逆転
会見室へ行くと、薔薇の君が待っていた。俺は一番最後になってしまったので、ぺこぺこ頭を下げながらはいる。「申し訳ありません。遅れました」
「黒ばらさん、あなた、たるんでいるのじゃない」
緋ばらがやわらかい口調で辛辣なことをいう。青ばらがちらっと俺を見て、小さく鼻を鳴らした。
「お后さま、黒ばらはお后さまの言葉に興味がないようですわ。彼女なしでもいいのでは?」
「あたらしい薔薇乙女達」
薔薇の君の隣に立っている薔薇乙女のひとりが、厳しい声を出した。「薔薇の君が黒ばらを招いたのだから、あなた達に黒ばらをここから追い出す権利はありません」
緋ばらも青ばらも肩をすくめるようにした。黄ばらがフォローにはいる。「黒ばらさんが遅れてきたのは事実ですわ。それをいうのもよくないのですか? あたくし達はもう長い間、ここで待っていますのよ」
「黒ばらはもう謝罪しました」
薔薇の君が口を開いたので、皆、黙りこんだ。
薔薇の君が俺を見て、青ばら達を示す。俺は青ばら達に向いて、頭を下げた。「遅れてしまって申し訳ありません」
黄ばらの隣に並ぶと、横目で睨まれた。
「今日は、あなたがたがどれだけ頑張っているか、どれだけ国の為に働いているか、国民に対して得点を発表する日です。ですから、スリジエ家、フリュニエ家、ペッシェ家の若者達も招きました」
薔薇の君がそこまでいうと、俺が這入ってきたのとは反対の扉が開いて、攻略対象達がぞろぞろとやってきた。半分に分かれ、薔薇の君の左右に並ぶ。
薔薇の君は、豪華な冠を戴いた頭を軽く動かして、頷いた。今年で四十歳になると聴いているが、二十代でも充分通る。
「では、それぞれの成績を読み上げます。青ばら、サフィール・シエル、前へ」
「はい!」
青ばらが一歩前へ出る。白い仕立てのいいドレスを来て、空色の髪を綺麗に結いあげている。
青ばらがかたあしをさげてお辞儀した。
「得点は2005。褒美として銀貨と、魔法「スピール」をくだします。これは、怪物の体の動きを鈍くさせるものです」
「ありがとうございます!」
薔薇乙女がクッションに置いた水晶を持ってきた。青ばらがそれに触れると、水晶がぱちんと弾ける。魔法は水晶に保管され、魔法力を秘めた者が素手で触れることでつかえるようになるのだ。これはジャルディニエの秘術だそう。
続いて、緋ばらが呼ばれた。
「得点は1473、褒美として銀貨を下します」
「ありがとうございます……」
緋ばらはそういったが、不満そうだ。あたらしい魔法をもらうつもりだったのだろう。
次は黄ばらだ。「得点は1130、褒美として銀貨と、魔法「フードゥル」をくだします。これは雷を呼び、怪物達にぶつける魔法です」
「ありがとうございます、お后さま」
黄ばらは優雅にドレスのスカートをつまんだ。水晶が運ばれてきて、黄ばらもあたらしい魔法を覚える。
といっても、どうやら1000点を越えたことでもらえたみたいで、緋ばらも持っているので悔しくないみたいだ。治癒魔法をもらっていた時は、村を再生したからという注釈付きで、緋ばらも青ばらも悔しそうだった。
「更に、三人には、黒ばらを治癒したことで、褒美として銀貨を下します」
「ありがとうございます陛下」
三人の声が揃った。
俺が呼ばれた。一歩前へ出る。黄ばらが笑いをこらえるような顔をしていたのが見えた。
かたあしをさげてお辞儀した。毎週末、こうやって薔薇の君の呼び出しがあるのだが、先週末は怪我で欠席した。薔薇の君がそのことを怒っていたら、減点されているかもしれない。
「得点は……」
薔薇の君が言葉を変なところで切ったので、俺はちらっと顔を上げた。薔薇乙女が増えている。走ってきたようで息を切らした薔薇乙女は、まるめた紙を薔薇の君へ渡した。
「……昨日と今日の分の点数が、もれていたようです。黒ばらの得点は7502」
「なんですって!?」
青ばらが大声を出した。
薔薇の君がそれを睨み、青ばらははっとして顔を伏せる。「申し訳ございません」
「黒ばら。昨日、今日と、ルー殿下とフェルム地方へ行って怪物退治をしたのですね?」
「はい、陛下」
俺はまた、頭を下げる。
フェルム、というのは、ジャルディニエ公国の南部にある、穀倉地帯だ。
最初の遠征でどこへ行くのかは決めていた。黒ばらがフェルムの田舎出身で、農園や小さな村は怪物退治で毎日気の休まるひまもない。一時的にでも怪物が減れば、農作業も楽になる。
フェルムの更に南部は魔境といって、怪物がわきだす場所になっている。なので、昨日の午前中に魔境近くの怪物を退治し、そのあとは魔境に這入って、目についた怪物をとにかく倒した。怪物の発生源だから、そこで怪物を減らせば、その付近には怪物がしばらくわかなくなる。
緋ばらが震える声を出す。
「お后さま、納得いきません」
「緋ばら!」
薔薇乙女が声を荒らげたが、薔薇の君がそれを制した。冷たい目で緋ばらを見ている。「なんですか、緋ばら」
「黒ばらは先々週、500点もとっていなかったではないですか」
「薔薇の君は大公の后です」
薔薇の君が至極あたりまえのことをいったので、みんな一瞬ぽかんとした。
「大公とはなんですか、緋ばら」
「……は、はい。ジャルディニエ公国の主でらっしゃいます。国民の父であり、国の根幹の」
「もう宜しい。大公は国の父。ではその后は、国の母ですね?」
緋ばらが小さな声ではいと返事した。薔薇の君はひややかにそれを見ている。
「親というのは、子どもがひもじい思いをしていないか、常に気を配るもの。フェルムは国民の食事をつくっている場所といっても過言ではありません。あの地域が怪物に荒らされることで、わたくしと大公の子ども達が死んでいくのです。意味はわかりますか?」
緋ばらは顔色を失っていた。先程よりも更に小さくはいといい、唇を嚙んで項垂れる。
薔薇の君がこちらを見た。
「騎士隊が数ヶ月かけてやるようなことを、黒ばらはふつかで成し遂げました」
え、そうなの?
それはどちらかというと、ルーが頑張ってくれたからだと思うけど……そういえば、黒ばらの地元には騎士隊が駐屯していた。
でも、僻地で怪物退治ってのが気にくわないのか、やる気がなかった。昼間から酒を呑んでいたし、女の子にこわい思いをさせるような連中も居て、気を付けるようにって母さんに相当注意されていたっけ。それでフェルムは、あんなに怪物の多い土地なのか。
薔薇の君が緋ばらから目を逸らした。ルーを見ている。
「ルー殿下が一緒に行ったとか」
「はい、陛下」
ルーはにこっとして、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「黒ばらちゃん……黒ばらは、とっても頑張っていました。おいしいご飯もつくってくれて、儀仗兵達にも食べさせてくれました」
王子達が目をかわす。表情からすると、どうやら、黒ばらの株は一気に上がったようだ。薔薇の君がかすかに顔をしかめている。
「騎士隊に、このことを伝えないといけませんね。オフィシエ」
「はい、陛下」
薔薇乙女のひとりが恭しくお辞儀して、静かに出ていった。