第一章9 『サントエレシアヘようこそ!』
草木が鬱蒼としている森の中、ディアナの背中を追い、落ち葉や枝、木の根を踏み越えて、道なき道を進んでいった。
魔獣がいなくなったからであろうか、シエナが嫌っていた虫が出てきて、森中に、悲鳴が響き渡ることもあったが、それももう終わりだ。
「着きましたよ」
ディアナがそう言うので、前を向くと、青い光が目の前から入り込んできた。
ずっと日陰にいたからだろうか、一瞬眩しさを感じたが、それも直ぐに慣れて、視界が開ける。そこには──、
「おぉ、やっと着いたか」
目の前には、崖の上から見えた街──サントエレシアがあった。
「ふぅ…へぇ……はぁ…やっと……着いた」
身体の疲労や、虫のこともあって、シエナは随分と疲弊している様子だった。顔も随分と崩れていたが、美しさが上回っている。何たる美貌なんだこいつは。
「もう無理!ちょっルイくんおんぶして!っていうかしろぉ!」
「はいはい、分かったよ」
シエナがその場で崩れ落ち、おんぶしてと懇願してくるので、仕方がなく了承した。
実際のところ、ルイも疲れているのだが、シエナはそれ以上に疲れているのだろう。寧ろ、ここまで歩けているのが奇跡なほどだ。
「はい、早く乗れよ」
地面に崩れ落ちているシエナの目の前に腰を下ろして、腕を後ろに出し、おんぶの体制に入る。
すると、シエナがルイの背中に体重を預けてきた。
先程と同じように、ルイとシエナの身体が密着する。背中に熱が篭もり、そこから体全体に熱が行き渡っていく。
頬が真っ赤に染まり、鼓動も急に早くなる。
「鼻下伸びてますよ」
「うるせぇ!黙れ!」
ディアナにそう指摘され、一喝する。
さっきは、抱き合う形になっていたので、お互いの顔を目視出来ずにいたが、今回は第三者が存在しているので、ルイの顔が見えてしまうのだ。
そのせいで、鼻下が伸びているのがバレてしまうのだ。さっきも伸びていたのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。とりあえず、後々ディアナにギャフンと言わせてやろう。
「はーやーーーくーー」
「はいはい」
シエナが手をバタつかせて、急かしてきたので、シエナの両足を、しっかりと持ち上げて、一気に立ち上がる。
「重……」
シエナは冗談を言ってくることが多々ある。なので、仕返しのつもりで言ったつもりだったのだが───。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇえ!」
手加減無しの、本気の拳骨が、ルイの頭に降りかかった。
まじで痛い。本気で痛い。オーガスの拳骨の何倍も痛かった。
「じょ、冗談だって…」
「冗談でも言っちゃダメなことってあるでしょ?もう!ふん!」
咄嗟に冗談だったと弁解するが、無理だった。シエナは完全に激昂しており、不満で鼻を鳴らした。
「喧嘩しないで貰っていいですか?」
「「してない!」」
二人の大きな声が重なる。
「とりあえず、早く行きましょ?」
「あぁ、早く背中の重いものを下ろしたいしね」
「死ね」
冷たく、凍えた声が聞こえた瞬間、二発目がルイの頭に降り注いだ。
ღ ღ ღ
シエナをおんぶしながら歩いて、街の入口──大きな門の場所まで着いた。
シエナのことを重いと言ったが、実際はとても軽かったので、結構楽だった。
「ディアナ様、魔獣の件はどうなったのですか?」
門の見張りをしていた青年が、ディアナにそう問いかける。
「魔獣の件に関しては恐らくもう大丈夫でしょう。そう、この二人が代わりに魔獣を倒してくれたんですよ」
ディアナが見張りの青年に向かって、淡々とそう告げる。
すると、青年は怪訝な目で、こちらを見据えてくる。
まあ、客観的に見たらルイたちは、とてつもなく怪しいだろう。
まず、七大都市で、警備などをしているはずの、カテドラル兵がこんなところにいるはずなく、しかも後ろには、謎の女を背負っているのだ。見るからに怪しい。
「大丈夫ですよ、この二人は怪しい人達ではありませんよ、いい人です」
青年に怪しまれているのを見兼ねたディアナが、青年に、怪しいものではないと説明する。
説明を受けた青年は「ディアナ様がそう仰るのなら」と、どこか納得していない様子ではあったが、なんとか納得してくれた。
ディアナがいてくれたからどうにかなったが、もしいなかったら、とても面倒臭いことになっていたであろう。
ディアナがいてくれて本当に良かった。
「ルイさん、シエナさん来てください」
ディアナが、大きな門を潜り抜け、街の中に入っていったので、ルイたちも後を急ぐ。
