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いつかまた、この花が咲く時に  作者: 月ヶ瀬明。
第一章 『魔女の洗礼』
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第一章4 『また逢う日まで』


「───ぇ?」


裏路地の奥から聞こてえきた謎の音が、妙にルイの耳に残っていた。

何かが潰れるような音。否、それが何が潰れた際に生じた音かどうかは定かでは無いが、ルイはそんな風に聞こえた。


軽い音ではなく、重い感じの音。何かしら大きい物体が潰れたのだと思わせられる。

耳を凝らしたおかげか、ルイの耳には謎の音が鮮明に聞き取れたのだ。


自分以外に謎の音を聞き取れた者はいないかと、ルイは周囲を確認したが、他愛もない話し声が聞こえるだけで、誰も気が付いていない様子であった。

ルイだけが聞こえた謎の音。その正体を判明させる為に、ルイは自然と裏路地へと足を踏み出していた。


「──────」


建物同士が密集している為、陽の光が入りにくく、裏路地の中は非常に薄暗く、気味が悪い。

活気に溢れている大通りとはまるで違く、この場所だけ空間が違っているようにも思えてくる。


嫌な予感がする。このまま奥へと進んで行けば、何かしら不吉なことが起きると、本能がそう叫んでいるが、ルイの足は留まることを知らなかった。


これが好奇心というものなのだろうか。裏路地に対しての恐怖心が強まり、今すぐにでもこの場から逃げ出したいと言う気持ちが強いのだが、音の正体が気になって仕方がないのだ。


