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孤独に殺される  作者: ノベルのベル
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三日目

 三日目。

 目を覚ますと、カンカンカン――と森中に甲高い鐘の音が響いていた。鐘の音で目が覚めたと言った方が正しいか。馬鹿げた大きさの音だった。

 真子とケイタも目を覚まし、最後の見張り番で本来ならいち早く俺たちを起こす役目を担っているはずの伊香巣が何故かすやすやと寝息を立てている。伊香巣を叩き起こし、事態を少しでも把握しようと川辺に出て辺りを見回す。耳が馬鹿になったのか、どの方角から音が聞こえてくるのかさえ分からなかった。森や川――それこそ島が叫んでいると錯覚するほどの大音量だった。

「――――――」大音量が耳の奥で胡坐をかいて、何かを話そうと隣で口をパクパクさせている真子が、音を消したテレビに出ているタレントみたいに見えてくる。それこそ錯覚か。

 永遠にも思えた大音量だったが、実際は数分程度だったのだろう。音は去り、静けさが森に帰ってきた。

「……何だったんだ、今のは」自分の声がやけに遠くに感じられた。

「……緊急事態宣言」真子の顔は真っ青だった。

 聞き覚えのある単語だ。十年ほど前、俺がまだ十歳かそこらだった頃に起きたパンデミックの際に発出され、不要不急の外出や大規模なイベント開催を控えることを呼びかけたのが緊急事態宣言だ。けれど、さっきの音に何の関係がある。

「さっきの鐘の音が緊急事態宣言の合図なの。かつての緊急事態宣言というのは人との接触を避けることを要請したわけでしょ。この場合は、アンドロイドのアンドロイドによるアンドロイドのための緊急事態宣言だから、アンドロイドが互いに接触を避けることを意味するわけ。これからはアンドロイドたちが島全体で分散して行動するようになって、私たち参加者はアンドロイドに見つかりやすくなってしまう」

 これまで特定の限られた場所に集まって生活していたアンドロイドたちの行動範囲が広がるってことか。確かに厄介だな。

「厄介なんてレベルではないわ。災厄レベルよ。それこそウイルスが島全体に拡散して、人間の逃げ場がなくなるみたいにね。この緊急事態宣言は、かつての受動的な緊急事態宣言とは違って、アンドロイドが彼らにとってはウイルスとも言える人間を能動的に駆逐するために出されるの。島中の参加者を全員殺せってね。前回は五日目の発令だったのに、どうして今回はこんなに早いのよ」苦い顔をして額に拳を押し当てる。

「とにかく今後は昼間でも可能な限り洞窟で生活するように――って、伏せて!」

 真子に後頭部を掴まれ、地面に額をぐいと押しつけられたかと思うと、頭上をびゅんびゅんと何かが飛び交う音がした。横目で見れば、いくつもの弓が青空を切り裂いている。

 真子に先導されて、川辺から木陰へと地面を這って移動する。

 木にもたれ、顔だけを覗かせて川辺に視線を走らせる。既に弓は飛び交っておらず、伊香巣とケイタの姿も見当たらない。二人も上手く逃げ切れただろうか。

 二人の遺体が転がっていなさそうなことにほっと一息をつき、これからどうしようかと真子に話を持ち出そうと振り返った矢先に、周りの木陰から男や女――アンドロイドに違いない――が現れ、俺たちを取り囲んだ。全部で六体。ナイフや棍棒(こんぼう)、中には日本刀を持っている奴もいた。

 人数に加えて個々の身体能力も圧倒的に不利なこの状況で、一体どうすればいい。武器と言えるものは俺が包丁、真子は確かナイフを持っていたはずだが、どうにかできるとは思えない。拳銃を持った伊香巣がこの場にいれば何とかなったかもしれないが、考えても詮無(せんな)きことだ。

 じりじりと迫るアンドロイドたちは無表情で、行動とちぐはぐな殺意が異様さをむき出しにしている。

 何とかしなければと頭をフル回転させる。FPSなら一時撤退するためにスタングレネードでも投げて奴らの視界を奪う場面だ。奴らの包囲網から逃れた後で、近くの木陰から奴らを一人ずつ狙撃していく。狙うのは頭部か。伊香巣が倒した奴らも額に穴が空いているだけで他に損傷は見られなかった。頭部に一発弾丸をぶち込んでやればいい――って何を考えているんだ。さっき拳銃はないから考えるなと自分に言い聞かせたばかりじゃないか。くそっ! 土壇場になるとどうでもいいことばかりが次から次へと頭から湧いて出てきやがる。もはや決死の覚悟で包丁を手に奴らに襲い掛かるしかないのか。所謂、背水の陣――そうか、その手があったか。上手くいくかは分からないが、どうせこのまま殺されるくらいなら、やってやる。

 目と耳で慎重に方向を見定める。チャンスは一回。ミスは許されない。ふっと息を吐き、傍らの真子の手を取る。驚いた様子の真子に作戦を耳打ちすると、視線で頷きを返してくれた。

 ポケットから抜いた包丁を真上に思い切り投擲する。

 奴らの眼が一斉に頭上に向いた瞬間に地面を蹴り、真子とともに一直線に走り出した。

 行く手に立ち塞がるのは棍棒を持ったアンドロイド男。

 俺は包丁をくるんでいた布を広げて跳躍する。男は俺の頭蓋を狙って棍棒を横なぎにしたが、間に身を滑り込ませた真子が両手で握ったナイフで棍棒の軌道を絶妙に逸らし、棍棒は空を切った。俺はそのまま男の顔に布を被せ、慌てた男はその場で体勢を崩して地面に転がった。その横を駆け抜けて川辺に辿り着くと、そのままの勢いで川に飛び込んだ。

 飛び込む寸前に握った真子の手を必死に掴みながら川を流されていく。思ったよりも流れが速く、水圧に(さら)された全身の筋肉が悲鳴を上げている。

 時折訪れる息継ぎの機会を逃すまいと、口元に神経を集中させる。下流に流されていけば、流れも穏やかになるはずだ。束の間の辛抱だと自分に言い聞かせた。

 しばらくすると体の感覚が曖昧になってきて、もはや真子の手を握っているのかさえも分からない。

 暗闇の中でぷかりと浮かんだ身体は、何者とも何物とも繋がっていなかった。

 このまま死ぬのだろうか?

 これは恐怖?

 あるいは後悔?

 いや、これは――孤独感だ。

 俺は孤独を抱いて、意識を手放した。

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