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優先すべきもの






 儀仗兵達が悲鳴をあげた。「ルー殿下!」

「ルー!」

 トレ・ショーが走って戻ってこようとしたが、うわっと声をあげてその場に倒れた。左膝が、横方向に曲がってしまっている。魔法……? いや、石だ。なにかが石をトレ・ショーへぶつけたんだ。

 座りこんでいた俺が立ち上がろうとすると、トレ・ショーが這いつくばったまま喚いた。「動くな黒ばら! 狙われている!」

 トレ・ショーはいうだけいって、ごろっと転がり、グランの畑のなかへ隠れた。俺は姿勢を低くしたまま、ルーを振り返る。

 儀仗兵達はフルプレートを着た体を盾にして、ルーをまもろうとしていた。倒れたルーを。

 体の右を下にして倒れたルーの肩から、矢がつきでていた。


 そちらへ行こうとする。儀仗兵のひとりが俺の首根っこを掴み、ルーの隣へ放り投げた。ポータルの上だ。

 このポータルは、転移することにはつかえない。ワープ先として設定されているだけだ。この国はひろいので、ワープ先としてしかつかえないポータルが沢山ある。

 だから逃げることはできない。

「黒ばらさま、治癒を」

「え、ええ、ああ、ルーさま、ルーさま」

 言葉がうまく出てこない。儀仗兵が、持っている剣で弓矢を弾いた。

 治癒魔法をかけたが、ルーは気を失ったままだ。矢が深いところにまで達している……ぬいてもいいのか、ぬいてはだめなのか、わからない。

 涙が出てきた。こんなことは今までなかったのだ。危ない場面はたしかにあった。でも、ルーは意識を失ったりしなかったし、こんなふうに治癒魔法をかけても目を覚まさないひとなんて居なかった。

 妙な匂いがする。

「なんてことだ……」

 儀仗兵が呆然と、いった。「火だ」


 火。


 ルーに治癒魔法をかけながら、俺は儀仗兵達の向こうを見た。ブレがぱちぱちと音をたてて燃えている。

 それは徐々に徐々に、しかし確実に範囲をひろげていた。ポータルのまわりは延々穀物畑だ。火にとりかこまれたら。

 これがすべて燃えたら。




「剣を」

「黒ばらさま」

「剣を寄越せ!」

 俺は儀仗兵の腰から、短剣をもぎとった。速度を上げる魔法を自分にかけながら、走る。「黒ばら、逃げろ-!」

 どこからかトレ・ショーの声がしたが、俺はそれを無視した。

 魔法をめいっぱいかけていたので、俺の動きはすばやい。矢がふり注いできたが、どれもあたりはしなかった。

 俺はグランの畑を突っ切り、燃えているブレのまわりのブレを切る。火をこれ以上ひろげてはいけない。ここはジャルディニエの国民の食事を支えるフェルム穀倉地帯だ。穀物が燃えたら、国民が飢える。なかでもまっさきに割を食うのは、黒ばらの家族のような、農民だ。そもそも彼らはブレやグランをつくっても、そのほとんどを売っていて、栄養状態はよくない。それで、実りが無に帰したら……。


 黒ばらは農民の子だ。ブレを刈る技術はあった。魔法で上がった速度で、火のまわりのブレを切り、避難させる。燃え移る先がなくなった火は自然に消えた。

「トレ・ショー殿下!」

 儀仗兵が叫ぶ。トレ・ショーは左足をひきずって、ついでに覆面の人間もひきずっていた。「黒ばら、燃やすならこいつがいいぞ」

「そいつは」

「この剣は騎士が賜るものだ!」

 トレ・ショーは腹立たしげに、覆面の人間を地面へ叩きつけた。そいつはトレ・ショーに切られたみたいで、首の辺りから出血し、おそらくもう死んでいる。

「黒ばら、治癒を頼む。民の腹を充たす為の大事な食糧にこの仕打ち、ゆるしがたい」

 トレ・ショーはすごみのある表情でいった。「それが騎士ともなれば尚更のこと。なあに、二・三人は残しておく故、黒幕もわかろう」


 トレ・ショーの膝を治癒し、稲刈りを続けた。火がついている箇所は意外と多く、鎮火までに一時間近くかかってしまう。

 まだ煙は上がっているし、くすぶっている場所もあるが、俺は魔法をつかった所為で筋肉痛を起こしているあしをひきずって、ルーの許へ戻った。ルーは儀仗兵が盾になって庇い、あれ以上の怪我はしていない。儀仗兵達の足許には、弾きとばした矢や石が転がっていた。

「黒ばらさま」

「ルーさまは?」

「目を覚ましません……」

 儀仗兵達も疲れた様子だ。背の高い植物のなかに隠れて狙ってくる弓兵も、スリンガー兵も、彼らを消耗させている。

 俺は顔の汗を拭った。着ているドレスは聖なるもので、着ているだけで身が軽くなる。それに魔法の効果もプラスされて、俺は弓矢に捕まらなかった。

 ルーの傍に膝をついた。ルーは微動だにしない。

 震える手を、ルーの口許へ持っていった。弱々しいが、呼吸はしている。安堵する。

 けれど、どうやって治療したらいいというのだろう。

 ルーの頭を膝に抱えた。治癒魔法をかける。だが、反応はない。

 さっきもっと、しっかり治療していたらよかったんだろうか。でも俺は、ルーひとりと国民を天秤にかけて、国民をとってしまった。ルーを死なせるかもしれないのに。ルーがこうやって傷付いているのに。

 ルーが死んでしまったら、国なんてどうでもいい。国民なんて知らない。

 ルーは、俺がなにもできない時から優しかった。俺を大事にしてくれた。親友……ううん、俺の大切なひとだ。俺の一番大切なひと。

 それも助けられないで、なにが薔薇乙女だよ。

 怒りに呆然としたその瞬間、ドレスの下でなにかが弾けた。






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