プロローグ
黒灰色の埃と薄暗さに覆われた部屋で、ゲーム機のコントローラを片手に、逃げ惑う市民たちを片っ端から撃ち殺していく。知る人ぞ知るFPSで、もちろんシングルプレイだ。他のプレイヤーと一緒にするゲームなど煩わしくてやってられない。
蓋を開けたままのペットボトルを、反対の手で掴んでがぶ飲みする。机の端に置かれた埃塗れの腕時計は……深夜二時過ぎを指していた。埃で文字盤が読めなくなるのも時間の問題かもしれない。
シュワシュワと喉の奥で弾ける炭酸が眠気を覚ます。俺は再び画面の中で獲物を探して走り回る。
この生活を始めて一年になる。昨年の冬に大学受験に落ちて両親に言われるがままに予備校に通い始めたが、勉強、勉強の日々に嫌気がさして、数か月で予備校を休むようになった。大学に行って何かをしたいなどの目標も特にない。一年中嫌な勉強に囚われるなど考えただけで虫唾が走った。予備校を休みだした頃は「予備校に行け」や「行かないならせめて働け」など両親がとやかく言ってきたが、一か月もすると何も言わなくなった。家には二つ歳下の優秀な妹――穂香がいる。階下のリビングから聞こえてくる最近の両親の話題は、専ら穂香の大学受験についてだ。穂香には悪いが、両親の期待は穂香の両肩にのしかかっていた。
テレビ画面から漏れ出した光が、床の上に乱雑に積み重なった参考書や封筒をぼんやりと照らし出している。一番上の封筒には「孤独者矯正プログラムの受付完了」と書かれていた。数日前に両親が部屋の扉下に挟んだものだ。中に入っている資料を改めて取り出し、文章を目で追っていく。
――孤独は悪。
十年ほど前の流行語大賞である。その年はパンデミックで外出自粛が叫ばれ、孤独を感じる人が続出した。孤独が健康に害を及ぼすことや、遂には孤独に生きている人は犯罪者になりやすいことを示唆する文献までもが投稿され、孤独は悪というイメージが定着した。孤独者という単語が使われ始めたのもこの頃だ。孤独者を対象としたビジネスが台頭し、今でも生き残っているのが、孤独者矯正プログラム《Isolator Correcting Program》――通称ICPである。
――大学受験や就職活動の失敗は、孤独が原因かもしれません。
この文章を読んだ両親が俺を該当者と判断して申し込んだのだろう。俺がまだ中学生の頃、就職活動で箸にも棒にもかからなかった近所の大学生がICPを受けて、その後の就職活動では飛ぶ鳥を落とす勢いで内定を掴み取ったのは有名な話だ。
――五日間で、あなたは孤独から百パーセント解放されます。
短期間で必ず成果を出すという宣伝文句。確かに、これまでICP受講者が依然として孤独を感じているという話は聞いたことがない。
一年前であれば、親が勝手に申し込んだ孤独者を対象にしたプログラムなど、反抗心を抱いて受講しなかっただろう。けれど、親のすねをかじり続けて一年以上経った今では、親に対する申し訳なさが反抗心を押しつぶしていた。常日頃から何とかして現状を変えなければならないとは思っていたが、どうにも身体が鉛のように重く、動き出せないでいた。ICPはいい機会かもしれない。
反撃しようと一斉に飛び出してきた市民たちの頭を撃ち抜いていく。ドミノ倒しのごとく地面に並び積み重なったそれらに近づくと、一人、まだ息をしている少年がいた。撃ち損じたようだ。こめかみを押さえて蹲る彼の額に銃口を押し当てて引き金を引く。ビクンとその体は大きく跳ねたかと思うと、動かなくなった。
開封済みのチップスの袋に片手を突っ込み、二、三枚を口に放り込む。
ついと刺すような臭いがした。チップスをつまんだ指先、チップスの袋の中、そして部屋の空気と、順に臭いを嗅いでみるが、いずれにおいても刺激臭が鼻の奥を襲った。部屋全体に充満しているのだ。
換気のため窓に近づこうとしたが、足腰にうまく力が入らず、立ち上がることができない。次第に四肢の感覚も曖昧になってくる。靄のかかった頭で吸入麻酔かという考えに行きついたところで、意識がぶつりと途切れた。




