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いつかまた、この花が咲く時に  作者: 月ヶ瀬明。
第一章 『魔女の洗礼』
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第一章5 『不気味な森』


「─────ぇ…ぁ?」


こんな腑抜けた声が出てしまうが、それは至極当然のことだ。先程まで、地獄と化したリーカナの街中に居たはずなのに、どこかも分からない森の中にいるのだ。


「──────ぁ?」


状況が飲み込めない。否、飲み込めるはずがない。

ここは何処なんだ。何故ルイはこんなところにいるんだ。何一つ検討がつかない。


裏路地の奥で瀕死の状態に陥っていた少女のことを守ろうと、背後から迫ってきている怪物の攻撃を防ぐべく、ルイの唯一使える攻撃魔法を行使した瞬間、視界が光に染っていき、気付けば今いる森の中にいたのだ。


「──────」


意味が分からない。頭をフル回転させても何一つ考えが思いついてこない。

こうなった要因は何一つ分からないが、とにかく──、


「───気味が悪いな……」


視界が非常に暗く、樹木や草が鬱蒼としている森。肌寒いような感覚が全身を襲う。そして、森の中はやけに静寂を保っており、非常に気味が悪いのだ。

こんな何処かも分からない不気味な森の中には一秒たりともいたくない。

だが、右も左も分からない場所なので、下手に動くと遭難してしまう可能性もある。

けれども───、


「早く出たいな……」


こんな不気味な森の中から早く抜け出したい。故に、ルイは森の中を歩き出していた。

正確な時刻は分からないが、空を見上げる限り、現在の時刻は深夜だ。

月の光が地上に照らされるが、周囲に生え揃う樹木の影に苛まれて、まともな光源が何一つない。

視界は薄暗く、周りの地形なども上手く把握出来ていない。

日が昇るまで行動は控えておいた方が良いと思うのだが、今のルイにはそんな考えは思い浮かんでこなかった。


その場に留まっていると、全身を込まなく襲う恐怖心に苛まれ、平常を保つには行動せざる負えないのだ。


「──────」


大地を踏みしめて、ルイは身構えながら恐る恐る森の中にへと進んで行く。

とにかくルイは前に進んだ。この方向が正解の道なのかは分からない。だが、ルイは自分を信じて進むしか無かった。

頭痛も健在であり、痛みに思考が紛らわされる。そして、急に未知の場に飛ばされた事に対する恐怖心が交わり、頭がどうにかなってしまいそうだ。


今すぐにでも泣き出したい、逃げ出したい。何故あのような理不尽を、恐怖心を味わわなければならないのだ。

そんな負の感情を押し殺して平常を保つ為に、ルイは歩き続けるしかなかった。


何故か息が覚束無い。歯をガタガタと震えて、足も尋常じゃない程に震えている。そんなポンコツな体を叱咤して、ルイは歩き続ける。


「──────」


「─────っ」


自身の足音以外は何一つ聞こえず、異常な静寂を保っていた森だったが、微かに草が動いたような音が鼓膜に響き渡り、恐怖に息が詰まった。

そんな物音でさえも恐怖の対象であり、ルイの心を蝕んでくる。


一体この音の正体はなんなのだろうか。風で草が靡くにしても、今は一切風が吹いていないので有り得ない。


「──────」


何か生き物がいるという考えが浮かび上がった。だが、これと同時にリーカナでの嫌な思い出が蘇った。

裏路地の奥から聞こえた音の正体を調べるため、ルイは音の聞こえた方向へ行くと、そこには死体があったのだ。

その事がトラウマになっており、ルイは足を止めて身構えた。全身に熱が伝わり、額に汗が滲む。やけに鼓動が五月蝿く、鼓膜に響き渡った。


恐怖心に蝕まれて足が動かず、その場で停止していると、再度音が聞こえてきて、ルイの鼓膜にぞわりと響き渡る。

だが、聞こえてきた音は───、


「─────ん」


「──────ぁ?」


ルイの耳に聞こえてきたのは、唸り声のようなものだった。その声は小さく、聞き間違いという可能性もあるが、確かにそう聞こえたのだ。

ルイの他にも人間がいるかもしれない。そんな考えが浮かび上がった。恐怖心でどうにかなっていたルイは、その考えは一種の希望だった。

音の正体に縋ろうと、再びルイは音の聞こえた方向へと歩き出していた。

溺れているような感覚だった。そこから這い上がるようにルイは歩いていった。


「───なぁっ!?」


そこには、服が血や土などで汚れ、ボロボロな姿を見せながらも、夜の暗闇にも負けないほどの美貌を輝かしている少女───裏路地の奥で瀕死の状態でいた少女が地面に倒れていた。