自ら恐怖心を味わって、それを楽しんでいる者も中にはいるらしいが、ルイは一切そういう類の人間ではない。

ルイは自らが危険な目に合うようなことは、絶対にしないタイプの人間だ。

それに、本能がこの先は危険だとルイに訴えかけているのだが、何故か足は止まらないのだ。

だとしたら何故、何故、何故─────。


「─────」


───ルイはこの音の正体に引き連れられている。


ルイは音の正体に引き連れられているのだ。裏路地の奥に恐怖心を覚え、本能がこの先は危険だと訴えかけているのだが、音の正体がそれを全て覆してくる。

ならば、ルイを引き連れている者の正体が気になって仕方がない。余計に足が止まらなくなってしまう。


恐怖に脳を犯され、本能が五月蝿く警報を鳴らし続けている。だが、ルイの足は止まることを知らずに、そのまま進んで、進んで、進んで───。


「──────ぁ?」


ルイの足元に変化が生じた。変化と言っても些細なことなのだが、靴に水が触れたような気がしたのだ。

水溜まりだろうか。だが、ここ最近は雨は降っていないので、水溜まりが出来るわけがないので、すぐに考えを棄却した。

なのであれば、何かしらの液体が地面に零れているのではないかと思ったが、同時に疑問が生まれる。


誰がこんな不気味な裏路地に何かしらの液体をぶちまけたのか。

と言うかそもそも、液体というのは、ルイが勝手に自己解釈しているだけであって、それが液体なのかどうかも分からない。


故に、ルイは視線を地面に落とした。足元に広がる液体の正体を見るために───。


眼下、ルイの足元を赤い液体が埋めつくしていた。


「─────っ」


怯えきった声を漏らしたながら、ルイは体制を崩し、尻もちを着いてしまう。

体を守ろうと、咄嗟に地面に着いた手には、先程の赤い液体が汚く付着していた。


「───こ…これって……」


手に付着した赤い液体、足元を埋め尽くす赤い液体。これらを見て、ルイは瞬時に理解した。


この赤い液体の正体は血なのだと。


そう理解した瞬間、恐怖心が絶頂に達し、寒気が全身に過ぎる。その寒気に全身が小刻みに震え、完全に身動きが取れなくなってしまう。

ルイの鼻腔には、何とも言えない血の匂いが蹂躙して、一気に吐き気が混み上がってくる。気付けば、裏路地には血の匂いが充満していた。


今まで何故この匂いに気付かなかったのか。それに、何故ルイは血の正体に気が付かなかったのだろうか。


常人ならば誰しもが、裏路地に入る前にこの異変に気付くはずだ。だが、ルイは今更異変に気がついた。鈍感にも程がある。

何故ルイは今に至るまで、血と血の匂いに気が付かなかったのか。何故、何故───。


ふと思った。裏路地の奥には血の水溜まりがあり、そこから悪臭が発せられているのだが、そもそも何故こんなところに血溜まりがあるのかと。


この血の要因は必ずあるはずだ。血は生命を持っている全ての生物の身体中流れている液体だ。そう、全ての生物なのだ。そこには、必然的に人間も含まれてくるのだ。

だとしたら、この血の正体は一体。最悪の可能性を吟味しつつ、ルイは恐る恐る眼前の光景を目に映した。

そこには──────、


「─────ぇ、ぁ?」


そこには、頭が潰されて、見るも無惨になった二名の死体が地面に横たわっていた。


その惨状は見るに堪えなかった。酷い死に方だ。片方の死体は、頭の半分が潰れていて、そこから脳みそが噴き出していた。どす黒い血の海の中で、頭の中から噴き出た脳みそは鮮やかな桃色に輝いていた。

頭の半分が潰れていると言ったので、もう半分は以前の顔の原型が残されている。半分だけ残った顔には、不自然に見開かれた目があり、その目尻からは、血で赤く汚れた、涙が零れ出していた。


もう片方の死体は、完全に頭が潰れており、何も原型を残していなかった。頭が潰れた際に周りに飛び散ったであろう肉片と脳みそが、地面や壁など、辺り一面に飛び散り、こびり付いている。そこから発せられている暴力的な激臭が、ルイの鼻を襲ってくる。


非常に惨たらしい惨状。こんな惨状を見たら、誰しも精神が崩壊してしまうだろう。それは当然、ルイも───。


「うぇ…ぇ、おぇぇぇぇぇ…」


吐き気が限界を生じてしまい、ルイはその場で嘔吐してしまう。血溜まりの上に嘔吐したせいで、血と吐瀉物が混ざり合い、そこから更に一段と強くなった暴力的な激臭がルイを襲う。


「うげぇ……お……おぅぇ…ぇぇぇぇ…」


十分吐き出した。十二分に吐き出した。だが、一向に吐き気は止まない。


「おぇぇ……ぇぇぇぇ………」


もう吐き出すものがないと察知した脳が、吐き出すものとして胃液を提示してくる。口の中には、酸っぱいような苦いような、そんな味が広がっていった。


「はぁ………はぁ………はぁ………」


しばらく吐き出し続けていると、やがて吐き気も薄れていった。どれだけ吐瀉物を撒き散らしたのか分からない。目尻には涙が溜まっており、視界が滲み、非常に醜い姿となっていた。

息をするのも辛い。胸が苦しい。ずっと吐き出し続けていたせいで、ろくに呼吸が出来ていなかったからだ。

手と膝を血の海に着き、涙ぐみながらも呼吸を整える。


「はぁ…はぁ…ぁぁ…………」


呼吸を整え、冷静さを取り戻したと同時に疑問が頭を埋め尽くす。


何故こんなところに二名の死体があるのか。何故この二名の死体はこんな惨たらしい死に方をしているのか。何故、何故、何故───。


「──────ぁ」


そんな疑問がルイの頭を埋め尽くす中、あることを思い出した。それは、ルイが裏路地に入る前に聞こえた謎の音だ。何かが潰れるような音。潰れるような音。潰れるような───。


「も…もしかして……」


裏路地の奥から聞こえてきた何かが潰れるような音。そして、裏路地の奥に横たわっている頭の潰れた二名の死体。そこから考えられることはただ一つ。


「あの音の正体は……これなのか…」


この二人の頭が潰れた音が、ルイの耳に聞こえていたと予想される。

だとすれば───、


「つい…さっきじゃねぇかよ…」


裏路地の奥から何かが潰れるような音がしたのは、ほんの少し前だ。だとすれば、この二人はついさっきまでは生きていたが、何かしらによって頭が潰れ、死亡したということになる。ここで、更なる疑問が生じた。

