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いつかまた、この花が咲く時に  作者: 月ヶ瀬明。
第一章 『魔女の洗礼』
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第一章31 『謎の騒ぎ』

最近色々とありすぎて全然投稿出来ませんでした

「─────」


ルイはその場で呆然と立ち尽くして、遠ざかっていくシエナの姿を眺めていた。

やがて、シエナの姿が見えなくなると、心を整理するために、ルイは再びベンチへと腰掛けた。

呆気に取られた表情でこちらを見詰めてくるリアムは一旦無視。ルイは余計な情報を遮断するために目を閉じて、腕を組みながら頭を張り巡らせる。

そして結論が出ると、ルイはこちらを見詰めるリアムに目をやって、


「なぁリアム、一つ訊きたいことがあるんだけどいいか?」


「あ、あぁ。なんでもいいぞ」


「───さっき、シエナ…なんて言ってたんだ?」


ルイが耳にしたシエナの言動が上手く理解出来なかった。そもそも、本当に彼女がそう口にしたのだろうか。

その確認の意図を込めて、先ほど隣で聞いていたはずのリアムにそう問いかける。


「確か、シエナって子は…私もルイくんの事が好きだよって言ってたぞ」


「───だよな。そう言ってたよな」


「あぁ、間違いなく」


リアムはそう言って、シエナが口にした発言の内容を断定する。

それを聞いて、ルイは自分が耳にしたシエナの発言が間違いではなかったのだと確証がついた。それと同時に、ルイの心には嬉しいような、若しくは恥ずかしいような感情が湧いて出てきた。


「待てよ…」


その一方、リアムは顎に手を当てながら一人で何かを考えている様子だった。

明らかに興奮している声。そんなリアムの様子を見て、不思議に感じていると、彼は突然「まさか」と、大きな声を出した。

どうやら自己完結したらしい。ルイはそう他人事のように感じていると、リアムは大きく見開かれた目でこちらを見ると、


「ルイ、これってあれじゃん。つまり、両思いってやつじゃん」


「───っ!」


そう言われた瞬間、心臓の鼓動が一段と高鳴っていく感覚がした。それに伴い、体の方も強く反応したようで、ルイの体は一瞬浮いたような感覚がした。

リアムの興奮はこれに留まらず、彼は言葉を続けて、


「いやぁ、おめでとうルイ。ほんと良かったな。両思いって最高じゃん。もうそろそろくっつくの確定だろこれ」


「───うるせぇよ」


言いながら、リアムはルイの肩を強く叩いてくる。

そんな興奮しているリアムをあしらうかのように、ルイはそう言いつつ、頭の中に浮かんできた疑問について考え込む。


と言うのも、シエナが自分を好きでいてくれる理由が分からないのだ。好きでいてくれるのは確かに嬉しいが、今までの自分の行動を振り返ってみても、彼女が自分を好きになる理由が全く見つからないのだ。


そもそも、シエナはルイの事を好きだと言っていたが、その言葉の真意は何なのだろうか。人としても、異性としてもルイを好きになる理由は微塵もないと思うが。


「なんでシエナは俺の事好きなんだろうな」


と、ルイはそんな疑問を口にすると、リアムも「確かにな」と言って、ルイの疑問に共感する。

リアムは思案げに顎に手を当てて、その理由について考え込む。だが、当事者でもない彼に理由など分かるはずもなく、隣にいるルイに目をやって、


「ルイ、シエナちゃんが惚れるような事なんかしたか?」


そんな疑問を投げかけてくるが、ルイは首を大きく横に振って、


「いや、それがまじで心当たりがないんだよな。特にシエナの前でかっこいいところを見せたってわけでもないし」


「なら何でシエナちゃんはルイの事を好きになったんだろうな…。普通ならかっこいい人を好きになるとも思うんだどな」


「おい、それ遠回しに俺の事かっこよくないって言ってないか?」


リアムは首を捻りながらシエナに対して無理解を示した。すかさずルイはそう指摘するが、リアムはその指摘を完全無視。

彼は他の理由を見出すために、再び思考を張り巡らせる。と、


「じゃあさ、昔に何処か出会った事あるとかない?そしてその時に惚れてたとかじゃないの?」


リアムは確信めいた口調で、新たな理由を提示する。だが、ルイはまたしても大きく首を横に振って、


「すまんがそれは絶対違う。シエナと出会ったのはつい四日前だ。もし昔会ってたとしても、あんな美少女は絶対に記憶に残ってるはずだし。それに、昔惚れてたやつがこんな不甲斐ないやつだって知ったら、誰だって幻滅するだろ」


