に消えた記憶や忘れ去られた思い出が“鏡”のように宿っています。人々の記憶が集まり、木々や草の表面に映し出されているのです」


「でも、ここに記憶が残ってるのは……誰かの思いがこの場所に残ってるってことか?」


少女はうなずき、少しだけ眉をひそめた。


「そうです。けれど、この森には“欠けたもの”があり、それゆえに記憶は不安定で、時間と共に消え失せてしまう運命にあります。あなたには、この森に“欠けたもの”を与えて、記憶を安定させる方法を見つけてほしいのです」


俺は森の中を見回しながら考えた。もしこの森に集まっているのが“記憶”だとすれば、森が“記憶の拠り所”としての役割を持てばいいんじゃないだろうか。だが、それには記憶を安定させ、森全体に“記憶”が染みつくような何かが必要だ。


俺はふと思いつき、深呼吸をして空気に集中した。ここに必要なのは、おそらく「流れ」だ。記憶が一つの形をとって留まり続けるには、それを支える基盤が必要だろう。


「……“記憶の湖”を作ってみるのはどうだろう?」


少女が目を細め、興味深そうに俺を見つめる。


「記憶の湖……?」


「ああ。この森の中心に、記憶が集まる湖を作るんだ。湖が森全体の記憶を吸い上げて、まるで“意識”があるかのように流れを生み出す。そうすることで、記憶が消えずにずっと残り続けられるかもしれない」


少女は静かにうなずいた。「試してみてください」


俺は森の中心と思しき場所に歩みを進め、地面に手をかざした。心の中で“記憶の湖”を強くイメージし、そこにすべての記憶が流れ込む姿を描き出す。


すると、少しずつ森の地面が輝き、やがて中心に淡い光を放つ湖が現れた。湖は透明な水をたたえ、静かにゆらめいている。そして、湖の表面には、森の中の“記憶”が次々と映し出されていく。人々の懐かしい日々、遠い過去の笑顔、そして忘れられた夢の数々。湖が森全体の記憶を吸い上げ、鏡のように映し出し始めたのだ。


「……うまくいったのか?」


湖面を見つめる俺の肩越しに、少女が小さく頷く。


「ええ。これで、この森の記憶は湖に定着し、永遠に失われることはなくなりました」


俺は安心して息を吐き出し、再び湖面を見つめた。だがその時、湖の中に奇妙な影が揺らめいていることに気づいた。影は徐々に形を持ち始め、やがて一つの姿を結び始める。それは、こちらをじっと見つめる“何か”の姿だった。


「この影は……?」


「おそらく、森の記憶が意識を持ち始めたのでしょう。この湖に定着した記憶の意識が、あなたに感謝の意を伝えようとしているのかもしれません」


影は水面からゆっくりと顔を上げ、目が合うと小さく頭を下げたかのように見えた。それは温かなものではなく、記憶の断片が寄り集まった冷たい存在だったが、不思議と悪意は感じられなかった。


「君が、この森の守護者……いや、“記憶そのもの”になったのか?」


影は静かにうなずくと、再び湖の中へと溶け込むように姿を消した。その瞬間、森全体に穏やかな風が吹き抜け、森の木々が一斉にざわめき始めた。これが“記憶の流れ”か――俺の創造が、森に命のような流れを与えたのだ。


「ありがとう。あなたのおかげで、この“鏡の森”は永遠に生き続けることができるでしょう」


少女が微かに微笑み、俺を見つめている。


「俺の役目は、これで終わりか?」


「ええ。あなたは次の世界へと向かうことになります。また新たな“欠けたもの”を探し、創造を施す旅が続くのです」


俺は再び森を振り返り、湖に映し出された記憶の数々に一瞬だけ別れを告げた。次の世界にはどんな“欠けたもの”が待っているのだろうか……。胸に期待と不安を抱きながら、俺は再び扉の向こうへと歩き出した。

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