第一章13 『運命の末』
威風堂々とした二人の男女の姿に、店中の人は圧倒されていた。
一人の女は、胸を張り、自信満々な表情を、顔に浮かべている。女の瞳は、情熱に満ちた色が映されている。
もう一人の男は、まるで、皇帝のような異質と威厳を持った男。その顔を見たら、誰もが男の虜になってしまいそうな程の美少年だ。男の瞳にも、情熱に満ちた色が映し出されている。
そんな異質な男女が、極平凡な酒場の中へと踏み入った事実に、店中の人々が驚愕する。その男女を見て、店中の人々は各々、興奮を抑えるかのような、小さな声で喋りだした。
男女の圧倒されて、店中の人々は、遠くから眺めていることしか出来ない。
男女が歩き出した。店の奥へと。その堂々とした姿に、店中の目が、男女に寄せ付けられる。
一歩、また一歩進んでいくにつれ、店中に、緊張感や恐怖心が張り詰める。
男女の足音がなる度に、心臓が素早く鼓動し、足が地面に着く衝撃が、心臓に、稲妻のように伝わり、心臓が張り裂けてしまいそうになる。
そんな足音が続いていたが、とある男の目の前で止まった。
その男は、こんな異質な男女の存在には一切気がついておらず、呑気に酒を仰いでいおり、一人幸せに惚けていた。
なんて愚か者なんだと、店中の人々が、そう感じていた。
周りで見るているだけのはずなのに、不安や緊張が滲み出てきて、体の芯が熱くなっていき、全身から大量の汗が吹き出してくる。
身体中の、骨や筋肉などが大きく震えていた。
異常な緊張感に、店中の人々が打ちのめされている中、女が男に向かって、ゆっくりと口を開いた。
「───ねぇ、私と勝負しない?」
そう心に直接響いてくるような声で言い放った。
ღ ღ ღ
三度目の正直と題して、再び酒場の中へとやってきたルイたち。
シエナは、胸を大きく張り、自信満々な顔を浮かべている。彼女の瞳には、情熱に満ちた色が映し出されている。
一方のルイは、自信満々なシエナとは真逆であり、明らかに顔が暗くなっており、気分がどん底に沈んでいる。
何故かと言うと───。
「──今度は被害妄想じゃなかった…」
今回は、明らかに陰口を言われているからである。
最初は、被害妄想だと思っていたのだが、店中の人が、明らかにルイたちを凝視して、陰口を言っている。
「またあいつらだよ」「あの変なやつらまた来たぞ」など、多々の陰口を言われている。
自分の陰口を目の前で聞くと、結構応えるものだ。
いや、陰口は相手の聞こえないように言うものだから、これは悪口なのだろうか。
「おいシエナ、俺たちすげぇ陰口言わまくってるけど」
これだけ陰口を目の前で叩かれているのにも関わらず、シエナは常に笑顔を保っている。
ギャンブルのことしか考えていないのだろうか。周りのことを気にともせず、その姿は巨大な情熱に満ちている。脳天気なやつだ。
「大丈夫、大丈夫、気にしたら負けって言うじゃん。だから、何も聞こえていないことにしとけばいいじゃん」
「どこまで脳天気なやつなんだよ…」
そんな悪態を零しつつ、シエナの後について行く。
「で、どいつにするんだ?」
背中を見せているシエナにそう問う。
この作戦は、誰をギャンブルの相手の対象とするのかが重要だ。これが一番の難所と言っていいだろう。
これを間違えると確実に失敗する。現に、これで二回失敗に至ったのだ。
三度目の正直を成功させるべく、今回は慎重に選びたいところなのだが、
「んー、どうしよっかなー」
店の真ん中で、周りの群衆をキョロキョロと見渡す。ここが分水嶺となる。
ここで、酒で酔っているやつを見つけなければ、確実に失敗する。
まあ、仮に見つけたとしても、挑戦を受けてくれるかどうかは定かではないが。
ルイも周りを見渡す。一体誰にすればいいのか分からない。
周りの群衆は、先程ルイたちの陰口を言っていたが、陰口のネタが尽きたのか、今は違っており、普通に談笑しながら、飲み食いしている。
