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いつかまた、この花が咲く時に  作者: 月ヶ瀬明。
第一章 『魔女の洗礼』
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第一章24 『出発』


「何から何まで、本当に感謝の言葉しかありません。誠に感謝申し上げます」


場所はサントエレシアの玄関口である大きな門。既に馬車は用意されており、出発寸前といったところで、領主であるアルドスが直々に見送りに来たのだ。


そして開口一番、ルイたちはアルドスに深く頭を下げられて、感謝の言葉を述べられている。


「あぁ、どうも」


ルイは頭を搔いて、少し照れくさそうにしながら返事をした。どうも人に頭を下げられるのは気まづくて仕方がない。


「ルイってそんなに役にたっていないと思うんですけど」


「黙れ!一応俺も役に立ったぞ!」


その返事に、ディアナが口を挟むと、すかさずルイは声を荒らげて反論する。

無限に復活する魔獣を討伐するにあたって、大いに活躍したのはシエナとディアナの二人だ。彼女らは無限に再生する魔獣を容易に倒していき、魔獣の脅威を大幅に下げてくれた。彼女らなしにルイは生還していなかっただろう。


そんな強い彼女らでもどうにもならなかったのが、無限に復活する魔獣だ。幾ら魔獣を殺しても尚、直ぐに魔獣の体が再生していき、再びルイたち目掛けて襲いかかってきたのだ。

だが、土壇場でルイが魔獣の討伐方法を思いつき、無事に魔獣の脅威を排除する事に成功したのだ。完全に一時しのぎの策だが、一応役には立ったはずなので、ルイはそう威張っていいと思うが。


「自惚れないでください」


「ねぇシエナ。俺そんなに自惚れてると思う?」


ルイを侮蔑し始めたディアナと会話することを諦めて、ルイは隣にいるシエナに客観的な意見を求めることにした。


「ぅぃぅんぁぁぅぃょ」


「食い終わってから喋れよ」


街の正門に向かう途中、ディアナの奢りを良い事に、シエナは屋台で買い漁り、手元に食べ物を大量に持ち合わせて、食事している真っ最中だった。

ルイに注意されたシエナは、口の中に含んだ食べ物を飲み込んで───、


「ルイくんが悪いよ」


「なんでだよ」


「分からないけど、とりあえずルイくん謝った方がいいよ」


「訊く相手を間違えたな…」


シエナに客観的な意見を求めるが、何故かルイが悪いと言われる始末だ。意見を求める相手を間違えて、後悔の念を口に漏らすと同時に、視界に気になるものが映った。


「それにしても、馬車って聞いたけど、この馬凄いな」


正門の前に停められている馬車に目をやると、そこには荷台に繋がれた馬がいた。その馬は普通の馬とは体の大きさが異なっており、体全体が筋肉に包まれている。


「はい、馬の変種です。モハメド種って言われていて、普通の馬より体が大きくて筋肉も付いています。そして体力も多いので、運搬用の馬車だったら大体この馬が使われていますね」


「へぇ、凄いな…」


間近で見ると、モハメド種である馬は非常に大きく、普通の馬よりも体力が多いので、荷台を引くのに特化した馬だ。

このような馬が存在していると、普通の馬の存在価値が殆ど無くなるが、普通の馬は式典などの儀式の際に多く使用されている。


「この馬車で今から出発するんですけど、今日中に着くのは不可能なので、途中宿で泊まっていきます」


「やっぱり今日中は無理か…」


「仕方がないね」


城郭都市リーカナとサントエレシア領は、幸いそこまで距離は遠くないが、流石に今日中に辿り着くのは不可能だ。そこは素直に飲み込むしかない。


「ですが、恐らく明日の昼頃にはリーカナへ辿り着くと思われますよ」


落ち込んだ様子のルイを見兼ねて、ルイを励まそうと、アルドスは即座に口を挟んだ。


「ありがとうございます」


その励ましを受けて、ルイは軽く頭を下げて感謝する。アルドスは気遣いが上手な人だとルイは感じた。落ち込んだ心を即座に察知して励ましの言葉を述べてくれる優しい人物だ。

