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いつかまた、この花が咲く時に  作者: 月ヶ瀬明。
第一章 『魔女の洗礼』
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第一章14 『事件発生』

「落ち着いた?」


「う…うん」


弱々しい声でシエナがそう返事する。

先程の活気に満ちていた姿はもうどこにもなく、今はただの弱々しい女の子になっている。


アルマとのギャンブルに負けたシエナは、叫びながら店から飛び出して行った。

そして、店から飛び出したシエナを追って、辿り着いたのが、今いる広場というわけだ。


今シエナは、広場のベンチに座って蹲っている。ギャンブルに負けて落ち込んでいるのだろうか。


「はい、シエナ」


落ち込んでいるシエナを、元気づけようと、屋台で買ってきた、じゃがバターを渡す。ルイも少々小腹が空いてきたので、自分も食べる様に、二個買ってきた。


ちなみにこのじゃがバターは、ギャンブルで賭けなかった、金貨一枚で買ったものだ。

もしもの事を思って、一枚賭けなかったのだが、功を制した。


「ん?」


じゃがバターを渡そうとするが、シエナは蹲ったままずっと動かない。腕の隙間から、一瞬こちらを伺ったが、すぐに目を伏せ、再び蹲った。


───悪戯してやろう。


ルイは、シエナの目の前に、じゃがバターを向ける。蒸したじゃがいもが四等分されており、その真ん中にはバターが置かれており、じゃがいもの熱によって、バターが溶けだしている。

じゃがいもに染み込んだバターのいい匂いが周囲に漂う。当然、シエナの鼻にも匂いが届く。


「う…」


一瞬、シエナが呻き声を漏らした。それを合図に、更に続ける。

シエナの目の前には、美味しそうなじゃがバターが向けられている。じゃがバターからは、とてもいい匂いがしてきて、非常に食欲がそそってくる。


食欲が異常に強いシエナは、そんな拷問に耐えられるはずがない。

つまり、ずっとじゃがバターのいい匂いを嗅がされ続けたら、苦痛に耐えきれず、飛び起きてくるに違いないといった作戦だったのだが、結構耐えている。


「あーそう、そうなんだー、ならもういいや、食べちゃおう」


わざとらしく声を大きくして言い、大袈裟に食べる動作をする。シエナに向けていたじゃがバターをこちら側に寄せて、ルイの口へとゆっくり運ぼうとする。


横目でシエナの様子を伺うが、依然として蹲ったままである。もう作戦が失敗しているかのように思えるが、もうそれでいい。

なぜなら、じゃがバターの匂いを嗅がされ続けたのは、シエナだけではなく、ルイ自身もだからだ。あんなにいい匂いをかがされ続けたら、誰だって食欲がそそってくるだろう。それはルイ自身も。


