第一章30 『正直な思い』
投稿が遅すぎるくせに物語がちっとも進まない!終わりだ!
ルイは広場にあるベンチに腰を掛けながら周囲を見渡していた。
建物の多くが崩壊、または半壊し、以前のような都市の美しさは完全に失われてしまっていた。
そんな都市の惨状を見て、ルイは胸が締め付けられるような感覚を覚えながらリアムの到着を待っていた。
ちなみに、ディアナとシエナは馬車を停めれる場所を探しに、何処かへ行ってしまった。
しばらくベンチに座っていると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。
顔を上げると、そこには手を振りながら急ぎ足でこちらへ向かってきているリアムの姿があった。
そして、リアムはルイの目の前に到着すると、疲れた様子で大きな息を吐いて、
「待った?」
「めちゃくちゃ待ったわ」
「ふざけんな」
お互い久しぶりの軽口を交わしつつ、リアムはルイの隣に座る。
こうしてリアムと話せるのは何日ぶりだろうか。何だかその事実が嬉しくて嬉しくて堪らなくて、自然とルイの顔には笑みが零れていた。
それはリアムも同じだったようで、彼の顔にも笑みが零れていた。
そして、リアムは笑みを浮かべたままルイに目をやると、
「なんか久しぶりだな」
「そうだな。すげぇ久しぶりに感じる」
恐らく、日数的には二日程度しか経っていないのだが、何故かリアムと会うのが久しぶりに感じてしまう。
「元気にしてたか?」
「全然元気にしてなかったよ。まじで…ここ最近罵倒されすぎて生きてる心地がしなかったわ。もう…俺には人権がないんだって思ってた」
ディアナに罵倒された回数は百回を優に超えている。
仮に、ルイがとんでもない事をしでかしたとするならば、罵倒されても文句はいけないが、ルイがディアナに罵倒される殆どが理不尽な事柄なのだ。
罵倒されるだけならまだしも、一度謂れのない罪で殺されかけた事もあるのだ。
本当に生きた心地がしなかった数日間だった。
これまでの出来事を思い出し、そう滅入るような口調で語っていると、リアムは「何があったんだよ」と、ただならぬものを感じとったご様子だ。ルイを憂いの眼差しで見始めてくる。
「ま、まぁ…あれだ。そんな時はミアさんとカミラさんを拝めばいいんじゃない?」
「そうだよ!それなんだよ!」
ミアとカミラの名前を聞いた瞬間、ルイの滅入るような口調は一瞬にして消え失せ、興奮状態に陥り、ここぞとばかりに声を荒らげながらリアムの話に食いつく。
そして、ルイは血眼になりながらリアムの肩を掴んで、
「なぁ!ミアさんとカミラさんは生きてるだろうな!?なぁ!?」
声を張り上げて、リアムの肩を全力で揺さぶりながらそう問いかける。
ミアとカミラを拝まないと、ルイは推し成分を吸収出来なくなってしまい、そのままショック死してしまう。
あの美貌さを、あの尊さを、あの可憐さを、ルイの今後の人生の中で拝めなくなるなんて、絶対にあってはならない事だ。
そんな問いかけを受けたリアムは、興奮状態のルイに「とりあえず一旦落ち着け」と興奮を沈めるように言い、呆れたかのように一度ため息を吐くと、
「大丈夫だ。ルイの好きなミアさんとカミラさんは無事だよ」
「なら良かったぁ………」
そう聞いた瞬間、ルイは安堵しきってしまい、全身の筋肉の力が抜け落ちて、ルイは倒れるようにしてベンチの背もたれにもたれかかった。
正直、ミアとカミラならば確実に生きているのだと思っていた。だが、やはり確証が無いと、どうしても不安は解消しきれないものだ。
こうして、リアムからの証言により、ミアとカミラの生存は出来たわけだが、ルイはまだリアムに確認しなければならない事がある。それは───、
「なぁリアム。それで、ミアさんとカミラさんの体に傷なんてもんは付いてねぇだろうな?」
あの美しい体に傷なんて付けられたら溜まったものではない。
