第一章28 『そこに居たのは』
「見えてきました…あれ…ですね」
馬車でしばらく走っていると、ふと連絡口が開かれた。
またナイフが投げられるのかと思い、咄嗟にルイは身構えたが、どうやら違っていたらしく、ディアナは荷台にいるルイたちにそう声を掛けてきた。
その口調は冷静さこそは失われていないが、内心では非常に驚いているように感じ取られた。あれ、と表現しているのも些か不思議だ。
「ようやくか…」
そのディアナの報告を受け、ルイは無事にリーカナへ到着したことに一安心し、胸を撫で下ろしてから荷台の窓から外を眺めた。
そこには────、
「あぁ…そうか。やっぱ、そうだよな…」
ある程度予想はしていた。覚悟はしていた。だが、実際に見てみると流石に堪えるところがある。
遠くから一目見ただけでも、都市の状態は酷いものだと分かった。
巨大な都市を囲っている城壁は尽く破壊されており、今は城壁としての機能を殆ど果たしていない。容易に部外者の侵入を許してしまうだろう。
「酷いね…」
「だな」
そんな変わり果てた都市の惨状を見て、シエナはそうぽつりと呟いた。
ディアナがリーカナをあれ、と表現したのも理解出来る。賑やかで美しかったはずの都市はもう存在していない。もう、存在していないのだ。
遠くから見ただけでも酷い惨状だ。確実に、都市の内部はそれ以上に酷い惨状であろう。実際にルイもこの目で見てきたが、決して犠牲者も少なくないだろう。
中にはルイの知っている人も含まれているかもしれない。そんなことを考えると、不安で仕方がない。だが───、
「生きていろよ。死んでたら承知しねぇからな」
そうルイは不安を押し殺し、みんなが生きていることを信じて、徐々に距離が狭まっていく変わり果てた都市の光景を眺めていた。
ღ ღ ღ
都市の目の前まで着くと、そこには大門が設置されており、そこが都市への入口となっている。
遠目で見ても十分理解出来たが、近場で見ると、都市の酷い惨状が十二分に理解させられる。
城壁は尽く破壊されており、そこら中に瓦礫が散乱している。大門も大破こそはしていないが、襲撃の傷痕が深く刻まれていた。
そんな変わり果てた都市の外見を見て、ルイは多少の不安を覚えながらも、シエナの言っていたことを思い出し、決して真実から逃げないと心に誓って、再度都市を見た。
それにしても───、
「なんで、こんな馬車が多いんだ?」
先ほどから気になっていたのだが、都市の入口には馬車の行列が出来ているのだ。皆馬車に乗っており、荷台には大量の荷物を乗せていた。
「援軍とかじゃない?」
ルイが馬車の行列に対して疑問を感じていると、シエナも同様に荷台の窓から外の様子を見て、そう口にした。
「確かに、それだったらこの行列も有り得るな」
城郭都市リーカナが襲撃されて約三日と言ったところか。
そのくらい時間が経過すれば、流石に帝国全土にまで情報が伝わっているはずだ。
荷台に大量の荷物を詰んだ馬車の行列が出来ているのも、帝国からの援軍と言えば納得が出来る。
「それにしても、長くなりそうだな…」
門の前には検問所が設置されており、荷台に積んである荷物を検査している。
いくら帝国からの援軍の馬車だとはいえども、荷物検査は欠かせないらしい。検問所にいる兵士が事細かに荷物を調べており、尚且つこの行列だ。相当な時間を要するだろう。
「ディアナちゃん早く並ぼー!」
「ですね」
シエナは御車台にいるディアナに早く並ぶよう伝えると、連絡口から顔を覗かせたディアナはそう返事してから馬車を動かし、列の最後尾へと並んだ。
「なんか、場違い感すげぇな…」
よく見ると、列に並んでいる馬車の御車台に乗っている者たちは、皆帝国の軍服を着ており、荷台には大量の荷物を乗せている。
一方ルイたちが乗っている馬車は、主に人を乗せるための物であるため、他の馬車とは構造が著しく違っている。
故に、場違い感が否めないのだが、
「いいじゃん。なんか私たちが特別みたいな感じがして」
シエナは場違い感ではなく、特別感を感じているようだった。ルイにはシエナのポジティブ思考が些か理解に苦しむ。
「俺にはその特別感って言うより場違い感の方が強いんだけどな」
「もぅ、ルイくんは駄目だなぁ…。もっと考え方を変えないと」
「考え方?」
ルイは小首を傾げながらそう呟くと、シエナは「そうだ」と強く肯定すると、