「なら、なんでシエナちゃんはルイの事好きなんだよ。全然分かんね…」


リアムはそう言って肩をすくめると、観念したかのように大きなため息を吐きつつ、ベンチの背もたれにぐったりともたれかかりながら空を仰いだ。


「だな、俺も全然分かんねぇ」


当事者でないのにも関わらず、リアムはこうして必死に理由を考えてくれたのだが、結局分からず終いになってしまった。

ルイも記憶も辿っていくが、やはり答えは出てこない。

この答えを知っているのは、世界にただ一人───シエナしか居ないのだ。


「っていうか、ちょっと待て、話が逸れに逸れまくってる。お前に聞きたいことがあるんだよ」


リアムに聞きたいことが山ほどあるのにも関わらず、うっかりシエナの話で盛り上がってしまった。

今更その事に気付き、ルイは話の路線を戻そうとする。だが、リアムはその事を不服に感じているようで、


「えー、俺はもうちょっとシエナちゃんの事聞いたりしてたいんだけどなぁ」


「それは絶対に無理だ。もうお前に語る口はない!」


そう言って、ルイはシエナについて語る気はないと意志表明。リアムは大きくため息を吐いて、落胆を表に出しつつ、「分かったよ」と苦笑いしながら言い、渋々ながらも要求を受け入れた。

彼は小さな掛け声を発しながら体を起き上がらせると、こちらに顔を向けて、


「それで、何が聞きたいんだ?」


先ほどの興奮気味だった口調と異なり、真剣な口調でそう言った。

リアムの真剣な口調を聞いて、ルイはこの話は決して談笑などの楽しい話なのではなく、非常に残酷な話なのだと深々と理解させられた。だが、


「俺は裏路地で気を失っていたせいで、都市で何が起こっているのか分からなかった。だから、あの日起きたことを知りたいんだ。どうして…あんな綺麗だった都市が、こんな風になってしまったのかを」


ルイはそう淡々とした口調で言うが、その発言に隠された激情は抑えきれておらず、膝元に置かれたルイの拳は、血管が浮き上がり、ミシミシと音を立てるほど強く握られていた。


「分かった。ルイがさっき言ってくれたように、俺も自分の周りで起こった出来事を全部話すよ」


「ありがとう」


と、ルイは要求を受け入れてくれたリアムに感謝の言葉を述べた。

そして、リアムは「じゃあ」と話を切り出して、


「まずは、俺とルイが別れた時からだな」



ღ ღ ღ



テレミア帝国の七大都市の一つである城郭都市リーカナ。

都市は非常に綺麗で美しく、老若男女問わず、色んな人々の楽しそうな声が、そこら中で飛び交っている。

そんな都市の安全を守るために、日々都市の巡回を行っているのが、帝国兵の一人、二等兵であるリアム・ラーガイルだ。


都市を巡回していると、時々事件などに見舞われる場合もある。だが、一概に事件と言っても、その殆どがくだらない事件ばかりであり、リアムは事件という事件に遭遇した事がない。


