「砂漠の種、孤独のゴーレム」
暗闇に包まれ、身体が浮遊するような感覚の中で、意識がぼんやりと遠のいていく。そして気づくと、俺は砂の上に立っていた。
あたりは、果てしなく広がる砂漠だった。空は鈍色で、太陽も月も見当たらない。風はなく、空気はじっとりと重い。耳を澄ましても何の音も聞こえず、砂漠はただ静寂に支配されている。乾燥しきった砂の上には足跡ひとつ残らないほどの閑散さで、生き物の気配もない。
「ここが最初の“未完の世界”です」
あの少女の声が背後から聞こえた。振り向くと、彼女は先ほどと同じ無表情で俺を見つめている。いつの間にか、この世界まで俺に付き添ってきていたらしい。
「この世界は“砂の原野”と呼ばれています。ですが、この原野には“命”が存在しません。あなたが創造者として、この世界に欠けたものを見つけ出し、新しい命をもたらさなくてはなりません」
「命、か…」
言葉の意味はわかるが、どこから手をつければいいのか見当もつかない。無限の砂に覆われた広大な世界に、ただ一人の“創造者”として立っているという事実に、奇妙な孤独感が胸に広がっていく。目の前には、救いも温かさもない荒野が広がっているだけだ。
「この世界が必要としている“欠けたもの”が何か、どうすればわかる?」
「それはあなた自身の想像に委ねられています。思い描いたものがこの世界に現れると信じて、あなたの手で命を吹き込んでみなさい」
言われるがまま、俺は目を閉じ、この広大な砂漠にとっての“命”について考え始めた。命と言ってもいきなり人を作るのは無理があるし、何よりここには植物も動物もいない。砂だけの空間にまず必要なのは、生きる力の“源”……そうだ、種を蒔くことで何かが始まるかもしれない。
イメージを強く描き、目を開くと、俺の掌の上に小さな「種」が現れていた。手のひらに乗せたそれはかすかに温かく、砂の中でも力強く芽吹く生命の象徴のようだった。
「これは……“命の種”?」
少女が少し驚いた表情を見せたが、すぐに興味深そうに微笑んだ。
「その種に、砂の一粒一粒が宿す意思を感じ取れるように、力を与えてみてください」
彼女の指示に従い、俺は砂の上に種を埋め、手のひらをかざした。すると、種からほのかに光が放たれ、埋めた場所から何かが動き出す気配がした。砂が緩やかに集まり、やがて一つの人型を成し始める。
次第に姿を現したのは、まるで砂そのものから生まれたかのようなゴーレムだった。高さは俺の腰ほどで、全身が砂で構成されている。それでも、目に見えない何かが確かにその内側で脈動しているのが感じ取れる。
「……あれ? 俺が作った……のか?」
「ああ、そうです。あなたの想像が形を得て、この砂の世界に“命”が宿りました」
砂のゴーレムは、ぼんやりとした目でこちらを見つめている。その視線はまるで幼子のようで、初めて見る世界に対する不安と好奇心が入り混じっているようだった。
「お前は……どこから来た?」
ゴーレムはしばらくこちらを見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「わたし……あなたが作った?」
その声はかすれていて、まるで砂の中から響いてくるようだった。意識が芽生えたばかりの存在である彼は、何もかもが初めてのように戸惑っている。
「ああ、お前を作ったのは俺だ。この砂漠に、命を宿すために」
「さばく……。ここに……命を……」
砂のゴーレムは周囲を見回し、そして砂の大地に手をついた。その瞬間、砂の表面がさざ波のように揺らめき、少しずつ動き出していく。砂そのものが彼の意思を受け取っているようだった。
「もしかして、この砂漠全体が……お前と繋がっているのか?」
「わからない。でも、砂がわたしにささやく」
俺はゴーレムの言葉を聞きながら、この世界に初めての「命」が生まれたことを実感していた。ゴーレムが砂と一体化していることで、この砂漠にわずかながら“動き”が生じ始めているのだ。砂漠全体に微かな生命の波が広がっていくのを感じ取ることができた。
「やったな。お前がいることで、この砂漠に動きが出てきた。これが俺の……いや、“創造者”の仕事ってことか」
俺は一人頷き、ゴーレムの頭をぽんと軽く叩いた。ゴーレムはわずかに嬉しそうな表情を浮かべ、砂漠に溶け込むように歩き出していった。その姿は頼りないながらも、確かにこの世界を守る存在としての“意志”を感じさせた。
少女は黙って俺の創造の過程を見守っていたが、ふと口を開いた。
「こうして砂漠に命を宿したことで、この“砂の原野”もまた一つの世界として形を整え始めました。しかし、あなたの創造の結果が、この世界にとって本当に良いものであるかどうかは、まだわかりません」
「どういうことだ?」
「たとえば、あなたが蒔いた“命の種”がこの世界を満たすまでに、他のものを犠牲にするかもしれません。このゴーレムが、他の存在に対してどう振る舞うかもまた、未来次第です。創造とは、一つの可能性を呼び込む行為に過ぎません」
俺は彼女の言葉の意味を噛みしめ、改めて砂のゴーレムを見つめた。彼が、この砂の世界でどんな存在になるかは、もしかすると俺にも、彼自身にもわからないのかもしれない。
「創造者として、俺が責任を持ってこの世界を見守っていくしかない、ってことか」
「ええ。あなたが作り出したものが、何を成し、どんな未来を紡ぐか。それを見届けるのが“創造者”の務めなのです」
少女の静かな声が耳に残る。俺はこの世界を振り返りながら、彼女と共に来た道を戻り、再び「虚無のアトリエ」へと戻るための扉に向かって歩き出した。
こうして、俺の最初の“創造”が終わりを迎えた。
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