プロローグ 『逃げた』
──怖い、怖い、助けて、助けて、嫌だ。
そんな恐怖の感情に脳を支配されながら逃げていた。
なんでこんなことになったのだろうか。なんでこんな目に合わなければいけないのだろうか。何故、何故───。
自分が兵士であることも忘れ、鋭く痛む腕と、震えてそのまま崩れ落ちそうになる足を必死に動かしながら、後ろから迫ってくる人物から逃げていた。
逃げている道中。地面に倒れている頭が潰れた二人から噴き出した血と、自分の吐瀉物が混ざりあった汚い血の海を乗り越える。
肉片と脳みそを踏みつけながら進んで行く。ルイの体重で、肉が潰れる音が聞こえてくるが今は気にもならない。
酷く痛む頭も、今は何一つ気にならなかった。
とにかく、後ろから迫ってくる脅威から逃げなければ。
ふと後ろを振り向くと、怪物は追ってきてはいるが、自分と怪物の間には結構距離が空いていた。
どうやら怪物は足がそこまで早くはないようだった。
「これなら…!」
逃げ切れる。そう確信した。裏路地の中は入り組んでおり、怪物の足が遅いのならば上手くまけるはずだ。
裏路地の中へと進んでいくと、奥に分かれ道が見えた。右、左、真ん中の選択肢がある。
どこに進めばいいのかと慎重に考えたいものなのだが、生憎、背後から猛烈な勢いをつけながら迫っていている怪物がいるので、考える時間はほぼない。
「こっちだ」
なので、自分が右利きだからというだけの理由で右の通路を選んだ。
行き止まりの可能性もあるが――いや、考えるだけ無駄だ。
そう考えているうちに、分かれ道に辿り着いた。
ルイは前方への勢いを、前に出した左足で地面に擦らせながら殺し、右足を横に曲げ、急な方向転換で転けそうになるのをなんとか堪えて、右側の通路の奥へと走っていく。
裏路地の中は入り組んでいる。なので、この先が行き止まりだとしたら、ルイは追い詰められてしまうだろう。そんな不安を抱きながら、通路の奥へと進んでいくと、左側に通路が繋がっていた。
「─────っ!」
選択肢が一つしかないことに、少し不安を抱きつつ、先程と同じように勢いを殺して方向転換し、左側の通路へと進んでいく。
方向転換をする際、ルイは横目で後ろを見たが、怪物との距離は先程よりも遠くに離れており、このまま行けば逃げれきれると確信した。
このまま、分かれ道を駆使して、逃げて、逃げて、逃げ続けて───、
「嘘…だろ……」
ルイの逃げた先は行き止まりだった。行き止まりだったのだ。このままでは、いずれ怪物に追い付かれ、街の人達と同様に、ルイも殺されてしまうかと思われたが、ただの行き止まりではなかったのだ。
行き止まりの奥。 壁に背を預けながら、座っている。
服が血や土などで汚れ、ボロボロな姿を見せながらも、夜の暗闇にも負けないほどの美貌を輝かしている少女がいた。