それは今日も同じで、先ほどリアムは実にくだらない事件に遭遇した。

リアムにはルイ・ミラネスという友人がいる。同じ二等兵で、軍基地で共に生活しており、とても親交深い仲だ。


そんな彼は、どうやら兵士の仕事が退屈過ぎて嫌らしく、上官の目を盗んで、持ち場から逃げ出そうと試みているが、毎度見つかってしまうのがオチだ。

彼が言うようには、オーガス・アリンガムという上官の監視の目が凄まじいらしく、そのせいでサボれないのだといつも愚痴を吐き捨てている。

だが、今日に限っては逃げ出すことに成功したらしく、都市の巡回をしていたリアムとばったり遭遇したという訳だ。


持ち場から逃げ出したルイは、巡回中のリアムと共に行動をし、途中でエマという名の少女と出会い、そして何故かリアムは二人にパシられる羽目になってしまった。

リアムを除いて、ルイとエマは非常に楽しげな時間を過ごしていたが、それを打ち破ったのがオーガスだ。

なんと、オーガスは持ち場から逃げ出したルイをわざわざ探しにやって来たらしい。


背後からの奇襲に、ルイは何も出来ないまま捕まってしまった。

拘束されたルイは、逃げ出そうと必死の抵抗を見せたが、力量の差が凄まじいので、オーガスには全く歯が立たなかった。


パシられた件もあるので、正直ざまぁと思ってしまった。

リアムは笑みを隠そうとするも、ルイの情けない姿が面白すぎて、それは叶わなかった。


ルイは首根っこを掴まれて、そのまま持ち場へと強制連行されそうになったが、エマちゃんと言う強力な助っ人のおかげで、何とかルイはオーガスの拘束から抜け出して、その場から逃亡する事が出来たのだった。


オーガスは逃亡に協力したエマちゃんに罵声を浴びせようとしたが、相手が小さな女の子というのもあって、怒るようにも怒れず、その怒りをこの場にいないルイに目掛けて叫びながら、雑踏の中を走り去っていった。


そんな珍事件に巻き込まれたあとのリアムは、ルイのよう仕事はサボらず、今現在も真面目に都市の巡回を行っている。


「─────」


リアムは周囲に目を配らせながら通りを一人歩いていた。

都市には色んな人々の楽しそうな声が響き渡っており、当事者でないリアムも良い気分になる。

道沿いにある店からは食べ物のいい匂いが漂い、食べ物を買って貰って嬉しそうにしている少年。それを見て微笑む母親であろう女性。

何の変哲もない、いつも通りの光景。そんな光景を前に、リアムは空を仰ぎながらこう呟いた。


「───ちょっと、退屈だな…」


ふと思った。毎日を殆ど同じように過ごしている事に。

リアムの仕事の内容は、都市を巡回して住民の安全を守るというのものだ。

毎日朝に起きて、昼休憩になるまで都市の巡回、それから昼食を取ったあと、夕方になるまで再び都市の巡回。

毎日同じ事の繰り返しで、仕事に面白味を感じた事は少ない。リアムが兵士になりたての頃は、仕事が面白いと思っていたが、時間が経つにつれ、段々その気持ちも薄れてきた。


ルイの気持ちも多少理解出来る。先ほどのルイのように、仕事をサボるために実際に行動を起こすという事は流石にしないが。


「なんか事件でも起きねぇかな」


そう言いながらリアムは周囲を見回したが、特にこれといった変化はなし。

本日も変わったことは特に起こらず、いつも通りの日常を過ごしている。

たまには変わったこと───事件が起きればいいのになとも思う。確実に無い方が良いのだが。


「ちょっと路地裏の方でも行ってみるか」


何か事件が起こりそうな場所といったら路地裏だ。

非常に薄暗く、あまり人目が付かない場所なので、何かしらそこで事件が起こっている可能性が高い。

実際に、路地裏で喧嘩や強盗などの事件が発生した事例も幾つかある。リアムは事件を求めて、近くにあった路地裏へと足を踏み入れた。


「─────」


人で賑わっている通りとは打って変わった雰囲気。路地裏は非常に薄暗く、人の気配がほとんど感じられない。

如何にも事件が起きそうな雰囲気だ。リアムは周囲に目を配り、息を潜めながら路地裏の奥へと進んでいく。


路地裏の奥に行くにつれ、人の気配も感じられなくなり、犯罪を犯すにはうってつけの場所だ。

決して物音を聞き逃さまいと、リアムは息を潜めて、耳を澄ましながら奥へと進んで行く。だが───、


「え、あれっ?」


目の前に広がるのはいつも通りの光景。色んな人々の楽しそうな声が、そこら中に飛び交っており、非常に賑わっている場所。

いつの間にかリアムは路地裏を出ていたのである。


決して、路地裏で起きている事件を見逃さないために、リアムは息を潜め、周囲に目を配らせながら路地裏の奥へと進んでいたはずだが、幾ら進んでも事件のじの字も見つけられなかった。