それは───、


「なんで……こうなったんだ……?」


当然、事の顛末には何かしらの原因となるものがあるはずだ。この二人の頭が潰れたもの何かしら理由があるはずだ。しかし、その理由は不明だ。


頭が潰れるほどの衝撃。それほどの衝撃を発生させるものがあるのだろうか。事故の可能性を踏まえて周りを見回すが、これと言った物はなかった。

強いて言うならば、血の海に溺れた小型のナイフってところだろうか。だとしても、このナイフが頭を潰せる衝撃を発生させられるとは考えにくい。というか不可能だ。


目立ったものはこれ以外無く、事故の可能性は非常に薄い。可能性として浮上してくることと言えば───、


「─────他殺」


何らかの人物が、魔法を行使して、この二人の頭を潰して殺害したのだと考えられる。

ただの憶測に過ぎないのだが、この憶測が高まる原因となるものがこの場にあるのだ。 それは、半分となった頭の一部に残された目だ。

まるで、この世の不条理さを嘆くような目だ。酷く怯えているようにも見えた。

他殺と仮定するのならば、この目に残された感情にも辻褄があるだろう。


他殺、他殺、他殺。刹那、身の毛もよだつような可能性が浮上した。

他殺と仮定するのならば───、


「近くに……いる?」


急激な寒気に襲われ、全身の毛が逆立ったような感覚を覚えた。

裏路地の奥から何かが潰れるような音が聞こえたのは、ほんの数分前の出来事だ。であるのならば、二人の頭の潰した何者かが近くにいるはずなのだ。


その可能性が非常に高いという事実に、ルイの体は恐怖心で包まれて、鼓動が急速に早くなっていた。

ルイの耳には、やけに五月蝿くなった鼓動しか聞こえていなかった。


この先の行動について考えるが、頭が恐怖心で溺れて、まともな思考が出来ない。


どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば───、


「──────」


恐怖に呑まれている思考を必死に張り巡らせていると、ルイの背後から足音が聞こえた。地面と靴が擦れる音。そして、ルイの背後からする謎の気配。

確実に、ルイの背後には人がいるのだ。


「──────」


ルイの背後にいるであろう人物は無言を押し通していた。普通、このような惨い惨状を見れば、誰もが動揺を隠せないと思うのだが、依然として、背後にいるであろう人物は無言のままだった。


何故驚かない。何故悲鳴の一つもあげない。何故の物音一つも立てないんだ。何故、何故───、


「お……お前か……?やったのは……」


「──────」


死体を見ても何も言葉を発さずに、無言を押し通している。そこから導き出されるのは、ルイの背後にいる人物が、二人を殺害した人物である可能性だ。

だとすれば、死体を見ても冷静でいられるだろう。自らが生み出した死体なのだから。


「どうするつもりだよ……」


現在ルイは、この殺人事件の目撃者となっているのだ。だから、犯人は目撃者を消そうとして、ルイのことも殺害してくるだろう。


「──────」


背後にいるであろう人物にそう問うが、無言で返答してくる。


この先の行動が、ルイの存命を左右するだろう。下手な行動をすれば、一瞬の内に殺されてしまう。なので、迂闊に動けないのだ。

全力で叫んで助けを求めたい。だが、叫んだ瞬間に確実に殺される。全力でこの場から逃げ出したい。だが、この震えている足で逃げ切れるだろうか。


いや無理だ。無理だ。何もかも無理だ。生を諦めざる負えない。ならば、最後にルイの背後にいるであろう人物を目に焼き付けておこう。

何もしないよりは何かした方がマシだ。せめて、犯人の姿ぐらいは最後に見ておこう。本音としては死ぬ間際に美人な女性を見ておきたかったものなのだが。


そう思い、ルイは勇気を振り絞って後ろを振り返ろうとした。瞬間、鈍い音と同時に、ルイの頭に強い衝撃が伝わった。

意識が薄れて、視界の暗闇に染まっていくのが見える。結局、ルイの背後にいる人物の姿は目に映すことはできなかった。


───これが死か。


意識が暗闇に沈んで、死というものを体感する。特に面白みもない人生だった。もっと遊んでおくべきだったな。そんな後悔を思い浮かべるのを最期に、ルイの意識は完全に途切れてしまった。