「ルイくんの考え方はね、ぐぇ〜ってなってるから、私のことを見習って、ぴきーんにならないと駄目だよ?」
「まず、その壊滅的な語彙力をどうにかしろ」
シエナはルイの考え方について、まるで教師のような言い草で長々と語るが、ルイには全く理解が出来なかった。
シエナの語彙力は壊滅的であり、伝わるのはせいぜい小さな子供ぐらいだろう。
それでも、ルイは彼女の言葉の意味を咀嚼して理解しようする。
そして、導き出した答えは───、
「つまり、俺の考え方がネガティブになってるからポジティブに考えればいいってわけだな?」
「そうそう!そういうこと。ルイくん話が分かるねぇ」
「なら最初からそう言えよ。なんで回りくどい言い方すんだよ」
「そ、それはさ、ルイくんの頭の良さを試したんだよ。自分で答えを導き出すって大切な事だからね」
「嘘つけ…それ絶対に後付けで言ってんだろ」
ルイはシエナの回りくどい言い方を指摘すると、シエナは明らかに動揺したような素振りと口調を見せたので、その点についても指摘する。
「単にネガティブとポジティブって単語が思いつかなかっただけ───」
「黙れ」
そうルイは言葉を発していると、突然ディアナに一喝されて遮られる。
その事にルイは驚愕して、大きく肩を跳ねさせてから恐る恐る連絡口の方を見ると、そこには鋭い眼光でこちらを射抜くディアナの姿があった。
「シエナちゃんは低脳なルイの頭を試したんです。そんな事も分からないんですか?本当に低脳ですね」
「そうだそうだ!ルイくんの頭の良さを試しんだよ。ネガティブとポジティブって単語が出てこなかったわけじゃないからね!」
ディアナはルイに侮辱をしつつ、シエナの発言の真意について代わりに説明すると、シエナはここぞとばかりに声を大きくして、悪魔でルイの頭の良さを試したのだと主張する。
明らかにシエナは単語が出てこなかっただけなのだが、これ以上ルイが言い返したりしたら、ディアナに何をされるのか分からないので、
「分かったよ。俺はシエナに試されていたんだな。気が付かなかったよ。ごめんごめん」
と、ルイは言い返すのを諦めて、肩を竦めてから渋々シエナの主張を認めた。
「そうそう、ルイくんは私に試されてたんだからね。やっと分かったか。全くもぅ…」
そう言って、シエナは大きなため息をついてから席に深く腰掛けた。
シエナは上手くルイから言い逃れたことに成功して安心したのか、隠れてホッと胸を撫で下ろしていた。
ルイはその姿を見逃さなかっが、特に口出しすることはしなかった。
それよりも、連絡口からこちらを覗くディアナの姿を見て、ルイの頭にふと疑問が浮かび上がった。それは───、
「なぁ、ディアナ。お前この後どうすんだ?」
「そうそう、ディアナちゃんこれからどうするの?まだ離れなくないなぁ…」
ルイがそう問うと、シエナは悲しげな目付きを見せながら、同じくディアナに問いを投げかけた。
ディアナがルイたちに同行するのは都市に到着するまでだったはずだ。
なので、ここでルイたちはディアナとお別れになってしまう。
そもそも、彼女がルイたちに同行したのは、シエナがまだ別れたくないと我儘を言い出したからであり、彼女はこれ以上シエナの我儘を聞く必要は無いのだ。
そんな問いを受けたディアナは、悲しげな目付きを見せているシエナの顔を見て、微笑を浮かべると、
「せっかくここまで来たので、街の状況を把握しておきたいです。なので、もう少しは一緒にいようかなと思います」
「やったぁーー!ディアナちゃん大好き!」
と、シエナは万遍の笑みを浮かべて、まるで子供のように喜んでいた。
そんな様子をシエナを横目で見て、ルイの顔には自然と笑みが零れていた。
正直なところルイはディアナの事が苦手なので、早く離れたいという気持ちも少なからずあったのだが、こんなにもシエナが笑顔を見せて喜んでいる姿を見ると、何故だかルイまで喜ばしい気持ちになっていた。
───しばらくして、ルイたちを乗せた馬車の順番がもうすぐといった所まで来ていた。
ルイたちの目の前には大量の荷物を詰んだ馬車が、検問所にいる兵士によって荷物検査をされていた。
「やっとか…」
これでルイはようやく都市に帰還することが出来る。
これから壮絶な光景を目の当たりにすると思うが、ルイはその真実から逃げずに全て受け止める。そんな信念がルイの心に刻まれていた。