「なんにも起きてねぇのかよ…まぁ、起きてない方がいいんだけどな」


路地裏で事件が起きていなかった事には安心だが、問題の退屈は未だに紛らわせていないままだ。


「何か面白い事起こんねぇかな」


と、そんな言葉を零した矢先、通りにいた人々の異変に気付く。

皆、同じ方向を見ながら何かを話していた。どうやら騒ぎが起こっているらしい。パッと見だと、男性の方が多い気もするが。

リアムも同じように皆が見ている方向に目をやるが、そこには特に何も無かった。

不思議に思ったリアムは、聞き耳を立ててみる事にした。


「いやぁ、やっぱり実際に見るミア大佐とカミラ大佐は凄いな」

「美人さんだなぁ…。あの若さで大佐だもんな。やっぱりあの二人は凄いなぁ…」

「いいなぁ…私もあの二人みたいにもっと美人さんだったらいいのに」

「結婚してぇな」


と、様々な声が飛び交っているのを聞いて、リアムはこの騒ぎの原因が直ぐに察しがついた。


「ミアさんとカミラさんか」


ミア・アイレンベルクとカミラ・ラドフォード。

僅か二十歳にして、『大佐』の階級にへと上り詰めた二人。その功績と美貌さゆえ、帝国の人々から注目の的となっている。

今のように、ただ通りを歩くだけで、周囲にいる人は絶対二人に目を奪われてしまう。

その事から、リアムは二人を現世に降り立った女神だと評している。


「巡回してるのか、真面目だなぁ…」


リアムのやっている巡回の仕事は、言わば下っ端のやる仕事であり、大佐である二人はしなくても良い仕事だ。

だが、彼女らはこうして度々巡回を行っている。真面目だなと思う。


「せっかくだし、あの二人を見に行くか。ルイも嫉妬するだろうし」


ルイはミアとカミラの二人を推しと言っており、毎日二人について熱弁している。

そのあまりの熱量ゆえ、たまに気持ち悪いなと感じることもある。そんな推しを拝めなかったとなれば、さぞかしルイは嫉妬するだろう。

嫉妬して発狂するルイを脳裏に思い浮かべながら、リアムは二人と行ったであろう方向へ向かっていく。


多くの人々が出歩く通りで、たった二人の女性を見つけるのは、普通なら困難かと思われるが、相手が相手なだけあって容易だ。

何故なら───、


「目印を付けていってるようなもんだからな」


ミアとカミラの二人が通過したあとは、周囲の人々の殆どが、二人を見た余韻に浸っているため、それを見ていけば後を追っていけるはずだ。

リアムは周囲の人々の様子を見ながら進んでいくと、直ぐに二人は見つかった。


眼前、通りの真ん中を堂々と歩き、周囲にいる人々を目を釘付けにする女性二人組。


鮮やかな桃色の長髪で、その姿からは桜が連想させられる。

その有り得ないほどの美貌、凛々しい顔つき、女性にしては長身であり、脚は細長く伸びている。周囲の人々の目が奪われてしまうのも無理はない。

ミア・アイレンベルク。僅か二十歳にして大佐の地位まで上り詰めた秀才。


その隣、綺麗で美しい茶色の髪を靡かせており、その光沢のある髪は、陽の光だと間違えられても仕方がない。

隣に並ぶミアと同じく、皆を虜にしてしまうほどの美貌持ち、その長身からは細長い脚を伸ばしている。

その見た目からは凛々しさが感じられるが、何処かしら朗らかさも感じられる。

カミラ・ラドフォード。ミアと同じく、僅か二十歳二して大佐の地位まで上り詰めた秀才。


「やっぱ、すげぇ美人だな」


美人という熟語は、この二人の為に作られたと言っても過言ではない。

有り得ないほどの美貌を持ち合わせており、とてもじゃないが近寄り難い。

リアムは呆然と二人の歩く姿を眺めていた。それは他の人々も同じで、ただ遠くから眺めている事しか出来ない。

二人の周りだけ空気が違うというか、次元が違うというか。


「行っちゃったか」


しばらく二人眺めていると、やがてその姿は見えなくなった。


「さてと、目的も達成出来たことだし、気を取り直して、仕事再開しますか」


ミアとカミラを目にする目的はこれで達成された。

巡回中にあまり変な行動をしていると、上層部からのお叱りを受けてしまうので、リアムは体を大きく伸ばして、一息ついてから巡回を再開した。



ღ ღ ღ



あれからどのくらい時間が立ったのだろうか。

ミアとカミラの二人を見たあとから都市の巡回を再開しているが、やはり事件という事件は発生していない。