ღ ღ ღ



暗くなった視界に光が差し込む。

暗闇の底に沈んでいくルイを、決して死なせないという現れだった。


徐々に光の強さが増していく。それは希望の光だった。


その光は、暗闇を飲み込んでいき、そして暗闇は消えていった。


残されたのはその希望の光だ。その光は、ルイの安否を確認して、ニッコリと笑い、まるで祝福しているようだった。



──────そんな気がした。



ღ ღ ღ



途切れていた意識が無理やり覚醒させられる。全く、実に酷い目覚めだ。


「──────っ」


長時間ルイは地面に倒れていたようで、硬い地面に体を預けていたので、体が冷たく、全身が非常に痛い。

そして何より───、


「いってぇ……」


ルイの頭には激しい痛みが生じている。まるで、直接脳に目掛けて爪を立てられているような感じだ。特別耐えられないと言うほどの痛みでは無いのだが、やはり辛い。


ルイは、痛む体を奮い立たせて、何とか立ち上がろうとした。


「ぅ………」


刹那、ルイの視界がぐるぐると回った。視界がぼやけ、治まっていた吐き気が蘇ってくる。


「─────っ」


平行感覚もおかしい。何とかして立ち上がった瞬間、倒れそうになる体を壁に体重を預けて持ち直した。瞬間、何かが潰れるような気持ち悪い音がした。


見ると、ルイが体重を預けていた壁には、肉片がこびり付いており、それを潰してしまったようだ。

その潰れた音が、やけに気持ち悪くて───、


「うげぇ……ぇぇぇ……おえぇ………」


再び嘔吐してしまった。もう胃袋には何もないはずなのに、


「ぁぁ……はぁ……はぁ……」


嘔吐したことにより、気分が少しだけ和らいだ。実に見事な光景だ。辺り一面にルイの吐瀉物が撒き散らされている。

それに───、


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……健在か…」


ルイの吐瀉物と混ざりあった血溜まり。その発生源は、頭の潰れている二人の死体だ。相変わらず、暴力的な激臭がルイの鼻を襲う。だが、先程よりも臭いがマシになったような気がする。

ルイの鼻が狂ってしまったのだろうか。だがそれでいい。あの激臭が少しでも軽減するのならば何よりだ。


「何が……起きたんだ……」


そうしている内に目眩が軽減してきたのだが、頭痛は健在だ。自身で発している声でさえも脳に響き渡り、ルイを襲うが、何とか思考を張り巡らせて、現在の状況を冷静に把握しようとする。


「俺…生きてんだ…」


まず、決して無事というわけではないが、ルイがこうして今生きていることだ。

殺人事件の目撃者となってしまったルイの背後に、犯人であろう人物が立っていた。その犯人に、この二人と同様に頭が潰されると思っていたのだが、ルイの頭は潰れていなく、綺麗な原型を保っている。


ルイが頭に受けた衝撃は非常に強力なものであり、いとも容易く頭を潰せそうな威力を持ち合わせていたと思うのだが、何故かルイの頭は無事だったのだ。

ルイの頭を強打したであろう犯人は、力加減でも間違えたのだろうか。正直なところ、犯人を勝手に人と決めつけているが、本当にルイを襲ったのは人がどうかも分からないのだが。

それはともかく───、


「本当に良かっ───」


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」


そう自分が生きていることに一安心していると、裏路地の外の方から女性の高い悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴がルイの脳に響き渡り、頭痛が更に増してくるが、頭の抑えて何とか凌ぐ。


