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いつかまた、この花が咲く時に  作者: 月ヶ瀬明。
第一章 『魔女の洗礼』
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第一章29 『都市の惨状』

最近投稿が遅すぎてすみません。


荷台の中の空気だけが停滞しているように感じた。ルイはただ、友人であるリアムの名前をぽつりと呟くだけで、他に言葉が出てこずにいた。

それはリアムを同じで、信じられないものでも見ているかのように目を見開かせており、荷台の検査など忘れて、ただ呆然とその場に立ち尽くしているだけだった。


「─────」


口をパクパクさせるのみであり、何一つ言葉が出てこない。

再びリアムに会えたことに嬉しさを感じたが、その他にも色んな感情が湧いて出てきて、心の中がぐちゃぐちゃになり、訳が分からなくなっている。

しかし、ルイの心の中に出来た溝が徐々に修復されていくのは確かに感じられた。


「私たちがいること、内緒にしてくれない?」


停滞していた空気を打ち破ったのは、硬直している二人を見兼ねたシエナだった。

シエナは立ち尽くしているリアムに向かって、片目をつむり、口に指を当てながらこの場の事は内緒にするように言う。


「え?あ、あぁ…分かった」


そんなお願いを受けたリアムは、ルイとその隣にいるシエナに何度も目を移して、全く状況が理解出来ず、困惑を極めている様子だった。

だが、この状況を見て何か察したのだろうか。リアムはシエナのお願いを素直に了承した。


荷台を検査する必要が無くなったので、リアムはこの場から立ち去ろうとする。

後ろに振り向いて、荷台から出ようと扉に手を掛けた。そして、リアムは去り際にルイに目をやって、


「まぁ、とりあえず…俺も色々とよく分かってないからさ、後で色々と話そう。もうちょっとで休憩だからさ」


「そうだな、分かった。すぐ近くにある広場で待っとくよ」


そうルイは言うと、最後にリアムは「じゃあな」と手を振りながら言い残して、荷台から出ていった。


「どうだ?荷台には何があった?怪しいものはなかったか?」


リアムが荷台から出ると、直ぐに外からそんな声が聞こえた。

ディアナは届けたいものがあると言ったので、荷台には必然的に何かしらの荷物が存在しているはずだが、実際は荷物などは殆どなく、謎の男女二人がいる。しかも、男の方は帝国の軍服を身に纏っているのだ。

