第一章12 「三度目の正直」
案の定、酒場の中に入ると、ルイたちは注目の的になってしまった。
先程、店の中で騒いでいた変なやつが、女の子に腕を引っ張られて、再びこの場へ舞い戻ってきたからだ。
酒場の中にいる、ほとんどの人に見張られて、ヒソヒソ話をされている気がする。
被害妄想なのだろうか、分からない。
こうなると、腕の痛みなんて気にならなかった。ルイの身体を、痛みではなく、羞恥心が打ちのめす。正しく、ここが地獄だ。
「シエナ、シエナ絶対無理だって、絶対ヤバいやつだって思われてるよ」
「大丈夫、大丈夫、そんなこと思われてないって」
シエナは大丈夫だと言うが、全然大丈夫ではない。完全に店中の注目が、ルイたちに向けられている気がする。シエナは楽観視しすぎだ。
「っていうかどうするんだよ、またさっきの作戦でいくんじゃないだろうな」
シエナは「任せて」と言ったが、今度はどうするのだろう。
作戦などは一切聞いていないので、今回はどんなことをするのかが分かっていない。
シエナのことだ。絶対に変な作戦を思いついたに違いない。また変なことを言い出して、強制的にやらされたりして、店を逃げる羽目になる。
そんなことを思い、不安に押し潰されていると、シエナが笑顔でルイの顔を覗いてきて、
「え?さっきと同じだよ?」
「はっ!?」
シエナの爆弾発言に驚愕してしまい、思わず大きな声が出てしまうが、咄嗟に口を抑える。
周りに見られてないか心配で、周りを見るが、どうやら店中に響く話し声に掻き消されて、聞こえなかったようだった。
「危ねぇ、またあんな目に会うところだった」
あの場でまた、大声を出してしまうと、店中の注目が、一斉にルイたちに集まり、鋭い眼光で見張られてしまう。
「もう、ルイくんはなんですぐ大きい声を出しちゃうかな」
「お前のせいだろ」
また叫びかけたのだが、それを何とか抑える。
そもそも全部シエナが問題だ。シエナが爆弾発言を連発しまくるせいだ。
なのに、シエナは一切自覚していないようだった。馬鹿は、自分が馬鹿だと自覚しないようだ。
「っていうか、なんでまた同じ作戦で行くんだよ、絶対に無理だろ」
酒に酔っている奴らにギャンブルを仕掛けに行く作戦なのだが、まず、昼間から酒を飲んでいるやつは全然いない。
全然いないというわけで、中には一人ぐらい居そうなのだが、さっきのこともあって、不可能に近いと感じる。
なんにせ、さっきルイが叫んだせいで、周りの注目を浴びて、変なやつだと思われているからだ。
誰だって、変なやつとは関わりたくないだろう。ルイだって関わりたくない。そして、その変なやつが自分なのだ。
「大丈夫だって、シエナちゃんは天才なんだから、絶対に成功するって」
「さっき失敗してたけどな」
そう皮肉を口にすると、腹部に強烈な衝撃が加わる。
「ぐはっ…」
下を見ると、シエナの拳が、ルイの腹部にめり込んでいた。痛い。
「ん?ルイくん?何か言ったかな?」
万遍の笑みを浮かべて、そう問いかけてくる。シエナの目には、怒りの感情が宿っているようだった。
「いえ…何も無いです」
「うん、よろしい」
また、反論や皮肉を口にすれば、シエナの怒りを買い、とんでもない事にあってしまいそうなので、素直に引き下がることにした。
シエナ怒らせたら、ディアナに愚痴られて、二人から責められてしまいそうだ。そんなことは絶対に避けたい。
「まあ、とりあえずさ、さっきはお酒を飲んでいない人だったからいけなかったんだよ。今度は、酒を飲んでいる人をしっかり見極めるから大丈夫だよ」
先程の経験を踏まえて、今度は酒を飲んでいる人をしっかり見極めて、判断するようだ。最初からそうすれば良かったと言いたかったが、やめておいた。
というわけで、さっそくシエナは、店の中にいる、酒を飲んでいる人に話しかける。
「へいへーい、そこのお兄さん」
「あ?」
カウンター席で、一人酒を飲んでいる男に、意気揚々と話しかける。それにしてもシエナの話しかけ方が独特だ。なんだよ「へいへーい」って。