「っていうか、なんか引っかかりそうなもんとか持ってないよな?大丈夫だよな?」
恐らく、今の検問所は都市の襲撃に合ったため、検問が厳しくなっている可能性がある。
少しでも危険物と見なされるものがあれば、足止めにされてしまうだろう。
ここまでたどり着いたのに、そのような結論は絶対に避けたい。
ディアナが所持している護身用の剣などなら問題ないようにも思えるが、この中には危険物を持ち合わせている者がいる。
それは───、
「シエナ、あの珠は絶対に隠せよ?バレたとしても、これはただの珠ですって言いきれよ?」
シエナの所持物があまりにも危険過ぎるのだ。
どのような構造なのかは知らないが、シエナの持っている珠は、珠に魔力を注ぎ込むことによって、自由自在に形を変えられると言う代物だ。
その威力は絶大なものであり、正に危険物と言っても過言ではないだろう。
そんな危険物を所持しているシエナに対して、ルイは事前に隠し通せと警告する。
「もう、ルイくんはいっつもそうやって我儘言うんだから、ほんと仕方ないなぁ」
「あぁ、もうそれでいいから頼むよ」
全くやれやれといった感じで、シエナはルイの要求を飲んだ。
検問に引っかかってしまえば、都市の中に入れなくなってしまう。それだけはどうしても避けたい。
なので、シエナに対して言いたいことは山ほどあるが、要求を飲んでくれるのならそれで良い。
ルイは一安心して、ホッと胸を撫で下ろしていると、
「そういれば、ルイくんはどうするの?」
「え?どうするって?」
ふとシエナにそう言われたが、何の事を話しているのか全く分からず、ルイは疑問に思いそう聞き返すと、シエナはルイの全身を上から下まで見て、
「ルイくんは自分のことはどう説明するの?」
「あ…確かに…そうだな」
安心したのも束の間、新たな問題がルイたちにやってくる。
現在ルイは帝国兵ということを表す軍服を身に纏っており、一目見るだけで兵士であることは明白だ。
そんな兵士であるルイが、女二人を連れて都市へと帰還している。この事実、一体どう説明したらいいものか。
「正直に説明したってな、信じてくれる人いるかな…?」
ルイは都市が襲撃されている最中、謎の光によって包まれ、気付いたら知らない森に転移していた。
運が良いことに森の中でディアナに拾われて、それからなんやかんやあってルイは都市へと帰還しようとしているのが真実だ。
だが、このような事を話したとしても、信じてくれる者は殆どいないだろう。言い方が悪いのは承知だが、この話を信じてくれるのは異常者しかいないだろう。
正直に説明したとしても確実に不審がられるだけなので、上手いこと言い訳を考えるしかないのだろうか。
そんなことを思い、ルイは思案げに顎に手を当てながら考え込んでいると、突然シエナは「そもそも」と前置きをする。
ルイは口を切り出したシエナを見ると、彼女は続けて、
「ルイくんがそんな服着てるからいけないんでしょ?」
「まあ、確かにそうだな。この格好のせいで俺が兵士って言うことが丸分かりだな」
シエナにそう言われ、ルイは自分の格好を軽く見てから納得する。
当たり前と言えば当たり前だが、ルイは軍服を身に纏っているので、兵士と思われても仕方がないのだ。
「そう!それさえどうにかしてしまえばいいんだよ!」
「どういうこと…?」
と、シエナはルイが身に纏う軍服を指さして、興奮気味な口調でそう言った。
興奮しているシエナとは正反対に、ルイは怪訝な表情を浮かべながら冷静な口調で疑問を投げ掛ける。
シエナのことなので、どうせ変な考えでも思いついたのだろう。そして案の定───、
「ルイくん、今すぐ服脱いで」
「へ?」
「だから、ルイくん早く服脱いで」
「いいから服を脱げ」
シエナが意味の分からない事を言い出したので、ルイは自然と間抜けな声を漏らしていた。
シエナはそんなルイの様子を諸共せず、ルイに服を脱げと強要してくる。そして何故か、御者台にいるディアナも賛同して、服を脱げと強要してくる。
流石に発言の意味が分からないので、ルイはその真意を問いただすことにした。
「服を脱げって、どういうこと?何しようとしてんの?」
「そもそも、ルイくんの格好がいけないんでしょ?なら服を脱いじゃえば問題ないでしょ?」