その少女を認識した瞬間、ルイはすぐさま少女の傍に駆け寄った。

気絶しているのか、目は開いておらず、どこか苦しそうな表情を浮かべながら、微かに唸り声を漏らしていた。

少女の呼吸を確認すると、呼吸は浅かったが、浅いだけであってまだ生きている。

改めて少女の身体を見ると、無数に傷が刻まれており、その姿は見るに痛々しい。


「治さないと…」


ルイは少女の身体に両手を向けた。心を落ち着かせて手元に集中する。すると、少女の身体が温かい光に包まれていく。治癒魔法だ。魔法の才能が乏しいルイが唯一使える魔法だ。


魔法には、火、水、風、土、光、闇の六種類存在する。その六種類の中で、光属性が治癒魔法を使用する事が出来る。ただ、光属性だからと言っても、才能が無ければ使えることは出来ない。

世界的に見ても治癒魔法を使える者は少ないが、ルイはそんな貴重な魔法を使えることが出来るだ。


光属性の魔法は主に支援魔法だ。一方で、闇属性を除く他の四種類の魔法は、殆どが攻撃魔法であり、その事にルイは嫉妬の念を抱いていた。理由は単純であり、攻撃魔法を使える方がかっこいいと思っていたからである。

だが、今この瞬間だけは治癒魔法が使えて良かったと思う。

少女の身体に刻まれた傷口が、みるみるうちに塞がっていく。


「よし……」


恐らく大丈夫だろう。少女の身体に刻まれた傷口の殆どが塞がり、少女の呼吸も徐々に安定してきている。だが、安心する暇はひとつもない。


「どうしようかな……」


見知らぬ地、気絶している少女、暗闇。この全てが混ざり合い、状況は最悪極まりないのだ。

ただ、ルイの他にも人がいる事実が少しばかり心を救ってくれた。だが、その人物は瀕死の状態であり、今は意識を失っている。


ルイの気持ちとしては、今すぐにでもこの森から逃げ出したいのだが、森の中は暗く、迂闊に行動するのは自殺行為に等しい。

それに、ルイの傍で地面に倒れている瀕死の少女もいるのだ。少女は見知らぬ地で無防備な状態で倒れている為、あまりにも危険すぎる。


そんな少女を守れるのはルイしかいないのだ。それにルイは誓ったのだ。その少女を守るのだと。

世界は暗闇に染まり、森の地形が殆どが暗闇に阻害されて把握出来ない。故に、行動を開始するなら日が昇る時だ。

その時まで───、


「見張るか……」


日が昇る時までルイは周りを見張ることにした。少女の傍らに生えている樹木に背を預けて、常に少女が視認出来るようにする。

いつ少女に変化や危険が生じても、直ぐに対応出来るようにする為だ。

だが、当のルイも精神的にも体力的にも限界に近い。


たった一日で色々な事が起こりすぎた。裏路地の奥で頭の潰れた二人の死体。何者かによるルイの頭への衝撃。地獄と化した城郭都市リーカナ。容赦なく人間を惨殺していく不気味な怪物。そして謎の転移現象。

そんな多すぎる情報量に、ルイの脳は混乱を極めて、それが疲労にへと変換される。


疲れた。とにかく疲れた。

今すぐに身体を休めたいのだが、ルイには使命があるのでそれは出来ない。

全身が鉛のように重く、そのまま地面に落ちていってしまいそうな感覚がするが、有り難い事に、未だに頭痛が続いているので、何とか意識を保っていられそうだ。


ただ、その頭痛は時が経過した今でも酷い痛みを保ったままである為、もしかすると、日が昇るまでこの痛みに耐えなければならないかもしれないのだ。お先真っ暗な状況だが、崩壊寸前の心を何とか奮い立たせて耐える。