だが、そんなアルドスと比べて、ディアナは正反対の人間に出来上がっている。最初会った時から変だと感じていたが、その中身は異常すぎるものだった。

ディアナはシエナに好感を抱いており、丁寧かつ優しく接しているが、ルイは毎度喋る度に侮蔑されている。終いには生理的に受け付けないと言われる迄だ。


「なんですが、そんなマジマジと見ないでください。気持ち悪いです」


「あぁ、ごめん」


自然とルイはディアナの顔を眺めていたらしく、眉間に皺を寄せて不快の念をさらけ出しながらルイに指摘する。その事を素直に謝罪してから、ルイはアルドスに近付いて、耳元で疑問を口にした。


「アルドスさん、なんでディアナってあんな男に対して侮蔑するんですか。大の男嫌いとかなんですか?」


元から男嫌いでない限り、ルイをここまで嫌っている理由が見当たらない。父親なら娘を事を誰よりも知っているだろうと思い、父親であるアルドスそう訊くが、アルドスは困ったような表情を見せてから───、


「特に男嫌いというわけではないはずですが…」


「なら俺だけが特段に嫌いってわけかよ」


ふと思い出した。ディアナはルイを生理的に受け付けないと言っていた。ならば、ルイを侮蔑するのにも説明がつく。ついてほしくないが。


「はい、ルイのことは生理的に受け付けないので嫌いです」


会話が聞こえていたのか、ディアナがこちらを振り向き、再び生理的に受け付けないと言われた。

目の前で直接こう言われると、流石に堪える。だが、ルイの隣にはディアナの父親であるアルドスがいる。

何かやり返してやろうと思い、ルイはディアナに聞こえないように、アルドスの耳元で話しかける。


「アルドスさん。自分の娘さんがここまで人の事を貶したり侮蔑してるんですから、一回怒った方がいいですよ」


一応ルイは客人という立場に置かれており、その客人を散々貶したり、侮蔑しているディアナは失礼極まりない。この事をアルドスに証拠も付けて直接伝えて、説教してもらおうといった策略だったのだが───、


「申し訳ございません。ディアナは私の可愛い一人娘です。であるので、あまり説教はしたくないのです」


声の調子を落として、心底申し訳なさそうにし、視線を娘であるディアナに集中させながら、アルドスはルイの提案を拒否する。

父親であるアルドスの気持ちは分からなくもない。ルイが子供が好きなように、それがもし自分の子供であったら、どれだけ溺愛してしまうだろうか。

だが、立派な大人に育てるため、親は子供に躾をならなければならない。褒めるのは当然だが、時には説教をしたりする。そうして立派な大人として成長させていくのが親の役目だとルイは認識していたが、