なので、普通にお腹が減ってきた。最初は、シエナも食べるようにと、二つ買ってのだが、今のように、食すことを断固として拒否しているのだから、もういいだろう。


手に持っている、シエナの食べる分だったじゃがバターを、口に近付ける。そしてそのまま、ルイの口の中にへと運ばれて、口の中に絶大な美味と香りが広がっていき───、


「───って、あれ?」


口の中に、美味と香りが広がっていくかと思っていたのだが、何も感じなかった。というか、手から重みが無くなっている気がする。


もしかしたら、下に落としたのではないかと、地面を見るが、綺麗な石造りの地面が広がっているだけだった。


「お…おい、もしかして…」


ふと、シエナの存在に気が付き、恐る恐るシエナの方に目を向けると───、


そこには、元気を無くして蹲っていた姿ではなく、ただただ食に飢えたシエナの姿があった。

すごい勢いでじゃがバターを頬張っており、よく見ると、手にはじゃがバターを二つ持っていた。


「なっ!?」


それに気付き、ルイは自分の横に置いてあった、自分が食べる分のじゃがバターに目をやると、


「な……ない…」


先程まであったはずのじゃがバターが消えて無くなっていた。

シエナがじゃがバターを二つ持っている。そして、自分が食べるはずだったじゃがバターが消えていた。つまり────、


「おいシエナァ!返しやがえれぇぇえ!」


奪われたじゃがバターを奪還するべく、シエナに飛びかかる。が──、


「ひょいっ!」


華麗な身のこなしで意図も簡単に避けられてしまう。

目の前にいるシエナに飛びかかったが、その目標が消えて、眼前には硬い地面が見えた。

当然、飛びかかった際に生じた勢いを止めれるはずがなく、そのまま硬い地面へと突っ込んでいき、


「ああああああああぁぁぁ!」


思いっきり地面に突っ込んでしまい、地面と激しく衝突する。身体中の骨がズキズキと痛む。


「うぅ…い…ぃ…てぇ…」


「私に飛びかかってこようとするからだよ」


痛みに悶えていると、上から嘲笑を含んだ声が聞こえてきた。

痛む身体を奮い立たせて、何とか立ち上がると、そこには、蹲って元気が無くなっていたシエナの姿はなく、普段の元気で能天気な感じの姿に戻っていた。

やはり、ルイの思った通り、食べ物が功を制した。食べ物を渡しとけば何となるという考えは的を得ており、シエナは元気を取り戻したが、そんなことはどうでもいい。


「──ってめぇ、俺の分まで食いやがって!」


「ふんっだ!ちゃんと自分の分を守らないのが駄目なんだよ!」


そっぽ向いて、悪魔でルイが悪いのだと主張してくる。

正直なところ、反論したかったのだが、シエナに色々言うと、絶対に喚き散らすと思うので、反論しないことにした。


「元気を取り戻してくれて良かったですよ」


実際には一つも思っていないのだが。

溜息をついて、 一切感情が籠っていない心配の声をかけると、シエナは「えっへん」と腰に手を当てながら、


「まぁまぁ、ルイくんのお願いというのならね、本当に仕方がないやつだなルイくんは」


また調子に乗った。


「──で、ギャンブルの件については、なんで負けたの?勝つって豪語してたくせに」


調子に乗ったシエナに釘を刺してやろうと、ギャンブルの件にいて訊く。絶対に喚き散らすと思うが、その姿を存分に鑑賞してやろうと思う。


ギャンブルの件について問うと、シエナは体を震わせて、


「ナ…ナンのコトかな?」


「おい、片言になってんぞ」


痛いところを突かれて、焦っているのだろうか、苦し紛れの片言でそう答えた。


「ギャンブルだよ、ギャンブル。私に任せてとか言って大敗してたじゃねぇか」


「んん?ナンのことかのかなァ?全然分からないカなぁ」


万遍の笑みで、分からないと言いきった。どうやらシエナは、記憶を喪失したらしい。そんなシエナに更に追撃する。


「あーあ、シエナが勝ってくれたら金貨が十九枚になってたのになぁ、あーあ、シエナのギャンブルの腕前に虜になりたかったのになぁ、あーあ、シエナのこと信じたかったんだけどなぁ、あーあ、あーあ。」


