第一章22 『守って兵士さん!』
ディアナは剣を引き抜いたと同時に剣を構えた。
尚も魔獣達は、まるでこちらを嘲笑するかのように、ジリジリと距離を詰めてくるが、急に足を止めた。
「─────ッッ」
刹那、魔獣が咆哮し、一直線にディアナ目掛けて飛び掛ってくる。
胴の下に付いている大きな口から見える鋭い牙が、恐怖心を更に引き上げる。
「おい、ディアナ!引け!」
三匹の魔獣が一斉にディアナ目掛けて飛び掛ってくるが、ディアナは剣を構えたままで動かない。
動かなければ、魔獣に殺されてしまう。ルイはディアナに動くように叫んだが、尚も動かないのだ。
そのまま、魔獣がディアナの体にへと襲いかかって───、
「──────え?」
ルイが瞬きした瞬間、目の前に広がる光景に目を疑った。
魔獣が襲いかかろうとしたディアナの姿は既にそこにはおらず、彼女は魔獣の背後に佇んでいた。そして信じられないことに、既に剣に鞘を収めていた。
瞬きの時間はほんの一瞬だ。そんな僅かな時間で人間が移動出来るわけが無い。だが、彼女は一瞬の内にして魔獣の背後にへと移動していたのだ。
瞬間移動と言っても良いほど速さだ。とても人間になせる業では無い。
そしてディアナに向かって襲いかかろうとしていた魔獣達はと言うと───、
「─────嘘だろ…?」
魔獣達の四肢は全て斬られており、そこから夥しい量の血が吹き出ていた。
四肢を斬られた魔獣達は、力無くして地面にひれ伏せた。
圧倒的な実力差。そんな光景に、ルイは呆気に取られたままだった。
そう口をポカンと開けて呆気に取られていると、ディアナがこちらを振り向いて───、
「まぁ、私にとっては所詮こんなもんですね」
「す…すげぇ…」
ディアナが剣術の天才だと言われている理由が判明した。
人間が目視出来ない程の素早さで移動する活、正確に部位を断ち斬るその剣の技力。
これが『剣術の天才』と言われている人物の力だ。
「流石ディアナちゃん!もう惚れちゃったよ!」
そう言いながら、先程の魔獣と同様にディアナに飛び掛かろうとする。
だが、相変わらずディアナは動かずに、そのままシエナに飛びかかられて、抱擁されてしまう。
「シエナちゃん辞めてくださいよ、苦しいですよ」
シエナに強く抱擁されたディアナは苦笑いしながら抵抗する。ただその力は非常に弱く、形だけの抵抗であった。
「なんで俺目の前で百合見せられてんだよ…」
ルイの目の前で抱き合う美少女。正しくこれが百合あり、普通なら見惚れてしまうが、相手が相手であり、尚且つ状況も状況だ。
シエナとディアナの百合などは到底興味が無く、尚且つルイたちは魔獣に襲われた直後だ。
まだ魔獣は三匹しか殺していない為、まだまだ数がいる。そして最悪なことに、魔獣が殺される直後、森中に咆哮が響き渡っているのだ。つまり───、
「あールイくんマズイなー!こんなひ弱な女の子たちが魔獣に囲まれちゃってるなぁ!ここは兵士のルイくんが守ってくれる時だよねぇ?じゃあ私たちのこと守ってねぇ」
「えっ?」
そうシエナが聞き捨てならない発言をしたので、慌てて周りを見回すと、ルイたちの周りには魔獣が取り囲んでいた。
一件絶体絶命のピンチに思えるが、こちらにはシエナとディアナの最強の女性軍がいる。だが、彼女達は動かずに、ルイが何とかするしかない。結局、絶体絶命のピンチとなる。
「いやっ、えっ、ちょっ…無理だって」
「頑張れ頑張れー!何とかなるって!」
魔獣一匹なら何とかなるが、数の暴力に押されたら、流石にどうにもならない。現在ルイたちを囲む魔獣の数は二十匹以上は確実にいる。八方塞がり、四面楚歌の状況でルイが唯一出来る行動といえば───、
「───シエナさん」
「んー?何ー?」
「あのー、鋼の珠って武器を貸してくれませんか?」
『鋼の珠』シエナが所持している強力な武器だ。シエナはこの武器を持って、襲ってきた魔獣を容易く蹂躙していったのだ。
ならば、ルイもその武器を利用して、この絶体絶命のピンチを乗り越えようと考えるが───、
「えー、これシエナちゃんの大切なものなんだけどなぁ。貸したくないなぁ…」
「言ってる場合か!今どんな状況か分かってんだろ!?」
「えーー、嫌だなぁ」