「親子揃って異常者じゃねぇか…」


誰にも聞こえないような小さな声で、ルイは愚痴を漏らした。

幾ら娘が可愛いからといえ、ディアナは客人であるルイに無礼な態度を取り続けている。

説教の議題としては十分だが、それでもアルドスは娘が可愛いという理由で、目の前でディアナがルイに侮蔑されているのを見逃すのだ。

見た目や言動などでまともな人間だと思っていたが、中身はただの親馬鹿のようだ。


だが、ルイはまだ諦めなかった。何としてもディアナに一泡吹かせたいと思い、アルドスの説得を続けることにした。


「ねぇアルドスさん。俺ディアナに剣で脅されたり、実際に刺されたことがあるんですよ。それでも説得しませんか?」


何か失礼な言動をすると、ディアナは鞘から剣を抜き、ルイの首元に向けて脅してくるのだ。それだけならまだしも、実際にルイは刺されたことがある。

傷こそは付けられてないが、手元が狂えば、ルイが斬られてしまう非常に危険な行為だ。そんな危険行為を連発しているため、愛娘でも流石に説教しても良いと思うが、


「説教するとディアナが可哀想です。少しばかり注意することなら出来ます」


それでもなお、アルドスは親馬鹿を発揮して、ルイの提案を拒否するが、代わりに注意すると申し出てきた。


「じゃあしっかり注意してもらえます?」


副詞の部分を強調して、ルイはアルドスに圧をかけた。すると、アルドスは「分かりました」とルイの案を了承し、ディアナに近寄る。

ディアナはシエナとたわいもない会話をしていたが、アルドスが近寄ると、途中で会話を止めてアルドスに視線を向けた。


「なんですか?」


ディアナは近寄ってきたアルドスにそう問うと、アルドスは真摯眼差しを向けて───、


「ディアナ…あまりルイさんに失礼な態度をとってはなりませんよ」


アルドスはディアナと対面に向き合い、ルイに向けての態度を注意した。注意と言えども、物の言い方には怒りの感情が垣間見えず、優しさが隠しきれないでいた。娘を溺愛している現れだろうか。


「え?あぁ、はい。ごめんなさい」


アルドスから注意を受けたディアナは、きょとんとして目を丸くしたが、直ぐに自体を察知し、素直に謝罪してから、ルイに視線を移した。


「─────」


鋭い眼光で全身を射抜かれ、全身が発汗する。アルドスがディアナに注意すると言った時、希望の光が見えたが、それは全てまやかしであった。

注意と言っても、アルドスの注意は軽すぎるものであり、全くもってディアナの心に響いていない。

逆にルイがディアナの怒りを買う形になり、この先の関係性が思いやられる。今になってこの行いを後悔するが、もう遅い。


こうなれば秘策を発動するしかない。ルイは腰を深く折り、頭を思いっきり下げて───、


「申し訳ございませんでした!」


全身全霊の謝罪を受けたディアナは、心底呆れたようにため息を吐いて、


「そんな姑息なやり方しか出来ないんですか?流石は兵士さんですね」


「──────」


正面から嫌味をぶつけられるが、見事なまでに心に嫌味が突き刺さり、ルイは押し黙ることしか出来なかった。

頭を下げているので、ディアナの表情が分からないが、確実にゴミを見るような目で見下していることに違いない。


「ほらほら、喧嘩ないの!ダメだよ!そんなことより早く出発しようよ」


緊迫感が辺りを充満したのを察知したシエナが、すかさず口を挟み、緊迫感を全て消し飛ばす。


「ですね、ルイも早く乗って出発したいでしょ?」


「え…あぁ、そうだな」


「早く乗ってください。こんなところで話してても無駄に時間を食うだけでしょ?」


「だな」


シエナに窘められたディアナの急激な態度の変わりように、ルイは困惑を示したが、この機会を逃さんと、心を平常に戻して受け答えする。

そしてそのまま、馬車へと乗る流れとなったので、ルイは逃げるようにして荷台の段差に足を上げた。


「よいしょ」


馬車の荷台に乗り、中を確認する。中は思ったより普通で、左右に椅子が備え付けられている簡易的な荷台だ


「普通だな…」


屋敷の中には豪華爛漫な家具しか無かったので、普通だと逆に違和感を感じてしまう。感覚がおかしくなっていると自覚しつつ、ルイは椅子に座る。


「失礼しまーす」


ルイの乗車に続いて、シエナも馬車の荷台に乗る。


「よいしょっと」


荷台の中を軽く見回すと、シエナはルイの隣に座った。


当たり前かのようにシエナは隣の席に座ってきたので、ルイは少々緊張感を味わっていた。別に居心地悪いわけではないが、どうも気が楽にできない。シエナが好きだという現れなのだろうか。


ルイが好む女性のタイプは、シエナと似ているが、性格がかけ離れている。落ち着きのある女性が好きなのだが、シエナは明るすぎる。

だが、夜のシエナとの邂逅で、シエナと話していると妙に心が落ち着く感覚がしたのだ。それに、ルイはシエナに自分の弱みを包み隠さずに話していた。それは即ち、シエナに心を許していた証拠であるのかもしれない。