一瞬何事かと思ったが、すぐに結論づけた。恐らく、この惨状を見た何者かが悲鳴を上げたろだろう。確かに、こんな惨い死体を見れば誰しもが戦慄してしまう。

それに、ルイが二人を殺されたのだと勘違いされてしまいそうなので、弁解しようと、悲鳴の聞こえた方に振り抜くが───、


「───あれ…?」


誰もいなかったのだ。てっきりこの惨状を見て悲鳴を上げたのかと思ったが、違っていたようだ。それはそうと───、


「暗いな……」


先程から裏路地の中がやけに暗いと思っていたのだが、どうやら空自体が暗くなっていたようだ。

どれだけ気絶していたのだろうか、というか、空が暗くなるまで誰にも見つけられなかったのが謎なのだが。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


また悲鳴が聞こえてきた。この声から察するに、恐らく声の正体は男性のものであろう。だが、これもまたルイを発見したからではない。裏路地の外の方から聞こえてきたのだ。


「なんだよ…何が起こってるんだよ…」


これだけ悲鳴が聞こえてくるなんておかしい。街の中で何かしら異変が起こっているのだと瞬時に察知する。

ここでずっと止まっていても仕方がない。ルイは街の異変を確かめるため、裏路地の外へと出ることを決意した。


「ぅ………」


酷く痛む頭を押さえて、ふらつく体を壁に預けながらゆっくりと進んで行く。

進んでいくにつれ、体中が暑くなっていくような気がした。それに、やけに街中が五月蝿い。

一体何が起こっているんだ。そんな疑問を抱きながら、ルイは裏路地の中から出た。

そこには───、


「な…なんだよ………これ……」


一言で言えば地獄だった。街中が赤い業火に燃やされており、街中に広がっている業火の影響か、空も赤く染まっていた。

建物のガラスや壁が、ところどころ崩れ落ちており、美しかった街中の建物が、見るも耐えない姿へと変貌していた。

そして、辺り一面に血臭が漂っていた。よく見ると、周りには血だらけの人達が見るも無惨な姿となって倒れていた。


「──────」


あまりにも衝撃な光景だったため、一瞬ルイの時が止まっていた。大きく目を見開き、口をポカンと開けていた。

この前の光景が到底信じられない。ルイが気絶している間に、あの綺麗で幸せそうな空気が満ちていたリーカナは完全に消えており、今は絶望しか残っていなかった。


ルイはその事実に唖然して、棒立ちになっていると、金属同士が擦れるような音が聞こえてきた。

見ると、そこにはルイの同じ兵士と、謎の人物が互いに剣を交えて戦闘していた。


「───くそっ、なんだんだよ……お前らは……」


「──────」


謎の人物は兵士の疑問に無言で答えた。黒いマントを羽織り、不気味な仮面を付けた人物だ。その人物が兵士を襲っている。

兵士の方が力負けしており、劣勢な状況だ。


「ちくしょぉ!」


力で勝てないことを理解した兵士は、一度間合いを取ろうと後ろに下がる。

だが───、


「ぇ?」


兵士が困惑の表情を顔に映した。何故ならば、視界に頭と胴体が離れた自身の体が見えたからだ。

早すぎる斬撃に、兵士も自身の首を斬られたことが理解出来なかったのか、最期に困惑した声を漏らしながら死んでいった。

それ以外にも───、


「助けてぇ………」


地面を這いながらルイへ近付き、助けを求めてくる女性。


「───ぅ」


その女性が地面を這いながら近付いて来るのが謎だったのだが、その理由を理解した瞬間、怖気が全身を過ぎった。

女性の体には膝から下が存在しておらず、大量の血を垂れ流しながら、ルイに向かって這いながら近づてくる。


涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ルイに助けを求める女性。その背後には、先程の同じ、黒いマントを羽織り、不気味な仮面を付けた人物がいた。


まるで、女性が這いながら逃げているのを見て遊んでいるかのように、歩行速度を合わせている。


「助けてぇ……」


最後の力を振り絞って、ルイに手を伸ばし、助けを求めた女性だったが、謎の人物はその光景に飽きてしまったのか、女性の背中を剣で突き刺した。


「あぅ……」


最期に女性は、苦痛の声を漏らして地面に倒れた。他にも、街中を逃げ惑う人々を、謎の人物らは容赦なく蹂躙していった。悲鳴が街中を響き渡り、阿鼻叫喚を極めて強くしていた。