周りを見渡し、誰を標的にすればいいのか迷っていると──、
「よし!あの人のにしよう!」
「ん?」
シエナがそう言って、ある方向に指を指す。
ルイは、シエナの指さした方向に目をやると、そこには───、
「おい…あれは絶対にヤベェやつだろ」
そこには、壁に向かって一人で、爆笑しながら、グラスを仰いでいる男がいた。
「え?そうかな?」
壁に向かって、一人で爆笑している男はヤバいやつとしか考えられない。
「そうだろ、絶対やべぇって、壁に向かって一人で爆笑してるって、絶対ヤベェやつだよ。何されるかわかんないって」
「大丈夫大丈夫、何かあったらあいつぶっ飛ばしてあげるから」
「は…はぁ…」
シエナは、何かあったらぶっ飛ばすと言ったが、これだけは信用出来る。
なんにせ、あの恐ろしい魔獣の大群を、意図も簡単に葬って見せたのだから。
今思い出すと、あの出来事は、実に衝撃的なことだった。
こんな可愛らしい女の子から、あんな衝撃的な破壊が生み出されると思っていなかった。
魔獣だけではなく、周りにある草木を薙ぎ倒し、粉々にしていく。
そんな破壊を生み出すことが可能なシエナだからこそ、この言葉だけは妙に信用出来る。
──そう、これだけは。
「じゃあ、行こう!」
「お、おー」
壁に向かって爆笑している男、壁男とでも言っておこうか。
シエナは、その壁男に向かって、歩き出していた。ルイも、壁男に対して不安を抱きつつ、シエナの後をついて行く。
「──────」
シエナの後ろをついて行くルイだったが、その姿は注目の的となっている。
何故なら、ルイたちが動き始めたからであろう。
今までルイたちは、ギャンブルを行う過程で、非常に目立つ行動を連発している。人に話しかけては撃沈し、店を走り去っていく。そんな行動を二回もしていたので、店中の注目がルイたちに集まるのも必然的だと考える。
周りからは「また何かしに行くぞ」「またあの絶叫が聞こえるかな」と笑いを含めた声が聞こえてくる。
店中の目が、ルイたちをギロりと見張る。さっきのトラウマが、再び蘇る。
数多くの目に凝視される感覚、非常に耐え難く、気味が悪い。
緊張感や恐怖心が湧き出てきて、体の芯が熱くなっていく。
一歩一歩を踏みしめながら歩いていく。自分の立てた足音が、衝撃となって、自身の心臓へと伝わり、鼓動がものすごく早くなる。あまりの鼓動の素早さに、心臓が張り裂けてしまうのではないかと思ってしまうほどだ。
そんなことを思っているうちに、壁男の目の前へと辿り着いた。
熱い。体の芯が熱くなり、額に汗が滲む。
とっととギャンブルを終わらせて、早く店から出ていきたいものだ。
「よし、三度目の正直、成功させるぞ」
両手の拳を握り、自身の士気を高めるシエナ。相変わらず、シエナの瞳には情熱の色が満ちている。
「じゃあいくよ」
「お、おぉ…」
シエナがルイの方に振り向き、開始の合図を口にする。
異常な緊張感に打ちのめされる中、シエナが壁男の背中に向かって、ゆっくりと口を開く。
「そこの壁に向かって笑っている人」
そうシエナが言うと、壁男は「ん?」と低い声で言いながら後ろを振り向いた。
壁男は、派手な服を着ているおじさんだった。目にはハート型のサングラスをかけていた。
そんな格好で、壁に向かって一人で爆笑していたのだ。やはりヤバいやつだった。
しかし、シエナはそんなことを余所に、一拍置いてから、再び口を開いて───、
「───ねぇ、私と勝負しない?」
そう心に直接響いてくるような声で言い放った。
「んぁ?ギャンブルだぁ?」
「そうそう、ギャンブル。一緒にギャンブルしない?」
ここが分水嶺だ。壁男がギャンブルを了承してくれなければ、この作戦は三回も失敗することになってしまう。
壁男がギャンブルを了承してくれるかどうかが心配なのだが、その心配はあまりなさそうだ。