心が曖昧になっている中、一つ確証があるものと言えば、シエナの事を好意的に思っている事だ。


「もう出発しますよ」


遅れて御者台に乗ったディアナが、車両を御者台を繋ぐ連絡口から顔を覗かせて、各々に出発の確認をする。


「わかった」

「はーーい!」


非常に元気の良いシエナの返事に、ディアナは苦笑いすると、連絡口を閉じて、馬に繋がれている手綱を引いた。


「うぉっ」


急に荷台が大きく揺れて驚いたが、馬車が進み出したのだと瞬時に理解する。徐々に離れていく正門を見ていると、アルドスは去っていくルイたちに視線を向けて、


「いってらっしゃいませ」


そう言って、アルドスは凛とした態度で腰を折り、ルイたちを見送ったのだった。



ღ ღ ღ



「─────」


馬車が街を出てほんの数分だ。だが、ルイは気まずさに耐え切れず、この場から逃げ出そうと考えていた。勿論、逃げ出すつもりはないが。


その気まずさの原因となっているのが、ルイの隣に座り、屋台で買った食料を食べ続けているシエナだ。

いい匂いが荷台に充満し、普通なら食欲がそそってくる盤面だが、今は何も気にならなかった。


「───ん?」


俯きながら横目でシエナを見ていると、ルイの視線に気がつき、こちらを振り向いた。


「どうしたの?」


「え、いや…」


シエナは小首を傾げて、ルイの顔を覗きながらそう訊いてくる。だが、その問いにルイは上手く答えることが出来ず、視線を泳がせながら黙りしてしまう。

そんな様子のルイを見て、シエナは怪訝な表情を浮かべたが、何かを察知したかのように顔をハッとさせ、視線を下に落として、


「これは何がなんでも渡さないぞ!」


急に席から立ち上がり、手元にある食料をルイから遠ざけて、食料を渡すまいと防御体制に入った。

シエナの食べ物に関する執着は恐ろしいほど高い。別に悪いことではないが、こうして勘違いされては困る。


「奪ったりしないから大丈夫だって…」


その勘違いを正そうと、ルイはそう言ってシエナを落ち着かせようとする。


「ならよし」


そう言って、シエナは再びルイの隣に座り、食料を食べ始めた。それで一安心出来ると思ったのが間違いだった。

シエナは手を止めて、再びルイの顔を覗いて、


「で、なんで私の事見てたの?」


「─────っ」


解決済みと思っていた事を再度問われ、あまりの動揺にルイは大きく肩を跳ねさせた。

確かに今考えてみると、明確な答えを出さないまま会話が終了したので、この問いがやってくる可能性は少なからずあったのだ。

だが、ルイは安心しきってしまい、その可能性を一切考えていなかったのだ。


「どうしたの?肩すんごい跳ねたけど」


「いやぁ…これは…」


そんなルイの動揺具合に、シエナは笑みを浮かべながらそう指摘するが、ルイは返答が思いつかず、答えを有耶無耶にするしか出来なかった。


その有耶無耶な返答を受けたシエナは、しばらく考え込んだ後、ニヤつきながらこちらに近付いてきて───、


「もしかして…女の子が隣に座ってるから気まずかったりする?」


「───正解」


見事なまでに心中を言い当てられ、ルイは恥ずかしさのあまりに顔を伏せて、そう静かに肯定すると、シエナは含み笑いをして、


「やっぱりね、ルイくん男の子だんもんね。隣に女の子がいたら緊張しちゃうよね」


「───あぁ、そうだな」


すぐ隣に可愛らしい女性が居たら、誰もがルイと同じように緊張してしまうだろう。

それもただ可愛らしい女性という訳ではなく、相手がシエナというならば尚更だ。


可愛らしいだけではなく、シエナは異常なほどの美貌──魔貌を持ち合わせている。

それに、自分が好きかもしれない相手なのだ。緊張しても仕方がない。


「でさ、そんな話してたのになんでちょっとずつ近付いてきてんの?」


「バレちったか」


シエナは腰を軽く浮かせながら、徐々にルイに向かって近付いてきた。それを指摘すると、シエナは悪戯な笑みを浮かべてからその場で停止した。


「やっぱり女の子が隣にいると緊張しちゃう?」


「するよ。今のこの空間が気まず過ぎて辛いよ。早くロス座主に着かねぇかな…」


現在ルイたちが向かっているのは、城郭都市リーカナへ行くために経由するロスザスという小さな村だ。

