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いつかまた、この花が咲く時に  作者: 月ヶ瀬明。
第一章 『魔女の洗礼』
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第一章21 『再臨』


「───終わった」


現在ルイは、再び魔獣の蔓延る森───ステラテアの森にへと足を踏み入れている。


何故ルイはディアナ達と一緒に、魔獣狩りに行くことにしたのか、今となっては後悔しかない。

だが、そんな後悔はもう遅い。だって、もう森の中に入ってしまっているのだから。


「大丈夫大丈夫、多分大丈夫だから」


「多分ってなんだよ!?それが怖いんだよさっきから!」


恐怖で怯えながら歩いているルイを、すかさずシエナは励まそうとするが、励ましになっていない。励ますのなら、大丈夫だと断定してほしかったものだ。

やはり、魔獣を相手にして無事に生還できるとは言いきれないのだろう。


「ルイうるさいです。黙っててもらっますから?それかもう帰りますか?」


「危険地帯に踏み込んじゃってるから帰ろうにも帰れねぇんだよ!」


本音としては今すぐにでも街へ帰りたいものだが、既にここは危険地帯だ。何時どこで魔獣に襲われるのか分からなく、不吉な空気が漂い、恐怖心が全身を打ちのめす。

仮にルイが一人で帰ろうとしたら、確実に死んでしまうだろう。なので、シエナとディアナと言う拠り所がないと生きていられなく、とても平常を保っていられない。

再度思うが、何故ルイはこの森にやってきたのだろうか。


「それじゃあ私たちに着いて来るしかないねぇ」


笑いながらルイの横を一緒に歩くシエナだが、その身は最初会った時の同じで、黒を基調とした服に包まれていた。ルイも同様で、軍服に身を包んでいる。

ディアナに準備を急かされた為、急速で身支度をして、それから森に足を踏み入れたというのが流れだ。


着々と森の奥へと進んで行くにつれ、不吉な空気が強まってくるが、シエナは平気な様子でいた。

何故シエナがそんな平気な様子で居られるのか理解出来ない。シエナ程の強さを持った者ならば、魔獣など屁でもないのだろうか。


「何かあったら助けてもらえませんか?」


兵士としての矜恃などは完全に捨てて、縋りよろうとするが、シエナはそれを笑顔で受け流してからルイの顔を覗いて───、


「えぇ?私のこと守ってくれないの?兵士さんなんだから、私たちのこと守ってくれないと困るんだけどなぁ?」


「う……」


シエナは大袈裟に首を傾げて、ルイの顔をまじまじと見てくる。ルイはその視線から逃げるように地面に顔を伏せて、唸り声を漏らして押し黙ってしまう。


煽りとも捉えられる発言だが、ぐうの音も出るはずない。

本来兵士とは、民を守る立場であるはずなのに、こうやってシエナに縋ってしまっているのだ。

ルイもある程度は魔獣に対抗出来るが、それは相手が一匹という条件下においての話だ。大群で来られたら、流石に為す術も無くなってしまう。

なので、シエナやディアナに頼る他ないのだ。


理想としては、自分だけで魔獣を蹴散らして、女の子からキャーキャー言われたいものだが、そう上手くはいかないのが現実だ。


「まぁ、いざと言う時は頼りにしてるよ?ね?兵士のルイくん」


シエナは無駄に兵士という部分だけを強調して、ルイに期待を寄せてくる。その期待を受け、ルイは胸を大きく張って───、


「ま…ま…任せておけ…俺が守ってやるから………」


そう宣言したのは良いものの、声と身体は恐怖心で震え切っており、魔獣相手に怯えきっているのが明らかだ。


「えへへ、期待してるよぉ?」


「ふん、酷い戯言を良くそんな堂々を言えますね。その神経だけは尊敬に値します」


シエナには期待を更に強められるが、対してディアナはルイの宣言に、一度鼻を鳴らしてから、悪態という名の正論をぶつけられ、ルイの魂が恐縮する。

これ以上罵られ続けると、ルイの魂は粉々に砕け散り、ルイとしての存在が消えてしまうだろう。


「あんまり言い過ぎちゃたらルイくん可哀想だよ?」


正論を叩きつけられ、縮こまった様子のルイを見兼ねて、すかさずシエナがディアナを窘める。


「そうですね。シエナちゃんの言う通りですね。これ以上ルイに罵倒を続けるとショック死してしまいそうなので、もう辞めておきます」


シエナが窘めると、ディアナは素直に言うことを聞いた。

何故シエナの言うことなら素直に聞くのか、訳が分からない。だが、ここでルイは一つ悪知恵を思いつく。

ディアナはシエナの言うことなら素直に聞き入れるのだ。ならば、シエナを経由して物事を言えば、それは自然に受け入れられるのではないか。

そんな悪知恵を思いつき、心の中でガッツポーズをとっていると、前を先行するディアナが足を止めた。


