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いつかまた、この花が咲く時に  作者: 月ヶ瀬明。
第一章 『魔女の洗礼』
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第一章25 『寂しい雰囲気』


時刻は既に夜を回っており、気付けば空は暗闇に染まっていた。移動する際に生じる車内の揺れも次第に収まっていき、等々馬車が完全に停止した。

馬車が停止すると同時に、連絡口が軽く開かれて、壁の向こうにいる人物がルイたちに声を掛ける。


「到着しましたよ」


「やっとか……」


そのディアナの宣言に、ルイは肩を落として大きなため息をついた。

ロスザスに向かうにあたって、何度も途中休憩を挟んだが、疲労感が身体を蝕み、動く気力も殆ど残されていなかった。ただ馬車で移動するのみだと、ここまでの疲労感は無いはずだが、


「着いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


背筋を伸ばして、大きな声で到着を喜ぶ女性───シエナ・ユリアーネ。彼女のせいでルイはここまでの疲労感に蝕まれている。


というのも、ルイはロスザスに到着するまで、シエナの質問攻めにあい続けていたからである。根掘り葉掘り休むこと無く、ルイの素性を訊かれ続けたので、途中で尋問を受けていると錯覚してしまった。それほどシエナの質問攻めが辛かったという訳だ。


互いの事を良く知るのは大切だと思うだが、あまりにも一方的すぎた。それに、途中で全くどうでもいいルイの足のサイズまで訊かれたのだ。若干の恐怖心も覚えたが、ルイは全ての質問に答えた。

ちなみにルイの足のサイズは二十八センチだ。と、どうでもいい事を色々と訊かれ続けたのだ。


「疲れた………」


「ルイくん早く行こ!」


重りのように全身にのしかかった疲労感に、ルイはそう呟くと、シエナが席から立ち上がり、同行を急かしてくる。


「ちょっと待って…」


これからルイたちは宿に向かい、手続きを済ませなければならないのだが、ルイには動く気力が無かった。

というか、何故ここまでシエナは元気でい続けられるのか分からない。質問攻めしていた側も十分きついと思うのだが、こうしてシエナは元気でいるのだ。おかしい以外に言葉が見当たらない。


「はぁ…」


ルイは重い体を何とか立ち上がらせて、疲労感を吐き捨てるようにため息をついた。


「ほいっ!」


変な掛け声と共に、シエナが先に馬車を降りたので、それに続いてルイも馬車を降りる。


「流石に疲れましたね。早く宿を取って休憩したいです」


既に馬車から降りていたディアナが、自身の疲労を訴える。ルイとシエナは馬車を運転した事がない為、ロスザス到着するまでの間、馬車の運転はディアナに任せっきりだったのだ。

少々照れくさいながらも、ルイはディアナに労いの言葉を掛けることにした。


「ずっと運転してくれてありがとうな」


「ほんと、ルイが無能だからこうして私が疲れる羽目になるんですよ。いい加減にしてください」


「─────ぇ?」


労いの言葉を掛けたつもりなのだが、何故かディアナはルイを貶し始めたので、ルイは困惑して開いた口が塞がらないでいた。


全てディアナに負担を押し付けていたのは申し訳ないと思っている。だからこその労いの言葉なのだが、こうしてルイはディアナの怒りを買っている。

ただ、あまりにも不服なので、すかさずルイは反論する。


「じゃあシエナはどうなんだ!シエナも運転してなかっただろ?」


ルイと同じく、シエナも馬車の運転が出来ず、運転をディアナに任せっきりにしていたのだ。

つまり、シエナも同罪なので、貶される対象に入ってもいいと思うが、


「うるさい、シエナちゃんはいいんです」


「そうだそうだー!」


そうディアナは一喝すると、隣に回ったシエナがすかさず腕を上げて賛同する。

明確な理由は存在せず、ただシエナというだけで許されてしまうらしい。


「はぁ…分かったよ」


不服に思う気持ちもあるものの、これ以上会話は成立しないと認識し、ルイは話を切り上げる事にした。


「まあいいです。私は馬車を馬小屋に置いてきますんで、ちょっと待っててください」


そう言って、ディアナは馬を引き連れて、宿の近くにある馬小屋へと向かっていった。


「待とっか」


「だな」


残されたルイとシエナは、ディアナの帰りを待つことにした。馬車は街の道沿いに止められており、ルイの目の前にあるのは木造建ての大きな宿だ。

この宿の他にも、周りには幾つか宿が建てられている。


ここロスザスは、城郭都市リーカナに向かうために経由される場所であり、宿の数も多い。行商人などが多く利用している場所であり、夜には酒場も開いており、普段は賑わっているはずなのだか、