「ま…余裕だろ」


非常に小さく、あからさまに自信の無い声音が、ただの強がりだと証明させる。

見張りの仕事はいつもやっている事だ。だから、日が昇るまで少女や周りの様子を見張っているのは余裕な事だ。

そう自分に言い聞かせから、ルイは倒れている少女に目を向けた。


「俺が…絶対守ってやるからな」


街の人々が謎の怪物達に襲われているのにも関わらず、兵士であるルイは逃げ出してしまった。その贖罪の意味も込めて───、



ღ ღ ღ



どれくらい時間が経ったのだろうか。感覚で言えば、丸一日見張っていた感覚がする。だが、実際にはほんの数時間程度なのだろう。


溜まりに溜まった疲労が蓄積を続け、身体と瞼が非常に重い。酷かった頭痛は殆ど消えており、何度も意識も手放しかけたが、こうしてルイが意識を保っていられる理由がこれだ。


「─────っ」


ルイは自身の指を思いっきり噛んだ。この際に生じる痛みによって、何とか意識が手放されるのを耐えている状態だ。


もう手の指は全部噛んだ。手は血だらけであり、乾いた血がこびりついている。その姿は見るに痛々しい。口の中に流れ出た血の味常に充満しており、頭がおかしくなってくるが、こうでもしないと到底意識を保っていられない。

痛みによって何とか耐え凌いでは来たものの、徐々にその痛みは薄れてきている。身体が痛みに慣れてきているのだ。


既にルイは限界に達していた。だが、それでも見張ることは辞めなかった。だってルイは誓ったのだ。この少女を守るのだと。


「──────」


ふと空を見上げた。高く聳え立っている樹木に苛まれて非常に見にくいが、徐々に空が明るくなっているような気がする。それがただの見間違いなのかもしれない。


だが、ルイの心には微かな希望が宿った。

もうすぐで日が昇る。その時には少女を連れて森を出よう。

そう心の中で喜びを思いながら、ルイは少女に視線を移した。


少女の体調は恐らく大丈夫だろう。最初見た時、少女の顔はどこか苦しいような表情を浮かべていたが、今は落ち着いており、安らかな寝息を立てている。


ルイは自傷までして必死に起きているのにも関わらず、目の前の少女はスヤスヤと寝息を立てて安らかに眠っている。


「ふっ」


自然と笑いが込み上げてきた。普段のルイなら、もしこのような状況になった時、自分と少女の待遇の差に苛立ちを感じると思うのだが、今のルイにはこの状況が良いと思っているのだ。