「ここが…あれですね。シエナちゃんと初めて会った場所ですね」


「ほんとすげぇな…これ」


目の前に広がる光景は異様そのものだ。ある地点を中心に、周りの草木が粉々になっており、地面には幾つもの樹木がなぎ倒されている。

その倒された樹木には深い傷が残されており、何かしらの強い衝撃を受けたのだと証明させる。

ステラテアの森の内部の一角に広がる破壊の残骸、これを生み出した存在がすぐ傍にいる。その存在とは───、


「いやぁ…凄いっすね。本当に恐ろしいっすね…」


「シエナがやったんだろこれ…」


毎度驚愕させられるが、シエナの強さは異様だ。こんな少女が、魔獣を意図も簡単に蹴散らす程の強さを持ち合わせているのだ。

ルイが全力でかかったとしても、一秒足らずで倒されてしまうだろう。なんと恐ろしい少女だ。


「ほんと…化け物みてぇだな…」


そう素直な感想を口に漏らすと、森全体の空気が急激に変化したような気がした。空気が停滞し、緊迫感がこの場全てに蔓延し始めた。

鼓動が異常な迄に早くなり、身体中が熱を発しており、本能が危険だと警報を鳴らしている。

頭よりも体が先に動いた。即座に背後を振り向き、頭を垂れて───、


「も…申し訳ございませんでした!シエナ様!」


思いっきり頭を下げて、全身全霊の謝罪を行う。

目の前に佇むシエナから放たれる覇気に魂が恐怖し、ルイの全身を凍てつかせる。

全身が氷のように固まるが、何故か身体の芯から熱を発して、額に汗が滲む。


完全に地雷を踏んでしまった。果たして許してもらてるのかどうか。反省の意を込めて、ルイは大声で謝罪すると───、


「ん?大丈夫だよ?シエナちゃんは寛大な心を持ってるからね。このぐらいじゃ怒らないよ?」


シエナがそう言うと、張り詰めていた空気が元に戻る。ルイの身体を縛っていた恐怖心も引いてきたので、その事に一安心し、深呼吸をしてから顔を上げた。

すると───、


「──────っ」


刹那、腹部を貫かれるような激痛に襲われ、ルイは声にならない悲鳴を上げた。瞬時に腹部を見ると、ルイのみぞおちに何者かの拳がめり込んでいたのだ。

その拳の勢いは止まらず、ルイは後ろに吹き飛んだ。そのままルイは地面へと倒された。


「──────ぁぁ……」


硬い地面に全身を打ち付けられ、酷く全身が痛む。息が詰まり、呼吸が上手く出来ない。あまりの痛みに苦痛の声を漏らすが、ルイをこんな目に合わせた張本人は───、


「ルイくんごめんね。手が滑っちゃって」


シエナは舌を出して片目をつむり、頭を軽く叩きながら謝罪する。


「────故意にやっただろ……」


頭の端では許して貰えないだろうなと薄々感じていたが、やはりそうだった。シエナの感じていた怒りの全てが拳に宿り、ルイのみぞおち目掛けて放たれた。

一切手加減なしの殴打をみぞおちに受け、ルイは起き上がることが出来ない。


「いい様ですね。その姿、非常にお似合いですよ」


地面に倒れて悶え苦しむルイを卑下するかのような口調が上から降り注いでくる。今すぐにでも飛び掛りたい所だが、生憎今のルイの状態だと、まともに動けない。

そんな様子のルイを見兼ねて、シエナがゆっくりと歩み寄ってくる。


「───なんだよ…」


ゆっくりと歩み寄ってくるシエナの事が、今のルイにとって恐ろしいものとしか見えない。

あの一撃でシエナの怒りが収まってくれていればいいが、もし怒りが収まっていなかった場合、ルイの身に追撃がやってくるだろう。

そんなことを思っていると、等々シエナがすぐ目の前まで辿り着く。


追撃に備えて、倒れたまま身構えていると、シエナは目の前でしゃがみこみ、手を差し伸べてきて───、


「ルイくん大丈夫?」


そう微笑みながら手を差し伸べてくる彼女。その姿はまるで、愛しの女神のように思えて───、


「って思えるかぁぁぁぁぁぁ!」


ルイを殴ったのにも関わらず、その直後にルイを助けようと手を差し伸べてくる。

なんなんだこいつは、サイコパスか何かなのか。


「えっ?どうしたのルイくん。急に大声なんて出しちゃって、びっくりしちゃうよ」


「びっくりしちゃうのはこっちの方だよ!なんなんだよその気の変わりようは?人のこと殴っておいて、何で直ぐに心配するような素振り見せるんだよ!」


ルイの叫びに、シエナは本気で理解出来ていない様子だったので、ルイは怒りの要因について勢い任せに説明する。だが───、


「まあまあまあ、そんなことは気にしないの!私たちは魔獣を討伐しに来たんだからね!こんなところで話してる暇なんてないんだよ!」


そうやってシエナは話をはぐらかそうとするが、ここで下がってはいけない。

ルイを殴打したことを追求して、謝罪させようと企み、ルイは再び口を開こうとするが───、