なんにせ、壁男は条件を全て満たしているからである。
まず、酒を飲んでいるかについてなのだが、壁男の口から出される息は、異常に酒臭いのだ。つまり、酒を飲んでいることになる。
そして、酒で酔っていることなのだが、絶対に酔っているだろう。
根拠としては、壁に向かって一人で爆笑しているのと、顔が赤くなっているからだ。
酒に酔っていない限り、あんな奇行をする奴がいるはずがない。
いたとしたら、相当なヤバいやつだ。まあ、実際にヤバいやつなんだろうが。
シエナと壁男の目の目が合わさる。再び緊張感が襲いかかってきて、時間が緩慢になりつつある。
シエナも緊張しているようだった。少しだけ、顔が強ばっているような感じがする。
そんな異常な緊張感に襲われる中、壁男が遂に動き出した。
壁男は片目を瞑り、それからゆっくりと口を開いた。
「そうか、じゃあ乗ってやろうじゃねぇか、ギャンブルに」
三度目で遂に、ギャンブルを了承させることに成功した。
「え?ほんと?やった!え?ほんとなの?嬉しい!」
歓喜のあまりに、目の輝かせ、両手を天井に上げ、体をぴょんぴょんと跳ねさせている。少し大袈裟過ぎると思うが、今はそんなこと関係ない。
遂にギャンブルを了承させることに成功したのだ。三度目の正直が成功した。
「あぁいいぜ、ギャンブルしてやろうじゃねぇか、今は酒も入ってて気分がいいしな」
「だよね?だよね?じゃあ早くやろうよ!」
「だな…ところでお前ら名前は?」
ルイとシエナに名前を訊いてくる。
「私はシエナって言うの、で、この人はルイって言うの」
ディアナに自己紹介する時のやり返しか、自己紹介を勝手にされた。特に何も思わないのが本音だが。
「俺はアルマって言うんだ、よろしくな」
「よろしくね!じゃあ早速やろうよ!」
「おぉ」
シエナがギャンブルの開始を急かし、壁男──アルマがそれを了承する。
「やっとか…ってあれ…この後は…」
三度目の正直と題して、ギャンブルを了承させることに成功したしたのだが、その後のことは、ギャンブルを了承させることしか考えていなかったせいで、一切考えていなかった。
成功したことに一安心していたが、一気に不安が込み上げてくる。
ギャンブルを了承させることには何とか成功したのだが、本題はその後だった。
果たして、シエナはアルマとのギャンブルに、勝利できるのだろうか。
ここが一番大切だったはずなのに、シエナがヘマし続けたせいで、そこに思考が回っていなかったのだ。
あんなにヘマをし続けたシエナが、ギャンブルで勝つ未来が見えない。
一気に不安が積もっていくが、シエナはそんなことは余所に、アルマとギャンブルの話について進めていく。
「で、ギャンブルといっても何するんだ?出来るだけ簡単なやつにしてくれよ?俺あんまり知らねぇんだ」
アルマがそう言うと、シエナは「んー」と言いながら、考え込むように腕を組んだ。
そして───、
「よし!ババ抜きをしよう!」
「ババ抜きか…よし、やってやろうじゃねぇか」
「ババ抜きか…」
シエナは、アルマの知識のことを考慮して、誰もが知っているであろうババ抜きを選択した。
ババ抜きとは、お互いのカードを1枚ずつ引き合って、最後にジョーカーのカードが手元に残っていた方が負けとなるゲームだ。
ババ抜きは単純なゲームなのだが、単純なゲームだからこそ、心理戦が大切になってくる。
今までシエナと結構話しているが、シエナは能天気で、お調子者の感じなので、心理戦は得意な気がしないのだが、大丈夫なのだろうか。
ルイたちは、アルマと共に、空いている席へと移動する。そして、シエナとアルマは互いに見あえる正面に座る。
「で、カードはどうするんだ?俺なんに持ってねぇぞ」
アルマが疑問を口にする。確かにカードはどうするのだろうか。
当然、いきなりギャンブルを誘われたアルマがカードを持ってるはずもない。シエナもカードを持っていないと思う。