このロスザスでルイたちは一泊する予定なのだが、なんせ到着するのが夜になるらしい。つまり、夜までこの気まずい空間に耐えなければならないのだ。

幸いにもディアナは馬車を運転しているので、途中休憩以外は殆ど顔を合わせる機会は無く、地獄のような空間では無いのだが、こっちはこっちで非常に気まずい。


「私は気まずくないけどなぁ」


「なんで気まずくないんだよ。男女二人が同じ空間にいるんだぞ、すげぇ気まずくないか」


「なんかそれ…………えっちだね」


「何言ってんだよ!?」


間を置いたと思ったら、突然シエナが意味不明な発言をしたのだ。

完全に思春期真っ只中の男の思考だ。それを平気で口にするシエナに驚いて、ルイは思わず立ち上がり、そう叫んでしまう。

その叫び声が荷台に響き渡った瞬間、車両を御者台を繋ぐ連絡口が乱暴に開かれる。


何事かと思い、ルイは連絡口を凝視すると、突然黒い物体が凄まじい速度で連絡口から荷台にへと投げられた。


「───っ!?」


その黒い物体はルイの顔スレスレに投げられており、ルイは声にならない叫び声を発してから後ろに倒れた。顔が寒気で凍っていく感覚を覚えながら、ルイは壁に突き刺さっている黒い物体を見た。それは───、


「ナイフじゃねぇか…」


荷台の壁に突き刺さっていたのは、先端の尖ったナイフだった。凄まじい速度で投げられたナイフは、ルイの命を刈り取る勢いであった。

こんな危ない真似をする者と言えば、あの恐ろしい女以外思いつかない。


「うるさいです」


乱暴に連絡口を開けて、ルイ目掛けてナイフを投げたと思ったら、そう一言だけ言い捨てて、ディアナは連絡口を静かに閉めた。


「あんまり大声出したらディアナちゃんに怒られちゃうから、もう辞めといた方がいいね」


「よくそれで片付けられるな…」


こんな危険な行為をシエナは間近で見ていたのに、この光景をシエナは苦笑いで事を片付けている。

毎度シエナはルイの命の危機を見ているはずだが、何もせずにただ傍観しているだけで、多少思うところもあるが、今はそんなことより、


「なんか吹っ切れたな」


ルイに目掛けて投げられたナイフは、命ではなく気まずさを刈り取った。緊迫していた空気も換気されて、気まずさは微塵も感じなくなっていた。

いつもの調子に戻してくれたディアナには感謝する、するわけない。


ルイは大雑把に席に座ってから、隣にいるシエナを見た。すると、シエナはルイに微笑みを見せて、


「良かった。なら何かお話でもする?」


「話?」


「うん、ずっと座ってても退屈でしょ?だからお話してた方が時間過ぎていくかなってね」


ロスザスに到着するまでは、特に何もすることがなく、完全に暇な状態なのである。そんな退屈極まりない時間を過ごすのなら、暇潰しとして、シエナと話すのが一番良いと思うが、にしても───、


「で、何話すんだ?」


話するのは良いのだが、特にこれといった話題もなく、肝心の話のネタが何も思いつかない。

男同士ならば踏み込んだ話も可能だが、相手は女性なのではばかられる。


「んーーーーーそうだな」


そうルイに問われたシエナは、思案げに顎に手を当てて、話の話題を考え込む。

そのまま唸り続けて考え込んでいたシエナだが、何か閃いたように、急に顔をバッと上げて、


「お互いのこともっとよく知ろうよ。色々知ってた方がいいじゃんか」


「まぁ確かにな…」


これからもシエナの同行するので、互いの情報を知っていた方が好都合な部分もある。それに関してはいいのだが、


「でも、シエナ自分のこと全然教えてくれないじゃん」


今まで共に行動をしてきた中で、シエナに感じた疑問は山ほどある。

崖を無事に降りられた理由、鋼の珠という謎の武器の正体、シエナが強い理由など、他にも山ほどあるが、シエナについて知らないことが多すぎるのだ。

最初はルイもその疑問をぶつけてみたのだが、はぐらかされてしまい、結局何も答えてくれないのだ。


「それはルイくんが聞いちゃいけないデリケートな部分ばっかり聞いてくるからだよ!それにいつか教えてあげるって言ったじゃん」


そんな不満をぶつけると、シエナは少々声を荒らげながら詰め寄ってくる。

シエナの声が煩いと感じ取れるほど荷台に響き渡ったが、御者台にいるディアナは、何もしないでいた。ルイがちょっと騒げばナイフが飛んでくるのに、シエナが騒いでも何もしない。