少女が安らかで眠っていられるのならそれでいい。そう思えてしまい、自分の頭がおかしくなったのだと、つい笑いが吹き出てしまった。


少女の安らかな寝顔と、徐々に明るくなってきている空を見て、ルイは頑固たる意志を胸に叩きつけた。


───このまま日が昇るまで絶対に耐えて、この少女を守ってみせると。


「───起きたらどうしようかな…」


時間が経てば、やがて少女は眠りから覚めてくるだろう。そうなった時、この状況をどう説明したものか。

空を見上げながら、そんなことを思っていると、ルイの耳に音が聞こえてきた。


「──────ん」


一瞬何事かと思ったが、その音は聞き覚えのあるものだと認識した。

すぐさま少女の顔を見ると、少女は目を擦りながら唸り声を漏らしていた。


「───!?」


ルイは少女の身体が動いていることに驚愕していると、目を擦っていた手が退けられた。


少女は目は微かに開かれており、朝の目覚めに不服そうな予感を漂わせている。


「良かった…」


少女が目覚めた事に安心していると、急に意識が暗闇にへと反転していった。既にルイは限界を大幅に越しており、今まで起きていられる事自体がおかしなことだったのだ。


意識を手放さまいと、ルイは必死に暗闇から抜け出そうとするが、身体は何一つ言うことを聞いてくれない。

そのままルイの意識は暗闇の奥底にへと落ちていった。



ღ ღ ღ



気づけばルイは地獄にいた。阿鼻叫喚が飛び交っており、それが脳内に響き渡って、頭がぐちゃぐちゃに狂わされる。


───なんで逃げたんだ。


───なんで助けなかったんだ。


───お前なんて殺してやる。


───お前なんてクズ、早く死んでしまえばいい。


そんな罵詈雑言と糾弾を亡者から浴びせられながら、ルイは震える足を叱咤して逃げ続けていた。


「もうやめてくれ…」


力を込めて耳を塞ぐが、容易に手を貫通して鼓膜に響き渡る。

五月蝿い。何も考えたくない。もうやめてくれ。


ルイを追いかけている亡者は恐ろしい者だった。全員が血だらけであり、体の一部を損傷している者も多くない。

首から上が存在しない者や、下半身が存在しない者、両腕が存在しない亡者が、剣、槍、斧など多種多様な武器を所持し、明確な殺意の元、ルイを追いかけ回している。


「助けてぇ……」


暗闇に向かって助けてくれるが、当然暗闇は何も答えてくれない。


「あっ……」


足がもつれてしまい、ルイは顔面から転けてしまう。

咄嗟に両腕を出して受身を取ったが、衝撃が腕の骨に響き渡り、やがて痛みがやってくる。

背後に迫る脅威から逃げる為、ルイは立ち上がろうとするが、腰が抜けて上手く立ち上がれない。

突然亡者達はその事に気に求めずに、徐々に距離を詰めてきている。


「やだ…いやだぁ……」


上手く立ち上がれない為、ルイは這いつくばって必死に逃げようとするが、その速度は非常に遅く、やがて亡者達に追いつかれてしまう。


そしてルイに追いついた亡者達は一斉にルイに向かって刃を振り下ろしてくる。


「ああぁぅ…ぁぁぁ……」


全身を刃で斬られ、刺されて、あまりの痛み叫ぼうとしたが、喉が機能していなかった。視界が赤く染まり、既に命は尽きかけていた。

だが、亡者達は手を止めずに、何度も何度もルイの身体を痛めつけてくる。

そして等々、赤く染った視界が黒くなっていき、意識が手放されそうになった時、ルイの鼓膜に響き渡り、渦巻いた。


───逃がさない。


と、そう聞こえたと同時に、ルイの命は潰えた。



ღ ღ ღ



「ああああああああああああああああ!」


叫び声を上げながらルイの意識は覚醒した。身体中に熱が籠っており、額に汗が滲んでいた。

人生の中で一番と言っていいほど最悪の目覚めだ。鼓動も五月蝿く、息も荒くなっていた。


「そうだ、あの子は!?」


悪夢の事などどうでも良くなり、一気に焦燥感が募って、余計に身体中が熱くなり、流れる汗の量も増えた。

少女が目覚めた事に安心しきって、うっかり寝てしまった。日が昇るまで少女を見張ると誓ったのにも関わらずだ。

慌ててルイは起き上がり、先程まで少女が倒れていた方向に視線を向けようとすると───、


「どわぁぁぁぁぁあ?」


眼前、人の顔が間近に迫ってきており、驚愕のあまりにルイは起き上がって早々、後ろに倒れてしまった。


「驚きすぎじゃない?」


真上、間近に迫った顔に驚いて後ろに倒れた様子のルイを見て、少女は微笑みながらそう言った。


「え…いやぁ、ごめんごめん。だって目の前に顔があるもんだからさ」


後ろに倒れた衝撃で軽く頭を打ったため、右手で頭を擦りながらルイは再び起き上がった。ちなみに裏路地で受けた際の頭痛は既に消えていた。


「あぁ、ごめんね。なんか苦しいような顔で唸ってたから心配だったんだ」


「あぁ…心配してくれてありがとう」


先程の少女と同じように、ルイも苦しそうに唸っていたそうだ。その理由は確実についさっき見た悪夢であると思うが。

ルイの事を心配してくれた事に、少々照れくさいながらも感謝する。


「どういたしまして」


少女が笑顔でそう答えると、ルイは地面から立ち上がった。後ろ見ると、先程まででは場所が違っており、少女が運んでくれたのだと予想される。

枕元には、近くの草を抜いて合わせた超簡易的な枕がある。だが、その枕はあまりにも薄すぎる為、殆ど枕を意味をなしていないが、その気遣いに心の中で感謝した。


眼前、少女を目の前にすると、まず先に思ったのが少女の有り得ない美貌さだ。

髪はショートカットで、漆黒を感じさせるような黒色であり、まるで終わりのない終焉を連想させる。

その下には、緩やかで美しく、宝石のように輝いた薔薇色の瞳が、こちらを見据えている。

美しくもあり、可愛げのある面差しは、世界中の人々を虜にしてしまう程の魅力を醸し出していた。

服は黒を基調とした服装であり、目立った装飾などはなく、至ってシンプルな感じだが、それもまたいい。

そのシンプルさが、少女の美しさをより美しいものへと際立てているからだ。

首元には花の模様をしたネックレスが付けられており、花の美しい模様と少女の美貌が上手く合わさっていた。


そんな美貌だけではなく、声も本当に美しい。

耳に透き通るような心地の良い声であり、聞き続けていると耳が溶けてしまいそうな程の甘い声だ。


「ねぇ、そういえば君、名前はなんて言うの?」


首を少しばかり傾けて、ルイに名前を利いてきた。少女の落ち着きようは異様だ。見知らぬ地で見知らぬ男を一緒にいる状況だ。パニックになってもおかしくないが、目の前にいる少女は平然とした様子だった。