シエナの話しかけた相手は、先程の男と同様、如何にも柄の悪そうなやつだ。非常に目つきが悪い。
さっきと同じ結末にになりそうな気がするが、今回は違う。なぜなら、男の口からは、酒を匂いが漂っているからだ。
「ねぇお兄さん、すぐにお金を稼ぐ方法を知りたいと思わない?」
「すぐにお金を稼ぐだぁ?まぁ、金は欲しいが」
「でしょでしょ?だからさお兄さん、今から私とギャンブルしない?」
「ギャンブルだぁ?」
「そうそう、ギャンブルギャンブル、私としようよ!」
そう言って、男をギャンブルを誘う。
作戦通りにいけば、男は勝負を引き受ける。そして、酒で酔っているので、思考が鈍り、冷静な判断が出来なくなり、冷静な判断が出来るシエナが、ボロ勝ちするという作戦なのだが───、
「なんでお前としなくちゃいけねぇんだよ、そんな危険なこと誰がやるか」
「へっ?」
さっきもこの光景を見た。シエナは思いもしなかった返答に動揺して、拍子抜けた声を漏らす。
「しかもお前ら、さっきの変なやつだろ、なんかいきなり店の中で叫んでたやつだろ」
「へっ?はっ?」
「無理だ、無理、どっかに行け」
男はギャンブルの誘いを跳ね除けて、手をひらひらとこちらへ振り、早く消えろといった仕草してくる。
「あのーシエナサーン、また失敗してませんか?」
「ド…ドウシヨ…ヨ…タスケテ……」
身体全身を大きく震わして、ゆっくりとこちらを振り向く。
シエナの顔は青ざめており、額からは汗が吹き出ている。そして、石のように固くなっている。
そんな情けない状態で、ルイに縋ってくる。
自分は天才だから絶対に成功するとか言っておきながら、このザマだ。
最初から期待しておらず、呆れていたため、ルイは怒りの感情が、湧いて出てこなかった。
まあそうなるだろうなと予想してもいた。
ルイは一度、嘆息してから───、
「一時撤退」
そう言うと、シエナの腕を掴んで、強引に引っ張っていく。
シエナを引っ張って、席と席の間を縫って歩いていく。道中、最初に声をかけた男が、こちらを見つけきて、睨んできたが、目を逸らして、そちらに気づいていない振りをした。
数多の視線が、こちらに向けられる気がするが、気にしない、気にしない、気にしないことが大切なのだ。
被害妄想でも、気にしなければ、どうにでもなる、そう、気にしなければ──、
「って出来るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
場所は先程と同じの裏路地。シエナのことを引っ張って、再びこの場所へと連れてきた。さっきと完全に一緒だ。
ルイの目の前にいる、シエナ・ユリアーネのこと、ただの塊は、鋼のように身体を固くしている。
目には暗黒を宿し、シエナさんお得意の現実逃避を発動している最中だ。
「はぁ……だから言ったのに、ほんとバカだな…」
ため息が漏れてしまう。だって仕方がない。同じ過ちを二回も繰り返してしまったのだ、少しは学習してほしいものだ。
そんな感想を零しつつ、再びシエナの肩を掴んで、大きく揺さぶり、現実に引き戻さんとする。すると───、
「ハッ!?何があったのだルイ将軍」
「何があったじゃねぇよ、あと将軍じゃねぇよ、帝国兵最下級の新兵だよこの野郎」
シエナの意味不明な発言に、適当に返事しつつ、先程のことについて言及する。
「で、シエナさん、さっき自信満々に私に任せてと豪語してたけどどうしたのかな?シエナちゃんは天才だから絶対に成功するとか言っていたけど、なんで失敗しちゃってるのかな?しかも二回目だよ?二回目、ねぇ?」
シエナの前に詰め寄り、先程の出来事について糾弾する。
「エッ…ァ…え」
すると、シエナの目はキョドり始めて、焦点が合わさらなくなっている。
「えっ、あっ…え…あ…そうだ!あの人が全部悪いんだよ!あの人がお酒飲んでたのに酔っていないから悪いんだよ!そうだ!あの人だ!あの人のせいなんだ!」
出ました。シエナさん第二の得意技、人のせい。自分が何かしでかしたら、全て相手のせいにするというものだ。
