第一章1 『サボり魔』
文字数 2982→3708
とりあえず新しく出来た3話分だけ再投稿しときます
「あぁーあ…今日もだるいな。」
そんな愚痴を吐きながら、城壁塔から、目の前に広がっている無駄にだだっ広い草原を眺めていた。
西の方から微かに吹くそよ風が、草原に広がる草木を靡いている。
ボーッと草原を眺めていると、街の方から子供たちの笑い声が聞こえてきた。
後ろを振り向いて、塔の上から街を見下ろすと、子供たちが追いかけっこをしているようだった。
とても楽しそうにはしゃいでいて、羨ましいと思えた。
「それに比べて俺はというと…」
情けないといったらそうではないが、不遇というかなんと言うか。
子供たちが楽しくはしゃいでいるのに対して、自分はというと、先程から何も考えないでずっと、無の感情に浸りながら、何もない草原を眺めていた。
「それにしてもいい街だな…」
遊んでいる子供たちから目を離し、更に街の奥へと目をやる。
ここ、テレミア帝国の西南にある、七大都市の一つ、城郭都市リーカナは、人口約三十万人の大都市である。
街の建物は、一つ一つが繊細な作りであり、異常に煌びやかであり、ずっと眺めていても全然飽きない。
都市の中心には、六角形に広がる広場があり、真ん中には大きな噴水があり、その広場から、大通りが六方向に広がっている。
そして、広場の近くには大きな建物が建てられている。
あれがテレミア軍基地だ。いつもあそこで寝泊まりしている。
正直、あの建物には嫌な思い出しかない。毎日地獄の雑用ばかりさせられている。
本当に自分が不遇で仕方がないと思う。誰か優遇に扱ってくれ。
「それにしてもあれだな……綺麗だ」
街を眺めていると、無意識にそんな言葉が零れてしまうほどに綺麗な街だ。
今すぐにでも、この場から飛び出して、街に遊びに行きたいのが本音なのだが、それは出来ない。
何故かと言うと、今は衛兵の仕事の真っ最中であるからである。
衛兵とは、街の安全を守る仕事であり、今は城外から、何者かがこの都市に襲撃してこないのかを見張っているところだ。
外から何者かが襲撃してこないのかを見張る。
極めて重要な仕事だとは思うのだが──。
「―――暇すぎる」
そう、暇すぎるのだ。
ルイは昔から落ち着きがないと言われていた。自分ではそうだと思わないのだが、今まで色んな人に言われたので、まあそうなのだろう。
とにかく、自分は落ち着きがないようなので、ただ無駄にだだっ広い草原を見るだけの仕事は非常に退屈だ。
毎日辛い中、何とか耐えている日々だ。
「あーあ。巡回の仕事やりたかったなぁ」
リーカナに配属された時、自分の役職である新兵は、各々役目を与えられたのだが、その時ルイは、城外の見張りの仕事を任せられた。
最初、見張りの仕事は、ただ城外を眺めているだけの楽な仕事だと認識していた。
まあ、あってはいるのだが、見張るだけなので、仕事自体は楽なのだが、暇すぎて辛いのだ。
仕事はある程度、忙しい方がいいのかもしれない。
「はぁ…早くやめてぇよ…」
そもそも、ルイが帝国兵になった理由は、自分ならいけるであろうという、軽い理由が発端だ。
小さい頃から、帝国兵に憧れていた部分もある。そんな、軽い理由で兵士になってしまったのが、今の現状だ。
今すぐにでも帝国兵をやめて、地元の村でのびのびと暮らしていたい。
だが、帝国兵は最低三年経過するまで、やめなれないのだ。こんな規則を作った人物を呪いたい。
兵士になって本当に後悔した。選択は慎重にせねばと深々に感じた。
「はぁ…暇だ…」
退屈のあまり、溜息をつき、下を俯く。
とにかく暇すぎる。暇すぎて辛い。暇すぎてどうにかなってしまいそうだ。
なので―――
「よし!」
右手を高らかに天に上げて、決意する。
「第四十六回!サボサボ大作戦を開始する!」
サボサボ大作戦。簡単に内容を説明すると、見張りの仕事を放棄して、街へ遊びに行くことだ。
まずは、自分の身代わりとなるカカシを城外側に向け、いかにもしっかり仕事をしている感じの雰囲気を醸し出す。
そして、こっそり塔の階段を駆け下りて、街の中心部へと爆速で向かうという作戦である。
一見簡単そうに見えるこの作戦だが、実は、一回も成功したことがない。今のところ四十五連敗中だ。
なぜこんなに連敗を続けているのかというと―――
塔から壁の上を見下ろすと、そこには自分の他にも見張りの兵がいるが、中でも比較的特徴的なあの男。
無駄に筋肉がついており、目つきが悪く、頭から毛が消し飛んでいるあの男。オーガス・アリンガムだ。
奴がこの作戦の関門となる男だ。
ルイが仕事をサボろうとすると、やつは必ずルイの行動をすぐさま察知して、仕事をサボろうとするのを阻止してくる。