そんな心配をしていたが、それは問題なかったようで──、
「大丈夫大丈夫、私がちゃんと持っていますから」
そう言いながら、服についているポケットから、トランプを取り出した。
「どっから持ち出したんだよ」
「え?あぁこれね、ディアナちゃんの家にあったから取ってきた」
「ん?盗んできたの?」
「盗むって言い方よくないよ、取ったんだからね!」
「は…はぁ…」
サラッと盗んできた宣言をしてきて、思わず瞠目する。
カードを盗んだことを指摘したが、悪魔で、シエナは取ってきたと言っている。
あんまり変わらないような気がするが。
まあいい、これでやっとギャンブルが出来るのだから。
「そうそう、ルールどうんすだ?」
「あぁ、確かに」
そういえば、ルールを決めていなかった。ルール次第では、こちらが有利になるということも出来そうなのだが。
シエナは「んー」と言いながら、目を閉じて脳をフル回転させる。
そして───、
「よし!よくわかんないから、勝った方が全部貰うってだけで!」
「お、いいねぇ…」
シエナが言う、勝った方が全部貰うというのは、このギャンブルは必ずしも、100か0になるという大博打だということだ。
そんな危険な勝負を、アルマが軽々と了承する。これも酒に酔っているせいか。
流石に危険すぎる。
そんな危険な勝負はさせまいと、ルイは慌てて口を挟む───が、
「おい待て待て、それは絶対にだ───」
「というわけで、早速ショータイムと行きましょうか!」
「おぉ!」
遮られた。もういいや、諦めよう。
シエナがアルマの方を見て、開始の合図をする。それにアルマが掛け声を出す。
「じゃあ、ギャンブルをやるということで、賭け金の方なんだけど…どうします?」
「どうしようか…」
アルマは顎に手を当てて、しばらく考え込み、
「じゃあ、金貨十枚を賭けようか」
シエナに目をやり、賭け金の額を宣言する。
「金貨十枚か、結構賭けるな…」
ルイのように貧乏人思考を持った人間は、金貨十枚といったら、一体何に使えるのかということを、つい模索してしまう。
金貨が十枚あれば、一体どんなことができるのだろうか。恐らく、この店の人達全員に、酒を奢れるほど位はあるのだろう。
本来のギャンブルだったら、これより多額の金額を賭け合うのだろう。
その場合、勝った方は、莫大な利益を得るが、負けた方はとんでもない損失に会うこととなる。
ギャンブルというものは、とんでもなく恐ろしいと感じる。
そんな恐ろしいギャンブルなのだが、この恐ろしいというスリルを楽しむ輩もいるそうだ。
頭がおかしいのではないのかと感じる。
「で、シエナはどのくらい賭けるんだ?」
シエナにそう問う。
現在、シエナが所持している金額は、ディアナから貰った金貨十枚だ。丁度、壁男が賭けた金額と同じだ。
ギャンブルというものは、賭け金が高ければ高いほど危険になってくるが、今回の勝負は違っている。低い方が安全なのだ。
なんにせ、このギャンブルのルールは、勝った方が全部貰うというものだ。
今回は、アルマが金貨十枚を賭けてきた。なのでシエナは、金貨一枚だけ賭けてしまえば、仮に負けてしまったとしても、損失を金貨一枚だけで抑えられる。逆に、アルマに勝利すれば、賭けた金額を合わせて、合計十一枚の金貨を得ることが出来るのだ。
この勝負、多く賭けた方が負けなのだ。それに気付かず、アルマは金貨十枚もかけている。いい感じに酒の効果が出てきているのだろうか。これがシエナの策略か。
「んー、どうしよっかなー……あ!じゃあ私も同じ金貨十枚で!」
「ばっかじゃねぇの!?」
シエナの爆弾発言に、思わず周りのことを忘れて、つい叫んでしまう。
そして、すぐにシエナに詰め寄る。
「馬鹿じゃないの?なんで十枚賭けようとすんの?シエナが一枚でも賭けたらそれでいい話じゃないの?なんでわざわざ自分からリスクを背負おうとすんの?」