「うおぉ、すげぇな…」
「確かに、すごいね」
目の前に広がる光景に、思わず声を漏らす。それは、ルイだけではなく、シエナも同様だった。
一言で言うと、美しい、とでも言うべきだろうか。色んな美に関する慣用語句が、次々に脳に浮き出てくる。
街は、円状に城壁に囲まれており、綺麗な石造りの建物と地面が並んでいる。
「あれがディアナの家なの?」
「はい、そうですよ」
街の真ん中には、派手な装飾をされている、大きく立派な、一際目立つ屋敷が建てられている。
あれがディアナの家か、羨ましい。
「早速行きましょうか」
「だな」
屋敷を目指して、ディアナと街の中を歩く。
道を歩く道中、ディアナは街の人達に話しかけられ続けている。どれだけ慕われているだろうか。
一方、ルイとシエナの二人は、街中の人達に、怪訝な目を向けられているが、ディアナがいるおかげで、何とかなっている。ありがとう。
歩いている道中、鼻からいい匂いがしてした。
周りを見ると、道の端には屋台が設置されていた。その屋台の場所から、とてもいい匂いがしてくる。
「なんの匂いだ、これ?」
「肉串じゃないですか?」
昨日の昼ご飯から何も食べていないので、とてもお腹が空いている。
そんな中、こんなにもいい匂いを嗅がされるのは、一種の拷問に近い。
「肉串か、食べたいな…」
「買ってあげましょうか?」
「えっ!?いいの?」
「いいよ」
ルイは今、お金を一銭も所持していないので、肉串を買えずに、匂いを嗅がされるだけだと思ったが、なんと、ディアナが買ってくれることになった。
ディアナには、つくづく感謝する。これで、さっきの鼻の下が伸びていると指摘してきたことに対しては、帳消しにしてやろう。
「だってよシエナ、お前も欲しいだろ?」
「───」
ルイの背中でおんぶされているはずのシエナにそう言うが、シエナの返答が聞こえない。
それに、気づいたことがある。いつの間にから背中の重みが消えていることに───、
「えっ!?いつの間に消えたんだ!?」
なぜ気づかなかったのだろう。匂いに気を取られすぎていたせいか。
そんなことを思い、混乱していると、例の屋台の方から声が聞こえてきた。
「ねぇ!ディアナちゃん、これ買ってぇ!」
肉串の屋台から聞こえたのは、紛れもなくシエナの声だった。
直ぐに屋台の方を見ると、シエナが屋台の肉串に目を光らせていた。
いつの間にあそこに行ったんだあいつは、瞬間移動能力でも持ってんのかよ。
「分かりましたよ」
ディアナが嘆息しながらそう答えると、シエナの方に向かっていった。続けてルイの後ろを着いていく。
屋台の前に着くと、シエナがまるで、黄金を見つけたかのように目を光らせながら、肉串を見つめており、大きな口を開けて、口の端からは、少々涎が垂れている。
「ねぇ、ねぇ、これ欲しい!これ欲しい!」
シエナは、非常に興奮しながら売られている肉串を指差す。
先程の疲れは、微塵も無くなったかのように、元気になっており、店主の人も、シエナの興奮具合に、苦笑いしていた。
「はいはい、分かりましたよ」
ディアナも少々呆れている様子だ。
「ルイは何が欲しいですか?」
「俺は鳥串と牛串にするよ」
「じゃあ私もそれと同じものを」
「まいどありっ!」
店主の人が、元気よく返事をすると、大きな鉄板の上に、肉串が置かれて、いい音を奏でながら肉が焼かれていく。
非常にいい匂いだ、この匂いを嗅いでいるだけで、ご飯が3杯ほどいけてしまいそうだ。早く食いたい。
相変わらず、この光景をシエナは、目を光らせながら見ている。
店主の人も、シエナの、一刻も早くしろという圧に、少々引いているような感じだ。
そして、しばらく経つと店主が「出来たよ」と大きな声で言うと、ルイとディアナに2本ずつ、渡してくる。
肉とタレが合わさって、非常に美味しそうだ。
ちなみにシエナは、10本も注文したようだった。お財布事情が心配なのだが、ディアナなら大丈夫だろう。
早速、シエナが肉串を口にする。すると、みるみるする内に、ほっぺがどんどん落ちていっていた。
そして、直ぐに二本目、三本目と食べて、気づけば十本もあった肉串が、一瞬で無くなっていた。
シエナの美味しそうに食べる姿を見て、ルイも肉串を頬張る。
「美味………」
思わず、そんな感嘆が漏れてしまうほどだ。シエナの反応は、過剰だと思っていたが、それは妥当であった。
噛めば噛むほど、美味しさが口全体に広がって、何とも言えない幸せな気分になる。
「食べながら行きましょうか」
「そうだな」
肉串の感慨に浸って、再び屋台の前にいるシエナを無理やり引っ張って、屋敷へと向かっていった。