特に顔が重要だ。多くの者を虜にしてしまうあの美貌さを、絶対に汚されてはならないのだ。
ルイは声を荒らげながらそう問いただすと、リアムは心底呆れきった様子で「なんなんだよ…そのミアさんとカミラさんに対する執着は」と愚痴を漏らす。
それを聞いたルイは「うるさい!いいから喋れ」と、リアムを一喝。
すると、リアムは一段と大きなため息を吐いたあと「分かった分かった」と言って、
「俺が見た限りだと、別に体に傷なんて付いてなかったぞ」
「あぁ、なら良かった……」
そう聞いた瞬間、ルイは全身の力が抜け落ちるような感覚を味わい、肺の中にある空気が全て抜けきってしまうほどの大きなため息を吐いた。
そんなルイの様子を見たリアムは、苦笑いをすると、人差し指を立てながら「じゃあさ」と前置きして、
「さっきから色々聞かれてるから、今度はこっちから聞き返していいか?」
「あぁ、いいぞ」
「ずっと気になってたけどさ、なんでお前は美少女二人も連れて外から来てるんだよ。ほんと、そっちで何があったんだよ」
リアムは頭の中に渦巻く疑問の全てを吐き出すかのように、声を上げながらルイにそう問い掛けてくる。
こちらをマジマジと見据えるリアムの姿にルイは苦笑しつつ、ベンチの背もたれに両腕を預け、透き通るほどに青い空を見上げると、
「話すと長くなるけどいいか?途中でよく分かんねぇ事も言い出すと思うけど」
自分で振り返っても、この数日はよく分からない事の連続だった。
それを他人に語りかけたとしても、戯言だと笑われるのがオチだろう。
それが、友人であるリアムでも同じなのではないのか。と、少しばかり不安を感じていたが、そんな不安は必要なかったようで、
「別に、こっちもよく分かんねぇ事だらけだからさ、多少のこと言われても信じるよ」
「そうか」
そう言いながら、ルイは思わず笑ってしまっていた。
リアム視点から見ても、よく分からない事の連続だろう。前例があるからこそ、同じような事を言われても信じてしまう。確かにそうだなと心の中で納得してしまう。
「じゃあ、俺がここに戻ってくるまでの波乱万丈な数日間の話を聞いてくれ」
言って、ルイは今まで自分の身に起きた出来事を赤裸々に語ったのであった。
ღ ღ ღ
「───まぁ、そういうわけで。上手いこと言い訳を考えて、荷台に入ってきたやつをどうにか納得させようと思ってたら、荷台に入ってきたのがリアムだったってわけだ。これで以上」
頭の中で上手く順序を整理しながら、ルイはこれまでに起こった全ての出来事をリアムに話し終えた。
勿論、そこにはルイが都市の住人を見捨てて逃げてしまった事も含まれる。
後ろめたさを感じ、ルイは途中で口を詰まらせるなどして、恐る恐る詳細を語っていた。
だが、ルイが話している最中、リアムは途中で口出しすることなく、軽く相槌を打ちながら真摯に聞いてくれたのが幸いだった。
そんなリアムだったが、シエナやディアナの話になると、リアムの顔は徐々に引きつってきており、あまりのとんでもエピソードの数々に、これまで黙って話を聞いていたリアムも「だ、大丈夫なのか?」と、途中で心配の声を挟んできたほどだ。
果たして、リアムはどのような反応を見せるのだろうか。
あまりのルイの待遇の悪さに、言葉が出てこないのではないかと予想するが、その予想は正にドンピシャであり、リアムは腕を組みながら「あぁ〜」と、言葉を捻り出そうとして、
「まぁ、そうだな…なんか、大変だったな」
彼なりに言葉を捻り出した結果、そう淡白な感想を口にした。
かける言葉が見つからないのは当然の事だ。これでも十分に捻り出した方だと思うので、賞賛の言葉を送っても良いだろう。
「いや、ほんと大変どころの話じゃなかったよ…」
「だろうな…最初に言ってた罵倒されすぎて生きてる心地がしなかったってやつ、聞いてたけど…やばいな、あれ」