アルマが十枚賭けたので、シエナが一枚だけでもかけると、仮にシエナが勝負に勝利すれば、金貨十枚を得ることが出来る。
そう、一枚だけ賭けてしまえばいい話なのだ。
わざわざ、そんな多額を賭ける必要性は微塵もなく、自らリスクを背負うことになってしまうのだ。
なのに、シエナは金貨十枚を賭けると言った。
そんな意味不明な爆弾発言の真意を訊こうと、シエナにまくし立てるが、
「いやぁ、だって、いっぱい賭けた方が面白いじゃん」
物事の真意を理解しているのにも関わらず、あえて面白いという点だけ、金貨十枚を賭けることを選んだ。
なんというか、予想通りの答えが返ってきた。
この答えを予想通りだと思っていた自分自身も、シエナのように、どこかおかしくなっている感が否めないのだが、とにかく──、
「なぁ、シエナ…面白いってことは分かったんだけど…せめて九枚にしとかない?」
「え?なんで?」
シエナが首を傾げて訊いてくる。
「保険だよ保険、もし仮に失敗したとしたらこの後どうすんの?俺たちの持ってる有り金全部無くなるから、お前の好きな食べ物食えなくなるだろ?どうせ夕食まで持たねぇだろ?」
仮に失敗したとしたら、この後が最悪になる。街の観光にはお金が必須だ。色んな場所に行ったり、色んなお店に行ったりするのに、必ずしもお金が必要となる。
もし、ここで有り金全部注ぎ込んで、大敗してしまう形になってしまうと、夕食の時間まで、ただ街中を歩くだけの、そんなつまらない時間になってしまう。
能天気で、非常に元気が良く、性格も明るいシエナと一緒なら、あまり、つまらなくはなさそうだとも、少々思えるが───、
「う…それもそうか…」
駄々を捏ねられると思っていたが、違っていたようだ。
大好き食べ物が食べられなくなるピンチに、流石のシエナも少々悩んでいる様子だった。顎に手を当てて、俯いている。
だが、しばらく懊悩した結果、勢いよく顔を上げて───、
「全賭けしよう」
すってんころりん、頭から壮大に転んでしまう。
「なんでだよ!?」
机に手をつき、再びシエナに向かって叫ぶ。
「いやいやいや、大丈夫大丈夫だって、この私が負けるわけないでしょ?この勝負は私が見事にボロ勝ちすると決まっているのだから」
「なんで決まってんだよ」
「私がそう決めたからさ」
と、金貨を見せびらかして、指を鳴らし、格好つけるような感じでそう言い放つ。
「いや、決まってたとしてもダメだ、これだけは絶対に」
と言って、シエナが手に持っていた金貨十枚のうち、一枚を奪い取る。
「えー!返してよー!絶対に勝つからさぁ、大丈夫だって」
「だからそれが信用出来ねぇんだよ!」
もしものことがあるかもしれないので、これだけは絶対に譲れない。シエナから金貨を離した。
「ちぇっ…もう、わかったよ…九枚で勘弁してあげるよ…」
そんな態度を見てか、シエナは小声でぶつぶつと言いながらも、渋々了承してくれたようだった。
「じゃあ、そっちは金貨九枚賭けるってことでいいのか?」
アルマが口を開く。
シエナとの熱い口論に熱中していたせいで、アルマの存在が、認識から消えていた。
少しだけ申し訳ないと思いつつも、原因はシエナにあると責任転嫁する。
俺は悪くない。
「うん、まあ仕方がなくこれで納得してあげよう。だけどなルイくん!これでもし私が勝ったら、先程までの無礼な態度を悔い改めて、私の下僕となるが良い!」
「あーはいはい」
シエナの発言に対して、適当に返事を返す。
気を取り直したのか、ギャンブルを仕掛ける前のテンションが戻ってきたようだ。鼻が高く、無駄に自信満々げなシエナ。
なんだろう、すごく腹立たしい。
このギャンブルで大敗して、痛い目を感じて欲しいと思えてきた。完全に調子に乗っている姿から、絶望に染まる姿を再び見たいものだ。
あれは本当に傑作だ。何度観ても面白い。
「じゃあ、カードを配りますね」