追撃、更に追撃、更に更に追撃を行い、シエナの心を痛めつける。

ルイの追撃を、まともに正面から受けているシエナの目は、ルイの目から背けられている。そして、口角を上げて、無理に笑顔を作っている。

そうして、シエナの逃げ場を無くしていき、段々と追い詰めていき──、


「あー!何か向こうで騒ぎが起こっているぞぉー!助けに行かなきゃー!」


すると、シエナはいきなり大声を出して、ある方向を指差した。ルイも、その方法を見張ると、何やら騒ぎが起こっているらしかった。人が大勢集まっており、騒がしかった。


気づいた時にはもう遅かった。傍からシエナが消えており、騒ぎの起こっている場所にへと向かっていた。


「あ、おい、待て!」


見事に逃げられてしまった。再び、逃げたシエナを追いかけるべく、ルイも騒ぎの起こっている場所にへと、向かっていった。



ღ ღ ღ



騒ぎが起こっていた場所に向かったルイたち。最初は、逃げ出したシエナを追うために向かったのだが、その目的は、この光景を見ていると、いつの間にか忘れてしまっていた。


一人の女性を中心に、沢山の群衆が取り囲んでいた。

群衆の中心にいる女性は、泣き崩れており、それを、サントエレシアの私兵でらしい人物が、背中を摩って、慰めている様子だった。


「何が起こったんだよ」


「だね…」


一体何が起こったのか。近くにいた兵士の人に訊いてみることにした。


「あの、何が起きたんですか?」


「この女性の娘さんが何者かに連れ去られてしまったようでして」


「は、はぁ…」


こちらを振り向き、親切丁寧に教えてくれた。


「誘拐されたのか…けど、こんな昼間から物騒な事件なんて起きるんだな」


事件の概要を聴き、感想を述べた。なんとも物騒な事だ。こんな昼間っから幼女が誘拐される事件が発生したらしい。

それに、こんなに平和そうな街で事件が起こったのには、心底驚かされた。


「誘拐か…こんなところでも起きちゃうんだね」


シエナも同意見だったらしい。目を丸くしていた。

現在進行形で泣き崩れている女性。それを私兵は、慰めながら、色々な詳細を聞き出していた。ルイは、その会話に耳を澄ますことにした。


「それで、何が起こったんですか?」


「家にエリナと居たら…エリナと居たら……急に…誰かがいっぱい入ってきて…それで…」


頭が混乱して、上手く言葉が出てこないのだろうか。小さく、拙い声で詳細を語る。

この話を聞くに、どうやらこの女性は、エリナという娘と一緒に家に居たら、謎の人物達がいきなり家に押しかけてきて、娘を連れ去られてしまったらしい。

なんとも恐ろしい出来事だ。この女性は相当な恐怖感に襲われたのだろう。心底同情する。


「よし!よひ!よし!」


そんな感慨に浸っていると、この暗い現場からは、なんとも明るく、場違いな声が聞こえてきた。

当然、こんな場違いな声を出す正体は、見るまでもなく分かるが、


「何してるんだ?シエナ」


声の発生源を見ると、そこには準備体操をしていた。


「準備体操。これからそのエリナって子を助けに行こうかなぁってね」


「まぁ、なんかそうだろうなとは思ってたけど…」


「おぉ、全く察しがいいねぇ、というわけで、早速行くぞぉぉ!」


「ちょ、お、おい!」


ルイの腕を尋常じゃないほどの強い力で掴み、群衆を抜けて、二人は街のどこかに走り去っ行った。



ღ ღ ღ



シエナに無理やり腕を引かれて、どこかに連れて行かれているようだが、一体どこに向かっているのだろう。


「おいシエナ、お前どこに向かってんだ」


「ん?分かんない」


「え?」


予想外の答えが返ってきたので、足を地面に擦らせて、急ブレーキをかける。

突然ルイが急ブレーキをかけたことにより、シエナは体勢を崩し「うわぁ」と言いながら転けそうになるが、何とか持ち堪えた。


「うぉ、ぉ、おい!何すんだよ」


「黙れ!こっちのセリフだ!」


急に勢いを止められたことに対して、シエナは声を荒らげたが、ルイはそれ以上に声を荒らげた。


「そんな案も無いまま探しても見つかるわけねぇだろ…」


「えぇ?そうかな?案外走り回っていたら見つかるもんだと思うんだけどね」