「人…まじでいねぇな…」


「寂しい雰囲気だね…」


辺りを見回すと、そこには街頭に照らされた薄暗い街並みが広がっており、人の姿は見当たらなかった。

家の灯りも殆どついていなく、酒場と思わしき建物も開いておらず、シエナの言う様に、寂しい雰囲気が村全体を覆っていた。


「何かあったのかな?」


薄暗い街並みを見回しながら、シエナはそう不安げに口にした。村は寂しい雰囲気を漂わせており、異常なまでの静寂に包まれていた。何かあったのだと予想されるが、ルイにはその理由が直ぐに思い浮かんだ。

それは───、


「リーカナが襲撃されたからだろ」


城郭都市リーカナが襲撃されてから二日近くは経っている。確実に帝国全土に伝わっているはずだ。ならば、その近くにある村は危険であり、行商人も近寄らず、村が寂しい雰囲気に覆われているにも説明がつく。


「悲しいね、リーカナが襲撃されなければここもいつも通りに行商人たちで賑わってたのかな」


「だろうな…酒場で酔っぱらい同士が喧嘩してるだろうよ」


村を見回しながら、声の調子を落としてそう言うシエナに、ルイは軽口を叩いた。すると、シエナは含み笑いをしてから、


「いつも通りの平穏な日常が早く戻るといいね」


「だな」


そう静かに頷いて、ルイもシエナと同じように村を見回した。村の様子を見回して感じたのは、人の姿が見当たらないのと、もう一つあった。それは───、


「あれなんだな…この村、襲撃されてないんだな」


「ん、どういうこと?」


「リーカナに近い場所だから、襲撃されててもおかしくないなって思ってな」


村の様子を呆然と見回しながらそう呟くと、シエナはルイの顔を覗いて疑問を投げかけた。それにルイは振り向かないまま、横目でシエナの顔を見て、そう答えた。


この村はリーカナと距離が近く、襲撃に巻き込まれている可能性も少なからず買った。 だが、村の様子を見ると、人の姿こそ見当たらないが、建物の崩壊などの襲撃の後は見受けられない。つまり、この村は襲撃されていない事となる。


「まあ、襲撃されてない事に越したことはないよ」


「それはそうなんだけど…なんか引っかかるんだよなぁ…」


「引っかかるって?」


そのシエナの発言を受けたルイは、頭の中で引っかかる事柄に対して、顎に手を当てて思案げに眉を寄せて考え込んでいた。

そんなルイの様子を見たシエナは不思議そうにそう問うと、ルイは「いやぁ」と前置きして、


「リーカナを襲撃した奴らはなんの躊躇もなく人間を殺していったんだよ。そんな無慈悲な奴らが何で近くにある村を襲撃してないのかなってね。ここ、リーカナに行く途中で絶対に経由する場所だし」


奴らはなんの躊躇もなく、無差別に人間を殺していった。そんな奴らならば、その周辺にある街や村も奴らに襲撃されている可能性も十分にある。なのに、リーカナに向かう際に経由されるはずのこの村は、襲撃されていないのだ。つまり───、


「リーカナだけを標的にしてたのか?」


勿論、この村だけしか見ていないので、一概にそう断定する事は出来ないが、限られた情報だけ見ると、そう考えざるを得ないのが事実だ。


「それなら、なんでリーカナだけを襲撃したのかな?」


「だよなぁ…」


シエナの疑問にルイも賛同する。リーカナが襲撃された理由は不明のままだ。奴らは何が目的で、何故あれほど人間を虐殺していたのだろうか。


「何かリーカナにお宝みたいなのがあったりするのかな?ルイくんだったら何か知らない?」


何かリーカナに重要な物があるのではないかとシエナは推測し、兵士であるルイにそう問うがルイは「いや」と首を横に振り、


「知らねぇよ。俺階級一番下の二等兵だからな。もしあるんだとしたら、上層部とかなら知ってそうだけど、俺みたいな下っ端兵士が知ってるわけないよ」


シエナの推測はルイにも共感出来る。七大都市である城郭都市リーカナを襲撃するとなれば、何かしら目的はあるはずだ。

ルイが知らないだけで、リーカナに何かしら重要な物がある可能性も無くはない。その事は軍の上層部なら知っているかもしれないが、二等兵であるルイは何も知らない。


「というか、そもそもの話。リーカナを襲撃したのって誰なんだ?魔女って話だけど、本当なのか?」


昨夜の話し合いでアルドスは、リーカナが襲撃されたのは魔女によるものだと言っていた。だが、そんな知らせを受けたというだけであって、本当に魔女がいたのかも分からない。