「だろ?ほんと、シエナは別にいいんだけどさ、ディアナってやつがまじでやばいやつなんだよ。俺の事を生理的に嫌いとか言って、何もしてないのに散々罵倒してきたり脅してきたりして、終いには本気で俺の事を殺そうとしてきたんだぜ?」
ルイはディアナの危険性について、リアムに再度説明する。
先ほどもリアムに説明したのが、重要な部分なので、重ねて説明する必要があるのだ。彼女の見た目に騙されてはならない。
ルイも彼女と出会った時は、金色の長い髪を腰まで伸ばした美しい女というのが第一印象であり、見ず知らずのルイたちに対しても上品に接してくれたので、その時はとても良い人に巡り会えたなと思っていたのだが、それは全くの間違いであった。
きっと、彼女の本当の姿は世にも恐ろしい魔女に違いない。
故に、一刻も早く彼女の危険性をリアムに伝えなければならないのだ。
「いいかリアム、見た目に騙されるな。確かに、あいつは何も知らなかったらただの美人にしか見えないけど、中身がほんと最悪なんだよ。だから、絶対関わらないようにしろ。絶対酷い目にあうぞ」
と、ルイはディアナの危険性について事細かに説明していると、リアムは必死説明しているルイの姿を見て「分かったよ」と苦笑いしながら言って、
「要するにあれか、薔薇には刺があるって感じか。確かに、俺も見たことあるから分かるけど、ディアナっていう子、すげぇ美人だったな。でも、中身がちょっとあれって言うことだろ?」
「ちょっとじゃない。あいつはヤバいんだよ!まじで、体験してみたら分かるけど、ほんとにあいつはヤバいんだよ!」
ちょっと、という発言を聞いて、すぐさまルイは訂正するよう伝える。
ディアナと関わることによって、リアムも罵倒され始めるかもしれない。流石に誰彼構わずに人を罵倒するやつではないと思うが、一応念の為だ。リアムにはルイと同じ目にあってほしくはない。
そんな興奮しているルイを受け流すように、リアムは「はいはい」と軽い二つ返事をして、
「分かったよ。ディアナって子には気をつけるよ。ちゃんと心に刻んどくから、安心しろよ」
「よし、なら良かった」
そんなリアムの返答を受け、ルイはベンチに深々と座り直して、腕を組み、誇らしげな顔をあらわにした。
まるで、事件が起こる前に未然に防いだような感覚だ。そんな達成感に満ち溢れていると、リアムは「そうそう」と思い出したかのように言って、
「さっきからディアナって子の事しか言ってなかったけど、今度はシエナって子の話を詳しく聞きたいな?」
「と言うと?」
「だって、さっきの話を聞いてて思ったんだけどさ、そのシエナって言う子とルイって、凄い運命的な出会い方してない?だからすげぇ気になる」
「まぁ、確かに…運命的な出会いって言われれば…そうかもしれねぇな」
襲撃された都市の裏路地で瀕死の状態に陥っている美少女と、ある一人の兵士が突然遠く離れた森の中へと転移してしまう。
思い返してみれば、確かにルイとシエナは運命的な出会い方をしたと言っても良いだろう。
顎に手を当てて、自分の記憶を振り返っていると、リアムは「それに」と言葉を続けて、
「ディアナって子もそうだけどさ、シエナって言う子も美人すぎないか?って言うか待って、シエナって子とルイの好きな人のタイプって完全一致してない?」
ルイは好きな女性のタイプをリアムに何度も話していた。
リアムはルイの過去の発言の思い出し、興奮したかのように声を上げて、そう指摘するが、ルイは小さく首を振って、
「いや、確かにシエナは俺の好きな人のタイプと完全一致してるように見えるけど、ただ一個重要なところが違ってだな」
「重要なところか…見た目なすげぇ美人だったからな…違うところ……」
と、リアムは顎に手を当てて、空を見上げながら思案げに違う点について考え込む。
そして、しばらく考え込む素振りを見せたあと、リアムは「あっ」と合点がいったかのように手を打って、
「分かったぞ。性格だ」