「な…なんですかこれは……」


「いや、シエナちゃんに対して色々とうるさかったので、これ以上何か言おうとするなら声帯を切り落とそうと思って」


ルイの首筋にはディアナの持つ長剣が向けられていた。否、向けられたのではなく、既に当たっている。

首筋には剣の先端が僅かに刺さっており、血などは出ないものの、そこから出る緊迫感が、再びルイの全身を隈無く襲う。


「ディアナさん…当たってますよ」


「あーそうですか、で…それがどうかしましたか?」


「危ないよ?もし俺の首の深くに突き刺さって死んじゃったらどうするの?」


ディアナの手元が狂えば、簡単にルイの命は絶たれてしまう。そんな危険な行為を平気でするディアナにそう訊いてみるが、帰ってきた答えは───、


「その時はその時ですね」


「もっと俺の命を大切に思え!」


ディアナはルイの命について何とも思っていないらしく、そう冷たい口調で答えた。初めて会った時から思っていたのだが、ルイに対しての接し方が酷すぎる。

なので、ずっと気にかかっていたことについて訊いてみることにした。


「なぁ…ディアナ、俺の事嫌いなの?」


「はい、なんか嫌いです。多分生理的に受け付けないんだと思います」


「それが一番傷付く!!」


何かしら理由が有るのならまだしも、生理的に受け付けないのなら、もうどうしようも出来ない。

ディアナに好かれる日は永遠に来ないという訳だ。否、こっちから願い下げなのだが。


「まあまあ、一旦落ち着こう…ね?」


そうシエナに窘められる。こうなった元凶は全てシエナにあるのだが、流石にルイも興奮し過ぎていたので、素直に言うことを聞くことにした。


「だな…流石に興奮しすぎたわ」


胸に手を当てて、心を落ち着かせてから、再度周りを見渡す。


「にしてもあれだな…ここ綺麗だな」


「と言うと?」


「いやぁ、前にシエナが魔獣倒した時にさ、ここら辺一体魔獣の死骸だらけだったけど、今は綺麗だなって…」


先日まではここら一体魔獣の死骸だらけで、血と臓物が飛び散っていたのだが、現在は何一つ欠片が残っていないのだ。

その事に違和感を感じだが、どうやらディアナも同じだったようで───、


「でよね、来た時から思ってはいたんですが、後処理も何もしていないはずなのに、死骸が一つも無いなんておかしいですよね」


「おい、サラっと爆弾発言すんなよ。最初から気付いてんなら言えよ」


「お前がギャーギャー騒ぎ立てるからだろ」


「───すみません…」


急にゴミを見るような目つきで睨まれ、ルイは恐縮してしまい、すぐさま謝罪の言葉を口にした。


「勝手に死骸が消えるわけ無いもんね」


「そうだよね、やっぱり何かおかしいよね」


シエナの言う通り、魔獣の死骸が勝手に消滅する事はまず無い。あるとしても、それは長い年月を有する。

だが、魔獣を殺したのはつい先日だ。よって死骸が消滅するのは有り得ない事なのだ。


「なぁ……お二人さん」


ルイは震えに震えきった声でシエナとディアナを呼んだ。


「ん?」

「はい?」


両者がこちらを振り向くと、ルイは恐る恐る周りに見渡して───、


「なんか……やけに静かじゃないですか?」


それに気付いた瞬間、背筋が凍った。

あの時の同じだ。虫や鳥の鳴き声が一切聞こえず、気配すら無いのだ。


「───多分来ますね」


ディアナはそう言うと、腰に下げている鞘に手を当てて、周囲を睥睨した。


緊迫感が空気中をを埋めつくし、恐怖心が湧いて出てくる。


「─────っ」


あまりの恐怖心に、ルイは息をごくりと呑んだ。瞬間───、


「来ます!」


ディアナが叫んだ。

慌ててルイもディアナが見ている方向を見ると、そこには体長一メートル以上あり、顔であろう部分には、非常に大きな目玉が存在しており、そこを軸にして、蜘蛛のような、細長いの足が六本生えている。

そう、この森の中で遭遇した魔獣が、再びルイたちの目の前へと立ち塞がった。


ジリジリと距離を詰めてくる魔獣。そこ数は三匹だ。一匹でも脅威になる魔獣が、三匹の束となり、更なる脅威となってルイたちに迫ってくる。


「ねぇルイ。私が剣術の天才だって言われてるの知っているよね」


「ぇ?あぁ、うん。そうだな」


恐怖心で怯えている中、急に名前を呼ばれた為、困惑してしまったが、覚束無い口調でそう答える。

ディアナが剣術の天才だと言うことは彼女の父であるアルドスから耳にしている。

剣術の天才と言われても、その技量はあまり想像出来ないが───、


「良い機会です。見せてあげますよ。私の剣術を」


そう宣言し、あまりにも頼りになる背中をルイに見せてから、鞘から剣を引き抜いた。

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