城外ではなく、俺を見張っているのではないだろうかとも思えるほどだ。
「今はあいつは…」
寝ていてくれたらいいなという微かな希望を抱きつつ、オーガスの様子を伺う。
すると───、
「も…も…もしかして!?」
オーガスは立ちながら顔を俯けていた。
しばらく様子を伺ってみるが、顔を一向に上げない。もしかしたら、立ったまま寝ているのではないのだろうか。立ったまま寝れるのかどうかは知らないが、悩んでいる暇はない。
「よし、チャンスだ!」
千載一遇のチャンスだ。すぐさま自分に似せたカカシ(全然似てない)を設置し、塔を降りようとすると――。
「おい!お前!」
いきなり後ろから怒号を浴びせられ、体が硬直してしまう。恐る恐る後ろを振り向くと、鬼の形相をしたオーガスがいた。
「ば…ば…化け物ぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」
「違ぇよ!人間じゃ!ボケぇぇぇぇ!」
怒号を浴びせられながら、ルイの頭上に向けて、正義の鉄槌が、勢いよく振り落とされる。
「うぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!」
正義の鉄槌をモロに受けてしまい、あまりの痛さに地面に倒れてしまう。頭を必死に抑えながら、情けない声で唸っていると、胸ぐらを掴まれ、強制的に立ち上がらされる。
「ルイ!てめぇ何サボろうとしてんだこの野郎!」
胸ぐらを掴まれたまま引き寄せられ、オーガスの大きい顔面が、間近に迫る。
オーガスの息が吹きかかってしまうほどの距離だ。そんな距離から鬼のような形相で睨まれる。否、鬼だ。
その瞳には、殺意の意思が宿っている。それがあまりにも恐ろしくて。
「す…す…すいませんでした!」
思わず謝ってしまう。本当は謝りたくは無かったのだが、脳が強制的に命令してくるので、仕方がなく。
「すいませんじゃねぇだろこの野郎!何回目だ!」
「四十六回目です。」
小さく震えた声でそう言った。
なぜ声が震えているのだろう。決して、オーガスが怖いというわけではないのに、なぜ。
「四十六回もサボろうとしやがってこの野郎!」
「ご…ごめんなさい!もうしません!」
「嘘つけ!それ言うのも何回目だこの野郎!前も言ったよな?なんなら前の前も言ったよな?なんなら前の前の前も言ったよな?なんなら前の前の前の――」
胸ぐらを前後に力いっぱい揺らされる。オーガスの顔には太い血管が無数に浮き出でいた。
───これは、マジでマズい。
「あぁぁぁぁぁ!分かりました!分かりましたから!もうほんとに!ほんとに!金輪際サボることは辞めます!今後からはしっかりと衛兵としての責務をまっとうします!本当にすみませんでした!」
流石にこれはマズいと思い、必死に謝り続けているとオーガスは「チッ」と舌打ちをして。
「てめぇ次はねぇからな。次もしサボろうとしたら叩きのめしてやるからな。」
低く冷たい声でそう言い放つと、ずっと力強く胸ぐらを掴んでいた手を外して、塔の階段へと降りていった。
「あぁ…危なかった。」
危機的状況から逃れ、安堵し、ため息を着く。流石に今回はマズかった。否、毎回マズいのだが。
「あんなに血管って浮き出るものなんだな」
何回もオーガスを怒らせているのだが、今回のは特別凄かったと思う。
オーガスの大きな顔と、丸太のように太い腕には、太い血管が無数に浮き出ていた。
オーガスに怒られることは何回もあるのだが、あんなにも血管が浮き出ていたことはなかったと思う。
もし、あのままオーガスが怒り続けていたのなら、血管がはち切れていたのではないかと思う。
オーガスの怒りパラメーターが、ほぼMAXになっているであろう今、もし次サボろうとしたら、一体どうなってしまうのだろう。
先程、オーガスは「次サボろうとしたら叩きのめす」と言っていたが、叩きのめすどころではないのだろ。恐らく殺されてしまう。
オーガスに殺されてしまうのだけはごめんだ。死ぬんだったら、美女たちに囲まれたまま死にたい。そんな願いを達成するにはここで死ぬ訳にはいかないのだ。
だから、金輪際サボることは辞めようと思う。このまま真面目に仕事を全うして、ちゃんとした兵士になり、昇格を重ねて、最高位の大将となり、地位と名誉を獲得し、たくさんの美女たちに囲まれて──────。
「そんなわけねぇだろ。」
「こんなところで!俺は絶対に諦めない!俺は俺の責務を全うするのだ!」
何としてもオーガスの目から逃れて仕事をサボる。それがルイに課せられた兵士としての責務なのだ。
だから絶対に諦めない。何としても、からなず成功される。というわけなので。
「第47回!サボサボ大作戦を開始する!」
そう高らかに宣言したのであった。