「ていうか、魔女って本当にいるのか?」


魔女というのは、この世で最も恐れられている存在であり、恐怖の象徴でもある。災いを起こし、人々を恐怖させ、世界を崩壊に導いていく。

当然その姿は見たことはなく、噂話や、言い伝え、歴史書などでしか魔女については知らない。昔、魔女と帝国が戦争をしていたと歴史書に綴られているのを見たが、実際のところは分からない。

果たして、魔女は実在するのだろうか。そんな疑問をルイはシエナに投げかけると、


「いるよ」


なんの迷いもなく、シエナは魔女の存在を断定する。とても真剣な物言いであり、決して茶化しなどではなかった。それはそれで良いのだが、


「なんでシエナは魔女がいるって思うんだ?」


シエナは魔女が存在すると言うが、何故なんの迷いもなく、魔女の存在を断定するのかが気になる。実際に見たわけでもあるまいし、そう断定する根拠なども無いと思うが、


「理由は特にないけど、いるよ魔女は」


「なんだそりゃ」


尚もシエナは真剣な物言いで、魔女の存在を断定する。だが、特に理由はないらしい。その返答を受けたルイは、唖然としてそんな口を漏らしてしまう。


「理由は特に無いって、じゃあなんで断定で──────」


「お待たせしました」


その理由を問いただそうと、再びシエナに問うと、途中で口を挟まれて遮られてしまう。

声のした方向に振り向くと、そこには馬小屋に馬車を止めに行っていたディアナがいた。


「ん?あぁ、ディアナか」


「早く宿へ行きましょうか。疲れたので休憩したいです」


「そうだね、早くベットに飛び込みたいよぉ」


ディアナがやってくると、シエナの先程までの真剣な物言いは完全に消滅し、いつも通りの明るい口調に戻っていた。宿のベットを想像して、期待満々な様子だった。


「じゃあ、行きましょうか」


「うん!」


そうディアナが言うと、シエナは元気よく返事する。


「ルイくん早く行こ!」


「分かったよ」


先程のシエナの真剣な物言いが気になるが、それについては後ほど訊くとしよう。長時間の馬車のシエナからの尋問で疲れているので、ルイもいい加減休憩したかった。


そして、ルイたちは直ぐ目の前にある宿にへと足を踏み入れた。



ღ ღ ღ



宿の中に入ると、まず最初に広がるのは広間だ。机や椅子が沢山設置されているが、そこには一切人の姿が見受けられなかった。

一瞬誰もいないかと錯覚下が、広間の奥にある受付台であろう場所に、一人の男がいた。恐らくあの男は宿の主人であろう。

宿の主人がいる受付台に向かって、ルイたちは歩き出した。


「おぉ、いらっしゃい」


宿に入ってくるルイたちを見るや否や、主人は目を大きく見開き、その声から捉えられるように、心底驚いている様子だった。

そして、ディアナは先に受付台に辿り着くと、


「二人で」


「おい、待て待て待て待て待て待て」


「はい?どうしたんですか?」


ディアナの発言に慌ててルイは口を挟んだ。そのルイの慌てようとは反対に、ディアナは平然とした態度で対応する。


「二人ってなんだよ?俺は?」


あのディアナの発言は、まるでルイの存在を認識していないようなものだった。

当たり前かのように、ディアナは平然とそう答えたので、ルイは出来るだけ自分の存在感を目立たせようと、声を大きくして、ディアナの発言について言及すると、


「いや、私が二人と言ったからって勝手に自分が省かれたんだと思い込まないでもらえますか?」


「あ、あぁ…」


盲点だった。飽くまでも、ディアナは二人と発言したので、必ずしもルイが省かれている訳では無いのだ。その事を理解した時、一筋の光が見えたような気がした。