周囲に目を配らせても、特に怪しい人物などは見当たらない。路地裏へ足を踏み入れたりもしたが、やはり事件は起こっていなかった。


ミアとカミラを見ることによって、多少の気分転換は出来たが、時間が経つにつれ、それも薄まっていった。

またしても、巡回の仕事が少々退屈に感じてきた。そんな時───、


「ん?何だあれ?」


前方、市民が一箇所に集まっているのが見えた。

どうやら騒ぎが起こっているらしく、遠くからでも住民の騒ぎ声が聞こえて来た。


「行ってみるか」


目を凝らして前方を見るが、ここからだと流石に距離が遠い。なので、リアムは騒ぎが起こっている現場へと向かうことにした。

丁度退屈を感じてきた頃なので、タイミングが良い。

リアムは歩きながら騒ぎの現場へと向かっていく。と、ここである異変に気付く。


「どういうことだ?」


先ほどは遠くから見ていたので、現場の状況は詳しく分からなかったが、こうして現場に近付いてみると、これはただの騒ぎではないのだと瞬時に理解した。


市民たちが、ものすごい剣幕で数人の衛兵に何かを言い寄っているのが分かる。

まだ距離が離れているので声が聞き取りずらいが、それでも分かるのはその声の必死さだ。

妙な胸騒ぎを感じ取ったリアムは、足を早めて、すぐさま騒ぎの現場へと向かう。


現場へ辿り着くと、先ほどは聞こえにくなった市民の必死な声が、はっきりと聞こえてくる。

その住民たちが騒いでいる内容は、更にリアムの胸騒ぎを悪化させるものとなった。

それは───、


「なぁ、ほんとに魔女が来るのか?」

「ねぇ兵士さん。魔女なんて来ないよね?ねぇ、来ないよね?」

「おい、魔女が来るってどういうことなんだ。ちゃんと説明してくれ」


衛兵に言い寄っている市民の全員が、魔女を不安視しているような発言をしているのだ。

明らかな異常事態だ。リアムはその異常事態を唖然としながら眺めていると、リアムの元に中年の男が駆け寄ってくる。

駆け寄ってきた早々、その男はリアムの両肩を掴んで、なんとも不安げな表情で、


「なぁ、兵士さん。魔女が来るって本当なのか?頼むから答えてくれ」


そんな必死な声で訴えかけられるが、リアムは彼の言っている事が何一つ理解出来なかった。

いきなり魔女と言われても、リアムはその場にたまたま通りかかっただけなので、何も答えることが出来ない。


「まぁ、とりあえず一旦落ち着いてください」


男が興奮している状況では、まともに会話が出来ない。

リアムは男に落ち着くように言ったが、尚も男の興奮は収まらず、


「答えをはぐらかすな!どうなんだ?魔女は本当にここに来るのか!?」


「いや、だから、ちょっ、落ち着いてっ」


男はリアムの肩を強く掴み、声を荒らげながらそう必死に問いかけるが、リアムは何も答える事が出来ない。

幾ら男に落ち着けと言っても、男は聞く耳を持たなかった。

質問に答えられない事を少々申し訳なく思いつつも、興奮している男をどう対処していいのやらと、頭を悩ませていると、リアムの元に他の衛兵がやってきて、


「いいから落ち着いてください」


そう言いながら、その衛兵はリアムに縋りついていた男を無理やり引き剥がして、落ち着くように言う。強引なやり方だが、相手が興奮状態なので致し方ない。


「あ、あのぉ……」


リアムは男を引き剥がしてくれた衛兵に感謝を伝えようとしたが、どうやらそれどころではないらしい。

事態を鎮圧するため、興奮している他の住民を制止にかかっていた。


「なんなんだよこれ」


周囲を見渡すと、既にリアム以外の衛兵が集まってきており、事態の鎮圧を行っていた。

何故このような騒ぎになっているのだろうか。状況が全く理解出来ない。

ただ、先ほどリアムに詰め寄ってきた市民が口にした内容を推測する限り、この騒ぎの原因は魔女関連ということだ。

魔女はこの世で最も恐れられている存在であり、恐怖の象徴とも言われている。

そんな恐ろしい存在である魔女が、この男曰く、今リアムがいる城郭都市リーカナにやってくるらしい。


「意味わかんね…」


全く意味が分からない。無理解に脳を支配され始めたので、リアムは自分で考えることを潔く諦め、手の空いている他の衛兵に訊くことにした。


「誰にしよ…」