それらも無視して、容易く人を殺し続ける。まさに奴らは怪物だ。

そんな魑魅魍魎が跋扈している地獄と化した空間の中、ルイはただただ立ち尽くすことしか出来ていなかった。何故ならば───、


「ぁ……ぁ、なん…で……」


恐怖心に脳を蝕まれ、体が微塵も動かないでいたのだ。ルイに助けを求めた女性に対しても、ただ見ていただけで、見捨ててしまったのだ。


何が起こっている。なんでこうなったんだ。なんで体が動かない。なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで───。


そんな疑問に頭を塗り潰されていると、ルイの目の前にある人物が佇んでいるのに気がついた。

その人物は黒いマントを羽織り、不気味な仮面を付けた人物だ。そう、街中の人々を襲っていた怪物が、今ルイの目の前に佇んでいるのだ。その顔に付けている不気味な仮面が、ルイを嘲笑っているようにも見えた。


「─────」


謎の人物の片手には、尖端が尖って妙に光り輝いた長剣が持たれていた。その長剣には血がこびり付いていた。

自然と体が後ろに傾いていた。それに合わせ、ルイが一歩下がった瞬間───、


「───くっ」


怪物は一気に距離を詰めてきて、片手に持っている長剣で、ルイを斬りかからんとしていた。


咄嗟にルイは、体を守るために両腕をバツの字にして前に出し、地面を蹴って後ろに下がったが、体を守るために前に出した腕が斬られてしまう。

後ろに下がったおかげで、何とか深い傷には至らなかったのだが、この時ルイは瞬時に認識した。目の前にいる存在は『怖い』と。


後ろに下がったルイは、その恐怖から遠ざかるべく、怪物に背中を向けて、裏路地の方へと向いた。


殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。


そんな絶大なる恐怖心に頭がおかしくなりそうだが、それを全て払拭して、今は逃げることだけを考える。


「助けてくれぇ……」

「助けて……」


あの女性の他にも、兵士であるルイに助けを求める声が聞こえてくるが、それを無視して、ルイは再び裏路地の奥へと進んで行った。



ღ ღ ღ



──怖い、怖い、助けて、助けて、嫌だ。


そんな恐怖の感情に脳を支配されながら逃げていた。

なんでこんなことになったのだろうか。なんでこんな目に合わなければいけないのだろうか。何故、何故───。


自分が兵士であることも忘れ、鋭く痛む腕と、震えてそのまま崩れ落ちそうになる足を必死に動かしながら、後ろから迫ってくる人物から逃げていた。


逃げている道中。地面に倒れている頭が潰れた二人から噴き出した血と、自分の吐瀉物が混ざりあった汚い血の海を乗り越える。

肉片と脳みそを踏みつけながら進んで行く。ルイの体重で、肉が潰れる音が聞こえてくるが今は気にもならない。

酷く痛む頭も、今は何一つ気にならなかった。

とにかく、後ろから迫ってくる脅威から逃げなければ。


ふと後ろを振り向くと、怪物は追ってきてはいるが、自分と怪物の間には結構距離が空いていた。

どうやら怪物は足がそこまで早くはないようだった。


「これなら…!」


逃げ切れる。そう確信した。裏路地の中は入り組んでおり、怪物の足が遅いのならば上手くまけるはずだ。


裏路地の中へと進んでいくと、奥に分かれ道が見えた。右、左、真ん中の選択肢がある。

どこに進めばいいのかと慎重に考えたいものなのだが、生憎、背後から猛烈な勢いをつけながら迫っていている怪物がいるので、考える時間はほぼない。


「こっちだ」


なので、自分が右利きだからというだけの理由で右の通路を選んだ。

行き止まりの可能性もあるが――いや、考えるだけ無駄だ。


そう考えているうちに、分かれ道に辿り着いた。

ルイは前方への勢いを、前に出した左足で地面に擦らせながら殺し、右足を横に曲げ、急な方向転換で転けそうになるのをなんとか堪えて、右側の通路の奥へと走っていく。


裏路地の中は入り組んでいる。なので、この先が行き止まりだとしたら、ルイは追い詰められてしまうだろう。そんな不安を抱きながら、通路の奥へと進んでいくと、左側に通路が繋がっていた。


