卒業式③
海上自衛隊幹部候補生の幹部候補生学校卒業式が終わると、午餐会。卒業生は、候補生の制服から二等海尉、或いは三等海尉制服に着替えて、卒業式の晴れ姿を見届けた家族と共に昼食を取る。
そんな新任幹部達と触れ合えるのは、ここまで。この一時間程の午餐会が終わると、直ちに練習航海へと旅立って行く。班毎に、別れを惜しみ苦労を共にしてきた青鬼と赤鬼の言葉を貰う。
「花びらは散る。花は散らない。お前ら、今日ここを出て行くと、俺達指導教官も交代だ。毎年教官が変わるのは、赤レンガの常識だ。目に見えるものはいずれ失われるし、新しくどんどん姿を変えて行く。けれど、この江田島で俺達がお前らに伝えたかったのは、目に見えない事の方が大事だと言うことだ。お前らが将来幹部自衛官になるにあたって、目に見えないもの。それに気付くのは、今じゃない。しばかれた記憶が痛々しい今じゃない。この教官である俺達だって教官になって気付いた事は多々ある。将来に行き詰まったら、この言葉を思い出せ。」
卒業生は、江田島に別れを告げる。音楽隊が奏でる「軍艦マーチ」の中赤レンガの正面玄関から、一列縦隊で敬礼しつつ行進。教官や家族の前を過ぎ、幹部候補生学校の「正面玄関」である桟橋へと向かう。海上幕僚長・学校長以下見送りの人々の「帽振れ」によって、練習艦隊は遠洋航海に出港する。一年間の幹部候補生課程は決して生易しいものではない。脱落者も出る。
しかし、それでも幹部候補生課程が厳しいのには、理由がある。何の苦労も知らないエリートばかりが現場に入るのと、少しでも現場慣れした地獄の訓練を重ねたエリートが入るのとでは、雲泥の差がある。ある程度の免疫をつけてやるのが江田島の赤レンガの役目なのである。それは、とても理に叶っていると言える。
部下の命を預かる幹部自衛官が苦労を知らないのは、由々しき問題である。少なくとも陸空各自衛隊がどうかは分からないが、現代でも海上自衛隊幹部候補生課程は、甘いものではないと言える。