「大正解、シエナの性格がちょっとな…俺の好きな人のタイプと真逆なんだよ。俺はもっと落ち着いた人、言ったらお嬢様系の人が好きなんだよな」
「真逆っていうことなら、シエナって子は明るい子って言うことなのか?」
「いや、明るいって言うか……違うな。シエナの性格はちょっと明るすぎるんだよな」
シエナの性格の明るさは異常だ。
それを最初に感じたのは、ルイとシエナが初めて話した時だ。
見知らぬ地で見知らぬ男と一緒にいる状況だ。ルイに恐怖心を覚えられても仕方がない状況だが、シエナは見知らぬ男であるルイに向かって、明るく笑顔で接してくれた。
一応、ルイは軍服を着ていたので、帝国兵である事は一目見たら分かる。多少安心出来るかもしれないが、やはり初対面であの接し方は異常だ。
改めて思うが、シエナの性格は明るいにも程がある。
「まぁ、そのおかげで、シエナと一緒に居たらすげぇ楽しいんだけどな」
だが、そんな明るすぎる性格もあって、シエナと一緒に居るのが非常に楽しく感じてしまう。
彼女に振り回され続けて、気疲れすることも確かにあるが、それよりも楽しいという感情が大いに勝ってしまうのだ。
シエナの事を思いながらそう語るルイ。
そんなルイを姿を見て、リアムは何かを見透かしたかのように「ふーん」と微笑を浮かべながら言った。
「───なんだよ」
「いいや、ちょっと気になったことがあってね?」
「気になったこと…?」
ルイがそう復唱すると、リアムは「あぁ」と静かに頷いた。
そして、リアムは口を手を当てて大きな咳払いをすると、確認めいたような瞳でルイを射抜いき、
「ルイってさ、シエナって言う子の事好きなの?」
「───え?好きってどういう意味だ…?人として好きっていうことなのか?それとも、異性として好きなのかっていう事か?」
「そりゃあ、異性として好きかどうかに決まってるだろ。ここで人として好きかどうかなんて訊くやついねぇだろ」
「まぁ、そうだよな」
当たり前だと言わんばかりに、リアムは異性についてだと言い張る。
確かに、ここで人として好きかどうかを訊く者なんぞ誰一人していないだろう。ルイはリアムの主張に共感を示す。
すると、リアムは腰を浮かしてこちらに距離を縮めてくる。そして彼は、ルイの耳元に口を近付けると、
「で、どうなの?シエナっていう子の事、好きなの?」
「それ、答えなきゃ駄目?」
と、返答を躊躇うルイの態度に、リアムは苛立ちを隠せない様子で「当たり前だ」と、周りを顧みずに大声で叫び、
「ふざけんな。答えないっていうのは絶対なしだからな?答えろよ?命令だからな!」
「そうだ!いいからルイくんはシエナちゃんの事が異性として好きなのなどうかをはっきり答えろ!これは命令だぞ!」
「───分かったよ…」
答えを躊躇うルイを糾弾する二つの声。
非常に恥ずかしいので、正直答えなくないのが本音なのだが、こうも強く糾弾されては非常に居心地が悪い。
しばらく流れた沈黙のあと、ルイは渋々ながらも、二人が言っている命令を受諾する事にした。
「───シエナの事が異性として好きかどうかを聞かれると…」
今までシエナと関わってきた中で、彼女に対して抱いた感情は、全て好意的なものだった。
シエナと一緒にいるのが楽しいと感じてしまう。散々振り回された事しか記憶にないが、それでも面倒臭いとはならず、楽しいと感じてしまっていたのだ。
それに確証がある部分と言えば、シエナに心を許している事だろう。
ルイは兵士であるのにも関わらず、都市の住民を見捨てて、自分よがりで逃げてしまったことを一人で悩み苦しんでいた。
そんな自分自身の弱さが、嫌いで嫌いで仕方がなかった。
だが、何故だか分からないが、シエナになら自分の弱さを話していいだろうと思えたのである。
その時は、シエナと出会ってからほんの一日だった。恋人のような深い関係には至っていないが、ルイはシエナに自然と心を許してしまっていたのだ。