「三人いるけど…二人でいいのか?」


「はい、それで構いません」


人数は三人なのに、泊まるのは二人だと申し出された主人は、少々困惑した様子で再確認すると、ディアナは直ぐに返事をして肯定する。


「二人って言っても…その二人はどちらさんだ?」


二人と言っても、この場には三人いるので、宿に泊まる二人が誰だか分からない。主人はその事について問うと、ディアナは自身とシエナを指さして、


「私と、私の隣にいるこの女の子です」


「結局かよ!?」


ディアナの声を塗り潰す勢いでルイはそう叫んだ。

ちょっとでも期待した自分が馬鹿だったとことごとく痛感させられる。ディアナがシエナを見捨てるはずがなく、今までの事もあり、ルイに対して酷い扱いをしてくるのは明白だった。

だが、そう叫んだと同時に、ある疑問が浮かび上がってくる。それは───、


「え、で……俺はどうすんの?」


問題なのはルイの処遇についてだ。この宿に泊まるのはディアナとシエナなので、今夜ルイは何処で過ごせばいいのだろうか。

ディアナの事なので、同じ空間にいる事が苦痛だから、別の宿に泊まれと言ってきそうだが、


「お金が勿体ないので、ルイは馬小屋にでも泊まっていてください」


「───ぇ」


予想を遥かに上回る答えに、ルイはその場で唖然としてしまう。お金が勿体ないと言うなら、全員馬小屋に泊まればいい話なのだが、恐らく言っても無駄だ。

このままルイは馬小屋に泊まらなければならないのだろうか。そんな事を思い、絶望に駆られていると、


「いいじゃん。ルイくんも一緒に泊めてあげようよ」


シエナがルイの処遇を見兼ねて、同じ宿で泊まらせようとディアナに提案する。この瞬間、シエナの姿が女神のように見えた。


「シエナちゃんのお願いなら、分かりました。三人でお願いします」


すると、シエナからの提案を受けたディアナは、その提案を快く了承し、ルイは馬小屋で夜を過ごす羽目にならずに済んだ。

相変わらず、シエナの言う事だけは素直に聞くやつだ。本当に意味が分からない。


「お、おぉ…分かった。三人か」


主人は目の前の出来事に困惑を隠せないでいた。ディアナのルイに対する扱いがあまりにも酷すぎるので、この光景を赤の他人がみたら、誰だって困惑してしまうだろう。


「空いている部屋を二部屋貸してください。二人と一人で別けますんで」


「分かった二部屋か…とは言っても、今日は全部屋空いてるんだけどな」


「まぁ…薄々そんな感じはしてたけど、やっぱりか」


村には人の姿が見当たらず、活気が殆どない状態であった。唯一見つけたのは、こうして目の前にいる宿の主人のみだ。

宿の広間にも人がおらず、この宿の宿泊客はルイたち以外いない様子だった。

思い出せば、ルイたちが宿に入った時、主人は明らかに客が来た事に驚いた様子であったため、恐らく今日初めて来た客なのだろう。にしても───、


「なぁ、なんでこんなに人がいないんだ?」


「だよね、なんでこの村こんなに寂しい雰囲気なの?」


「こんなに人の姿が見当たらないのは流石におかしいですよね」


受付台に寄りかかりながら、ルイは主人にそう問う。それにシエナとディアナが賛同し、同じく主人に問う。

自分の中でほぼ確定となっている仮説があるのだが、現地人である宿の主人に聞いた方が、より確証を得られると判断したからだ。

だが、そんな問いを受けた主人は、ルイの全身を隈無く見て、


「まず、それはちょっと置いといて…俺も気になることがあるんだよ。何であんたが連れの金髪の嬢ちゃんに嫌われてんのか。それと、一目見ただけで分かるけど、その格好…あんた兵士だろ?こんなところで美女二人も引き連れて何してんだよ」