怪しむのも仕方がない状態だ。本当ならば、リアムはこの事を報告しなければならない。だが───、


「荷台には物資があるだけで、隈無く調べましたが、特に怪しいものは見当たりませんでした」


シエナに言われた通り、リアムは荷台のことは内緒にするため、嘘をついてルイたちが乗っている馬車を都市へ通そうとする。


「そうか、分かった。よし、通っていいぞ」


リアムから何も無かったとの報告を受けた兵士は、御者台にいるディアナに向かって馬車の通行の許可を言い渡す。

それにディアナは「どうも」と感謝の言葉を述べたあと、馬車を動かして、都市の入口である大門を潜っていき、都市の中に入っていく。


「はぁ……」


ようやく緊張感から解き放たれて、ルイは安心して大きくため息をついて、ホッと胸を撫で下ろした。

ルイの胸を埋め尽くす安心感は、無事に検問所を抜けられたことに対して感じているものもあるが、やはり一番に感じているのは───、


「良かったね。ルイくんのお友達が元気でいてくれて」


「そうだな、パッと見だと怪我も無いようだし、本当に良かった…」


リアムが生きていてくれたことに、とてつもない安心感を抱いていた。

こうしてまた、リアムと会える機会をどんなに望んでいたことか。本当に嬉しくて堪らない。


「っていうか、驚きすぎたせいか知らねぇけど、全然言葉が出てこなかったんだけど」


「なんかずっと魚みたいに口パクパクさせてたからね」


「うるせぇ、仕方がねぇだろ。こんな突然来られたら誰でもこうなるわ」


まさか、リアムとこんな形で再開するとは思わなかった。あまりにも突然の出来事に、ルイは驚愕して、何も言葉を発せずにいたのだ。

何かを喋ろうと必死に口を動かしても、感情がぐちゃぐちゃになっており、全く訳が分からなくなっていた。

そんなルイの弁明を聞いて、シエナは微笑を浮かべると、


「まぁでも、本当に良かったね」


「あぁ、そうだな。本当に良かったよ…すごい嬉しい…」


リアムが無事にいてくれたのが何より嬉しい。ルイが今まで生きてきた中で、これほど嬉しい出来事は無い。本当に、本当に嬉しい。

徐々に心が満たされていくような感覚がする。だが、安心するのはまだ早い。

ルイは嬉しさに飲み込まれている心を叱咤して、


「リアムはこうして無事でいてくれたけど、全員が無事ってわけじゃない。だから、安心するのはまだ早いな」


「そうだね。安心するのはルイくんの会いたい人と全員会ってからだね」


「だな」


リアムが無事だからといって、決して浮かれてはならない。

ルイが会いたい人が生きている保証は何一つないのだ。なので、早くこの目で無事であることを確かめて、安心しておきたい。


「そうそう、ルイくんの会いたい人って他にどんな人がいるの?さっきのお友達以外にもいるでしょ?」


と、シエナは突然声の調子を上げて、如何にも興味津々といった様子で、ルイにそう問いかけてくる。


「どんな人か、そうだな…」


そんな問いかけを受けたルイは、顎に手を当てながら思案げに考え込む。

いざ会いたい人を考えてみると、頭の中でまず先に浮かんでくるのはあの人たちしかいなかった。その人物は───、


「やっぱり、ミアさんとカミラさんしかいないな」


ルイの推しであるミア・アイレンベルクとカミラ・ラドフォード。この二人にはどうしてもまた会いたかった。

推しに全く会えてちないのは流石に堪える。早くミアとカミラを拝みにいきたい。


「その、ミアさんとカミラさんってどんな人なの?」


「ミアさんとカミラさんは俺の推しだ。二人ともめっちゃ美人で、めっちゃかっこよくて、軍でもいっぱい功績を残して、二十歳で大佐と階級まで上り詰めたすげぇ人達だぜ。俺あの人たちのことめっちゃ好きだわ」