と言っても、周りにいる衛兵の殆どが事態の鎮圧に図っているため、とても手の空いている者などいない。


「いけるならあの人たちか」


一つ望みがあるとするならば、奥で話し合っている数人の衛兵たちだ。

おそらく、この事態の鎮圧に向けて相談か何かをしているのだろう。

今リアムが話しかければ、完全に空気の読めない奴と化してしまうので、彼らの話し合いが終わるタイミングを見計らうことにした。


それからほんの数十秒、話の区切りがついたのか、衛兵たちは各々散らばっていった。

そのタイミングを見計らい、リアムは先ほど話し合っていた衛兵たちの一人に狙いを定めて、


「あのー、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」


そう言いながら、リアムは衛兵の元へと近寄った。

一瞬、その衛兵はリアムに怪訝な目を向けてきたので、訊くタイミングを間違えたのだと後悔する。

邪魔だと言って、そのまま突き放されるとも思ったが、衛兵はリアムの問いかけに「なんだ?」と応じてくれた。

その事に一安心しつつ、リアムは一度群衆の方に目を向けて、


「なんでこんな騒ぎになってるんですか?みんな魔女がどうとか言ってますけど」


そうリアムは問いかけると、衛兵は後頭部を掻きながら「あー」と言葉を継ぎ、


「俺が聞いた話だと、巡回中だった衛兵の前に顔を隠した奴が現れて、そいつがこの都市に魔女が来るって言ったらしいんだよ。それで、どういうことだって、そいつに聞こうとしたら、もういなくなったらしい」


「いなくなってた…」


「それで、そいつが他の衛兵にその事を話してたら…周りをちゃんと見とけって話だけど、通りすがりの市民に聞かれてたらしくて、その市民が衛兵に話の真偽について聞いてたら、更にそれが他の市民に聞かれてたらしくて、その連鎖が起きてこうなったらしい」


「そうだったんですか」


この衛兵から話を聞いて、この騒ぎの原因は大体分かった。

衛兵間での噂が市民──外部に漏れ、それが恐怖の感情となって、他の市民に伝染していったという訳だ。

原因が分かったのはいい。だが、この騒ぎをどのようにして鎮めるのか。

この間にも、偶然通りかかった市民がこの話を聞いて、騒ぎが拡大していくだろう。

恐怖は伝染していく。ならば、一刻も早く根本的な原因となった恐怖を消さなければならない。


「この騒ぎってどうするんですか?早く止めないと大変な事になりますよ」


「いや、それなら大丈夫だ。もう手は打ってある」


そう言いながら、衛兵は群衆の方を見ていた。

その目線に沿って、リアムも同じ方向を見ると、そこにはある一人の衛兵が台に乗って、群衆から目立つ位置に立っていた。

その衛兵は周囲を見渡すと、大きく息を吸って、


「市民の皆さん。静かにして、私の話を聞いてください」


開口一番、腹から出した大きな声で、群衆の注目を一気に集めると共に、騒ぎ声も塗り替えた。

群衆が静まり返ったのを確認すると、衛兵は口を開いた。


「いいですか。市民の皆さんの間で、魔女がこの都市へやって来ると言う噂が流れているそうですが、それは全くの嘘です」


衛兵は周りを見渡しながら大きな声でそう言い、「いいですか」と強く前置きし、


「おそらく魔女の話は私たちに対しての悪戯か何かでしょう。そもそも、魔女という存在は数百年前からの言い伝えであり、昔、魔女が本当に存在していたとしても、数百年経ったあとの現在では、魔女が生きているはずがありません。なので市民の皆さん。安心してください。今流れている噂はデマです。決して信じないようにしてください」


そう、強く言い切った。


「──────」


静寂が流れる中、群衆にいる内の一人の青年がこう言い出した。


「確かに、魔女なんて言い伝えとかでしか聞いた事ないからな。あの衛兵さんが言う通り、誰かが悪戯でデマを流しなんだろうな」


それに続いて、他の市民たちも、徐々にその青年の考えに賛同していく。

まだ不安に感じているらしい者も少なからず残っていたが、それでも自己完結する者の方が多かった。




それからしばらく時間が経つにつれ、徐々に騒ぎは鎮まっていった。


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