「はいはい、人のせいね人のせい、自分は全然悪くないって言いたいんですか」
煽るような口調でそう言うと、シエナはまた一段と声を大きくして──、
「だって、あの人が全部いけないんだもん、なんで酒飲んでる癖に冷静な判断できてるんだよ、そもそもそれが問題でしょ!?お酒に酔ってないあの人が悪いんだよ!あ、アルコール度数が少ないお酒を出している店の人も悪いんだよ!」
早口で、見事なまでの酷い言い訳を並び立てた。
シエナの口にした言い訳だが、ルイも少しばかりは同感できる部分はある。
今回に関しても、引き運が悪かったのだ。
先程の作戦のことに関しては、相手がそもそもお酒を飲んでおらず、一切酔っ払っていなかったことが原因だ。
それを踏まえての今回の作戦だったのだが、お酒を飲んでいる人を見極めることには成功したのだが、肝心の、酔っているという部分に関しては、見極めきれなかったのだ。
シエナは、『お酒を飲む=酔っている』という考えを持っていたのだろう。ルイだって、微かにそう思っていた部分はある。
この世には、お酒が強いひとや弱い人が存在する。お酒の強い人は、少しばかりお酒を飲んでいたとしても、全然酔わないのだ。
これを考えていなかったのが、今回の作戦の失敗した原因という訳だ。
ルイは、最初から、このことを言おうと思っていたのだが、シエナに何か言うと、腹に拳がめり込むことがあるだろうし、シエナの青ざめた顔を、もう一度見たかったからという点もある。
案の定、シエナは失敗を繰り返して、見事な青ざめた顔を、ルイに見せてくれたので、とても満足だ。すごく面白かった。
「じゃあ、どうするのこれから?もう諦める?」
「嫌だ!ダメ!絶対諦めない、絶対ギャンブルしてみせるんだから!」
大きく首を振り、子どものように駄々をこねる。諦めの悪さだけは、いいところなのかもしれない。
「とにかく、さっきはあの人が酔っていなかったから失敗したんだよね、なら、次はちゃんと酔っている人を探そう」
こうやって、少しずつ物事を覚えていく姿、本当に子どもみたいだ。
「だな、そうしよ───」
子どもに寄り添い、共感してあげることも大切だ。
なのでルイは、子どもと喋る時みたいに、優しい口調で、シエナに喋りかけていたが、喋りかけている途中で、腕が引かれる感覚がした。
咄嗟に腕を見張ると、シエナがルイの腕を掴んで、再び酒場の方向へと向かっているようだった。
「そうと決まれば早速行こー!」
「それ行く前に言うセリフだろ!はぁ…全く、仕方がねぇな」
嘆息して、そう答える。既に、呆れを通り越して、自分でも分からないような感情にいる。
ルイの腕を掴む、シエナの力はもう、普通の女の子と変わらないぐらいの微力になっていた。
シエナ自身も、もう自分に逆らわないと思ったのだろうか、正解なのだが。
そんなこんなで、再び酒場の目の前へと着いた。
「なぁルイくん、三度目の正直という言葉を知っているかい?」
「知りませ〜ん」
酒場の目の前に着いた途端、三度目の正直について、聞いてきた。
謎の上から目線、先生のような口調でそう話しかけてくるのを、適当に返す。
するとシエナは、顔を上げ、腰に手を当てて、
「三度目の正直という言葉はね、一度目や二度目は期待通りに行かなく、終わってしまったとしても、三度目は期待通りの結末になるということさ」
つまりこういうことだ。一度や二度、失敗したとしても、三度目には必ず、自分の期待通りの結果になりゆるということだ。
その理論にいくことによって、今回三度目となる作戦は、成功すると言いたいわけだそうだ。
まあ、しっかりと、ダメだったことを見直して、次なる糧にしていくのだから、ルイも今回ばかりは成功すると思っている。
今回は成功する、だって三度目なのだから。
「というわけなんですよ、じゃあ三度目の正直と行きましょう!」
「おー」
シエナの掛け声に、棒読みでそう答える。
果たして、三度目の正直は成功するのか否か。
地獄のギャンブル編は、次回で終わります。