そう言いながら、シエナが所持していたカードをシャッフルして、アルマにカードを配る。
そして、シエナとアルマにカードが均等に配り終えたところで、
「それでは、ギャンブル開始!」
「おぉ!」
シエナとアルマの掛け声と共に、遂にギャンブルが開始された。
ღ ღ ღ
「私が先行でいいかな…?」
「あぁ、いいぜ…」
両者がカードを経て、鋭い眼光で睨み合う。鋭い眼光の衝突。
思わず息を呑んでしまう。
ちなみにルイは、両者の真ん中に座っている形で、傍から見たら、ディーラーのような立ち位置だが、実際の所は全然関係ない。ただの傍観者だ。傍観者にしては、位置が近すぎるのだが───、
そんな傍観者であるルイも、目の前の光景に圧倒されている。
シエナとアルマの空間だけ、他とは何かが違っているような気がする。
見えない何か同士が、対立しあっているような感じだ。
張り詰めた空気が対立し合っている中、等々ギャンブルが始まった。
シエナは、アルマが持っているカードにゆっくりと手を伸ばす。
そして「ぇっ」と小さな声を漏らして、露骨な表情を顔にさらけ出した。顔が明らかに強ばっている。
「絶対ジョーカー引いたな…」
誰にも聞こえないような声でそう呟く。あれは明らかにジョーカーを引いた顔だ。
シエナの顔が強ばり、アルマの顔には微笑が浮かべられている。
いちいち表現に出るやつだ。もっと冷静にはいられないのか。
だが、そんなことは不可能だったようで、
「引けぇ…引けぇ…引けえぇ……」
シエナは恐らくジョーカーであろう一番右のカードを、まじまじの見つめている。
そして、まるで怨念のように引けと呟いている。
そんな様子を、アルマはニヤけた顔つきで見据える。
アルマがシエナの持っているカードに手を伸ばす。そして、シエナの顔の表情を見定めるように、指でカードを撫でる。
「はぁっ!」
そして、一番右のカードを撫でると、明らかに嬉しそうな表現を見せた。
あれが絶対ジョーカーだ。
自分で表情を作っている可能性もあるが、シエナに限ってそんなことはないだろう。
その表情を見定めたのか、アルマは隣のカードを撫でた。
「うぅ…」
すると、シエナの顔は明らかに顔色が暗くなっている。
あれは絶対にジョーカーでは無いだろう。
壁男は、遊ぶようにジョーカーとその隣にあるカードを撫でる。
「はぁっ!」
「うぅ…」
すると、シエナの顔は、嬉しそうな顔と暗い顔に、高速で変換されている。面白い。
しばらく遊んだ後に、ジョーカーでは無い方のカードを取る。
カードを取った瞬間、シエナの顔が絶望に染まっていった。
そしてアルマは、カードを二枚テーブルの上に投げた。運良く同じカードが当たったのだろう。
それを見て、シエナは絶望の顔を更に強めている。明らかに落胆している。
こんな調子だったら絶対無理だろう。そんなことを思いながらも、次はシエナの順番がきた。
明らかに調子を崩している。そんな状態でギャンブルを続けても、勝てるはずがない。
シエナの引いたカードは、どのカードにも当てはまらないカードだったようで───、
「───」
更に顔色を悪くした。
「じゃあ次は俺の番だな」
そう言いながら、再びシエナの持っているカードに手を伸ばした。
顔色を悪くしたシエナだったが、ジョーカーであろうカードに手を向けると、明らかに嬉しそうな顔を見せた。
が、アルマがそんな情けをかけるはずがなく───、
「ぅ……」
呻き声を漏らしながら、更に更に顔を暗くした。このままいくと、全身真っ黒になってしまいそうだ。
終いには追撃として、アルマはカードを二枚テーブルに置いた。
「あぁ……」
シエナは、微かに震わせた声を漏らした。
「おい、次はお前の番だぞ、早く引けよ」
アルマがシエナにカードを引くよう急かしてくる。
だが、シエナは絶望に脳を支配されており、外界との繋がりが切れている状況だ。
「さっきも見たぞこれ…」