「え…あぁ…俺のなま──」


「あっ!?人に名前を訊く時は自分から名乗るのが礼儀だよね?ごめんね!」


少女の平然とした様子に少々困惑しつつも自分の名前を言おうとすると、急に少女が声を被せてきて自分の番だと言い張った。

明るいにも程がある態度だ。人と接することに馴れ切っているのか。


「私の名前はシエナ、シエナ・ユリアーネって言うの!シエナって呼んでいいよ!宜しくね!」


胸に手を当てて、自身をシエナ・ユリアーネと名乗った少女。

そして初対面早々にも、シエナは呼び捨てで構わないと言い張り、ルイは困惑を極めていた。


ルイの目の前にいるシエナと名乗った少女は、有り得ない程の美貌の持ち主であり、ルイも一目見た瞬間に心が引き寄せられてしまった。

だが、その心は現在離れかけている。ルイの好きな人のタイプは、大体シエナと当てはまっているが、一番の問題となるのはその性格だ。

ルイとしては常に落ち着きのあるお嬢様系の女性がタイプなのだが、一方のシエナは正反対であり、性格が明るすぎるのだ。

一番大切な部分が正反対な為、シエナに対する感情が変になっている。好きではないが、普通以上といった所だ。


だが、仮にシエナの性格が落ち着きのある性格だと、常に気まずい空気が流れて、地獄のような空間になり、この先が思いやられるので、これで良かったのかもしれない。ここまで性格が明るい必要性はないのだが。


