先立つものは……
その次の晩、「ポータル」というワープ装置をつかって、国の端のほうまで遠征にいっていた薔薇乙女達が、都に帰ってきた。三人とも治癒の魔法をつかえるので、まだベッドでうとうとしていた俺の治療をしてくれて、俺の怪我は治った。
黒ばらが王子達にいまいちうけないのは、これもある。黒ばらは薔薇乙女だが、薔薇乙女にしてはめずらしく、最初は治癒の魔法をつかえないのだ。
自分達が戦って、薔薇乙女達に治療してもらう、というのが理想の王子達にとって、薔薇乙女なのに治癒はできず、怪物を攻撃する黒ばらは、パーティバランスが悪いのもあって編入したくないんだろう。
まあな。わからないでもない。でも黒ばらはゲームでは、レベルが上がったら治癒魔法をつかえるようになるのだ。
ゲームみたいな「レベル」はないが、現行の薔薇の君、だから大公の后が居て、いい成績を収めた薔薇乙女に魔法を与えてくれることはあるみたい。ふた月分の記憶では、大体緋ばらか青ばらがその栄誉に浴していた。黄ばらも、財力を投じて地方の村をふたつくらい再生させたそうで、その功績から治癒の魔法をひとつもらっている。
これからルーと遠征に行くとなると、治癒、そしてできれば最上級の蘇生魔法も覚えたい。
これは薔薇乙女達の秘術で、本当に成績のいい者にしか与えてもらえないのだが、本当なら死んでしまうような大怪我でも魔法力をすべて注いで治療するというものだ。
ルーはあれだけ華奢だし、心配だ。治癒の魔法を早急に覚えて、ルーと一緒に遠征に行っても大丈夫なようにしなくちゃ。
翌日から、俺は行動を開始した。
まずは、遠征に必要なものを集めないといけない。ポータル使用チケット、怪物に訊く聖水や聖なる武器などだ。だから、なにより必要なのはお金である。
ゲームだと、雑貨屋で買った「難解な詩集」を緋ばらに売りつけたり、ラックが高いと植物園で大金を拾ったりできるのだが、実際には怪物退治や地方の村へ行くという理由がないと、お城から出られないし、植物園はいつも綺麗に掃除されているので大金なんて落ちてない。
遠征で大きな戦果を上げたり、得点がよかったりすると、ファンになった国民達からお金やものが届くこともある。なんというか、リアリティーショーのなかでもあんまり品のないやつみたいなシステムである。それに関しても期待はできない。俺は成績悪いから。
ポータル使用は、はじめてなら無料らしいが、聖なる武器や聖水は、出入りの業者から買う。買えるもののリストを侍女に持ってきてもらったが、どれもべらぼうに高かった。一般市民のつかう貨幣はほとんどが銅貨なのだが、リストのものは軒並み、銅貨の五倍の価値がある銀貨が、それも数十枚から数百枚という値段なのだ。
高いし、でも武器やアイテムがないと危ない。だから、揃えるしかない。
ポータルにしたって、あれは友好国の技術で、公国はその国へ使用料を支払っている。だから利用にお金がかかるものなのだ。
「借金? ですか?」
俺は黄ばらの部屋へおしかけ、頭を下げていた。
黄ばらは帳簿を幾つもテーブルへのせ、チェックしている最中だったのだが、俺が借金を申し出るとそれを辞めて俺を見た。
俺は顔を上げる。
「遠征へ行きたいけれど、武器がないんです。聖水もほしいし、お金がないと困るので、かしてください」
「かまいませんけれど……」
黄ばらは戸惑い顔で、開いたままだった帳簿を閉じ、テーブルへ戻す。軽く手を振ると、侍女がマグを持ってきて、黄ばらは見もせずにそれを掴んだ。
黄ばらは薔薇の君候補の薔薇乙女のなかで、一番裕福で、しかもそれを隠そうともしない。同じような部屋をもらった筈なのに、黄ばらの部屋には美術品や絵画などがところせましと置かれ、服装も仕立てのいいドレスだ。侍女達まで、宝石のブローチをつけている。
俺はもう一度頭を下げた。「お願いします。銀貨300枚、かしてください」
「担保はあるのかしら?」
黄ばらを見ると、彼女は小首を傾げコケティッシュな微笑みをうかべていた。「あたくし、信用できないかたにはかしませんの。黒ばらさんは成績もよくないですし、失礼ですけどご実家も、裕福ではないのでしょ」
当然のことである。もし黒ばらの実家が裕福なら、そちらに援助を頼む。
かちんときたが、ルーちゃんに怪我をさせない為だ。俺は頷いた。
黄ばらはおほほと笑う。
「なら、ご実家の土地でも担保にします? それならおかしできますわ」
「……土地はありません」
「あらあら、随分つつましいご家族なのね。土地のひとつも持っていらっしゃらないなんて。それじゃあ、このお話はなかったことにいたしましょう」黄ばらはくすくすしている。「ルカンさまと楽しいお話ができそうだわ。薔薇乙女が借金を申し込んでくるなんて、聴いたこともないもの」
「あの、この試しの期間が終わったら、わたしは薔薇乙女として働きます。その分の俸禄で」
「あなたの成績じゃあ、たいした俸禄ももらえないでしょう。あたくし、手堅い投資しかいたしませんの」
そんな訳で、俺は黄ばらの部屋から追い出された。
とぼとぼと、廊下を歩く。青ばらは……だめだ、青ばらの実家は貴族だけれど、彼女自身はお金を自由にできる立場じゃない。緋ばらもそうだ。難解な詩集は、彼女本人ではなく彼女の父親がお金を出して買う設定だった。
そして黒ばらは、借家に住んだ家族しか居ない。
侍女達が俺の後ろを歩きながら、たまになにか云ってくるのだが、俺は生返事を繰り返していた。侍女達は黒ばらに優しく、ひとりだけお金も身分もないことを責めたりしない。ほかの薔薇の君候補についた侍女達は、それぞれブローチをもらったり、指環をもらったりして、なかには贅沢な暮らしをしている者もあるのだ。侍女達の意見も、採点の基準になるからな。
「どうしたの、黒ばらちゃん」
びくっとして、俯いていた顔を上げた。ルーが居る。