シエナと一緒にいるのが楽しい。シエナになら心を許して良いと思う。それに、シエナが傍にいると、心が落ち着くような感覚と、落ち着かないような感覚、そんな妙な二つの感覚を覚える。
だから、
「───まぁ、シエナの事は…好き…なんじゃないかな?」
と、ルイは恥ずかしさのあまり、言葉を濁しながらそう答える。
だが、そんな濁した答えでは、どうやら二人は納得出来なかったようで、
「なんだその濁した答えは!はっきり言え!好きなら好き!嫌いなら嫌いって断言しろ!」
「そうだそうだ!そんなはっきりしない答えで、誰も納得するはずがないだろ!いいからシエナちゃんの事が好きかどうか、はっきりと答えろ!」
と、またしてもルイは二つの声から糾弾される。
このままルイは答えを濁し続ければ、恐らく一生この時間は終わらない。なので、一層正直に口にした方が楽なのではないのだろうか。
そんなことを思い、ルイは恥ずかしさに顔を俯かせながら、
「─────確かに、シエナの事は好きなのかもしれない。シエナと俺の好きな人のタイプの性格は全然違ってて、俺は落ち着いた人の方が好きなんだよ。でも、シエナはちょっと明るすぎる性格なんだよ」
ルイが求める女性の理想図とシエナは似ている部分もあるが、一番大切だと思う性格の部分が真逆に位置している。
だが、
「俺の好きな人のタイプとは違ってるけどさ、シエナと一緒にいたらすごい楽しいんだよな。それはシエナの明るい性格のおかげだろうし。シエナの事見たら分かるけど、あいつすげぇ可愛いんだよ。けど、性格がタイプと全然違ってるから、正直合わないだろなって思ってたんだよ。いや、合わないって言うか、好きとまではいかないんだろうなって───」
ルイは一度言葉を区切り「でも」と、先ほどの発言を全て否定するように、大きな声を出して、
「なんか、シエナと関わっていくうちにさ、段々あいつに心が惹かれていってるっていうか……。好きなタイプとは違うけどさ、段々シエナの事が好きになっていってる自分がいるんだよ。そしてさ、シエナと一緒にいたら幸せなんだろうなって思えてきたりもするんだよ」
そう言って、ルイは俯かせていた顔を上げると、決心がついたかのような声で「だから」と言い、リアムの瞳を真正面から射抜き、
「俺、シエナの事好きだわ」
そう言い切った。
言い切ると、ルイは再び顔を俯かせた。
「──────」
沈黙が流れる。
答えろと糾弾されたので、ルイは恥ずかしさを押し殺しながらそう答えたのだが、沈黙が流れるだけで、全く反応が返ってこない。
沈黙の時間も恥ずかしくて仕方がない。ルイの顔は赤面を隠せていない。
だが、顔を俯かせているので、リアムに見られないのが幸いだ。
「──────」
沈黙が流れる。
何も反応がない。あまりにも長い沈黙の時間に、ルイの心には怒りの感情が湧いて出てきた。
あれだけ答えろと強く言ってきたのに、いざ答えると何も反応を示さない。
等々ルイは痺れを切らし、勢いよく顔を上げて、
「おい、なんか反応しろよ」
と、リアムにそう強く言うが、彼は何も反応を示さない。
否、反応は示しているが、ルイに対しての反応は示していたいのだ。
と言うのも、リアムはきょとんとした顔をしながら、後ろの方向を見ているのだ。その方向を一点だけ見つめているだけで、それ以外の動きを一切見せないのだ。
「どうしたんだよ?なんか後ろにあんのか?」
そんなリアムの様子が気になり、ルイも彼の目線に沿って後ろを見ると、
「────、─────、────。シ………シエナ?」
そこには、ここにいないはずの人物、ここにいてはいけない人物である、シエナ・ユリアーネが立っていた。
驚愕のあまり、ルイはその場で硬直していると、シエナは「へー、そうなんだ」と言って、
「ルイくん私の事好きなんだ」
シエナは硬直しているルイの瞳を、その薔薇色の瞳で射抜きながらそう言う。