「シエナか…よろしくね」


「で、君の名前はなんて言うの?」


「俺の名前は、ルイ・ミラネスって言うんだ。こちらこそ宜しく」


「ルイか…じゃあルイくんって呼んでもいい?」


「え?あぁ…いいよ」


こんな可愛らしい少女からいきなり親しみを込めた呼び方をされて、少々照れ臭く思えてきた。明るいと言うか、馴れ馴れしいと言うか。だが、気まずい空間になるかはいい。


「それでルイくん。その傷どうしたの?大丈夫なの?」


「あぁ、これか。うん大丈夫。ちょっと色々あっただけだから」


シエナは視線を落として、ルイの手に向けた。手元を見ると、指中乾いた血で汚れており、無数に噛み跡が残っている。

この傷はルイが意識を保っている為に自傷した傷跡だ。あの時は呆然としていたので何も思わなかったが、改めて傷口を見ると非常に痛々しい。

罪悪感を感じさせそうなので、本当の事をシエナに言うつもりはない。シエナは知らないままでいい。

まだ少々痛みが残っているので、ルイは治癒魔法で傷を治すことにした。手元に集中して、左右順番に傷を癒していく。


「おぉ、治癒魔法使えるんだ。凄いねぇ」


「使えるっちゃ使えるんだけどね。そんな大したものじゃないよ」


ルイは貴重とされている治癒魔法を使えるのだが、治癒魔法の中にも才能の有無があり、ルイは治癒魔法の才能が無いのだ。

ルイが使えるのは微々たる力であり、治せるのは擦過傷程度なのだ。

そのまま温かい光が手元を包んでいき、指の傷が全て塞がっていった。


「治癒魔法使えるってことは…私の傷も治してくれたの?」


「あぁ、そうだよ。治しといた」


「ありがとね」


「どーもどーも」


シエナに笑顔で感謝を受け、ルイは少しばかり視線を逸らしながら適当にそう答えた。

真っ向から感謝されるのは少々照れくさいことだ。それも女の子からされるなんて尚更だ。それにしても───、


「なぁ、シエナ。リーカナで何があったか分かるか?」


ルイは裏路地で気絶していた為、リーカナで起きた事が殆ど分かっていない。

なので、同じ境遇であるシエナにそう訊いてみるが───、


「いや、あんまり覚えてないな…。っていうかさ」


そう言い、シエナは周囲を見渡してから話を変えた。


「で、ここって何処なの?なんで私たち森の中にいるの?」


「あぁ、そうだったな。俺も分からないんだよな」


現在の状況を思い出し、ルイは頭を抱えた。シエナは気絶していた為、状況が理解出来ていないのも当然だ。起きていたルイも分かっていないのが難点なのだが。


「確か私、リーカナにいたはずなのにね」


「俺もだよ…なんか知らないけど気づいたらここにいたんだよ」


「不思議だねぇ…」


ルイが状況を理解した時、頭の中が混乱し、とても平常ではいられなかったが、一方のシエナは不思議の一言だけで片付けてしまう。良くぞここまで平常でいられるものだ。


「とりあえず、ここにいても仕方がないから早くこの森から出て人里でも探そうか」


「確かにな、それが一番いい」


現在確認出来ていることは、ルイたちが見知らぬ森の中にいるという事のみだ。

シエナの言う通り、近くの人里を見つけて現在地を把握し、あわよくば助けてもらいたい。だが───、


「どの方向に進むんだ?この選択間違えたら二人とも遭難して死ぬぞ」


人里を探すと言っても、周囲には草木が生え揃っているだけで、とても人里なんてものはない。

故に、森の中を進んでいくのが正解なのだが、進む方向を間違えると確実に遭難してしまう。

生死を賭けた選択になってしまうのだが───、


「ルイくんこっち行こ!」


「そんな安安に決めていいのかよ…」


シエナはある方向に指を指して、選択を決定してしまうが、その事に対してルイは苦言を呈す。


「いくら考えたって手掛かりもないんだし何も分からないでしょ?だったら適当に決めちゃえばいいじゃん」


「まぁ、確かにそうだな…」


シエナの言う通り、いくら考えたって正解の道は導き出せない。

それなら森の中を我武者羅に進んでいくのが正解なのかもしれない。少々不安が残るが、それしか選択肢はないのだ。


「よし!じゃあ決定ってことで、早く行こー」


「分かった分かった」


普通なら絶望に駆られてしまう状況だが、何故かシエナは常に陽気な様子でいる。

先程からそうだ。この異様な状況を、シエナは直ぐに飲み込んでいる。

流石にここまで平常でいられるのはおかしい。

まるで、最初からこの状態を理解しているかのように。否、それは考えすぎか。


こうしてルイとシエナの二人は一緒に森の中にへと進んで行ったのだった。



ღ ღ ღ



「ルイくんの服装を見る限り、ルイくん国の兵士さんだよね」


「あぁ、そうだよ」


「だったら虫から私の事守ってくれない?」


「俺も虫苦手だから一目散に逃げるだろうよ」


「えぇ〜頼りないなぁ」


「仕方ないだろ…俺も虫嫌いなんだし」


「じゃあ虫でたらルイくん盾にして逃げるね」


「それだけはやめろ。逆にシエナ盾にしてやるからな」


そんな軽口を言い合いながら森の中を進んでいた。

一体どのくらい森の中を進んでいるのだろうか。

多少の疲労は残っていたが、こうしてシエナと話していると、不思議と疲労と時間の経過はあまり感じられなかった。


こうしてルイが軽口を言えるほど平常でいられるのは間違いなくシエナのおかげだろう。


シエナと軽口を言い合いながら木の根っこや草木を踏み越え、道なき道を進んでいく。

そうして───、


「ねぇ見てルイくん!そろそろ森を抜けそうだよ!」


「まじ?」


いきなりシエナは前方を指差して叫び出したので、ルイはパッと顔を上げて前方を見ると、途中で草木が無くなっており、青い光が見えていた。


「よっしゃ、早く行こ!」


「うん!」


ルイは青い光に向かって一目散に走り出した。期待を胸に、そのまま走って、走って、走って───、


「───まじか」


森の中を抜けると、そこは崖だった。その崖の下に広がっているのは広大な森だ。


「シエナ、ここ崖だぞ」


「えっ?危な」


後に到着したシエナに崖であることを忠告すると、シエナは途切れた地面を見て肩を跳ねさせた。


「───街あるじゃん」


「え?」


崖の上から呆然と景色を眺めていると、ルイは遠くの方に城壁で囲まれた街があることを発見し、直ぐにシエナに伝えた。

長く目指していた人里を見つけて、一安心したかったのだが───、


「まじかよ……」


眼下にある崖のあまりの高さに、遠回りせざるおえず、ルイは絶望に駆られるのだった。





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