第一章11 『一時撤退』
建物の中を入っていくと、そこは外の世界と別離されている様だった。
サントエレシアの街の中も、非常に活気で溢れていたが、この建物の中は、異様に活気に溢れていた。
外見通り、異様な雰囲気に包まれている。
建物の中は、無数に、丸いテーブルを中心に、四席の椅子が並べられている。奥には、カウンター席があり、そこには、美人店主が、屈強な男たちに、酒を注いでいる。そして、その男たちは、大きな笑い声を出しながら、酒を仰いでいる。
「昼間っから酒かよ……」
現在の時間は、真昼間だ。そんな時間から、酒を仰いで談笑しているとは、いいさまだ。
「ん?というかここってギャンブル場なの?普通に酒場じゃない?」
建物の中は、無数のテーブルと椅子が置かれて、奥には、カウンター席があるというだけで、カジノ用具は一切無い。
そんな疑問が生まれたが、シエナは「ふっふっふ」と言いながら笑い。
「そうだよ、ここはただの酒場だよ。だが、ここには昼間っから酒を飲みさくっている奴らが沢山いる。そいつらにギャンブルを仕掛けに行くんだよ。酒で思考が鈍って、興奮しているはずから、絶対に引き受けてくれるはずだよ」
「お、おう…そうなのか」
シエナがギャンブルをしに行くと言ったので、てっきり、ここはギャンブル場だと思っていたが、勘違いだったようだ。
そして、どうやらシエナは、酒で酔って、気分が上がっている男たちに、ギャンブルを仕掛けにいくらしい。
酒で、思考が鈍っている時に、ギャンブルを誘いにいくので、ルイのように、損得のような、冷静な判断は出来ず、勢いのままに行動してしまうだろう。
それから、シエナは続けて─────、
「そして、酒に酔っているから、ギャンブルに必須な、冷静な判断が、余り出来ないはず。だから、私の勝ちは決まっているのだよ、ワトソンくん」
「誰だよそれ」
なぜか、師匠のように物を言われ、知らないやつの名前を出されて、意味が分からないが、つまりシエナの作戦はこうだ。
酒に酔っている男たちは、冷静な判断が出来ずに、勢いのままに、ギャンブルに乗ってしまう。
そして、冷静な判断が出来ないので、ギャンブル特有の駆け引きなどが、余り出来ずいて、酒も入っておらず、冷静な判断が出来るシエナが有利になってしまうのだ。
───何たる策略家、と言っていいのかどうか。
「この完璧な作戦であれば、私が絶対に負けるわけがない。というわけで、行くぞ!」
「おーー!」
そう言いながら、建物の奥へと進んでいく。ルイは、掛け声に、棒読みで返答しながら、後ろを着いていく。
「ようよう、そこのお兄さん達」
シエナが、建物の奥へと進み、とある席の前に着いた。
そこに座っている男たちに向かって、意気揚々と話しかける。
「あぁ?」
如何にも柄の悪そうな男が、シエナのことを睨みながら、そう答える。
男の、鋭く尖った眼光が、シエナたちを見据える。
周りにいる男たちも、一斉にシエナのことを見張る。
「おい、大丈夫かこれ?こいつら全然酔ってなくないか」
隣にいるシエナの耳元に向かって、小さな声で呟く。
すると、シエナは一度嘆息して──、
「だから、大丈夫だって」
そう、ルイにしか聞こえない声で言うと、「えっへん」と言いながら、男たちの方を振り向いて、腕を組みながら。
「お兄さん達、今からギャンブルしないかい?」
非常に高らかに、自信満々にそう言った。が──────、
「なんでお前みたいなやつとギャンブルなんてやらなくちゃいけないんだよ。それに、金が勿体ねぇだろ」
「へっ?」
シエナは、思いもしなかった返答に、動揺して、拍子抜けた声を漏らす。
「だってそうだろ?いきなり知りもしないやつにギャンブルしようだなんて、怪しい誘いに乗るわけねぇだろ、そうだろお前ら」
男が、一緒にグラスを仰いでいる男たちに、そう問いかけると「だよな」「そうだよな」「だな」と、一斉に共感し始める。
「おいシエナ、駄目じゃねぇかよ」
想定していた事態とは、真逆の事態に陥ってしまい、慌ててシエナに声をかける。
すると、シエナは、ルイの方を見て「大丈夫だって、私に任せてよ」と言う。
と、思ったら──────。
「ド……ド……ドウシヨウ…」
ガクガクと、小刻みに震えながら、こちらを振り抜いた。
シエナの顔は、酷く青ざめていて、目は完全に死んでおり、額には、大量の汗が垂れていた。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
怒声を張り上げながら、シエナの肩を掴みかかるが、シエナは固まったままで動かない。
挙句の果てには、ルイの怒声に気がついて、室内にいる男たちが、一斉にルイたちのことを見張る。
「あっ、えっ…」
ルイは、周りから無数の眼光を浴びせられ、酷く居心地が悪くなり、
「一時撤退ーーー!」