差し迫る状況の中から、ルイが唯一思いついた決死の案を提案するが、シエナに渋られてしまう。確かに大切な物だと言っていたが、今そんな事を言っている場合ではないのだが、シエナはこうして武器を貸すのを渋ってくる。
どうすればシエナを説得しきれるのか、再び全力で頭を働かせると、彼女の大いなる弱点に気がついた。それは───、
「よしシエナ、いっぱい食べ物買ってやる」
勿論、今のルイはお金を一切所持しておらず、完全なる口から出任せなのだが、シエナは馬鹿なので───、
「貸します」
と速攻で了承して、ポケットから鋼の珠───小さな玉を取り出し、こちらに向かって投げていた。
「よっと!」
それを何とか掴んで、手のひらに収める。改めて見ると小さな玉だ。
こんな物があんな破壊力を持ち合わせているのか、到底信じられないが、この目で見てしまったので信じざる負えない。
「で、どうすりゃいいんだ…?」
豚に真珠とはこのことだ。武器を手にしたのは良いものの、肝心な使用方法が分からない。そんな事を考えている合間にも、魔獣はジリジリと距離を詰めてきている。
「ちょっ、シエナ!これどう使うんだよ!?」
「ん?あぁ、それはね。その珠に魔力をいっぱい注いで、それから作りたいものを事を想像するんだよ」
「想像?」
「うん、想像したら色んなもの作れるよ。剣とか槍とかね」
シエナが言う通りであれば、その武器は魔力を注いで作りたいものを想像すれば、その想像したものが出来るという優れものらしい。
余計にこの武器の謎が深まるばかりだが、今はどうでもいい。とにかく、ルイたちを囲んでいる魔獣共を蹴散らさなければ。
ルイが鋼の珠を右の手のひらに収めて、集中を開始する。
魔力は心臓から流れる血液と同様に、全身を巡っており、その魔力を手のひらにある珠に向かって注ぎ込む。
そして何を作りたいのか想像をする。魔獣相手に一番に役立つ武器とか何か。
それは───、
「何にも思いつかねぇからとりあえず剣でいいや」
刹那、とんでもない量の魔力が体内から吸い取られてしまい、酷い疲労感に襲われる。
魔力は身体に不可欠な物だ。魔力が失われると、疲労感が全身を襲い、失われ過ぎると、やがて動けなくなってしまう。
シエナから武器の詳細について軽く聞いたが、便利すぎる代物だとは感じていた。それにはそれ相応な代償が必要だとは薄々感じていたが、想像以上なものだった。
魔力の保有力──魔力量は人それぞれだ。魔力量が多ければ多いほど、多く魔法を行使出来る。この珠に大量の魔力を吸い取られて、ルイが何とか耐えることが出来たのは魔力量が人並みよりも多かったことに過ぎない。
その事に内心感謝しつつ、代償を受けた対価が手に入る。
魔力を注ぎ込まれた珠は、縦横無尽に変化して、やがてルイが望んだ武器──鋼の剣となる。
「───す…すげぇ…」
本当に剣が出来た事へと驚きと、全身を襲う疲労感で頭がごちゃごちゃになるが、現在の状況を思い出し、慌てて剣を構える。
ディアナと違い、ルイに剣術の才能など微塵も無い。故に、剣の構えもぎこちないものだが、ディアナの構えを真似する。
「あの…真似しないでもらっていいですか?」
そんなディアナの愚痴が聞こえたような気がするが、それは魔獣の咆哮に掻き消された。
「──────ッッ」
刹那、魔獣の咆哮が森中を響き渡ったと同時に、魔獣が一斉にルイたち目掛けて押し寄せてくる。
ただ、こんな大量の魔獣をルイが対象しきれる筈が無いので───、
「ルイ、半分は殺しますんで、もう半分は自分でお願いします。私たちは一切加勢しませんので」
そうディアナが言った瞬間、斬撃による蹂躙が開始させる。目にも止まらぬ雷光のような速度の剣さばきで、容易く魔獣を斬り捨てる。
ディアナは剣を振るっているのか、それすらも疑われるような速度だが、地に落ちている魔獣の死骸は全て急所を斬られており、剣術の技力さが証明される。
そのまま、一瞬の内にして、ルイたちを囲んでいた魔獣の半分が、ディアナの手によって死骸にへと変貌した。その圧倒的な実力差に再び驚愕してしまうが、目の前から迫る驚異に掻き消された。
「───っ」
ルイ目掛けて魔獣が襲いかかろうと、前方から猛烈な勢いをつけて突進してくる。恐怖心に息が詰まり、後退りしたが、背後からも魔獣が迫ってきている。