「そんな簡単に見つかっていたらもうとっくに見つかってると思うんだけど」


「いやいやいや、ここの兵士さんがあんまり頭が良くないだけだから、ちゃんと探してたら見つかるって!」


「そうかぁ?」


「うん!」


悪魔でシエナは、ここの兵士が無能だから見つからないと言い張る。サントエレシアの兵隊が有能か無能かは定かではないが。


「にしても、どこにいるんだろうな」


エリナという少女は、どこに行ってしまったのだろうか。一切検討がつかない。

街の外という考えもあるが、それは流石にないだろう。サントエレシアの街は、高い壁に囲まれており、尚且つ、壁の門は兵士が見張ってたので、恐らく大丈夫であろう。

つまり、そこから考えられる答えは──、


「やっぱり街の中なのかな」


「そうだよね…案外そこら辺の家の中にいるんじゃない?」


「そうなのかねぇ…」


まあ、街の中に隠れるとすれば、必然的に家の中になると思うが。ただ、家の中にいると分かっていても、一体どの家の中にあるのやら。

これ程無数に存在する家の中で、誘拐犯が潜伏しているであろう家を見つけるのは、相当困難だ。というか不可能に近い。

一件一件ずつ、家を尋ねていく訳にもいかないし、ほぼ無理を有する。


「さて、一体どうしたものやら…」


一体どうすれば、エリナという少女を見つけ出せるのか。懊悩するが、全く案が出てこない。


「シエナー、どうするー?」


ルイの小さな頭脳では、何も考えが出てこないので、日頃から、自分に任せてとか豪語しているシエナさんに助けを求めた。

一体どんなとんでも案を出してくるのだろうか、少々期待に胸を乗せて、シエナの方を振り向くと───、


「あのー、すいませーん!誰かいますかー?」


シエナは近くにあった家の扉を叩きながら、呼びかけて、留守がどうかを確かめているようだった。


「おいおいおい!何してんだよ!」


「え?何って?この家の中に誘拐犯がいるかもしんないじゃん」


慌ててシエナに詰め寄ったが、シエナは至極当然な態度を見せた。先程シエナは、案外そこら辺の家の中に誘拐犯がいるのではないと言ったが、そんな偶然があるわけない。


「そんな簡単に見つかるわけねぇだろ!馬鹿か!」


「はぁ!?馬鹿じゃないし!いるかもしんないじゃん!」


と言いながら、近くな家の扉を更に強く叩く。扉を叩く力が強すぎて、このままでは、扉が壊れてしまいそうだ。

慌てて止めにかかるが、首根っこを怪力に掴まれて、逆に止められる形となる。


この間にも、シエナの強打は止まらない。やがて、扉がこの強打に耐えきれなくなり、崩れ落ちてしまう。


「あぁ…やっちゃった…」


見知らぬ人の家の扉を破壊したことになるので、牢屋に捕まる羽目になるかもしれない。

その時は、全部シエナに罪を擦り付ければいい。というか、罪を擦り付けるとかではなく、全てシエナが自ら起こした行動なので、ルイは一切悪くはない。

頭の中で一安心したところで、扉が全て崩れ落ちて、室内があからさまになっていく。


あんなにシエナが呼びかけても、一切反応が無かったので、恐らく誰もいないと思うが、もしかすると、居留守を使っている場合もある。

ルイも、いきなりこんな変なやつが家に尋ねてきたら、絶対に居留守を使うだろう。

もし、中に誰かがいたら、取り敢えず全力で謝って、後はシエナに全てを任せて、ルイは屋敷へと一目散に帰ろう。


家の中に光が入り込み、暗い室内が光に照らされて、中があからさまになっていく。そこには───、


「え?」

「え?」


眼前、先端の尖った鋭いナイフを片手に持っている男がいた。

男の顔には、大きな布が被せられており、目元から髪までしか見えず、顔の大半が布に隠されている。


「な…なんだよお前ら…」


声音には恐怖心が混じっており、声が震えていた。それと同様に、片手に持っているナイフも微かに震えていた。

目の前に佇む男の隙間、室内の奥が見えた。そこには、目の前に佇む男を同じく、顔を大きな布に被せて、顔を隠している男たちが数人いた。


いきなりルイたちが登場したことにより、室内に張り詰めた空気が充満した。室内の奥にいる男たちも、全員がこちらを凝視しており、丸くなった瞳には、驚愕の色が浮かび上がっている。

