五日目
五日目――つまり、最終日。
焼き払われた大地に建つ無骨な灰色の工場が、煙突から白い煙を上げて青空に境界線を作り出していた。
「最終日も晴れて何よりだ」
隣で背伸びをする間歩隅の言うように、この五日間、天候にだけは恵まれたのかもしれない。
「早くも気の緩みが出てしまったかな。引き締め直さないと。これからアンドロイドと一線、いや三戦を交えるというのに。こうして付き合ってくれたことに感謝するよ」
俺たち三人は工場のそばまでやってきていた。時刻は定かではないが、太陽の位置からして今は午前十時ごろといったところか。
正直に言うとわざわざこちらからアンドロイドの巣窟へと足を踏み入れるのは全く持って気が進まなかったが、間歩隅が「まだ百体のアンドロイドを倒すという目標を達成できていない。あと三体だ。何とかして達成したい」と言うものだから、やって来た。
始め間歩隅は危険だから一人で工場に向かうと主張したが、短いながらもお世話になった間歩隅を放っておくわけにはいかなかった――俺も随分と丸くなったものだ。俺の方こそ気を引き締めなければならないな。
前回アンドロイドが蟻の行列を成していた場所に向かったが、閑散としており、アンドロイドは一体も見当たらない。工場の周りの開けた空間にも視線を飛ばすが、全くアンドロイドの気配を感じることはできなかった。
「おかしいな。ここにアンドロイドの列ができていないことなんて一度もなかったのに」
間歩隅の後に続いて、シャッターの上がった四角い出入り口から工場の中を覗き込む。
明かりが点いておらず、陽光の差し込む窓も一切ない工場の内部は暗闇に覆われていて、ここからでは何も見えなかった。かといって中に入るのはためらわれた。
「昨日の火災で停電とか何かトラブルがあったのかもしれない」
俺と間歩隅の静止の声に耳を貸さず、伊香巣は工場の中に足を踏み入れて奥へと歩いていく。やがてその姿は闇に飲まれてしまう。
しばらくすると、「照明のスイッチを押したけれど、点かなかった」と引き返してきた。本当に伊香巣の行動には冷や冷やさせられる。
腕を組んで眉根を寄せていた間歩隅だったが、「……これ以上はやめておこうか。工場内でもし複数のアンドロイドに奇襲を受けたら対処しきれないかもしれない。他の場所に向かうことも考えたけれど、そこまでいくと私の我儘になってしまう。英雄は我儘でなければならないとは思うが、仲間を危険にさらしてまで突き進んでしまえばそれはただの暴君だ」と吹っ切れた表情をして元居た洞窟に向かって歩き出した。
洞窟に戻ると、囚人服を着た一人の青年が奥の壁にもたれて静かに寝息を立てていた。
不意の出来事に否応なしに身がギュッと引き締まる。
互いに目配せした後、間歩隅は彼に近づいて「君、大丈夫かい?」と肩に手を伸ばした――気づけば、間歩隅の手が俺の肩に乗り、ずるりと俺の上半身を滑り落ちていた。囚人服に赤い縦縞を描きながら――ぼとりと手が地面に落ちる鈍い音が、洞窟に響いた。
「――ぎゃー!」
無様な叫び声を上げて、手首から先を失った間歩隅が地面を転げ回る。
青年は白く光る日本刀を肩に乗せ、不敵な笑みを浮かべて間歩隅を見下ろしている。
「俺に気安く触ろうとしてんじゃねえよ、おっさん」
耳を指でほじりながら「きーきーと泣き喚きやがって。うっせーんだよ」と間歩隅の額を串刺しにした。びくり、びくりと体を震わせ、間歩隅は瞬く間に息絶えた。
偽装者か!
ガンガンと鳴り響く危険信号に身を翻そうとした俺の隣で、伊香巣は拳銃を構えている。
待て、とにかく逃げるんだ――その言葉が声になるよりも早く、伊香巣の首が飛んだ。
空中でこちらを向いた彼女の顔は無表情で、感情の痕跡は何も感じられなかった。彼女の晴れやかな笑みを目にするのは、あのときが最初で最後となった。
先ほどよりも一層鈍い音が洞窟内に響いた。
ケタケタと笑いながら「今から面白いもんが見られるぜ」と奥の壁を親指で示す。
パキッ、パキッ、と洞窟の壁が剥がれていく。
壁の向こうから姿を見せたのは、アンドロイドだ。それも一体ではない。一、二、三――十を超えるアンドロイドがまるで壁から生み出されたかのように洞窟内に現れた。
「工場で造られたアンドロイドたちが最初に何をさせられるのか、知っているか? 地下の施設で互いに壊し合いをさせられるんだ。所謂検品だ。そこで生き残った奴らが、こいつらってわけだ」
アンドロイドたちはこちらを一瞥したが、襲ってくることはなかった。
コンセントに自身の体を繋げて壁に寄り掛かると、身動き一つしなくなる。
「この島のアンドロイドは別に人間を殺せというプログラムを予め組み込まれているわけじゃないんだぜ。もちろん造り立てのアンドロイドにも自己防衛機能はあるだろうから、こっちが攻撃すれば反撃はしてくるだろうけどな」
工場から出てきたアンドロイドに間歩隅が石をぶつけたときのことが脳裏をよぎった。
「奴らはこの島で生活していく中で人間を殺すように教育されていくんだ。遺伝要因と環境要因って言葉があるだろ。生物に例えるのなら、奴らが人間を殺そうとするのは遺伝要因じゃなくて環境要因に依るところが大きいってわけ。面白いよな」
人間を襲わないアンドロイドの村があったというのは、別に不思議でもなんでもなかったということか。
「冥土の土産に教えてやるが、俺は人間で、東堂弥彦って名だ」
東堂は赤い血の滴る刀身に舌を這わせる。
「そして、真の敵はアンドロイドじゃない。人間だ」愉悦の表情で刀を振りかぶる。
目の前で振り下ろされる刀身。
空気がひゅんと切り裂かれる音がしたが――痛みはなかった。
どこから飛び出してきたのか――真子が目の前で背中から一太刀を浴びていた。
「真子!」どうして真子が。
地面に倒れた彼女の体に駆け寄る。
……これは、一体、どういうことだ。夢か、夢なのか。
彼女の右肩から左わき腹にかけて広がる背中の傷口。そこからは一滴の血も流れ出していない。伊香巣や間歩隅の体から今もとめどなく湧き出しているおぞましくて赤いそれが、見当たらない。
代わりに覗いていたのは、断線されたコードに、臓器を模した無骨な金属。いずれも人間の体にはあるはずのないもの。これではまるで――。
極めつけは、彼女の背中に刻まれたシリアルナンバー。
そんな、彼女が……。
「あり得ない――そんなわけがない。くそが! あの女、騙しやがったな」
取り乱した青年は日本刀で何度も、何度も壁を切りつける。
「孤独に殺されるのはゴメンだ!」
伊香巣の亡骸が握りしめていた拳銃を奪い取ると、自らのこめかみに銃口を押し当てた。
「お前は孤独に殺されるがいいさ」
不敵な笑みが血で汚れる光景を、俺は呆然と眺めていた。
不意に背後に気配を感じたが、振り返る気力はなかった。
マスクを押し当てられたかと思うと、島に運ばれてくる際と同じ刺激臭を嗅がされる。
抗う気力もなかった。
その臭いに身を委ねる。
そして、意識を手放した。