このままではマズいと思い、先に前方の脅威を排除することに決定した。
「ああああああ!」
剣を前に突き出し、雄叫びを上げながらルイも魔獣と同様に突進する。
剣術の天才であるディアナが見ると、酷く罵られそうな程酷い構えだ。だが、今はそんな事を気にしている暇はない。早く前方の脅威を排除しなければ。
互いに突進した両者が、猛烈な勢いを持って衝突する。
ルイは大きく剣を振り上げて、そのまま力任せに振り下ろした。
大胆すぎる動きだ。仮にこれが対人戦だとすれば、隙をつかれて滅多打ちにされてしまう。
だが、相手は魔獣だ。人間ほどの知識はなく、大胆な動きでも通用するのだ。
前方から突進してくる魔獣を剣で一刀両断する。鋼の剣は非常に斬れ味が鋭く、魔獣の体なんぞ容易に斬ってしまった。血と臓物が周りにぶちまけられだが、気にしている暇はない。
「──次だ」
魔獣の脅威は収まらない。振り下げた剣を、再度迫ってくる魔獣に対して思いっきり振り上げる。
そして振り上げた剣を、背後から迫る魔獣にへと振り下ろす。次から次にへと襲ってくる魔獣を、下手くそな剣術で薙ぎ倒していく。
ディアナが魔獣を半分倒してくれたおかげで、こうしてルイは何とかなっている。そうして、魔獣を何匹か倒した頃に───、
「きゃーーーーーーー!」
背後、シエナの悲鳴が聞こえてきた。だが、その悲鳴は悲鳴と言っていいのか分からない程に棒読みであった。
シエナの事なので、心配する必要な無いのだが、一応ルイは振り向いた。
「兵士のルイくん助けてーー!このままだったらひ弱で可愛い女の子が魔獣に襲われちゃうよー!」
「俺が参戦しなくても絶対大丈夫だろ…」
眼前、シエナ目掛けて魔獣がジリジリと詰め寄せて来ている。
武器を所持しておらず、絶体絶命のピンチにかと思えるが、シエナなら確実に問題ない。
それに、シエナの隣にはディアナもいるのだが───、
「おいディアナ、助けてやれよ」
「私はもう加勢しないって言いましたよね?それにシエナちゃんは兵士であるルイに向かって助けを求めてるんです。兵士なのだから、ルイが守るのが必然的ではないですか?」
「そ…そうだな…」
確かにディアナの言っていることには一理ある。兵士である立場のルイが、シエナの身を守るのは必然的な事だ。それにルイは誓ったのだ。シエナの事を守ってみせると。
「まあいいです。私は安全圏から見ておきますね」
そう言い捨てて、ディアナは近くに聳え立つ樹木に向かって跳躍して登り、木の枝に体重を預けた。
「落ちればいいのに…」
そんな愚痴を零しつつ、ルイは少しばかり慣れてきた剣さばきで、突進してくる魔獣を斬って行きながら、シエナ目掛けて直行する。
眼前、目の前にいる魔獣を背後から斬り捨てて、シエナの元にへと駆けつけた。
「へ…兵士さん。魔獣に襲われそうなんです。助けてください。ほんと…私怖くてどうにかなっちゃいそうで…」
ルイに縋りより、服の裾を掴んで、涙声になりながら助けを求めてくるシエナ。何とも素晴らしい名演技だ。演劇の仕事に嘸かし向いているだろう。
ちなみに、シエナに縋りよられてほんのりと頬が赤くなったとは内緒の話だ。
そんなシエナの名演技に、ルイは仕方がなく付き合う事にした。
「ったく…仕方がねぇな…。俺と背中に隠れてろ。ちゃんと守ってやるから」
シエナを後ろに庇い、ルイは詰め寄ってくる魔獣を睥睨する。先程と条件は違く、後ろにはシエナがおり、守りながら戦わなくてはならない。
呼吸を整え、全集中し、相手の動きを見定める。
「きゃーー!ルイくんかっこいい!心がキュンキュンしちゃうー!」
「うるせぇぞシエナ!一回黙ってろ!」
背後から聞こえてくる茶化しに、ルイは怒号を飛ばして黙らせる。シエナの茶化しによって完全に集中力が途切れてしまった。だが、立て直す時間はもうない。
「──────ッッ」
魔獣は咆哮しながら、一斉にルイたち目掛けて突進してくる。
「おらぁぁぁぁぁ!」
シエナを背に庇いながら、前方から迫る魔獣を剣で斬る。続けて迫ってくる魔獣も同じように一刀両断する。剣を振り続けているせいか、非常に腕が疲れてきたが、シエナを守る為に、全力で振り続ける。
「後ろか!」