それに、シエナは圧をかけているつもりなのだろうが、ルイには何も感じ取れなかった。

ただ一つ感じられたのは、シエナの怒った顔が可愛らしいという事のみだ。


「いつかっていつだよ」


シエナはいつか教えると言っているが、そのいつかは時間が定義されておらず、明確な時間は不明なままだ。話をはぐらかすのに良い台詞だとも思ってしまう。


「いつかって知らないよ!いつかだもん」


「知らねぇのかよ…じゃあそのいつかって殆ど来る可能性ないな」


「絶対来るよ!いつかその時は」


何故かシエナは自信満々にそう言い張った。その言葉は、誰にも捻じ曲げられないような深い信念が感じ取られ、ルイは呆気に取られていると、シエナが「全くもう」と呆れた口調で言い、腕を組んで、


「デリケートな部分じゃなかったらなんでも答えてあげるよ」


「どの部分がそうなのか分かりにくいんだよな…」


そんな愚痴を漏らしつつも、ルイはシエナに問う質問を考える。シエナに聞きたいことは山ほどあるが、どれも答えてくれ無さそうだ。なので、一番ルイが気になる且つ、シエナが答えてくれそうな事を探し出したいのだが、実は既に一つ思い浮かべている事がある。

だが、その質問は訊くのに少々抵抗がある事なので、口に出さずにいたが、この機会を逃すと、もう二度と聞くタイミングが無いことを察して、ルイは恥ずかしがりながらも、思い切って訊いてみる事にした。


「なぁシエナ………好きな男のタイプって何?」


そう言った瞬間、途方もない羞恥心に苛まれ、ルイは死にたくなるほど後悔した。

何故シエナにこう訊いたのは自分でもよく分からない。だが、ルイの頭に湧いて出てきた言葉がこれだったのだ。


「えーーーっとねぇ」


その質問を受け、シエナは思案げに顎に手を当てて考え込んでいる中、頬を赤らめて、モジモジしながらシエナの反応を待っていると、


「私のことを守ってくれる人かな?」


シエナはルイの顔を覗いて、そう笑顔で答えた。それと同時に、ルイの心に芽生えていた希望が粉々になっていく音がした。

ルイはシエナに守られてばかりなので、完全に真逆を行っていた。勝手に期待しといて何なのだが、多少のショックを受けた。

何故か少し期待していた自分がいて、過去の自分を殺したくなったが、時を巻き戻すことは決して出来ないので、諦めざる負えなかった。


「そ…そうか…」


「これで質問は終わり?」


「うん、あとは別にいいかな」


他にも山ほど訊きたい事があるが、どれも答えてくれなさそうなので、シエナへの質問はここで終了しておく事にする。


「じゃあ、今度は私からだね」


そして順番は入れ替わり、次はシエナの番となる。


「分かった。シエナと違ってデリケートな部分少ないから、基本なんでも答えられるよ」


そうルイは皮肉を口にすると、シエナの薔薇色の瞳は、殺意を宿した赤色に染まっていくのを見た。そして───、


「うん、何を言っているのかなぁ?」


「───すみません」


シエナは首を傾げて、狂気的な笑みをルイに向けてくる。本能が恐怖しているのを感じ取り、ルイは即座に謝罪する。すると、シエナの狂気的な笑みは、徐々にその形を無くしていき、


「ルイくんの事、いっぱい教えてよね」


「あ…あぁ…」


あまりの切り替えの速さに困惑するが、機嫌を直してくれたのでそれで良い。ルイの返事を受けたシエナは嬉しそうな表情を顔に浮かべて───、


「じゃあさ───」


ロスザスに到着するまで、ルイはシエナの質問攻めに耐え続けるのであった。






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