だが、ルイは硬直したままであり、まだ状況を理解しきれていない様子だった。彼女は硬直しているルイを見て微笑むと、「まぁね」誇らしげに鼻を高くしながら言い、
「まぁ、ルイくんが私の事を好きになっちゃっても仕方がないよね」
と、シエナは片目をつむりながらルイに向かってそう言った。ここでようやく、ルイはこの場にシエナがいるのだと理解する。
「ちょ…………なんで、シエナがここにいる………ディアナと一緒にいるんじゃなかったのか…?」
ルイは信じられないものでも見ているかのような目をしながら、シエナにそう問いかける。
彼女がこの場にいることは理解したが、何故この場にいるのかが問題だ。彼女はディアナと共に行動をしていたはずで、決してこの場にはいないはずだ。
ルイがそう問いかけると、シエナは周りを軽く見渡して、
「ディアナちゃんとはぐれちゃったんだよ。だから、どうしようかなって思ってたんだけど、ルイくんが広場にいるって知ってたから、とりあえずそこに行ってみようかなって」
「あぁ、そうか。分かった」
シエナがこの場にいる理由は判明した。
だが、他にどうしても訊かなければならない事がある。それは───、
「シエナ…今の話…聞い───」
「勿論聴いてたよ。聞いてたじゃなくて、ばっちり聴いてたからね」
終わった。
と言うか、シエナの言動からして、ルイの話を聞いていたのは明白だったのだが、何故かあるはずのない可能性に縋り付いてしまった。それほどルイの頭が混乱しているのだろうか。
そもそも、何故シエナがいることに気が付かなかったのか。
リアム以外の声の存在と、その聞こえてくる声がシエナの物と全く同じであった点。今思い返してみれば、この事に疑問を抱かない方がおかしいのだが、ルイは全く気にも留めていなかったのだ。
リアムも全く同じだったようで、大きく目を見開かせながらシエナトルイを交互に見ていた。
自分とリアムの鈍感さが異常な事が判明した。否、今はそんなことどうでもいい。
一体どうすれば良いのだろうか。今すぐこの場から逃げ出したい。しかし、逃げたあとの行動はどうなる。さすれば、見張りの仕事をサボった時の二の舞になってしまう。
友人と恋話をしていると、実はその話を本人がしっかりと聞いていたのだ。
恥ずかしさが頂点に達し、ルイの頭の中が完全に真っ白になる。徐々に頬が赤くなっていき、身体が物凄い勢いで熱くなっていく。
「ふ」
ルイは今まで生きてきた中で感じたことのない羞恥心、否、絶望感を浴びせられていると、シエナは含み笑いをして、
「私もルイくんの事好きだよ?」
「へ?」
「え?」
不意にシエナがそう言ったので、ルイは間抜けな声を漏らしてしまう。隣にいたリアムも、流石の出来事に驚きを隠せない様子で、そう声を漏らしていた。
だが、こうなっても仕方がない。今、シエナはルイを好きと発言したのだ。
一体これはどういう意味なのだろうか。
「それって…どういう意味…?」
「ひ・み・つ!」
言葉の真意が知るため、ルイはシエナにそう問いかけるが、彼女は手で小さなバッテンを作りながらそう言った。
困惑を隠せないルイを見て、シエナは微笑を浮かべると、彼女は「じゃあ」と言って、
「私ははぐれたディアナちゃんを探しに行ってくるから」
「ちょっ、シエナ、待て!」
と、去りゆくシエナを止めようと、その場から立ち上がり、彼女に向かって手を伸ばすが、その手は届くはずがなかった。
最後に、シエナは「ばいばい」とこちらに手を振りながら別れを挨拶をする。それを受けたルイは、ただその場で立ち尽くす事しか出来なかった。
ღ ღ ღ
ルイと別れたシエナは、広場が遠く見えるところまで来ていた。
ふと、シエナは振り返る。遠く見える広場には、困惑しているルイと、一連の流れを見て驚愕しているリアム。
そんな様子を見て、シエナは口に手を当てながらクスッと笑うと、
「ルイくんの事は好きだよ」
そして、シエナは誰にも聞こえないような声でこう言った。
「───ずっと前からね」