しかし、そんな張り詰めた空気は、一人の少女によって、打ち砕かれた。


「あぁー!はっけーん!」


シエナが声を大にして、室内の奥を指さした。ルイもそこを見る。

室内の奥、複数人の男たちが佇む中、その中心に、薄らと人影が見えた。


小さい女の子だ。口には布が詰められており、声を出せない状態になっている。女の子は、有り得ないほど恐怖心に飲み込まれており、丸い瞳からは、大量の涙が溢れていた。

室内にいる複数人の怪しい男たち。その中心には、号泣している女の子。

この状況を見て、最初に浮かび上がってくるものはただ一つ。


「エリナちゃん!?」


あの女の子は、誘拐されたエリナちゃんに違いない。

予想外の展開に、瞠目してしまい、呼吸も忘れる。実際それほどのことだ。

こんなにも呆気なく、エリナちゃんが見つかるとは思ってもいなかった。シエナが冗談のつもりで言ったであろう発言が、事実となったのだ。驚いてしまうのも無理は無い。

そんな事実に驚愕していると───、


「ああああああああああああぁぁぁ!」


眼前、ナイフを片手に持った男が、ルイたちに向かって肉薄する。

ナイフの鋭利な先端が光り輝き、脅威として迫ってくる。ルイ一人だけだったら良かったが、隣にはシエナがいる。

このままでは、誘拐犯達が危険な目にあってしまう。誘拐犯達を、シエナの脅威から守るべく、ルイは前に出た。


光に照らされ、輝きながら肉薄してくるナイフを華麗に避けて、この男に反撃してやろうと、前を見張るが───、


「やっぱ無理いいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


光り輝いたナイフの先端が、恐怖となって、ルイの心を抉る。

肉薄するナイフを華麗に避けて、反撃を繰り出そうと思っていたが、いざ実行するとなると、手足が動かず、頭が真っ白になってしまった。


実際そうだ。反撃するとなっても、どうやって反撃するのか分からない。そもそも、この刺激を避けれるのか。

というか、なんで守ろうとしている相手に刺されそうな羽目になっているのか。今更思う。

そんなことを思っている内に、やがて男はルイの目前まで迫り、そのまま腹部辺りに、ナイフが突き刺さって──、


「とりゃあ!」


ルイの腹部に刺される寸前、シエナの手刀が、男の手首に向かって振るわれる。


「ぐわぁぁ!?」


シエナの手刀を食らった男の手首は、鈍い音を立てた。凄まじい破壊力、男の手首の骨は、一瞬にして砕け散り、男は苦痛の声をあげた。

追撃として、激痛に悶えて地面に倒れている男の顔面を、思いっきり踏みつけた。


「ひっ……やば……」


この惨状を見て怯えてしまったルイは、思わず声を漏らしてしまう。それは、この現場にいた全員が同じだったようで、


「な…なんだなんだよあいつ」

「ふざけんなよ…なんで、なんで…」

「は…嘘だろ…?冗談じゃねぇ…」

「こんなことなんてあるはずがねぇ…」


室内の奥から、シエナの脅威に怯えた男たちが、恐怖で震えた声を出す。男たちが、こんな反応をしてしまうのも無理はない。だって、こんな可愛らしい少女が、一撃で骨を砕けさせる程の力を持っていたのだから。実際に、同胞が目の前で被害にあっているので、その事実を認めざる負えない。


「お…おい、どうする!?」


異様な光景に、男たちは恐怖し、冷静さを失っていたが、一人の男だけは違った。焦燥感の混じった声で、仲間に呼びかける。


「集団でいけばどうってこっちゃねぇ、行くぞ!」


先程まで冷静さを失っていた、リーダー的な男が、冷静さを取り戻し、仲間に掛け声をあげる。それを合図に、男たちは各自所持していたナイフを手に取り、ルイたちに向かって突撃してくる。


「おいおいおいおいおい、嘘でしょ」


男たちが、ひとつの束となって、ルイたちに迫る。相手は全部で六人。今は一人倒したので五人。全員が武器を所持しており、尚且つ集団である。こちら側は、男女二人であり、武器も所持していない。正確には、武器は所持しているのだが、この武器を使うと、誘拐犯ではなく、街が危険な目にあってしまうので、とりあえず無い判定とする。

文面だけ見ると、圧倒的に不利に見えるが、恐らく問題ない。


「よっしゃぁ!楽しくなってきたねぇ、いっちょやったりますか!ボコボコにしてやんぞぉ」


集団で迫ってくる男たちに、シエナはやる気満々なようだ。

シエナは意気込みを語ったあと、男たちに向かって突進する。そして、両者の勢いが衝突する。


「おらぁぁぁぁあ!」


一人の男が前に出て、シエナに向かい、大きくナイフを振りかざす。ナイフの先端は、シエナの胸を捉え、そのままシエナの胸を抉りとろうとするが、


「あぁ?」


シエナの胸を捉えた切っ先を、シエナの出した腕で迎え撃つ。鋭い刃が勢い良くシエナの腕に振りかざされたが、なぜか、シエナの腕に着弾した刃が、甲高い音を立てて砕け散った。