「─────っ!」


選択肢が一つしかないことに、少し不安を抱きつつ、先程と同じように勢いを殺して方向転換し、左側の通路へと進んでいく。


方向転換をする際、ルイは横目で後ろを見たが、怪物との距離は先程よりも遠くに離れており、このまま行けば逃げれきれると確信した。


このまま、分かれ道を駆使して、逃げて、逃げて、逃げ続けて───、



「嘘…だろ……」



ルイの逃げた先は行き止まりだった。行き止まりだったのだ。このままでは、いずれ怪物に追い付かれ、街の人達と同様に、ルイも殺されてしまうかと思われたが、ただの行き止まりではなかったのだ。


行き止まりの奥。 壁に背を預けながら、座っている。


服が血や土などで汚れ、ボロボロな姿を見せながらも、夜の暗闇にも負けないほどの美貌を輝かしている少女がいた。


「大丈夫か!?」


その少女の存在に気がついた瞬間、ルイは少女にすぐさま近寄り、声を掛けた。

実におかしな話だ。自分に助けを求めた人達を見捨てておいて、今になって助けようという気持ちが湧いて出てきたのだから。兵士失格だ。


「──────ぁ」


少女が微かに何か言っているように聞こえたが、その声は小さすぎて、ルイは耳を凝らしていたが、少女の声は聞こえなかった。


「おい、大丈夫なのか?」


ルイは少女に対して声を荒らげてそう問うが、少女は何も反応を示さなかった。手足の力が完全に抜けており、もう意識を手放しているようだった。

一瞬、死んでいるかと思ったが、呼吸の音が聞こえたのでまだ生きている。


「くそっ、どうする?」


そう焦っていると、ルイの背後から足音が聞こえてきた。ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと。


ルイが後ろを振り向くと、そこには怪物が迫ってきていた。片手に持った長剣は、妙に光り輝いている。


怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


こんなところから今すぐにでも逃げ出してしまいたい。だが、ここは行き止まりであり、尚且つ瀕死の状態に陥った謎の少女もいる。


「───守らなきゃ」


ルイは背中にいる少女を守るために、怪物と戦うことを決意した。絶大な恐怖心に苛まれ、全身が大きく震えた。

なぜ今になって正義感が湧いて出てきたのか分からない。分からないが、ルイは立ち上がったのだ。


「─────ッ」


眼前、怪物が凄まじい勢いを付けて肉薄し、片手に持っている長剣で、ルイの体を真っ二つに両断せんと、斬りかかってくる。


「絶対に助けてやる!」


ちっぽけな勇気を振り絞って、そう大声で吠えると、右腕を前に掲げた。そして「フレム・ロート」と大声で詠唱する。

ルイは魔法の才能はほとんどない。唯一使える攻撃魔法と言えば、この火魔法だけだ。その魔法の威力は乏しいが、やらないよりかはマシだ。


ルイが詠唱した瞬間、目の前に炎が現れ、ルイに肉薄してくる剣撃とぶつかって───、





瞬間、視界が光に染まり、ルイは光の世界にへと飲み込まれていった。


「ああああああ」


咄嗟にルイは目を瞑ったが、遅かった。あまりの眩しさに、目が焼かれる。

意味がないと分かっていながらも、目を強く抑えた。


暫く目を抑えていると、少しずつ眩しさが引いてきてきた。そして、視界から完全に光が消えた。

あの少女は大丈夫なのだろうか。あの怪物はどうなったのだろうか。

そんな不安や疑問を浮かべながら、ルイは目を開けた。そこには───、


「──────え?」


ルイが目を開けると、そこは地獄とかしたリーカナの街ではなく、樹木と草が鬱蒼としている暗い森の中だったのだ。









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