その先端の尖った足を用いて、シエナの背後から襲いかかろうとした魔獣を瞬時に確認し、剣を振り上げて、そのまま体を真っ二つに断ち斬った。
だが、それでも追撃は収まらずに続いていく。
「くそったれ」
ルイたち目掛けて魔獣が一斉に突進してくる。ルイは剣の斬れ味を信じて、片手に剣を持って、そのまま迫ってくる魔獣にへと斬撃を叩き込む。そしてルイは、別方向から接近してきた魔獣に向かって左手を前に突き出して───、
「フレム・ロート」
そう詠唱すると、ルイの左手から魔力が解き放たれ、それが炎として魔獣の全身を焼き尽くす。
更に続けて迫ってくる魔獣を斬る。斬って、斬って、斬り続ける。そうして───、
「はぁ…はぁ…はぁ……」
膝に手を置きながら荒い呼吸を整える。魔獣との戦闘はほんの数分の出来事であったが、体感時間では一時間以上は経過している。剣を支えていた腕はもう限界であり、上げることすらままならない。
「ルイくんお疲れ様。かっこよかったよ?」
「もっと早く倒せませんでしたかね?遅すぎますよ」
「ありがとう…シエナの言うことだけ素直に受け取っておくよ」
シエナのお褒めの言葉だけは素直に受け取り、ディアナの説教は無視する。
「やっと終わったのか…」
周りを見回すと、魔獣の体内からぶちまけられた血と臓物が森中を埋めつくしており、そこから発せられる異臭がルイの鼻を襲ってくる。その酷い惨状が、戦いの終結を物語っていた。
「いえ、まだ終わってませんよ」
魔獣との戦いが終わり、安心仕切っていると、ディアナが鞘から剣を引き抜き、そんな言葉を発してきた。
「なんだよ…今度は俺のディアナの決闘戦かよ…だったら勘弁してくれよ。こっちが負けるの分かってんだから」
「───ルイもおかしいとは感じていましたよね。魔獣の死骸が全て消えていた事に」
「あぁ…確かにそうだな。おかしいって思ってたけど」
魔獣の死骸が勝手に消えることなぞ有り得ないことなのだ。だが、森の中には死骸だけではなく、血の一滴すら残っていなかったのだ。何か異変が起きているに間違いない。
にしても、その原因は未だ不明とされている。
「私考えたんです。魔獣の死骸が消えたのと、こんなにも早く魔獣が再出現した理由をです」
「あぁ」
「そして考えついたんです。非常に考えにくい事なんですが、もしかすると殺したはずの魔獣が生き返っているのではないかと」
「そんなことあるはずねぇだろ?一度殺した命は絶対に生き返らないはずだ」
一度死んだ命を再び蘇らせる事など、どんな優れた医者や魔術師であろうと、絶対に不可能な事だ。故に、ディアナの発言に否定するが───、
「ではなんで死骸が勝手に消えるのでしょうか。それに、なんでこんなにも直ぐに魔獣が出現したのでしょうか。普通なら、半年以上はもう出てこないはずなんですが」
「それは…」
何も反論が出てこない。否、反論が出てくるはずがない。
何故ならば、ルイが反論しようとするものは、一切説明がつかないものだからだ。有り得ない現象を説明出来るはずもなく、ルイは押し黙った。
「あたってましたね」
「え?」
ふとディアナの声が耳に聞こえてきて、ルイは思わず顔を上げた。
そこには、有り得ない光景が映し出されていた。
「なんだ…これ。有り得ないだろ」
ルイは自身の目を疑った。だが、幾ら目を擦ったって映る光景は変わりはしない。
魔獣の体内から溢れ出した血や臓物が一箇所に集まって、魔獣であった元の姿にへと再生しているのだ。血の一滴すらも残さずに集まっていき、やがて元の姿になっていく。
「おー、これは凄いねー。びっくりしちゃうね」
「ですね、言い出した私もびっくりしてます」
「おいおい、まじかよ…」
各自、眼前の有り得ない光景に感想を零すが、ルイは更なる驚愕に目を奪われた。森中に飛び散っていた血や臓物が、各々の場所に集まったいき、やがて元の姿にへとなっていった。
倒したはずの魔獣が有り得ない復活をなしとげ、再びルイたちは魔獣に囲まれる羽目になってしまった。
「おいどうすんだよこれ!」
「まあまあ、何とかなるっしょ」
魔獣が復活したことに、焦りを隠せないまま叫ぶルイに対して、いつまでも楽観的な態度を見せるシエナ。そんな二人を背にディアナは再び剣を構えて───、
「復活するなら、復活しないまで殺すのみですね」