意味がわからない。なぜ刃の方が砕け散ったのか。


「ほいっ!」


刃が砕けたことに動揺している男のスキをついて、シエナは男の懐へと潜り込み、男の顎へと、強烈な殴打が繰り出された。顎が鈍い音を立てた後、男は床へと崩れ落ちた。

続いて、もう三人の男が一気にシエナに迫る。


「てりゃぁ!」


シエナに向かって、大振りに刃が振るわれるが、当然そんな攻撃が当たるはずもなく、シエナはその攻撃を華麗に避けて、男の顔面へと、凄まじい速さで蹴りを食らわす。

そして、蹴りを食らって、倒れそうになっている男を踏みつけて、上へと大きく跳躍する。


大きく跳躍するシエナを見張る男たち。だが、男たちが上を見たのが運の尽きだった。


「うぉりゃあああ!」


シエナのかかと落としが、跳躍したことによって、勢いが増さり、強化され、男の顔面へと放たれる。何かが砕け散る音が室内に響く。


「どりゃああ!」


そして、静かに着地したシエナは、背後から向かってくる男に対して、回転蹴りを繰り出す。

回転蹴りを食らった男だったが、運が悪すぎることに、男の股間部分へと命中してしまった。


「ぎゃあああああああああああああぁぁぁああああぁぁぁ!」


街中に響き渡るような五月蝿い悲鳴が、室内に響き渡った。こうなってしまうのも仕方がない。

一撃で骨を砕けるような攻撃を、股間にまともに食らったのだ。この世の終わりのような激痛が、男を襲っているのだろう。恐らく、もう玉は無事ではないだろう。心底同情する。


「うわぁ…………」


自然とルイも、自分の股間を押さえていた。


「ん?どうしたのルイくん?」


「えっ?いや…なんでもないです」


シエナがこちらを振り向き、股間を押さえているルイに、首を傾げて聞いてくるが、ルイはボソボソと返答した。


「なんなんだよお前…」


最後に残った男。掛け声をあげたリーダー的な男だ。

シエナが意図も簡単に男たちを薙ぎ倒したことに、男は顔を青ざめて、大きく震えていた。


「へへーん、どんなもんだい」


シエナは腕組んで、鼻を高くしてそう答える。


「というか、早くエリナちゃんを返しやがれ!この悪党め!」


「そうだそうだ!」


シエナの見事な戦闘技術に見惚れてしまっていたので、エリナちゃんの存在を忘れてしまっていた。

シエナがエリナちゃんを返せと男に向かって言うと、ルイもシエナの後ろに隠れながら賛同する。


傍から見たら、女の背を借りている男の絵で、なんともみっともない光景だが、そんなことは気にしない。気にしたら負けだ。

とにかく今は、男の横にいるエリナちゃんを奪還することだけ考える。


「ち……畜生…ふざけんじゃねぇぇぇぇぇ!」


男が叫ぶと同時に、ポケットから何かを取り出した。そして、取り出した何かを、思いっきり床に叩きつける。


男が床に何かを叩きつけた瞬間、その場から煙が吹き出てきて、一気に室内に広がっていく。


「な…なんだこれ」


「煙幕じゃん!」


煙幕を目の前で張られて、視界が白に染る。前も後ろを左右を分からなくなり、平衡感覚が失われる。


「くそっ、エリナちゃんは?」


視界を塞がれているので、エリナちゃんの位置が分からない。それに、あの男の位置も分からないので、いつ襲われるのかも分からない。

そんな不安に駆られていると、次第に視界が晴れていく。

視界が完全に晴れ、周りの状況の確認しまいと、周りを見張るが───、


「あれ?エリナちゃんはどこ行ったんだ?」


室内からは、エリナちゃんと男の姿が消えていた。

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