面倒臭いが、外界から離れているシエナを、現実世界に引き戻さんとする。
席を立ち上がり、肩を揺さぶる。
「おーい、シエナさーん、おーい、おーい」
思いっきり肩を揺さぶる。
すると、次第に意識は現実世界へと引き戻されていき───、
「ハッ…」
「大丈夫か?シエナ」
「うん…」
現実世界へと意識を取り戻したが、いつもと違って、調子を戻していないようだ。声の調子が沈んでいる。
「今シエナの番だけど?何?まだ続ける?」
こんな調子だ。絶対負けるに違いない。ルイはシエナにギャンブルを継続するかどうか訊く。
「ふぅ……」
すると、シエナは気を沈めるため、溜息をつき、顔を上げる。
そして───、
「フフッ…今のはハンデだよ…これからが本番だよ…」
気を取り直し、今からが本番なのだと高らかに宣言した。
「大丈夫か?声震えてんぞ」
「ギクッ」
痛いところを突かれたせいなのか、体を大きく跳ねさした。
「大丈夫、大丈夫だから!何も問題ない。今のはハンデだから、大丈夫だって、ね?じゃあ早速再開しよ」
と、無理に自身を元気づけながら、アルマのカードを手に取る。
すると───、
「やったぁ!ほらほら!やっぱハンデでしょ?ほら、これが私の実力だよ」
シエナがカードを二枚テーブルに投げる。運良く同じカードが揃ったようだ。
「運良く揃っだけだろ」
「は?運じゃいし、私の実力だし!」
今のは、完全に運でカード揃ったのだと指摘したが、シエナは実力なのだと言い張る。
また調子に乗った。
「お?嬢ちゃん、気取り戻したか、じゃあ俺の出番だぜ」
「あぁ、ドンと来い!」
胸に手を当てて、自身の心意気を宣言する。
調子を戻したシエナの宣言に、再びギャンブルが再開された。
ღ ღ ღ
「───」
気がつけば、アルマのカードは残り一枚になっていた。
対して、シエナの持っているカードは残り二枚だ。
神が味方をしたのかどうか分からないが、運良くここまでたどり着いた。
これが最後の勝負だ。
これまでとは一段と違った緊張感が張り詰める。
「さぁ…こい」
シエナが声を少しだけ震わしながらそう言う。今は、シエナのカードをアルマが引く番だ。
シエナが残り二枚のカードを、アルマに向けて突き出す。
「ふーーん、どれにしようかなぁ?」
アルマは、二枚のカードを優しく撫でる。
一方のシエナだが、少しは成長したようで、顔に感情を出さなくなっている。
アルマがシエナの表情を見定めるが、どちらのカードを撫でても、シエナの顔は真顔だ。
目線もカードの真ん中も見ていて、どちらも見ていない。
アルマがカードへ手を伸ばす。
これが最後の勝負だ。これで全てが決着する。
アルマは、ゆっくりと手を伸ばして、右のカードに触った。
瞬間、シエナの顔には微かな笑みが浮かんだような気がした。突然、アルマがそれを見逃すはずなく。
「取ったぁぁぁ!」
左のカードを勢いよく取り、最後のカードをテーブルに投げつけた。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!」
アルマが席から立ち上がり、喜びの声を上げて、ガッツポーズをする。
「まぁ、こうなるだろうな」
案の定、期待を裏切らなかったシエナ。その顔は無に染まっていた。
「ふははは、嬢ちゃん、勝負に勝ったから金貨九枚貰ってくな」
シエナに向かってアルマは、勝ち誇った顔でそう言ってきた。
そんな言葉を受けたシエナは、全身を震わしている。すると、いきなり「バンッ」と大きな音を立てながら席を立ち、机を叩いた。
そして、ゆっくりと方向を前から後ろに変えて───、
「うわあああああああああああああ!」
金貨九枚を後ろに放り投げて、泣きじゃくりながら店を出ていった。
「はぁ…」
「二度あることは三度ある的な感じか?」
そんなことを思いながら、ルイは店から逃げ出したシエナの後を追って行った。