と、ルイは推しであるミアとカミラの事を頭に思い浮かべながらそう語ると、何故か隣からの視線が妙に気になった。

ルイは横目で隣にいるシエナを見ると、彼女はジト目でこちらを見据えていた。


「なんだよ。どうしたんだよ」


明らかにシエナは不機嫌になっており、ムスッとした表情を見せていた。

そんなシエナの様子を不可解に思い、ルイはそう問いかけた。

先ほどのルイの発言を軽く振り返ってみても、シエナが不機嫌になる要素は何一つないはずだが、


「この浮気者っ!」


「はっ!?」


謂れのないことで責められ、ルイは思わずそう叫んでしまう。

シエナの発言の意味が全くもって理解出来ない。浮気云々の以前に、ルイは女性との交際関係がないのだ。なので、ルイが浮気者と称される理由は何一つない。


「いつ俺が浮気したんだよ。俺今推しの話しただけだぞ」


「推しって好きな人のことでしょ?だったら好きな人が二人もいるって浮気じゃん」


「別に好きな人だったら何人いてもいいだろ。そりゃあ他の人と関係持ってたらあれだけどさ」


「だめ!好きな気持ちが二つに分散してたらその時点で浮気なの。いい?一途でなきゃいけないんだよ?これはシエナ教授からの教えだからね?しっかり肝に命じておくように」


「はいはい、分かったよ。肝に命じておきます」


浮気の定義について、シエナ教授から教えを受け、ルイはそう返事する。

だが、ルイの心は全く動かされていなかった。シエナは気持ちが分散した時点で浮気だと言ったが、ミアとカミラの片方しか好きになれないなんて絶対に無理だ。


ミアとカミラは二人とも好きだ。この強い意思は決して誰にもねじ曲げられない。

そんな事を思っていると、連絡口からディアナが顔を覗かせて、


「ルイってミア大佐とカミラ大佐のことが好きなんですね」


「なんだ?知ってんのか?」


「その二人はとても有名ですからね。知らない人の方が少ないでしょうね」


「やっぱ、流石ミアさんとカミラさんだなぁ…」


ミアとカミラは共に、数々の偉業を成し遂げてしたので、帝国での知名度は非常に高いらしい。

ルイは改めてミアとカミラの凄さを実感していると、ディアナは「にしても」と嘲笑うかのように言って、


「ルイは高嶺の花って言う言葉をご存知ですか?ミア大佐とカミラ大佐はルイみたいな男に振り向いてくれる訳ないじゃないですか」


「そんなこと言うなよ…少しぐらいは夢を見させてくれよ…」


絶対に叶うはずのない恋。そんな悲しい現実をディアナから突き付けられ、ルイは本気で泣きそうになるほどの精神的ショックを負ってしまう。

顔を俯かせて、大いに悲しんでいるルイを見たシエナは、ルイの背中を軽く摩って、


「まぁまぁ、頑張っていこう!」


「なんだよそれ、励ますんだったらもっといい言葉あるだろ。なんだよ頑張ってこいうって…」


シエナなりにルイを励まそうとしてくれているのは理解出来るが、生憎、何もルイの励ましになっていないのがナンセンスだ。

励まそうとしてくれた気持ちだけでも感謝しておこう。

シエナに励まされている惨めなルイを見て、ディアナは「それはそうと」と思い出したかのように言って、


「見てください。もう都市の中に入りましたよ」


「あぁ、そうか。ありがとう」


ディアナから都市の中に入ったとの報告を受け、ルイはその報告に感謝しつつ、カーテンの方を見た。


ルイが気になっていた都市内の惨状。都市の外壁を見る限りでも凄まじいものだとわかったが、果たして内部はどれほど悲惨なのだろうか。

ルイが最後に見た限りでは、そこら中に死体が転がっており、都市は炎で焼かれていた。そんな悲惨すぎる惨状は、現在どのようになっているのだろうか。


ルイは恐る恐るカーテンから外を景色を覗いた。そこには───、


「まぁ、ある程度は予想してたけど…やっぱり酷いな…これ…」


都市の内部は酷いものであった。

市内の建物という建物が尽く破壊されており、無事で済んだ建物の方が少ない。

都市を恐怖に包んだ炎によって、焼け落ちてしまった建物も少なくない。焼け落ちはしないものの、すっかり黒ずんでしまった建物も沢山あった。

ルイの記憶に鮮明に残る死体の数々は、既に回収されたのか、何処にも見受けられなかった。だが、所々に薄らと血の跡が残っていた。

多少の掃除はなされているものの、道端には無数の瓦礫が転がっており、足元を確認しなければ非常に危険だろう。


ルイの記憶に残る都市の様子は、何処も彼処も人々の楽しそうな声が響き渡り、常に活気で溢れている場所であった。

だが、そんな都市の姿はもう存在していない。最近まで活気で溢れていた都市には、暗く重い空気が充満しており、幻だと錯覚してしまうほど大違いだ。


これが、襲撃によって変わり果てた城郭都市リーカナの姿だった。


「酷いね…これは…なんかもう、なんて言ったらいいんだろう。言葉が出てこない」


「そうですね。流石にこれは、酷いとしか言いようがありませんね」


シエナとディアナも各々、変わり果ててしまった都市の光景を見て、酷いと感想を述べた。

酷いとしか言いようがない光景だ。そんな光景を前に、ルイは呆然の外を光景を眺めていることしか出来なかった。


「あっ、良かった。人がいる」


馬車から外の光景を眺めていると、道端に男の姿が見えた。

他にも襲撃から生き延びた人を発見した事に安堵しつつ、ルイは道端にいる男を凝視した。

その男は、瓦礫が散乱する道端を重い足取りで歩いており、極限まで沈みきった顔であった。その姿は歩く屍のようで、生きてこそはいるが、死んだも同然だった。


この他にも、道端にはぽつりぽつりと人の姿が見えた。道端にいる者は男と同様に、皆沈みきった顔を見せていた。


「───っ」


そんな光景を見て、ルイは息を呑んだ。これが現実だ。

仮に生きていたとしても、必ずしも良い事だとは思えない。襲撃から生き延びた者たちに残されたのは、きっと絶望しかないのだろう。


「ルイ、これからどうしますか?」


「───ぇ?」


「私はこれから馬車を停めれそうな場所を探しますが、ルイはどうしますか?どこかそこら辺で降りますか?」


ふと、ディアナからそう名前を呼ばれたが、少し反応が遅れてしまう。

普段の彼女ならば、ここでルイを侮蔑する所だが、今回の彼女はそのようなことはせず、ルイに分かりやすいように伝える。


恐らく、ディアナは酷く落胆しているルイに対しての気遣いなのだろう。


「この道をもうちょっと進んだら広場があるから、そこまで行ってくれないか?そこで待ち合わせしてるんだ」


「分かりました」


と、ディアナはルイのお願いをすんなり受け入れて、馬車を広場へと進ませていく。

窓から流れゆく悲惨な光景を見て、ルイは胸が締め付けられるような感覚を味わいながら広場への到着を待った。

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