確かに、シエナの言っていることは正しい。ルイが軍服を着ているせいで、兵士ということが一目で分かり、検問を通る際に確実に面倒臭いことになるだろう。ならば、ルイは軍服から着替えて一般人を装えばいい話で───、
「で、服を脱いだあとはどうすんだよ。着替えなんて持ってねぇぞ」
肝心の着替えを持っていないのだ。なので、ルイが服を脱いでしまえば、唯一残るのはパンツしかなくなってしまう。
だが、流石のシエナでもそんな浅い考えはしないだろうと、彼女の指摘に対して期待を抱いたが、
「着替えがないなら裸しかないね」
「捕まるわ」
シエナに対して期待を抱いたのが間違いだった。考えが浅はかすぎる。その後の事を全く考えていない。
もし仮に、ルイが軍服を脱いで裸になれば、兵士だと思われる変わりに、不番者だと思われるだろう。それはパンツ一丁でも同じだ。
想像してみると、馬車には女二人と裸の男が一人。何だこのカオスすぎる状態は。
恐らく都市の中へ入ることは可能だが、ルイが行くことになるのは牢屋の中だろう。
「ルイは犯罪しそうな感じをしているので一回捕まった方がいいんじゃないんですか?そしたら未然に犯罪が防げていいこと尽くしじゃないですか」
「悪いこと尽くしだよ。何もしてない俺が捕まるとか。っていうか、犯罪しそうな感じってなんだよ。酷すぎるだろ」
「───順番が回ってきましたね」
「え?」
そんな愚痴を漏らしていると、ディアナは順番が回ってきたとの報告をした。ルイは荷台の窓から外を眺めると、前の馬車が検問を終えて、都市の中へと進んでいくところだった。
「んー、取り敢えず、適当に嘘を交えながら所々正直に言った方がいいのかな」
「まぁ、それが一番いいんじゃない?」
と、ルイは即興で結論を出すと、シエナはその結論に同意する。矛盾がないように上手く嘘を交えながら話していけば、何とか取り繕えるだろう。
嘘を考える時間が欲しいが、ルイたちの順番が迫ってきているので、考えている時間は無さそうだ。
既に馬車はゆっくりと動き始めており、やがて馬車は検問所の前で停止した。
すると、検問所の兵士が御者台にいるディアナに向かって話しかけ始めた。
「何をしにこの都市へとやってきた?目的は?」
ルイが知るに、検問の流れとしては、まず最初に都市へ来た目的を聞き出して、それから荷物検査が行われる。
検問所の兵士はディアナに都市へ来た目的を聞き出すが、その兵士の口調は明らかにピリピリしている様子だった。
確かに、都市が襲撃されたあとなので、こうなっても仕方がないのだろう。
「届けたいものがありましてね。後ろの荷台にあります」
ディアナは兵士に不審に思われることを察して、ルイたちのことは敢えて言わず、人ではなく物だと説明する。
ちなみに、荷台の窓に付いているカーテンを閉めて、外から中の状況は見えないようにしている。
「援軍か?帝国からの援軍ではないように見えるが?」
シエナの憶測はどうやら当たっていたらしく、ルイたちの前に並んでいた馬車は全て帝国からの援軍だったらしい。
「そうですね。私は援軍でもなんでもありません。私が勝手にやってるだけです」
「そうか、分かった。一応怪しいものがないか荷台の中を調べさせてもらうぞ」
「どうぞ」
そして、等々ルイたちのいる荷台が検査されようとしている。
確実に怪しまれると思うが、ディアナが兵士と話している内に、ルイは幾つかの案を考えておいた。
万全の状態では無いが、何とかするしかない。少しばかりの不安を抱きながらルイは荷台で時を待っていた。
「よし、そのお前、この馬車の荷台の中を調べろ」
「はい」
「───?」
不意にそんな声がルイの耳を打った。それは検問所にいる兵士の声だろう。
荷台の中を調べろと命じられて、それに返事をした。ただそれだけなのに、ルイの頭はその声によって埋め尽くされていた。その原因は直ぐに判明した。
一人の兵士がルイたちが乗っている荷台に近付いてきて、ゆっくりと荷台の扉を開けると、段差を乗り越えて、荷台の中にへと足を踏み入れた。
その兵士は荷物検査のため、荷台の中を調べようとしていたが、荷台にいるルイを見て硬直していた。
それはルイも同じで、ルイも荷台の中に足を踏み入れた兵士を見て、完全に硬直してしまっていた。
何故ならば───、
「──────ルイ」
「──────リアム」
ルイが探し求めていたうちの一人。ルイの同期であり友達。
リアム・ラーガイルがそこに居たからだ。