そう言い捨てながら、シエナの腕を取って、建物の入口へと走っていく。
「ドンッ」と扉が壊れてしまったと錯覚してしまうほどの、大きな音を立てながら、勢いよく入口を抜けた。
ღ ღ ღ
「おい、ふざけんなよ!失敗してんじゃねぇかよ!」
「ふぇっ?あ、へ?」
場所は、酒場から少し離れた場所にある裏路地。
シエナの作戦が完全に失敗に終わり、冷汗をかいて、石のように固まったシエナの腕を引っ張って、何とか逃げてきた結果、現在はここにいる。
「私に任せてとか、金を何十倍に増やしてあげますよだとか、ギャンブルの腕前で、虜にしてみせますよとか言ってたくせに、そもそも勝負にすらなってねぇじゃねぇか!」
大声を張って、糾弾するが、当の本人は未だに現実を見れていないようだった。
相変わらず、目が死んでいて、固まっている。
「おい、シエナ!シエナ!生きてんのか?」
両肩を掴んで揺さぶり、現実逃避をしているシエナを、現実世界に呼び戻そうとする。
すると、次第に目には生気が宿り、石のように固まっていた身体も、段々解れてきた。
「なっ、なんという不覚だ、この私が失敗することなど有り得ぬ」
「現実を見ろ!失敗してるからこのザマなんだよ!」
生気を取り戻したのにも関わらず、未だに現実逃避をしているシエナを、再び現実に呼び戻さんとする。
「だ、だってぇ、あの人たちが悪いんだもん!あの人が乗ってくれなかったから悪いんだもん、シエナちゃんのせいじゃないもん!」
「言い訳するなぁ!」
酒場に入る前、自信満々に任せてと豪語していた。今までのこともあり、完全にシエナのことを信頼していたが、完全に失敗してしまった。
終いには、あの自信に満ち溢れた姿は微塵もなく消え去って、理屈の通っていない言い訳を並べるばかりだ。
「で、シエナの作戦は失敗に終わったけど、これからどうすんの?」
シエナのギャンブルでボロ儲け作戦が、始まってもいない時点で、失敗に終わってしまった。故にやることが無くなったのだ。
このまま街を散策して、色んな暇つぶしスポットを探すというのが、一番の手だとルイは思っているのだが、立案者は違ったようで、
「よし!リベンジだ!もう一回あの場所へ戻って、ギャンブルを仕掛けに行こう!」
「はぁ?さっき勝負する前に負けてたじゃねぇかよ!あんな調子だったら絶対に無理だ!」
シエナの意味不明な発言に対して全力で否定する。
こいつは馬鹿なんじゃないか。いや、馬鹿だ。
あんな計画性のない案を、実行する前に失敗した直後なのにも関わらず、再び実行すると、シエナは言うのだ。
仮に行くとしても、ルイ自身は絶対に行きたくない。なんにせ、怒声を張ったせいで、ルイたちに注目が集まり、鋭い眼光で、全身を見張られたのだ。トラウマになりそうな出来事だ。
もし、再びあの場所に行ったら、もう一度あの鋭い眼光に睨まれるに違いない。
そもそも、最初から間違っていたのだ。なんで酒場でギャンブルを仕掛けに行こうとするのか。それなら、最初からカジノに行けばいい話なのだ。それなのに、シエナは、酒で酔っているからだという理由で、酒場を選んだ。
そして、話しかけた相手だ。如何にも柄の悪そうな男、恐らく酔っていなかったのだ。
シエナの言う通り、酒を飲むと、思考が鈍り、冷静な判断が出来ずらくなるのは本当の話だ。そう、酒を飲んでいればだ。
あの男たちは絶対に酔っていなかった。なんにせ、顔色が普通であり、酒の匂いも一切し無かった。そして、冷静な判断が出来ていた。
そもそもの話、昼間から酒を仰いでいるやつはほとんどいない。
なのに、シエナは酒場にいるのだから酒は飲んでいるだろうという、甘い考えで、作戦を実行した。
これが失敗の原因だ。なので、再び酒場に出向いたとしても、絶対に成功するはずがないのだが、シエナは口に指を当てて「ノンノンノン」と言い、
「今度は大丈夫だから、絶対に成功する。私に任せて」
「やべぇ、一切信用出来なくなった」
再び、自信満々にそう豪語するシエナだが、ルイは信用出来ないでいた。
その様子を見兼ねたシエナは、やれやれといった様子で溜息をつき、
「信じないのならば、無理やり信じさせてやるのみだ」
そう言いながら、ルイの腕を強引に引っ張って、裏路地を出て、酒場の方へと進んでいく。
「痛い痛い痛い痛い痛い」
強引に腕を引くシエナの手を、引き剥がそうとするが、シエナの握力が強すぎて、全然引き剥がせない。シエナの手が掴んでいる腕の部分が、とてつもなく痛む。
どんだけ力強いんだこいつは。
「はい、着いたよ」
「え?」
腕の痛みに悶えていると、等々酒場の目の前に着いてしまった。悪夢の場所だ。
「よぉぉぉし、というわけで、リベンジ戦と行きましょうか!」
「おい、やめろぉぉぉぉ」
ルイの言葉を一切聞かぬまま、またしても腕を強引に引っ張り、酒場の中へと入っていった。