「あぁ…まぁ、そうだよな」


疑問に思っているのは主人も同じだったようで、ルイに対してそんな問いをぶつけてくる。

帝国兵であるルイが、シエナとディアナの美女と共に行動しており、客観的に見れば異色のコンビと化している。

どう説明すれば良いのか分からないが、とりあえず、ルイがディアナに嫌われている理由から話すことにした。


「あれだ、この金髪のやつディアナって言うんだけど、なんで俺が嫌われてるのかの話なんだけど、ディアナは俺の事が生理的に無理らしいんだ」


「はい、生理的に無理です」


ルイが淡々と説明するのを、最後にディアナが肯定する。自分で言っておいて何なのだが、全くもって話の意味が分からない。

そんな妙なやり取りを見た主人の顔は、徐々に引きつり始めていた。


「それで、兵士の俺がここで何してるかって話と、なんで美女二人も引き連れてんのかって話だけど…とにかく色々あったんだ。うん…色々」


これに関しては色々あったとしか言いようがなく、ルイは途中で言葉を濁した。主人に怪訝そうな顔をされるが、


「とにかく、早く俺はリーカナに戻りたいんだ」


ルイは、あの綺麗だったリーカナの街はどうなっているのか。ミア、カミラ、リアム、エマ、オーガスの安否はどうなっているのか。早くこの目で確かめたいのだ。


「─────」


リーカナに戻りたい意志を伝えると、急に主人の顔が強ばった。そして前のめりになり、ルイの顔を覗いて、


「やめておけ、リーカナは魔女に襲撃されたって話だ。今どんな状況か分からない。自分から死にに行くようなものだぞ」


「───!?あんた知ってるのか?リーカナが襲撃されたのを」


主人の発言にルイは異様な食いつきを見せると、主人は「いやっ」と少し申し訳なさそうに返事して、


「知ってるっとは言っても、実際に見たわけじゃねぇから詳しいことはよく知らねぇが、聞いた話によると、魔女に襲撃されたって話だ。それ以外は知らん」


そして主人は前のめりになった姿勢を元に戻して、


「そのおかげで、行商人がまるで寄ってこない。客も来ねぇし、今この村にいるのは村の住人以外ほとんどいねぇ。中には村から逃げたやつもいるしな」


全くうんざりだ、とでも言うように、主人は肩をすくめて嘆息する。


「魔女か…」


ここ最近、魔女という単語は何度も耳にしているが、その実態は未だ不明のままだ。

全てが有耶無耶な存在だ。そんな存在を何度も耳に聞かされて、ルイは魔女と言う単語に対して呆れがきており、そう呟いた。


「ねぇ主人さん」


「ん?なんだ?」


すると、シエナが当然主人に向かって声を掛けた。呼び掛けを受けた主人は首を傾げて、言葉の続きを待つ。

呼び掛けに反応した主人を見ると、シエナは続けて───、


「なんで主人さんはこの村から逃げたりしないの?この村って、リーカナに近い場所だから凄く危ないと思うんだけど」


「まぁ、そうだな。ここが危険なのは重々承知してるつもりだ。ここも襲撃される可能性はある。だけど、俺は絶対にここから逃げないつもりさ」


「なんで?」


「この村は俺が生まれ育ったところだ。確かに、リーカナ何かと比べたら娯楽もほとんどねぇからつまらない場所だと思うけどよ」


そこで主人は一旦言葉を区切り、続けて───、


「俺はこの村が大好きなんだ。だから俺は絶対に逃げない。例え魔女がこの村にやってこようと、俺は絶対逃げない。むしろ、魔女なんかこの俺がぶっ倒してやるよ」


そう堂々と語る主人の表情は自然と笑みが零れていた。自分が生まれ育ったロスザスへの愛情を情熱的に語り、その魔女にも屈しない主人の態度は、何だかとてもかっこよく思えた。


「そう」


そんな返答を受けたシエナも、主人と同じく、自然と笑みが零れていた。


「リーカナに行きたいんだってな、行くんなら後ろの嬢ちゃん達の事、しっかり守ってやれよ」


「あぁ、任せておけ」


自信満々にそう答えるルイだったが、背後からの視線が異様に気になり、何故か冷や汗が出てきた。恐る恐る振り返ると、そこには目を怪訝そうに細めるディアナがいた。


「な…なんです?」


「いや……別に」


「絶対なんかあんだろ!?」


明らかに何かお思いな様子のディアナに追求するが、軽蔑の意志を宿した眼差しを向けられるだけだった。ルイは咳払いして、一度気を取り直して、


「まぁ、とりあえず俺が何とかするから大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」


それに主人は「おうよ」と元気よく返事をしてから、宿の中を見回して、


「どうせ客は来ねぇと思うから適当な部屋使っていいぞ」


「おう、ありがとな」


そう主人に感謝の言葉を述べつつ、ルイたちは適当な部屋にへと向かった。

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